
僕らの漫才は、数学であり論文。そしてバカ。
『M-1グランプリ2022』で知名度を拡大後、ますます単独公演に力を入れる漫才師・キュウ。第十回単独公演『噂をすれば…』が8月から東京・愛知・大阪で開催される。1時間強の公演を通じて「観たことのないもの」を届けるため、今年も新たな仕掛けを用意する二人。その創作の秘密に迫った。
人間味を消した漫才。でもそこには二人が丸ごと入っている。
──キュウの単独には毎回、コンセプトに基づいた仕掛けが施されていますよね
ぴろ 今回も非日常を体験できるライブをめざして構想を練っています。
清水 これまでの単独でやっていないことを模索しながら作っている感じかな。
ぴろ もちろんこれまでにない新しいものでありながら、そのうえでちゃんとエンターテイメントとして観やすいものはかなり意識していますね。僕らを初めて観るような人も楽しめるようなわかりやすさは大事にしています。
──今回は『噂をすれば…』というタイトル
清水 タイトル自体に仕掛けのあるものは前回単独の『Q』である意味集大成だったので。
ぴろ 今回はストレートに、その名の通りの内容になりそうです。「噂をすれば」という言葉を使うような場面が漫才になります。夏なので、怖い話とか都市伝説のような「噂」もあります。今回はいつもより早く漫才が完成しそうなので、練習期間がたっぷり2ヶ月とれるかも。
清水 そんなにやりたくない(笑)。僕らの稽古って、毎日1公演分丸々やるんですよ。僕らの漫才は間違えたらおしまいなので。そこまでやっても、本番で新しい間違いが出てくることもあるけどね。
ぴろ 間違いを潰して、完璧にしていくんです。本番直前に「まだできていない」という芸人も多いですけど、僕はそんなの怖くて仕方ない。
清水 間違いだけじゃなく、ヘラヘラしてしまっても雰囲気台無しなので。
ぴろ とにかく漫才を体に染み込ませて、ずっと「キュウ」でいないといけない。
清水 人間味を消して、ロボになるんです。
──漫才は特に「人間味がネタに出ていることが必要」と言われることもありますが……
ぴろ 確かに、僕らの漫才から二人の人間性自体は見えないかもしれない。
清水 でも、僕らじゃないとできないんですよ。
ぴろ 芸人仲間からも「ニン(それぞれの個性や持ち味)が出ていないように見せてるけど、実はけっこうニンが出てるよね」と言われます。僕が面白いと思うことから発想した漫才だし、清水さんの良さを活かしてもいる。だからウケるんだと思うんですよ。
清水 よく言う漫才の「ニン」は、バラエティに直結しやすいかどうかの部分な気がして。僕らはかっちりしていて隙がないけど……。
ぴろ 実は僕らのニン、僕ららしさは丸ごとネタに入っている気がするんですよね。
──ぴろさんがたまにやる「俺様クレイジーマン」も、らしさのひとつですか?
ぴろ あれは……ギャグです。僕は常にびっくりさせたい、驚かせたいんですよ。単独も観たことのないものを見せて驚かせたい。ギャグも、僕がやるとびっくりされるからやりたい。
──お二人は6月に「研Q室presentsキュウの企画実験室」というライブシリーズをスタートさせましたよね(第1回『続読』がオンラインサロン「研Q室」にて配信中。「雨ニモ負ケズ」の続きを自由に読んでいくという企画)。初回のゲストであるザ・ギースも「びっくり」要素の強いコントをされるお二人なので、今それを伺って二組の共通点がわかった気がします
ぴろ ギースさんは、僕らの考えた企画の「空気」を共有する人としてぴったりで。
清水 全乗っかりしてくれて、途中で降りない(素に戻らない)お二人だと思ってお呼びしました。
ぴろ ちょっと合同コントにも近いようなものになると思います。元々はダイヤモンドとのツーマンライブ(『爆笑!お楽しみ会』)でやった、あゆのモノマネを4人で100回続けるという企画が面白くて、こういうゴールの見えない企画だけをやるライブがしたいなというのが始まりなんです。このシリーズはできれば続けていきたいと思っています。

「日本語漫才」に対する見解と、キュウが漫才で大事にしていること
──ちょうどダイヤモンドさんのお名前が出たのでぜひ聞きたいことがあります。素敵じゃないかの柏木(成彦)さんが「日本語漫才」というくくりで素敵じゃないか、ダイヤモンド、シンクロニシティ、キュウの名前を挙げていました。キュウのお二人は同じように日本語を重視した漫才をやる人たちについてどう観ていますか?
ぴろ もちろん今挙がったようなコンビには共感を持っています。
清水 面白いなと思って、袖でいつもより聞き耳立てちゃいますよ。「あのスタート、やってみたかったな」という時もあれば、「そっち行くか〜!このまま行ってほしかったな」と思うこともあります。
ぴろ 同じ日本語を扱っていても、コンビによって好みがあるから、やっぱり違うんですよね。だから「日本語漫才」というものがあるのだとしたら、その中でも唯一無二でありたいなとは思います。僕らはまあ日本語ではあるけれど……、国語であり、数学でもあるんですよ。
清水 そうだね。
──数学!なるほど。公式があるということでしょうか?
ぴろ 公式とシステム。メカニズムを、観たことのない方程式を作っているんです。
清水 僕らの漫才は「なかった世界」ですけど、その新しく作った世界の中にちゃんと秩序、ルールがあって、そこは絶対脱線させない。それがたぶん、数学ということだと思うんですけど。
ぴろ ルールを作って、またそれを壊しながらネタを作る。x=y、y=zだとしたら、普通の数学ではx=zじゃないですか。僕らのネタではそこがx≠zになることが多い。
──ルールがわかったと思ったところではしごを外される、また違ったルールが適用される面白さ
ぴろ そう。途中から明らかにルールが変わっているけど、観ていたらついてこられる面白さ、ですかね。
清水 相当裏切ってはいるけど、でも絶対やっちゃいけないことには手を出さない。それが僕らなのかな。
ぴろ 扱わないテーマ、やらない展開といったタブーはいくつもありますね。国語と数学によってちょっと不思議な世界に行くので、“地に足のついたSF”とも言えるかもしれません。宇宙まではいかない、現実の中でのSF。
──前回の単独ライブ『Q』で披露された漫才「価値」も、まさにちょっとしたSFですよね。ぴろさんの不要なものを、唯一無二というだけで価値が高いと判断する清水さん。それが行き過ぎて「存在しないもの」の価値がいちばん高くなるという
ぴろ そうですね。
清水 「価値」もそうですけど、僕らには「賢そうなバカ」のネタが多いかもしれない。
ぴろ 「賢いテーマでバカをやる」はひとつの軸ですね。大事にしているのは、「バカ」とさっきも言った「びっくりさせる」。この2つは必ずネタに入れるようにしています。気をつけているのはこの2つだけと言ってもいいくらい。ネタを作りながら「不思議ないい切り口のネタだけど、これってバカかな」と必ず問いかけるようにしています。バカじゃなかったらそのネタはボツにすることもあります。
──キュウの創作の秘密を知ってしまった気もしますが、一方でまっさらなところから「バカ」と「びっくりさせる」の2要素だけでキュウの秩序あるネタにたどり着くのは相当難しそうです
ぴろ 言語化していないだけで、「バカかどうか」は多くの芸人が気をつけていると思いますよ。僕はビスケットブラザーズの原田(泰雅)と仲がいいんですが、「コントや漫才の面白さって、結局バカかどうかじゃないか?」と言ったらあいつもすごく納得していました。
清水 ビスブラはまさに、バカそのものだもんね。
ぴろ 原田が作っているのはバカ+ファンタジー。僕らのSFとは違う、異世界の、別の宇宙を作ろうとしている。宙に浮いているSFギャグマンガですよね。僕らは現実から延びているバカさ。
清水 現実が基盤になってる。
──ビスブラさんがいきなり飛んでいるとしたら、キュウのお二人は地面からひとつずつ丁寧に積んでいっているような
ぴろ そう。ある意味「4~5分間の論文を書いている」感じかもしれません。第1章、第2章と順序立てて、「この話でどこまで遠くに行けるか」「これが証明できるか」を漫才でやっている。
清水 コントのように視覚に訴えられないぶん、よけいそういう作りになっている気がします。
見やすく進化したカオスを目指して
──最後に、二人から単独の見どころを
清水 僕らのことをM-1でしか知らないような方にこそ、空気感マシマシの、キュウの真骨頂を味わっていただきたいです。
ぴろ どなたにとっても新しい体験になると思います。第5回単独『ヒーローは遅れて飛んでくる』がこれまででいちばんカオスなライブだったんですが、ある意味その時よりもカオスな公演になるかもしれません。
清水 見やすく進化したカオス。
ぴろ そう。今は大好きなマンガ『ドロヘドロ』のカオスを目標に漫才を作っています。
清水 もちろん僕らを知っている方にも、今までにない雰囲気のキュウをお届けします。
ぴろ 特に、今回は他のライブに切り抜けないような、単独ライブのためだけの漫才が多くなりそうです。それだけ公演自体のクオリティを上げる方に振り切っているので、ぜひ来ていただきたいです。僕らの世界観によるもうひとつの都市伝説の形を体験しにきてください。劇場で待ってます!

インタビュー・文/釣木文恵
Photo/山本倫子
【プチ質問】Q:手土産を選ぶポイントは?
A:
ぴろ 僕がハイボールが好きだと言っていたら、UNISON SQUARE GARDENの斎藤さんがライブを観に来てくれた時にウイスキーを持ってきてくれたんです。それがめちゃくちゃ嬉しくて、僕もお酒を飲む人への差し入れはワインやウイスキーにしています。
清水 僕は家族がいるので各々の実家や親せきの家に行く時のことを思い浮かべて、その土地でしか買えないものが嬉しいのかなと思っています。たとえば銀座でしか買えないものとか。逆にライブの差し入れにお客さんが地方のお菓子を持ってきてくれると得した気分になって嬉しいですね。
※月刊ローチケ 7月15日号掲載版【ロングバージョン】
※写真は誌面と異なります

掲載誌面:月刊ローチケは毎月15日発行(無料)
ローソン・ミニストップ・HMVにて配布
【プロフィール】
キュウ
■キュウ
′13年にツッコミ・清水誠(写真・右)とボケ・ぴろで結成されたスローテンポな漫才が特徴のお笑いコンビ。′22年のM-1グランプリでは決勝に進出した。