わずか6人の役者で20役以上。
白井晃念願の作品が刻々と作られている!
美貌の青年貴族が一夜にして女性へと変貌し、16世紀から20世紀へと400年もの時代を超えて真実の愛を追及する数奇な物語『オーランドー』。20世紀モダニズム文学の重鎮ヴァージニア・ウルフの代表作を、アメリカの劇作家サラ・ルールが翻訳した、性と時間を超越するこの傑作舞台が日本初演の幕をあげるまで、残り1カ月弱。KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督を務める白井晃演出の本作に注目が集まる中、稽古場取材が許された。8月頭から断続的に行われてきた稽古もこの日で約2週間目。ラスト第五幕の段取りが立ち稽古で行われている真っ最中だ。
主人公・オーランドーを演じる多部未華子はスカートにパンプス。物語は青年から始まるが、このシーンでは女性へと変貌を遂げた後。すでに台本を手放し、演出助手に助けられながらも正確なセリフを刻んでいく。その透明な声の響きときたら! 小さなささやき一つにも耳を奪われてしまう。そこへ、舞台奥からしずしずと、ワイヤーパニエをまとった小日向文世が出てきた。エリザベス女王だ。あえて“女”を演じずとも女王然と魅せるのは、小日向持ち味のやわらかな物言いのなせる業か。多部のオーランドーに向けて発する「キスをしてちょうだい」のセリフでふいに周囲に笑いが起きた。え、本当に頬にキスをした……? 取材席からは確認できない、残念!
この稽古場でもっとも前のめりなのは演出の白井晃だろう。「はい、ありがとうございます、ええっと、多部さんね」「あ、こひさん(小日向)のさっきの振り向きは」と、ひとり一人に細かな示唆を与え、自らも試して動き回る。言われたことをすぐに台本に書き込む多部、小日向は「え、どっち? こうしたほうがいいの、こっちなの?」と納得着地を模索する。現段階では動きの段取り先行らしく、「まだわからないけどとりあえずそうしておいてください」と丁寧ながらも、白井は演出にたっぷりの余白をキープしておきたい様子だ。
そして、戸次重幸、池田鉄洋、野間口徹。一人ずつが主役を張れる同世代俳優。
彼らが脇のさまざまな役を演じ分ける“コーラス”を担っていることに改めて軽い衝撃を受ける。立ち方も、稽古場の居方も、まったく違う三人三様が、共同作業で舞台装置を動かし、別々に動いていたかと思えば最終的にまとまり、そこからまた離れていく。この軽やかさは、さすがベテランの域。「ワゴン(コロ付きテーブルの上に野間口を乗せて戸次と池田がクルクル回る)の回転スピードを15%速めにしましょうか」「(舞台装置の)旗を置く位置は、直線でもいいし、バラバラでもいいし……、お任せします、やってみてもらえます?」。白井が与える演出指示は非常に細かく、同時に、「カオスな感じがほしいんですよね」と多分に抽象的。が、その一言で、ゆったり歩調からシャキシャキ小走りに戸次の動きはガラリと変わる。白井流構築の妙技は、こうした役者の体を通して表現されていく。それがよくわかる。
オーランドーが恋に落ちるサーシャ役の小芝風花も、五幕ではコーラスの仲間入りをするようで、「やっと旗が持てる!」。キャッキャとうれしそう。彼女の弾ける笑い声は一服の清涼感。ちょっと煮詰まり気味の気配がふっとほどけた。“おじさんたち”が微笑ましく見守る姿を垣間見るのも、稽古場取材の特権だ。
この日に全体の流れがようやく一巡したらしい。しかし、まだ完成ではない。「これからぶっ壊しが始まる」とは、白井演出の経験豊富な野間口談(座談会をご参照!)。
とはいえ。
難しい戯曲と聞いてはいたが、見ている分には、かなりおもしろい。セリフの言葉はやさしく、場面転換はスピーディ、役者は優美で、目はキラキラ、胸はワクワクする。ここにビジュアル的要素や音楽も加わっていけば、エンターテインメント性はかなり高まるはず。
なにより、贅沢な俳優陣のハードな運動量を見るだけでも一見の価値あり。俳優たちを身近に感じながら「めくるめく冒険の旅へ」出かける切符は残りわずか、お早めに!
インタビュー・文:丸古玲子
撮影:岡千里
【公演情報】
KAAT×PARCOプロデュース『オーランドー』
日程・会場:
2017/9/23(土)~10/9日(月・祝) KAAT神奈川芸術劇場<ホール>(神奈川)
2017/10/18(水) まつもと市民芸術館(長野)
2017/10/21(土)~22(日) 兵庫県立芸術文化センター(兵庫)
2017/10/26(木)~29(日) 新国立劇場 中劇場(東京)
原作:ヴァージニア・ウルフ
翻案・脚本:サラ・ルール
演出:白井晃
翻訳:小田島恒志 小田島則子
出演:多部未華子 小芝風花 戸次重幸 池田鉄洋 野間口徹 小日向文世