‘93年に鈴木聡率いる劇団ラッパ屋の作品として上演され、’01年にパルコ・プロデュースとしても上演された傑作コメディ「サクラパパオー」。競馬場を舞台にさまざまな登場人物たちの人生が交錯するこの作品が、気鋭の若手演出家・中屋敷法仁(柿喰う客)演出、塚田僚一(A.B.C-Z)主演で大胆にリメイクされる。中屋敷に加え、謎の女・ヘレン役の中島亜梨沙、塚田演じる田原の婚約者・今日子役の黒川智花、ヘレンに翻弄される外務省勤めのエリート・的場役の片桐仁に話を聞いた。
熟練の喜劇作家×新世代の演出家の化学反応を堪能できる本作だが、笑えて泣けるコメディというイメージの強い鈴木作品を、俳優の身体能力を最大限に活かしたソリッドな演出を武器とする中屋敷が演出するのは意外といえば意外だ。
中屋敷 傍から見ていてこれは演出するのが大変だろうと思うような、難しい台本がいろいろあるんですが、(鈴木)聡さんの本もとても難しいと常々思っていたんですよ。お客様にとっては親切で丁寧な作りなのでひたすら楽しめるんですが、作る側にはとてもとても緻密な計算や馬力が必要な台本だと思っていて。ラッパ屋さんの作品を観ながら、これの作り手側に立つのはすごく怖いな……とずっと思ってきました。聡さんの台本は演るのではなく、観るものだなと(笑)。
中屋敷にとってはそんな高いハードルである鈴木聡作品。数ある作品の中で、なぜこの「サクラパパオー」を選んだのかが気になるところ。
中屋敷 聡さんの作品は、リアルな現実の中での人間の悲喜劇を描くような作品が多いイメージなんですが、その中でも「サクラパパオー」だけは異質で、すごく夢があるんですよね。競馬というギャンブルをフックにした夢と希望とエネルギーに満ちた作品で、ラッパ屋さんらしからぬ色もあるし、聡さんらしからぬ筆触りもあるなと思っていたんです。なので、初めましての僕でも取っかかりにできるポイントがたくさんあるのではと思っていましたね。
「この作品のクオリティに耐えうる魅力を持ち、かつ僕と一緒に苦しんだり楽しんでくれる俳優さんがいるなら」と感じていたという中屋敷が太鼓判を押したのが、主演の塚田をはじめとするキャスト勢。宝塚出身の中島やドラマなど映像分野でコンスタントに活躍する黒川、コントを皮切りに幅広い作品に取り組んできた片桐ら、ここでも化学変化が楽しみな面々が揃った。まずは本作の座長・塚田のイメージを聞いてみた。
黒川 実はまだお会いしたことがないんです。でもテレビではよく拝見していて、すごく運動神経がよくて、明るくって、楽しい方っていう印象が強いですね。あれだけバク転とかできる方なので、今回の作品の中でも、その才能を大いに発揮していただきたいですよね。そんなシーンがあるかはまだ、わかりませんが…私も観たいです(笑)。
片桐 塚田くんが演じるのは結婚間近のサラリーマンで、なかなか渋い役じゃないかと思うんですよね。本人はあの筋肉ボディで金髪だから、ハツラツとしていてすごく若い!というイメージが強かったんですけど、この作品ではだいぶ印象が違うんじゃないかなあ。わりと大人な話だと思うんですよね、婚約者がいながら女の人(ヘレン)に翻弄されたりするわけですから…一番翻弄されてるの、僕の役ですけど(笑)。
中島 バラエティではすごくはっちゃけてるイメージだし、「イット・ランズ・イン・ザ・ファミリー〜パパと呼ばないで〜」(2014年)で、明るくて天然な感じのキャラクターを演じていらしたので、そんなイメージをずっと持っていたんですよ。でも先日たまたま劇場でご挨拶したら、ご本人はすごく謙虚な感じの方で。そのギャップが強く印象に残っていますね。
中屋敷 僕も数多くの作品を観ているわけではないのですが、この作品で組むなら腹の底からエンタテイナーであり、お客様を楽しませることに対する覚悟と美学にあふれている人がいいなと思っていて、その意味で塚田くんはまさに適役だし彼の才能に任せていいんじゃないかと思ったんです。彼はいつでもすごく好奇心に富んでいる俳優さんというイメージなので、演出家としてもいろんな演出という名の餌を放り込みたくなるようなところがあるんですよね。彼に限らず、今回の俳優さんはみんなそうなんですよ。舞台上で好奇心とワクワク感を持って演じてくれそうな人ばかりだと思って期待していますね。
舞台となるのは夜の競馬場。田原俊夫(塚田)は婚約者の岡部今日子(黒川)と競馬場デートを楽しもうとしていた。ところがそこに正体不明のヘレン(中島)という女性が現れる。浮気を疑った今日子は怒ってその場から立ち去ってしまう。この日ヘレンは、外務省勤めのエリートである的場博美(片桐)を待ち伏せしていた。的場は水商売のヘレンに貢いでおり、使い込んでしまった公費800万円を用意するべく、この日のレースに挑もうとしていた。一方今日子は、馬券窓口で出会った菅原幸子(広岡由里子)に俊夫のことを相談するが、幸子は競馬好きだった亡き夫の影響で競馬に通い始めたという。2人の会話の中で、実はヘレンがかつてその夫の愛人だったと判明!? さらにヘレンに翻弄された中年男性・井崎修(伊藤正之)、優柔不断なサラリーマン・横山一郎(市川しんぺー)、得体の知れない予想屋・柴田達(木村靖司)らさまざまな登場人物たちの思いが絡み合うなか、レースが始まったのだが……。
塚田演じる、ちょっとお調子者のサラリーマン・田原を取り囲む登場人物たちは、みんなどこかニクめないようなチャーミングさを持っている。それぞれ自分の役をどう分析しているのだろうか。
中島 去年「真田丸」で吉野太夫という遊郭の太夫(遊女)を演じたのですが、いろんな方に「すごく色気があったよ」と言っていただけたんですね。どちらかといえば自分の苦手なタイプの役柄だったのですが(笑)、年齢も年齢ですし、ヘレンを演じるにあたってもそういう魅力をどんどん出して行こう!と思っています。ヘレンは男女問わず人を惹きつける魅力があって、一緒にいるときに本当に楽しい時間を過ごさせてあげているから、傍から見るとヘレンに利用されているような人にも全然恨まれないんですよね。“自分が魅力的じゃないと役も魅力的にならない”と常々思っているので、お稽古場で本当にみなさんと切磋琢磨して、ヘレンを自分に置き換えられるくらい充実した役にしたいなと思います。
黒川 対する今日子は本当にマジメな女性ですね。でも田原さんに浮気疑惑があったりギャンブルにハマっちゃったりする調子のいいところに、イラっとしながらも離れない。あまり口には出さないけれど本当に田原さんを好きなんだなあと思うところがあるので、とても愛情深い女性なんだなと思いますね。私自身が田原さんみたいな人と付き合ったとしたら……、でもやっぱり、ニクめないというかかわいげがあるキャラクターだからしょうがないなって思っちゃうかもしれないです(笑)。
片桐 おカタい感じの人が逆に面白いというのはコメディでは定石なので、的場のイメージはシリアスな感じかなあと思うんです。まず、僕が外務省のエリートというのがポイントですよね(笑)。今は髪型どうしよう、オールバックか七三か?と思っているんですが……でもエリートっていったって、いい感じに中島さん演じるヘレンにお金を巻き上げられちゃう、ちょっとおバカな男ですからね。それでお金を使い込んだのに競馬で当てようだなんて、競馬をやらない人間からしたら自暴自棄としか思えない(笑)。でも共感はできないけれど、イメージはできるんですよ。エリートだから人生ずっと上手くいっていたのに、女の人に入れ込みすぎてちょっとおかしくなっちゃうようなね。もちろん稽古に入ってみないとわからない部分もありますけど、そこに上手くリアリティをのせられたらいいなと。
ギャンブルの持つスリリングさやそれにまつわる思いがけない奇跡に一喜一憂させられる人々の姿を描いた本作だが、スタッフやキャストには競馬経験のない人も多く「競馬をまったく知らないので、台本を読んでかなりテンパりました(笑)」(片桐)、「稽古前に本物の競馬に行ってみたい」(黒川)などと盛り上がっていたほど。だが、ここにも90年代に書かれた作品を2017年の今上演するヒントが隠されているようだ。
中屋敷 僕はリアリストなので、「サクラパパオー」の登場人物たちのように“ギャンブルに命を賭けられる”ということに、すごく夢や希望があると感じているんです。昨今はギャンブルをする若者が減っていたりして、みんながみんな人生を手堅く、損しないように生きたいわけじゃないですか。そこで世間に向かってとんでもないバクチをやらかすこの登場人物たちを、今の人たちに観てもらいたいんです。
そして黒川が約4年ぶり、中島が約5年ぶりの舞台となる本作。普段は映像分野の仕事が多い2人に、舞台への意気込みをたずねてみた。
黒川 舞台は大好きなんですが、最後にやった舞台が2013年で、ちょっと久しぶりなので嬉しいんですよね。映像のお仕事だと、テレビ画面に収まる範囲であまり動かずにお芝居をしなくちゃいけないシーンでムズムズすることがあるんですよ(笑)。なので今回は思いっきり動けるぞ!ということで、ワクワクしてます。お芝居は地方公演も含めると長丁場になるので、より体調に気を付けるようになりますかね。食べることが大好きだから、地方のおいしいものを食べられるというのが実はとても楽しみだったりします。
中島 舞台はずっとやりたいと思っていたので今回のお話はすごく嬉しかったんです。ただ舞台に立ち続けていた宝塚時代からだいぶ期間が空いたので、できるかな?という不安もちょっとだけあったりしますね。舞台はホームともいえますが、宝塚を経て久しぶりに舞台へ出させていただくということで、逆に新しい世界に飛び込むドキドキ感もあります。今はひたすら意気込んでいますね、鼻息荒く(笑)。
本作は彩の国さいたま芸術劇場を皮切りに、全国5都市をめぐるツアーを予定している。劇場が大きいため、片桐が「走り回ったりするんですかね? 体力、もつかな……」と苦笑いしていたが、観る側としても演出プランは気になるところ。
中屋敷 まだセットなどのミーティングは終わっていないんですが、俳優さんたちを馬のようにどんどん動かしていこう、みたいな話はしていますね。俳優さんが身体と心を使ってバタバタと舞台を引っ掻き回すような物語なので、こちらも手綱を緩めるというか、俳優さんが好きに暴れられるような内容を考えないといけないなと思ったりします。演出の立場だと調教師のようになってしまいがちなんですが、そんな自分をどこかで切り離して、僕自身も例えば「塚田行けーーー!!!」と熱狂できるような空間になったらいいなと思います。さらに、お客様にもその興奮が感染するようになったらといいなと思うんですよ。例えば、舞台セットをパドックみたいにするとかね(笑)。本物の馬は出てこないですが、舞台上にいる俳優さんがみんな競走馬のように生き生きと動く姿をどう見せるかが大事だなと。台本を読んでもそう書いてはいないんですけど、今回はパワフルなものにしようという企みはもうはっきりしているんです。だから初演の90年代という設定は変えないつもりですが、’01年の公演を観ている方から見たらサクラパパオー2世、3世みたいな、作品の手触りとしてちょっと若返ったものでなきゃいけないなと。
まだ稽古前の段階だが、最後にそれぞれが思う「サクラパパオー」の見どころについて語ってもらった。
中島 鈴木さんのいらっしゃるラッパ屋さんの最新作「ユー・アー・ミー?」を先日観させていただいたんですが、客席にも物語の温かさがじんわり伝わってくるような作品だったんです。例えば誰かとケンカしていても、あれを観たら「仲直りしようかな……」と思ってしまうような、心を丸くしてくれる魅力があるんですよね。この「サクラパパオー」も負けず劣らずすごく面白いですし、観た方にそんな温かい気持ちで帰っていただければいいなと思います。
黒川 私くらいの年代の女性のお客様だと、競馬場に行ったことがない方もいるのかなと思いますが、競馬に詳しくなくても楽しめる作品なんですよ。何より登場人物たちそれぞれに、ちょっとダメなところだったり共感できるところがあって、すごく人間らしいんですよね。だから観ていて応援したくもなると思いますし。あと私が演じる今日子は田原さんの婚約者ということで、2人の恋模様も描かれると思うので……女性ファンの方は私と入れ替わったつもりで、塚ちゃんの婚約者気分を楽しんでいただけたらとも思います(笑)。
片桐 例えば塚田くんのファンの若いお客様からすると、もしかしたらちょっとマニアックだなと思うお話かもしれないですけど、全体としては人間ドラマがテーマになっているので、そこには注目してほしいですね。塚田くんだけじゃなく、おじさんやおばさんたちも頑張って走り回るので、そこは楽しんでほしいですし。……でも最終的にはギャンブルの話なんですよね、どうしようもないなあ(笑)。特に僕をはじめとした男たちのダメっぷりには注目していただきたいですね。
中屋敷 再演を繰り返しているこの作品にはウェルメイドで完成度の高いものというイメージがあると思うんですが、それをもう一度ゼロから、まさに初レースにでるような緊張感と……あとは今回の「サクラパパオー」を、“血統はいいんだけれども勝つか負けるか走ってみなきゃわからない”みたいな、そういう緊張感を大切に作っていきたいなと思います。だからお客様も、「どうせ面白いんでしょ?」という風には思わないで観に来てほしいんです(笑)。すごく手ごわい作品ですが、僕もこの「サクラパパオー」を乗りこなしてジョッキーとしての名を挙げたいと思っているので。落馬にビビってばかりもいられないですから、この絶妙なキャストたちと一緒に走り抜けられたらいいなと思います。
インタビュー・文/古知屋ジュン
◎プロフィール
■中屋敷法仁
ナカヤシキ ノリヒト 青森県出身。’04年に柿喰う客の活動を開始。06年より柿喰う客の柿喰う客の代表となり、全作品の脚本・構成・演出を担当。外部の脚本・演出も多く、3/24[金]~ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」(脚本担当)、6/22[木]~舞台「黒子のバスケ」(演出担当)などが続々上演予定。
■中島亜梨沙
ナカジマ アリサ ’82年、北海道出身。’03年に宝塚歌劇団入団。多数の舞台でヒロインを務め、’08年、宝塚歌劇団年度賞新人賞受賞。’09年の退団後はカナダ留学を経て、「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンターで活動再開。大河ドラマ「真田丸」(2016年)の吉野太夫役なども話題を呼んだ。出演映画「サクラダリセット」は、前篇3月25日、後篇5月13日公開予定。
■黒川智花
クロカワ トモカ ’89年、東京都出身。’02年にドラマ「愛なんていらねえよ、夏」でテレビドラマに初出演し、以降も映像分野で幅広く活躍。’08年に演劇集団キャラメルボックス2008クリスマスツアー「君の心臓の鼓動が聞こえる場所」で初舞台を踏む。出演映画「LAST COP THE MOVIE」が5月3日公開予定。
■片桐仁
カタギリ ジン ’73年、埼玉県出身。多摩美術大学時代に小林賢太郎と共にラーメンズを結成。’05年よりエレキコミックとのコントユニット・エレ片での活動もコンスタントに行っている。「ダブリンの鐘つきカビ人間」(2005年)や「BOB」(2012年)、「鎌塚氏、振り下ろす」(2014年)など舞台を中心に、テレビやラジオ、粘土創作など、多方面で活躍中。
【公演情報】
パルコ・プロデュース公演『サクラパパオー』
作:鈴木聡
演出:中屋敷法仁
出演:塚田僚一(A.B.C-Z)/中島亜梨沙 黒川智花/片桐 仁
日程・会場:
2017/4/26(水)~30(日) 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール(埼玉)
2017/5/10(水)~14(日) 東京国際フォーラム ホールC(東京)
2017/5/16(火) 電力ホール(宮城)
2017/5/19(金) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT(愛知)
2017/5/25(木)・26 (金) サンケイホールブリーゼ(大阪)
★埼玉・東京・愛知公演、チケット好評発売中!(大阪は4/2(日)一般発売)