江戸川乱歩の長編探偵小説を三島由紀夫が戯曲化した「黒蜥蜴」。この三島由紀夫の最高傑作のひとつにも数えられる作品を、ブロードウェイなど世界で活躍する演出家、デヴィッド・ルヴォーが独自の解釈で舞台上に映し出す。この大作に、類まれな美貌を持ち黒蜥蜴に狙われる娘・早苗役で挑むのは相楽 樹。その意気込みと現在の心境を聞いた。
今の自分だからこそできる武器を稽古の中で作っていきたい
――「黒蜥蜴」への出演が決まったとき、率直にどのようなお気持ちでしたか?
相楽「私はわりと小劇場に立つことが多かったので、決まる前の段階で(デヴィッド・)ルヴォーさんの舞台に出るということ、そして日生劇場という大きな舞台に立つということは大きな挑戦だと思っていました。だから、ぜひやりたい!という気持ちがあったし、美輪明宏さんの『黒蜥蜴』を観ていたので、ご縁も感じていたんです。でも、ルヴォーさんとお会いしたときは世間話ばかりしたので確信も持てず、ただ待っていました。なので、決まったときはすごくうれしかったし、その後からちょっとだけ不安が出てきました」
――どのような不安でしょうか。
相楽「舞台の大きさが違うだけでも、声の出し方や見せ方が全然変わってくると思うんです。私は今まで、なるべく細かく演じ、テレビとかでもできるお芝居を目指して小劇場でやってきたので、まったく逆のことに挑戦することになります。といって、大きく見せる芝居をすればいいというものではないし、ミュージカルや宝塚など、そういう場でやってこられた方には敵わない部分もある。これから自分ができることが何か、見つけていきたいと思っています」
――相楽さんが演じる早苗という役には、どのような印象をお持ちですか?
相楽「早苗という役には秘密があって、前半と後半では観る方の印象が変わると思うんです。そこを自分がいかに印象を変えられるかというのが大事なところですね。私は、ほとんど中谷さんか成河さんとお芝居することになるんですが、ずっと憧れていた大好きなおふたりなので、負けず劣らず、今の自分だからできる何かしらの武器を稽古の中で作っていけたらと思っています」
――早苗は黒蜥蜴が魅了されるほどの美貌の持ち主ですが、相楽さんが考える美とはどのようなものでしょう。
相楽「美しさと言われると、どうしよう…と思ってしまうんですが。もちろん、女性の美しさとして見た目やスタイルもあると思うんですけど、私は所作が大切だと思うんです。しぐさや喋り方、指先まで細かいところも意識していきたいですね。舞台の空気って、そういう部分ですべて伝わると思うので。共演する朝海(ひかる)さんの動きを見ていると、本当にきれいなんですよ。ちょっとしたことをたくさんレクチャーしていただいたので、それを心がけていきたいと思います。あと、ルヴォーさんは、バレエのようなゆったりした動きとおっしゃっていたんです。私は日舞をやっていて、日舞も古典的なもののひとつですから、その要素を少しでも活かしていきたいですね」
――みなさんで3日間ほどのワークショップが実施されたと伺っていますが、どのような感じでしたか?
相楽「本当に楽しいワークショップでした。普通だとまずお芝居をやったり、台本を読んだりすると思うんですけど、特にそういうこともなく。初日には、タイヤをつけて移動できる扉がいくつか用意されていて、そこを縦横無尽にみんなが行き来してばったり出会ったり、誰かを追っている人だったり、逃げている人だったり、いろんな人がただうごめいているだけですごく画になったんです。ルヴォーさんが、実験として見たい、いろんな可能性を広げたいと考えているものを、みんなと一緒に探っていく感じでした。ワークショップを受けているというよりも、遊んでいるような印象でしたね。何よりもルヴォーさんが一番楽しそうで(笑)。日本語で“よーし、じゃあ行こう!”って言っていました。ルヴォーさんが笑顔でいるから、みんなも笑顔で取り組むことができ、すごくいい連鎖がありましたね」
――その他にワークショップの中で印象に残っていることは?
相楽「知らない言語をしゃべる人の通訳をするという設定で、勝手に作って通訳をしていくプログラムがあったんですけど、私が最初にルヴォーさんに引っ張られて。それで“3分クッキングをやりたいそうです”“ほうれん草のゆで方をお教えします”ってやったんですね。そしたら中谷さんが“すごいセンスを持っているわね”って言ってくださいました(笑)」
――ルヴォーさんの言葉で印象に残っていることは?
相楽「冒頭のシーンで黒蜥蜴と早苗のふたりだけのシーンがあるんですけど、そのシーンをワークショップで探りながらやってみたんです。私は中谷さんにすべてを委ねて、愛でられていたんですが、その姿を見てルヴォーさんが“悲しげで、本当にお人形のようですごく面白かった”と言ってくださって。そのときに生まれた感覚で中谷さんとお芝居を続けてみたんですけど、その空気全体をルヴォーさんがしっかり見てくださっていたんですね。その中で気づいたことなどを、一人ひとりに、ここが良かったよと声をかけてくださるんですよ。そういうところも、とても嬉しかったです。井上(芳雄)さんも、だからルヴォーさんが好きなんだよ、とおっしゃっていました」
――3日間ではありますが、かなり濃密な時間だったようですね。
相楽「ワークショップの3日間で、すでに一体感が生まれたんですよ。割とみんなと頻繁にコミュニケーションをとるようになりましたね。何よりも中谷さんが誰にでも分け隔てなく、気さくに話しかけてくださるんです。最初はアンサンブルの方と役が決まっている方とで割れてしまうこともあると思うんですけど、そういうものを中谷さんがすべて取っ払ってくださった気がします。すごく素敵だなと思いましたね。それで、みんながひとつになれる。ルヴォーさんも目が合えばすぐに話しかけてくださって。人見知りせずにみなさんと一緒にいれるので、稽古も大丈夫だと思います」
――相楽さんは美輪明宏さんの「黒蜥蜴」をご覧になっているそうですが、そのときの感想をお聞かせください。
相楽「美輪明宏さんの『黒蜥蜴』を観に行ったのは、出演者に友達がいたから、その人を目的に観に行ったんです。美輪さんの舞台を観たのも初めてだったんですが、ものすごく豪華だったんです。セットもみなさんの衣装もキラキラして華やかで。そのイメージが固定概念のようにあったんですが、ルヴォーさんのお話しを聞いたり、ワークショップをやったりする中で、もっとシックな世界を考えていらっしゃるんじゃないかと思います」
――三島由紀夫の言葉の世界観についてはどのように感じていらっしゃいますか?
相楽「すごく詩的なんですよね。ものすごく言葉数が多いような気もしてしまうんですけど、読み解いていくとちゃんと意味がある。おしゃれなんですよね。小劇場やドラマではそういうセリフに触れることはなかったので。大きい舞台でそういうセリフをしゃべっている役者さんをみて、少し憧れを抱いていたんです。なので、今はワクワクしています。ルヴォーさんもセリフを勢いで言ってしまわないようにしていきたいとおっしゃっていました。今まで向き合ってこなかった台本との向き合い方になるような、そんな感じがします」
――三島由紀夫については、舞台をご覧になる前からご存じでしたか?
相楽「三島由紀夫を知ったのは舞台を観に行くもっと前のことで、その作品も『黒蜥蜴』でした。よく行く喫茶店の棚に『黒蜥蜴』が置いてあって、最初はなんて読むんだろう?って(笑)。マスターから“クロトカゲって読むんだよ”って教えてもらって、パラパラと見たぐらいだったんですけど。その後に舞台を観に行って、縁のようなものを感じたんですよね。不思議な感じでした」
――最後に、相楽さんが考える『黒蜥蜴』の見どころを教えてください。
相楽「やっぱり黒蜥蜴と明智小五郎の恋ですよね。障壁があるからこそ燃え上がってしまったり、相手を嫌いになるほど好きになってしまったり、みたいなすごく情熱的なんです。中谷さんと井上(芳雄)さんのとっても素敵なシーンがあって、中谷さんがとっても艶っぽくて…。ワークショップであれだけのものが出来上がっているので、本番ではもっとすごいものがお見せできるんじゃないかと思っています。ぜひ、楽しみにしていてください」
インタビュー・文/宮崎新之
メイク/関野里美
ヘア/KURUSHIMA
【プロフィール】
相楽 樹
サガラ イツキ 1995年3月4日生まれ。埼玉県出身。2010年にテレビ朝日『熱海の捜査課官』でデビュー。2016年の朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』にヒロインの妹役で出演し、一躍脚光を浴びる。主な代表作に、【舞台】 Mrs.fictions『伯爵のおるすばん』、劇団競泳水着『別れても好きな人2014』、『夏果て幸せの果て』、ブルドッキングヘッドロック『1995』、【映画】『さよならドビュッシー』、『グッド・ストライプス』、『ふきげんな過去』、【ドラマ】『嫌われる勇気』、『3人のパパ』などがある。
【公演情報】
『黒蜥蜴』
原作:江戸川乱歩
脚本:三島由紀夫
演出:デヴィッド・ルヴォー
出演:
中谷美紀
井上芳雄
相楽 樹
朝海ひかる
たかお鷹
成河
一倉千夏、内堀律子、岡本温子、加藤貴彦、ケイン鈴木
鈴木陽丈、滝沢花野、長尾哲平、萩原 悠
松澤 匠、真瀬はるか、三永武明、宮 菜穂子
村井成仁、安福 毅、山田由梨、吉田悟郎
<ダンサー>小松詩乃、松尾 望 (50音順)
日程・会場:
2018/1/9(火)〜28(日) 日生劇場(東京都)
2018/2/1(木)〜5(月) 梅田芸術劇場メインホール(大阪府)