再演を重ねて、これはただの引きこもりの話ではないとわかったし、
まだまだ自分でも発見があるんです。
「ヒッキー・カンクーントルネード」は、ハイバイの旗揚げ作品ということで、初演から12年たつんですね。
岩井「そんなにたちますか」
という言葉が出たということは、今度が10回目になりますが、まだまだ飽きていないと。
岩井「ああ、そうですね、飽きるとかはまったくないです」
岩井さんが主宰するハイバイは、『ヒッキー〜』だけでなく『て』など、ひとつの作品をレパートリー化して上演を重ねています。圧倒的な新作主義の日本の演劇界にあって、とても珍しいスタイルですが。
岩井「いや、でもそろそろ来ますよ、再演ブームが。ある先輩の作・演出家さんが“ハイバイってどうして再演であんなにお客が入ってるの?”と気にしていたと聞きましたから(笑)、みんなやり始めるんじゃないですか」
(笑)その先輩の気持ちはよくわかります。さっき言った新作主義がまん延しているのは、そうでないとなかなかお客さんが入らないという理由が大きいからですよね。でもハイバイはそこを軽やかにクリアしています。その理由は何だと岩井さんはお考えですか。
岩井「自信満々なヤツみたいに聞こえるかもしれませんけど、すっごくおもしろかったら、1度観たお客さんも絶対にまた来てくれると思うんです。これは僕、劇団をやる前から思っていることで。自分自身がそうなんです、映画も気に入ったら何回も観ていたし、そうすることで、見る側は作品を深く理解できますしね。舞台の再演は、もともとのおもしろさが中途半端だったり、俳優が替わる程度の変更だと、それがお客さんになんとなく伝わっちゃって成功しない気がします。作品が本当に面白ければ、何回観てもお客さんは勝手に自分で何かを発見してくれるんですよね」
多くの作・演出家や俳優は、自分たちの作品に一定の自信と誇りを持っているでしょうし、再演は初演より練り上げられたものができる可能性は高まります。でも現実には、すべての再演がうまくいくとは限らない。もちろん、作り手にも観客にも、初演時にはなかった気づきが生まれたり、深い理解が得られたりしますが、ハイバイのように複数の作品で再演を重ねるようにはなかなかいきません。岩井さんがおっしゃる、再演に値する「すっごくおもしろい」作品とは、具体的にどんなものですか。
岩井「がっつりおもしろくて、書いた人の作家性みたいなものが出ていて、観た人がそれについて身近に考えられたりするものなら、1年ぐらいの間隔の再演でも、全然オッケーじゃないですか。たとえば僕が、もう何度か観ているけど“来週またこれやるよ“と聞いたら絶対に行く作品は何本かあります。松尾スズキさんの『キレイ』とか、多田淳之介くんの『再生』と『3人いる!』、あと岩松 了さんの『月光のつゝしみ』も、もし自分で演出していなかったら(気楽に楽しめるはずなので)絶対に観にいきますね。ほかにもあるな、平田オリザさんの『転校生』と『上野動物園再々襲撃』もそうです。
作り手の立場として考えると、人にそう思ってもらえるものを一生に2個……いや、それじゃちょっと少ないですね、3個か4個はつくろうよと。もし3個か4個、本当にいいものができたら、あとはもう新作を作らなくていいんじゃないかという考えが、僕にはあるんです。だって、どれだけ“すごい”と言われてる劇作家でも、代表作はそれぐらいでしょ? ……ん? そうでもないですか?(笑)
それに世の中、新作新作と言ってお客さんが入っているかといったら、だんだん怪しくなってきているじゃないですか。とにかく新作で劇場決まっちゃったから、テレビで活躍している人を連れてきて、お客さんを呼ぼうという作戦も、もうだいぶ息切れしているわけで。作品そのものを通して、劇場に人が来る方向のことを考えるのが大事だし必要だと思いますよ」
一連のお話、とても納得がいきます。でも一方でそれは、再演がうまくいっているから言える意見だとも思います。
岩井「そうですね、はい」
圧倒的に多いのは、自分たちで「いいものが書けた」「いい作品ができた」と思い、お客さんからの評判も悪くなかったのに、時間がたつと再演に持ち込む強度が不足していると気づいたり、再演しても、ただ「やりました」で終わってしまうケースだと思います。岩井さんは、「ヒッキー〜」が繰り返し再演できる作品だと、どうやって自覚されていったのでしょう?
岩井「最初にやったときはそこまで自覚はなかったし、今のハイバイで『ヒッキー〜』が最高傑作かと言うと、おそらくそうじゃないと思います(笑)。でも、まずポンと思ったのは、初演の2年後に再演したとき、倍ぐらいのお客さんが来てくれて、その増え方が僕にはとにかく大きくて“じゃあ、これ、やっていっていいのかな”と思ったんですよ。最初に言った“本当におもしろい作品なら何度やってもお客さんは来る、動員は減らない”というのは、その時点では仮説だったんです。『ヒッキー〜』はそのあと何回かやってきたわけですけど、お客さんはずっと減らない。なかには毎回来てくれる人もいて、そうした反応があるなかで僕自身が“ああ、これはちゃんとおもしろいんだ”とわかっていったんです」
もう少し食い下がらせてください。最初の再演でお客さんが2倍になったことが自信につながったとのことですが、初演は旗揚げですし、動員はそれほど多くないですよね?
岩井「確かに160人でしたから、倍になったと言っても300人ですね。だから多分(数よりも)僕の体感だったと思います。
もうひとつ(再演の良さとして)あるのは、僕は俳優でもあるから、演じる側としても考えるんですけど、引き受けた時点ではどうなるかわからない舞台をやるよりは、台本がすでにあって、おもしろいとわかっているものをやるほうがいい。そこから、本番のたびに毎回毎回、お客さんとやりとりするように演じていくことが、俳優としてすごく意味があることだと思うんです。
あとはまぁ、再演が絶対にいいというより、新作にそんなに期待できることのほうが僕には謎なんです。まだ観ていない作品にそんなにウハウハになれることがよくわからないし、やる側がチラシとかに、まだ作ってもいない作品の期待をあおるようなことを書けるのもすげぇなと思いますし。その作品がどれだけのものか、僕の感覚で言うと、初演と再演をやったあたりで、やっとわかるような気がするんですよね。東京とか、ある地域でしか伝わらない可能性だってあるじゃないですか。『ヒッキー〜』はどこでやっても伝わるので」
そこも今日お聞きしたいことのひとつです。「ヒッキー〜」のストーリーは、25歳にして引きこもり歴10年の登美男という青年が、彼を心配する母親が依頼した“出張お兄さん”と出会って外に出てみるものの……というものです。出張お兄さんという職業はあまり知られていませんし、登美男は引きこもりとはいえ、妹と非常に仲がいいし、自分の部屋で終日ゲームやネットに没頭しているのではなくて、大好きなプロレスをやって体を動かしている。岩井さんは「わかりやすい」とおっしゃいますが、引きこもりと聞いて多くの人がイメージする設定とはかけ離れているので、観客に情報が行き渡るまでに時間がかかりませんか。
岩井「いや、時間はそんなにかからないです。全然すぐにわかってもらえますね。“出張お兄さんは本当にいるんですか?”と聞かれたことは何度かありますけど、それも内容がわかっているからこその質問だろうし。
これまでで唯一、僕が“この人、全然わかっていなかったんだなー”と思ったのは、初演のときのお客さんで、プロレスラーみたいな格好した男が女子高生を軟禁している話だと思っていた人がいましたけど(笑)、それはかなりまれなケースで。ハイバイの中ではいちばんとっつきやすい話だろうし、お母さん役をおじさんがやるのも、みんなもうそんなにパニックになったりしないじゃないですか? 演劇的な難しさもないから敷居が高くない。地方の劇場から呼ばれるときは、最初に“『ヒッキー〜』をやってください”というリクエストが多いですし」
「ヒッキー〜」はすでに韓国で上演が行われていて、韓国にはまだ“引きこもり”に当たる言葉がないにもかかわらず、かなりいい反応を得たと聞いています。
岩井「そうなんですよ。何度も爆笑が起きて、僕らとしては驚き半分で“ウヒョー!”って感じでしたけど」
韓国では5月26日からDOOSAN ART CENTERで、「ヒッキー〜」の続編に当たる「ヒッキー・ソトニデテミターノ」(日本での上演は2012年、パルコ劇場)が、韓国人演出家のパク・グニョンと韓国人キャストによって上演されますね。
岩井「『ヒッキー〜』も『ヒッキー・ソトニデテミターノ』も、コミュニケーションに問題のある人の話だということをわかってもらえているみたいです。誰でも生きていて、コミュニケーションについてはどこかで引っ掛かる部分があるじゃないですか。その極端な例の象徴として登美男がいる。誰とでもうまくやりたくて、優しくし過ぎたり、全部受け入れようとして、結局は自分の限界がわからなくなる。でも似たようなことはわりとみんなにあって、何回か観てくれた人は、単純に引きこもりとその家族の話じゃなくて、自分の中のそういった「矛盾」の部分を見つけたてくれたりしているような気がします。
僕自身も最初は、自分の体験を書いたつもりでしたけど、再演をしていくうちに、この台本にはもっとたくさんの人への対応力とか、繰り返して上演できる耐久力があるんだとわかってきて、でもそういう発見はまだまだあるんですよ。今年の2月にTPAM(国際舞台芸術ミーティングin横浜)で上演したときもやっぱりあって。外国人がたくさん観に来るということがあったので、思い切って笑いを排除して演出してみたんですね。日本の文脈だと、引きこもりという言葉を知らない人はほとんどいないし、こもっちゃう人はたいてい対人恐怖で、いわゆる“こじらせ系”みたいな感じだとみんなが知っているから笑えるけど、その前提がない人にもちゃんと受け取ってもらえるようにと考えたら、すごくサッパリと話の骨組みが見えてきた。主人公が他者と関わるときの摩擦、正直過ぎるゆえの不器用さみたいなところが浮かび上がってきて、そうすると行動として、相手が大事なほど自分が悪者になりたくない、だから空回りして結果的に傷ついてしまうというのは、本当に誰にでもあることなんだというのが、客観的にポンと見られるようになった。そこであらためて“これはやっぱり単なる引きこもりのキャラクター芝居じゃないんだ、大事にしていくべき作品なんだ”と感じられたんです。
そのときはもうひとつ、かつては自分で演じていた登美男役を、田村健太郎という俳優がやってくれたことも大きかったと思います。自分がやるとどうしても“笑い乞食(こじき)”みたいなほうに走ってしまって、笑ってもらえた=受け取ってもらえたと認識しがちだったのを、切り離して考えられた。笑ってもらえるのはやっぱりうれしいけど、人間は笑っているあいだって、あまり物事を考えなくなるんですよね。その時間を取り払ったことで、ずいぶん何かが進んだ気がしましたね。欲を無くしたら多角的に見えてきた。あの体験はすごく大きかったです」
「ウケる」は「受け取る」とは違うんですね。
岩井「盛り上がってはいるけど、つながったみたいな感覚から遠いこと、ありますよね。笑いに関しては、昔とかなり感覚が変わってきたかもしれないです。それは『ゴッド・タン』に出演させてもらったこともすごく大きい。笑いを職業にしている人たちを間近で見たら、すごい超人だらけなので“お客さんの肩の力を抜くためにここらへんは笑わせて”みたいな生半可なことをやっている場合じゃないと思ったというか、自分にしかできなかったり、自分がそもそもやろうとしていたことを最初から最後まで貫いたほうがいいんじゃないかと考えるようになってきましたね」
今回の「ヒッキー〜」ツアーはTPAMからの流れをくんで田村さんが登美男役なので、そのあたりが更新された新鮮なバージョンになりますね。
岩井「コミュニケーションとか他者との関わり方というところで、自分が揺らぐというか、疑問を持つというか。なんとなく社会的には、誰とでも本音でつき合えたほうがいいとか言われていたりしますけど、その気持ち悪さまで行けたらいいですね。いや、もっと手前で、相手が誰であっても、あれこれ考えていたらコミュニケーションなんて取れてないよな、でもいいんですけど、観た人がその人なりに考えてもらえたら。
昔、柄本 明さんと石橋蓮司さんが『ゴドーを待ちながら』の再演をするときに、初演の評判が良かったのに“以前と同じようにやるなんて、再演する意味があるのか”と話されていて、そのときは僕、イラッとしたんですね(笑)、同じようにやってもいいじゃないかって。客を無視すんなって。でもTPAMで自然に大きな変化を経験して、僕はすごくおもしろくなったと思ったんですよね。それはあまり予想していなかったことで、必要に駆られてやったことではあるけれど、ただ前の形を守るんじゃなくて、何か違うことはやろうと思ってます。漠然としてますけど、もう少し作品を揺らしたい」
そしてこれまで行ったことのない場所も含む10都市を巡ると。
岩井「そうなんです、お初のところが多いですね。そして小田原や茅ケ崎とかでやるのに東京ではしないという(笑)。そういう変な流れも含めて、楽しみです」
インタビュー・文/徳永京子
Photo/加藤夏子
構成/月刊ローソンチケット編集部
【プロフィール】
■岩井秀人(イワイ ヒデト)
‘74年、東京都出身。劇作家、演出家、俳優。‘03年に劇団ハイバイを結成。‘12年にドラマ「生むと生まれるそれからのこと」で向田邦子賞、‘13年に「ある女」で岸田國士戯曲賞を受賞。
【公演情報】
ハイバイ『ヒッキー・カンクーントルネード』
日程・会場:
7/3[金]~5[日] 三重県文化会館小ホール
7/11[土]~12[日] 大垣市スイトピアセンター 文化ホール
7/19[日]~20[月] AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)
7/26[日] ひたちなか市文化会館 小ホール
8/8[土]~9[日] 妙高市文化ホール 大ホール舞台上舞台
8/22[土]~8/23[日] アルカスSASEBO イベントホール
8/29[土]~8/30[日] 茅ヶ崎市民文化会館 大ホール 舞台上舞台
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