昨年20周年を迎えたダンスエンターテインメント集団「梅棒」の新作公演『曇天ガエシ』が3月10日に開幕、東京、大阪、愛知で上演される。
w-inds.の千葉涼平、昨年宝塚歌劇団を退団したばかりの音くり寿、俳優の鳥越裕貴をはじめとするゲストを迎え、サイバーパンクと和が融合するファンタジー超大作になるという本作は、梅棒にとって史上最大規模の公演に。衣裳を着ての通し稽古を取材した。
※以下、設定や役どころのネタバレが含まれます。
※稽古写真は衣裳なしのものを使用しています。
梅棒といえば、昨今は舞台や映像作品で振付・演出としての活躍も目覚ましく、宝塚歌劇団 星組公演『GOD OF STARS-食聖-』や「NHK紅白歌合戦」、映画「コンフィデンスマンJP 英雄編」など幅広いジャンルで存在感を示している。そんな彼らの公演なので当然ダンスステージだろうと思う方もいるかもしれないがそうではなく、特徴的な表現方法を用いているため、ダンスや演劇を観たことがなくても十分に楽しめるつくりが特徴だ。その表現方法というのが、台詞は使わず、ダンスとJ-POPで物語を届けるというもの。作品は主にコメディで、老若男女問わずに人気の高い集団だ。作・総合演出は伊藤今⼈で、楽曲ごとにメンバーが振付を手がけている。
書き下ろし新作となる今作のあらすじはこうだ。舞台は”オウゴン”の採掘で発展した国ジパングリ。王の崩御を機に、側室マチャナ(音)がクーデターを起こすところから物語は始まる。それから十数年が経ち、この国は女王となったマチャナの圧政に苦しむようになっていた。人々のヒーローは、国の「ブギョーショ」からオウゴンを盗み出し、民に分け与える義賊集団「マサゴ」。その「マサゴ」には、クーデターの頃は赤ん坊で、王位を継ぐはずだったが行方不明になったメツ(千葉)の成長した姿があった。同じ頃、圧政を武力で覆そうとするテロ組織「クニクズシ」も怪しい動きを見せていた。ある日メツは、女王の息子ヌューダ王子(鶴野輝一/梅棒)と偶然出会い、運命の歯車が回り出す――。
ここから物語はタイトルからも推察される“どんでん返し”な展開を巻き起こしていく。その中身はぜひ劇場で楽しんでいただきたいが、このどんでん返しこそが今回の梅棒の挑戦なのだろうと思う。台詞を使わない梅棒の作品は、「わかりやすさ」が大事な要素だ。しかし数作前から梅棒は、その「わかりやすさ」をはみ出した表現に取り組みはじめた。それがしっかり好評を得ているのが梅棒のすごいところだが、今作はそこからさらに一歩踏み出した感じがしている。
そういう意欲作で大きな軸を担っていたのは、メツ、ヌューダ王子、マチャナ女王、マサゴの頭領であるイイエモン(鳥越)だろう。千葉演じる主人公メツは、梅棒作品の主人公としては珍しいタイプだった。弱かった主人公が階段をのぼるように一つひとつ成長していく物語が多く描かれてきた中、メツは、はなから強気な性格で、10代の反抗期もあって親代わりのイイエモンに素直になれなかったりもする。こういう人物像は、ひとつでもわかりやすい愛嬌が描かれれば感情移入しやすいが、今作はそこを足さずに、彼がなにを思い、なにを感じ、どう生きるのかを、駆け抜けるように描いている。演じる千葉――彼は日替わりゲストでの出演も含め4度目の梅棒作品となり頼もしいのだが、持ち味であるブレイクダンスに加え、身体の使い方、表情のつくり方、目線の動かし方などで少しずつ情報を重ねていくようにメツという人物を理解させてくれる。だからいつの間にか距離が縮まって、メツの感情と並走していた。
そのメツになつくのが、鶴野演じるヌューダ王子。メツがかっこいいなら、ヌューダ王子はかわいいタイプで、親(女王)に溺愛され、お世話係に面倒を見てもらい、常に守られている者特有の無防備さが全身から滲み出ている。劇中では、そんな世間知らずの王子がメツと出会い、新しい世界に触れ、変化していく様子が描かれるのだが、遡れば彼は、本人のあずかり知らぬところではあるが、メツをはじき出すことで今の立場を得た人間だ。そのヌューダが本当に楽しそうにメツとの時間を過ごす姿を見せられると、観客は一方向だけから物語を見ることができなくなり、登場人物を白黒でわけられなくなる。それがこの作品の魅力に直結しているのだが、鶴野のピュアな芝居がとても効いていると感じた。
ヌューダの母である女王を演じるのは音。音は昨年9月に宝塚歌劇団を退団したばかりで、退団後の出演作としてはミュージカル『ファースト・デート』に続き2作目、梅棒初参加となる。女王はクーデターを起こした後の国の様子からも、ひどい暴君であることがうかがえる人物だ。音本人はやわらかな雰囲気を纏っているため役とギャップがあるように思ったのだが、圧の強い振る舞い、常に怒っている態度を、圧巻の生歌唱も交えて思いきり好演していた。それが魅力的で中毒性の高さを感じ、あの女王を愛せたのは間違いなく音の芝居あってこそ。
メツを拾い、親代わりで育てるイイエモンを演じるのは鳥越。メツを育てたこともそうだし、「マサゴ」の働きもそうだし、その心の奥にあるものを捉えなければ演じられないような役柄を、鳥越はその演技力で温かく見せた。大きな心と器を感じさせる人間味があちこちから溢れるようなパフォーマンスが印象的で、イイエモンだけでなく「マサゴ」のメンバーのことまで好きにさせてくれる。ちなみに鳥越は梅棒作品初参加であるが、年季の入った梅棒ファンでもあり、長く観てきたからこそのパフォーマンスにも期待が持てる。
他にもゲストはYOU、後藤健流、IG、上西隆史[AIRFOOTWORKS]、泰智[KoRocK]、えりなっち、akane、MIKU、Sota[GANMI]と超粒ぞろい。今回の取材では特に、IGのポールダンスと上西のエアダンスの化学反応に度肝を抜かれ、「ダンスで物語を見せる」という部分でも新たな方法を見たように感じた。その一方で、梅棒経験者の踊れる面々(YOU、後藤、泰智)があるシーンで見せた感情の芝居も印象に残った。
今作に出演する梅棒メンバーは、梅澤裕介、鶴野輝⼀、遠⼭晶司、塩野拓⽮、櫻井⻯彦、天野⼀輝、野⽥裕貴、多和⽥任益。総合演出の伊藤を中心に、メンバーが内から外から作品を支えていることは稽古場を見ていると強く感じるが、ソデから見ているときの楽しそうな表情から作品の出来栄えを感じさせてくれた。梅澤の超個性的な役柄などは劇団公演ならではだろうし、梅棒の最年長・塩野と最年少・多和田のシーンなどにも集団ならではのストーリーを感じた。
出演者は20人と多いが、衣裳やヘアメイクによって、「ブギョーショ」「マサゴ」「クニクズシ」など、その人物がどこに所属しているかが一目瞭然なのでご安心を。梅棒の作品は見どころが多く、良い意味で「目が足りない」が合言葉のようになっているが、今作は大人数でのアクションシーンも満載なのでぜひ覚悟して劇場に来てほしい。
衣裳を着ての通し稽古はこの取材時が初だったそうだが、稽古後にSotaがスタッフに「装飾が思った以上に顔に当たった」と明かしており、調整を頼むのかと思いきや「どうせ当たるならもっと大胆にしてもいいかも!」と提案しているのを見て、パフォーマンスもこんなふうにブラッシュアップしているのだろうと感じた。千葉も「ここから更にいきます」と笑顔を見せていた。梅棒メンバーだけでなく、ゲストも一緒に高めていく本作の開幕を楽しみに待ちたい。
取材・文:中川實穗
撮影:飯野高拓