ビリーは“いる”のではなく、“育てる”ものだった!
2005年にイギリスで誕生して以来、世界各地で上演されて大絶賛を浴び、日本ミュージカルファンの間でも長く上演が待ち望まれていた『ビリー・エリオット』が7月、ついに日本版初演の幕を開けた。ヒット映画『リトル・ダンサー』(2000年)が、スティーヴン・ダルドリー監督本人の演出、そして映画を見て立ち上がれなくなるほど感動したという逸話を持つエルトン・ジョンの音楽によって舞台化されたもの。そもそも感涙必至のストーリーを、サー・エルトンの入魂の音楽がさらにエモーショナルに描き出す、数十年に一度あるかないかの傑作ミュージカルだ。
物語の舞台は1984年、長引くストライキに喘ぐ英国北部の炭鉱の町。作品タイトルは、幼くして母を亡くし、炭鉱夫の父と兄とともに、認知症気味の祖母の面倒を見ながら暮らす少年の名だ。ふとしたきっかけでバレエに出会い、町のバレエ教師に才能を見出されたビリーは名門バレエ学校を目指すようになるのだが、父親から猛反対を受ける……。もしも本作が、少年が夢を追うだけの単純なサクセスストーリーだったなら、細部まで理解できなくても十分楽しめたかもしれない。だが実際は、家族や師弟間で様々な激情が行き交う迫真のドラマ。それだけに、母国語で観て深くまで味わってこそ感動が倍増することは明白だったわけだが、日本版上演にあたっては、こんな不安を抱えていた向きも多いのではないだろうか。「果たして、日本にビリーを演じられる少年がいるのだろうか?」と。
だが幕が開いた今、答えはひとつ。ビリーは“いる”のではなく、“育てる”ものだったのだ。バレエ、タップ、アクロバット、歌、芝居。ビリー役に求められる膨大な能力の全てを初めから備えた逸材などいるはずもなく、初代和製ビリーとなった5人の少年は、1年以上にわたるオーディションとレッスンによって選抜・育成されてきた。そしてそれは日本に限ったことではなく、世界中でとられてきた方法。つまりはこれまで世界各地で観客を驚嘆させてきた少年たちも、長い時間をかけてビリーになっていたからこそ、あそこまで“ビリー然”としていられたというわけだ。少々アンニュイな美貌と想像の一歩上を行く独特のユーモアを持つ前田晴翔と、ぶっきらぼうな少年が踊り出すとキラキラと輝き出す様が魅力的な加藤航世。まだ二人しか観ていないが、どちらも度肝を抜くパフォーマンスを見せてくれた上に二人がそれぞれの方法で“ビリー然”としていて、これは5人とも観なければとの思いに駆られた。
本国スタッフによる丁寧な演出はビリー役に限ったことではなく、大人キャストもまた知名度に頼らないオーディションにより選ばれ、通常の日本のミュージカルよりも長い稽古期間を経て舞台に立っているとか。それだけに、お父さん役の吉田鋼太郎と益岡徹、ウィルキンソン先生役の柚希礼音と島田歌穂をはじめ、全員が役をしっかりと自分の手中に収めて演じている印象だ。だが誤解を恐れずに言えば、本作における彼らはやはり“脇役”。大人たちの名演を生かすも殺すも“タイトルロール”たるビリー役次第という作品構造の中で、完全に生かし切っている少年たちにやはり最大の拍手を贈りたい。作品自体はこの先ずっと再演が重ねられていくだろうが、ビリーは声変わり前のわずかな期間しか演じられない役だけに、初代の登板は恐らく今回が最初で最後。ゆくゆくは伝説ともなるであろう5人の雄姿を見逃したら、後悔必至と言えるだろう。
取材・文:町田麻子
撮影:阿部高之
撮影:田中亜紀
【公演情報】
日程・会場:
2017/7/19(水)~23(日) 東京・TBS赤坂ACTシアター ※プレビュー公演
2017/7/25(火)~10/1(日) 東京・TBS赤坂ACTシアター
2017/10/15(日)~11/4(土) 大阪・梅田芸術劇場 メインホール
脚本・歌詞:リー・ホール
演出:スティーヴン・ダルドリー
音楽:エルトン・ジョン
振付:ピーター・ダーリング
出演:
加藤航世 木村咲哉 前田晴翔 未来和樹 山城力/
吉田鋼太郎 益岡徹/柚希礼音 島田歌穂/久野綾希子 根岸季衣/
藤岡正明 中河内雅貴/小林正寛/栗山廉(Kバレエ カンパニー) 大貫勇輔 他
※公演により出演者が異なります