『アンチゴーヌ』 生瀬勝久 インタビュー

アンチゴーヌ_宣材ヴィジュアル

ソフォクレスによるギリシャ悲劇を、フランスの劇作家であるジャン・アヌイが翻案した『アンチゴーヌ』。アヌイの代表作として、時代も国境も越えて広く上演され続けているこの名作を、2018年の年明け早々、蒼井優、生瀬勝久を筆頭に、梅沢昌代、伊勢佳世、佐藤誓ら実力派勢揃いのキャストで上演することになった。演出は栗山民也。古代ギリシャを舞台に、自らの良心に従い信念を貫くアンチゴーヌと、法と秩序を守り政治の責任を貫こうとする国王クレオンとの対立を描く悲劇だ。映像に舞台に、コメディからシリアスへと、ジャンルにとらわれず八面六臂の活躍を続ける生瀬に、作品への想いを語ってもらった。

 

――常々、生瀬さんは「出演作品を自分で選ぶことはない」とおっしゃっていますが、ここのところ見事なほどにまったくカラーが違う作品、役柄が続きますね。
生瀬「本当ですね、なんだかまるで選んだかのように(笑)。自分としては大変楽しめていますし、たとえば僕が出ているものを追いかけてくださっている方にとっても、きっと面白がっていただけていることと思います。」

 

――いろいろな生瀬さんの顔が次から次へと楽しめて。
生瀬「だから、事務所には感謝していますよ。って、こういうところでしかあまり感謝したことがないんですが(笑)。」

 

――本当にスケジュールの都合のみで、出演作が決まっていくんですか?
生瀬「そうですよ。だってオファーしてくださる側は、僕のことを知っていて「これを生瀬にやってほしい」と思われて声をかけてくれているはずですから。その期待には応えないと。たとえば僕がプロデューサーだとして「この作品を誰にやらせよう」と考えて「生瀬かな」と思って連絡してくれたのに断ったとしたら「なにィ?」ってなるじゃないですか。だけど、受けたら「いい人だね~」って思われるでしょ。つまり、いい人になりたいんです、それだけです(笑)。」

 

――それで、実際に今回の台本を読んでみたら。
生瀬「うーわ、これは大変だ、どエライものを引き受けちゃった!って思いましたよ。でもそれでも努力すれば、お応えできるはずだと思うので。演出家の栗山さんともこれが初めてではなくて、とても信頼している演出家さんですし、きっと今回もまた、変な癖がついてしまっている僕の“曲がった背骨”を矯正してくれるんじゃないかなと思って(笑)、楽しみにしています。」

 

――セリフの量も、かなり膨大ですね。
生瀬「確かに。そして、さらにクレオンの持つ説得性も絶対に出さなければいけませんしね。アンチゴーヌとの対立についても、お客様が果たしてどちらにシンパシーをより感じるかはまだわからないけれども、そこはきちんと均衡が保てる物語にしたいと思うんです。つまりクレオンを単純な権力だったり、巨大な力を持っているというだけの存在にはしたくない。どこかで、そこに逡巡もあるようなところもきちんと表現したいんです。それがたぶん、僕のやる仕事なんじゃないかなと思うんですよね。」

 

――そして蒼井優さんとは、『楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~』(2009年)で演出をされてはいるものの、俳優同士としてご一緒されるのは初めてなんですよね。
生瀬「そうなんです。だから僕はずっと演出の立場から見ていただけなので、共演者としては稽古場でどういうお芝居をされるかは、実際にセリフを交わしてみるまでわからなくて。どんな手を出してくるか、どんな攻撃をしてくるか、楽しみですよ。」

 

――“攻撃”なんですね(笑)。
生瀬「まあ、対立関係にある役ですからね。その力をどうやって受けるのかとか、それをどう利用して返すのかは、ちょっと手を合わせてみないとわからない。」

 

――演出をされた時には、蒼井さんはどんな女優さんとしてご覧になっていましたか。
生瀬「一瞬にして、舞台上に何か異質なものが入ってくるくらいの存在感がある方なんですよ。この世のものとは思えないって表現が正しいかどうかはわからないですけど。今もまだ記憶にありますが、ネグリジェみたいな衣裳でバーッと出てくる場面があって、それがなんだかすごく「ヤバイ!」って感じがあって(笑)。それはヴィジュアルにしてもスピードにしてもそうですけど、なにしろ存在感の大きさがすごかった。おそらく街にはいっぱい、蒼井さんみたいな背格好の女性はいると思うんですけれども、蒼井さん本人には言葉では説明できない女優ならではの圧倒的な力があるんです。」

 

――では、今回はその圧倒的な力とぶつかり合うわけですね。
生瀬「ええ。僕の場合、それに対抗できるのは“声”と“間”でしょうか。物事を考えるという行間の部分に、僕は非常に芝居の可能性を感じるものですから。」

 

――また、今回は長いセリフもたくさんありますが。
生瀬「それは、つまりそれだけ長く話さないと相手が納得しないという状況だからこそ、長く話しているので。」

 

――クレオンも、アンチゴーヌを必死で説得しているわけですものね。
生瀬「そうです。だけど、その長台詞を全部覚えたからといって「すごいなー、あれだけのセリフをどうやって覚えたんだろうね」っていうだけの劇評や感想ほど哀しいことはないですよね。何かほかに思うことはなかったの?って(笑)。ただ、今回は気をつけないとそういう風になりかねないから、そうならないようにしないと。」

 

――でも今の世の中的にもまさに個と国家、個と全体みたいなことを言われていますから、伝わることは多そうです。
生瀬「そうなんですよね。しかも個というものに対して、非常に厳しい時代ですし。たとえばアンチゴーヌのやろうとしていることは良心、モラルについてのことなんですが、モラルとルールというものはどうしても違うものですからね。本当はモラルの延長上にルールがあれば一番いいんですが、どこかでずれていってしまうことが常で。今回はたぶんそういうお話だと思うんです。」

 

――どっちを、より大事に思うのか。
生瀬「だから、ものすごく難しい話ですよね。」

 

――そう思うと、栗山さんがこの作品をやりたいと思うのもわかるというか。
生瀬「そう、権力者というと言葉は悪いかもしれませんが、やはり演出家もそうじゃないですか。総理大臣にしても大統領にしても同様で、個よりも立場というもので生きなきゃいけない。そういう意味では、非情な判断をしなければいけないこともあって。やはり、どっちも哀しい。でもそれが世界なんだ。というのがきっとこの作品のテーマなんだと思います。」

 

――個も活かしながら、全体としてもうまくいけたらいいんですが。
生瀬「だけど、その線引きのところで悲劇が生まれてしまうんです。しかも、このお話は答えを出そうとしていませんからね。もう、そこはお客さんの。」

 

――受け止め方次第。
生瀬「そういうことです。でも人生ってずっとそんなことの積み重ねですから。だけど、その悲劇に行き着くまでになんとかできなかったのかなとは思ってしまいますよね。その、お兄ちゃんがもう少し。」

 

――うまく立ち回ってくれていれば、とか。
生瀬「そうそう。残された者や、周りの人が迷惑するから、やはり個々がきちんと正しい生き方をすることが大事なんだということを、結局言っているような気もします。」

 

――こういう風に生瀬さんに解説をしていただけると、とてもわかりやすいですね(笑)。
生瀬「ハハハハ! こんな言い方では、元も子もないかな(笑)。」

 

――いえ、今回は翻訳ものですし、テーマや原作の雰囲気だけで難しそうだと思っているお客様も多いかもしれないので。今の生瀬さんの解説のおかげで共感していただけそうだなと思いました。
生瀬「本当に、それぞれで勝手に考えればいいんですよ。演劇だからといって、暗いところでなんだか難しそうな話をしているなと受け止めなくても、もっと簡単に「私は蒼井さんのほうがかわいそうなように思える」とか「生瀬さん、その言い方はなんかキツイよー」でいいと思うんです。」

 

――その逆の意見も、ありそうです。
生瀬「そうそう、「生瀬さんの言っていることわかるわー、それはダメだよ、お兄ちゃん」とか「妹さんもそれは認めてあげなきゃ、ルールなんですから」って感じでね。難しい言葉はたくさん出てくるかもしれないけど、そこは別にすっ飛ばしてもいいんです。なんとなく、全体を俯瞰で見てもらえれば。それに今回は新訳ということもありますから、やさしい現代的な言葉でできるかもしれないですしね。それをさらにもっとわかりやすくするのは、俳優の仕事で。きっとお客様にわかりやすいスピードというのがたぶんあると思うので、そういうことにも気をつけながらセリフを口にしていきたいと思います。」

 

――では最後に、お客様へ生瀬さんからお誘いのメッセージをいただけますか。
生瀬「非常に緊張感のある舞台になるとは思いますが、それがこのあとのあなたの人生をずっとからめとるようなお話ではありませんので(笑)。劇場を出た時に、その緊張は緩和されると思うので「ああ、こんな時代じゃなくて良かった」とかいろいろなことを考えてみていただければ。それに今回は劇場の機構というか客席の作りも面白いですし、客席とステージが近いということもあって他ではちょっと味わえない演劇体験ができると思いますので、ぜひとも劇場にお越しください。シビれる舞台を作ります!」

 

インタビュー・文/田中里津子

 

【プロフィール】
生瀬勝久
■ナマセカツヒサ 1960年10月13日生まれ。兵庫県出身。関西の人気劇団の座長を経て、俳優だけにとどまらず、劇作家、演出家としても活動。『トリック』『ごくせん』『リーガル・ハイ』各シリーズで圧倒的な存在感を示すなど、数々の人気作に出演している。近年の主な出演作は『貴族探偵』『べっぴんさん』などのドラマや、『怪盗グルーのミニオン大脱走』などの映画、劇団☆新感線『髑髏城の七人Season風』などの舞台等。

 

【公演概要】
『アンチゴーヌ』

日程・会場:
2018/1/9(火)~27(土) 東京・新国立劇場 小劇場〈特設ステージ〉
2018/2/3(土)~4(日) 松本・まつもと市民芸術館〈特設会場〉
2018/2/9(金)~12(祝・月) 京都・ロームシアター京都サウスホール〈舞台上特設ステージ〉
2018/2/16(金)~18(日) 豊橋・穂の国とよはし芸術劇場PLAT〈舞台上特設ステージ〉
2018/2/24(土)~26(月) 北九州・北九州芸術劇場 大ホール〈舞台上特設ステージ〉

作:ジャン・アヌイ
翻訳:岩切正一郎   
演出:栗山民也 

出演:
蒼井 優、生瀬勝久、
梅沢昌代、伊勢佳世、佐藤 誓、渋谷謙人、富岡晃一郎、高橋紀恵、塚瀬香名子