人間の生命とは? 威厳とは?
迫害に屈しなかった男たちの愛の物語
1930~40年代、あのナチスドイツ政権下において、“ホロコースト”と呼ばれるおぞましいユダヤ人迫害・殺戮が行われたのは誰しもが知る人類の歴史的汚点だが、時を同じくして、いわゆる同性愛者たちもまた、過酷な運命を背負わされ、虐殺されていった事実をご存知だろうか?
「BENT」は、強制収容所という絶望的な状況下にあっても、人間らしい愛と尊厳を最後まで失わずに生きようとした男たちを描いた傑作だ。79年のウエストエンド初演ではイアン・マッケラン、続くブロードウェイ版ではリチャード・ギアが主役のマックスを演じたほか、日本でもさまざまな俳優で繰り返し上演されているこの作品に、満を持して佐々木蔵之介が挑む。
佐々木 佐々木「出演が決まった時はまず、『今回は強制収容所か・・・』と思ったんです(笑)。というのも、去年、出させていただいた『マクベス』では精神病院に隔離される患者の役、その前の『ショーシャンクの空に』では、刑務所に入れられる役。そろそろライトコメディーなんかがいいんじゃないかと考えつつも、またこのような作品に取り組むのは、やっぱり僕が自分で選んでいるということなのかな?(笑) ただ、この戯曲を読んだとき、時代も国も環境も何もかも違う状況だけど、自分の肉体を通して追体験するような感覚に陥ったんです。そうして、人間の生命や愛の尊さについてもあらためて考えさせられて」
描かれる愛は、同性間のものに限ったものではないと言い切る。
佐々木 「酒を飲んでバカをやったり、ドラッグをやったりと奔放に生きてきたマックスが、人間にとって一番尊いものは何なのかに気付いたのは、極限の状況に置かれたからこそだったのかもしれません。ただ、そこにある愛は、男と女、男と男、女と女なんて性で区別されるものではない。物語の背景には同性愛への差別があるけども。性別や時代を超えた深いテーマがあると僕は思います」
収容所へと向かう護送列車の中、ナチスの軍人によって恋人ルディへの暴力を強いられ、結果的に死に追いやったマックスは、囚人服にピンクの三角印を付けられた(同性愛者を意味する)ホルストと出会う。やがて始まる、石を運んで山を作り、それをまた崩して別の山を作るという無意味な労働の日々。そんな中、お互い目を合わせることも許されない二人は、やがて心を通わせるようになっていく。
佐々木 「『俺を愛するな』『俺は愛を返せない』なんて言いながらも、危険を冒してホルストのために薬を調達したりするのは、マックスが一人では生きていけない人間だったからだと思うんです。もっと言えば、人を愛すること、人に愛されることで、人間らしさや生命そのものをようやく保っていたというか。劇中、お互いに立ったままで愛し合う、美しくも切ないシーンがあるんですが、そこは、舞台をご覧になる方に『すごい! 確かに二人は抱き合っている』と思わせたい。僕ら舞台(いた)の上の人間と客席とが“想像力”で繋がっているのが、他でもない演劇ですから」
ホルスト役は北村有起哉。舞台では、「おはつ」(04年)、「私はだれでしょう」(07年)に続き、3度目の共演となる。
佐々木 「映像でも共演していますが、ここまでガッチリと絡むのは初めてです。つい少し前のドラマの現場でも一緒で、『お前と愛し合うのかよ』なんて冗談を言い合ったり、ポスター撮りの時に手を繋ぐように言われた時は、男同士、振れるか触れないかくらいのキワドイ体験をしたりして(笑)。でも、実は僕、彼の舞台デビューである串田和美さん演出の『春のめざめ』(98年)を観ていて、その時から『天才的に面白い俳優さんだな』と思っていたんです。気心が知れているのもすごく大きいし、きっと彼の力が大きな支えになってくれるはずです」
今回、演出を手掛けるのは、骨太な翻訳劇を中心にヒットを連発している森新太郎だ。
佐々木 「森さんが所属されている演劇集団 円の先輩に当たる橋爪功さんに、森さんの演出を受けることをお伝えすると、とにかく『あいつはしつこいぞ』と。知り合いの俳優さんからも異口同音に言われます。確かに、『マクベス』の時に、楽屋に来てくださった時にも、『しつこくてゴメンね』と言いながらも、舞台の感想を熱心に語られた記憶が……(笑)。ただ、すごく研究、勉強熱心な方だとも聞いていて、“森演劇学校”の学び舎に入る気持ちで頑張ろうと思います。もちろん、すべてをお任せするのではなく、常に自分からも何かを発信していきながら」
最後に、あらためて意気込みを聞いた。
佐々木 「劇中では、おそらく実際には、僕らが一生経験しないようなことが展開していくけれど、稽古場ではあえて疑う作業をしながらも、それでも、戯曲の力を信じてすべてを受け入れ、読み解き、セリフに真面目に取り組めば、きっと観客の方は理解してくださると僕は思っているんです。そうして、この作品が名作だと知る演劇ファンのみなさんはもちろん、普段は映像作品だけでこの舞台が初観劇というみなさんも、舞台上の収容所での出来事を客観的にご覧になるのではなく、一緒に“体感”してくだされば。あの壮絶な場所の中に入っていただくことになるのは、少し心苦しいんですけど(笑)」
【プロフィール】
68年、京都府出身。映像で活躍するいっぽう、自身のルーツと称する舞台にもほぼ年1回のペースで出演。14年には、「スーパー歌舞伎Ⅱ 空ヲ刻ム者~若き仏師の物語~」で歌舞伎デビューも果たす。05年に自身がプロデュースする「Team申」を立ち上げ。5月には番外公演「男たちの棲家~ドッコイ! 俺たちはここに居る~」を京都・春秋座で上演した。今後は主演映画「超高速!参勤交代リターンズ」(9月10日公開)、「破門」(‘17年1月公開)が控えている。
取材・文 大高由子
【公演情報】
BENT ベント
日程・会場:
2016/7/9[土]~24[日] 東京・世田谷パブリックシアター
2016/7/30[土] 仙台国際センター 大ホール
216/8/6[火]・7[日] 京都劇場
2016/8/14[日] 広島・JMSアステールプラザ大ホール
2016/8/16[火] 福岡市民会館 大ホール
2016/8/19[金]~21[日] 大阪・森ノ宮ピロティホール
作:マーティン・シャーマン
翻訳:徐 賀世子
演出:森 新太郎
出演:
佐々木蔵之介、北村有起哉、新納慎也、中島 歩
小柳 友、石井英明、三輪 学、駒井健介/藤木 孝
★詳しいチケット情報は下記ボタンにて!