ひとりの人生の実話を描き、英米ツアーでは500回以上上演された一人芝居ミュージカル『ライオン』の【来日版】【日本版】2バージョンが12月19日(木)から23日(月)まで東京・クラブeX(品川プリンスホテル内)で上演される。
本作は、ニューヨーク・ドラマ・デスク・アワード最優秀ソロパフォーマンス賞、ロンドン・オフ・ウエストエンドの最優秀ニューミュージカル賞を受賞した、ベンジャミン・ショイヤーの自伝的ミュージカル。あたたかく美しい楽曲の数々と、心が締め付けられるような独白、そして名人芸のギター演奏が繰り広げられる濃密な空間で、ウエストエンドの批評家たちが「驚異的で魅惑的な体験」と称賛した作品で、日本では初めての上演となる。
【来日版(日本語字幕付)】に出演するのは、2022年にスタートしたリバイバル版から約150公演の舞台に立ち、高度なギターの演奏技術と繊細な表現力で絶賛を浴びたマックス・アレクサンダー・テイラー。【日本版】に出演するのは高い演技力と豊かな歌唱力で観客を魅了し続ける成河。演出は、リバイバル版のアレックス・ステンハウスとショーン・ダニエルズが手掛ける。翻訳・訳詞は成河が宮野つくりとタッグを組み、初挑戦する。
本作について、ロンドンで稽古中のマックス・アレクサンダー・テイラーと成河にオンラインで話を聞いた。
毎日ふたりでギターと音楽について話している
――ロンドンの稽古場ではどのようなことが行われているのでしょうか?
成河 時期的にまだ僕のターンというか、マックスは今年の6月くらいに韓国公演をやったばかりでまだ作品の記憶が新しいので、先に僕の稽古をやらせていただいています(取材時12月初頭)。その中で毎日マックスとのギターワークという時間を取っていただいて、基本的には僕がレクチャーを受けるカタチで、1時間なり2時間なりマックスと2人でギターと音楽についての話をしたりして過ごしています。
――レクチャーとはどんなものですか?
成河 僕も1年かけて準備はしましたが、この作品は楽曲が20曲あって、それぞれギター演奏の難易度が非常に高いんです。マックスはこれまで150公演くらいやってきているので、ご自身の中でもギターの解釈が深まっている。それを伝えてもらっていたり、技術として奏法を教えてもらったりしています。
マックス この作品はミュージカルで「音楽が先にくるべき」という思いがあるので、音楽の部分を固めたうえでそこに演技が乗っかるということを重視しています。なのでこの毎日のふたりのギターの時間はすごく貴重です。もちろん人によって演奏の仕方や音楽の捉え方は違うので、僕と同じギターで同じ曲を演奏しても、成河が演奏するとまた違うものが出てくる。これは僕の演奏を真似するための時間ではなく、成河にとってどこが一番しっくりくるのかを探す時間でもあるので、それが大事です。
観客と一緒に過ごす時間というものがこれすなわち演劇
――成河さんは稽古場でどんなことを感じていらっしゃいますか?
成河 それを聞かれると1時間くらい喋ることになりますけど(笑)、でもこのミュージカル『ライオン』はすごく特殊なショーで、ギターが弾けないことには話にならない。だけどギターだけで弾けたつもりになっていても、人物を演じたりドラマを進めながらだと途端に弾けなくなったりする。登るべき山は大変険しいなということを感じていますし、今回の5日間の上演期間だけでなにか成果が出せるのか?という思いもあります。
マックス そうですね。ミュージカルや音楽は観客が入ってやっとできあがるものなので。お客さんのリアクションも作品の一部になっていきますから。
成河 マックスと話しているのは、こういう特殊なショーの「観客の前でしかわからないこと」は、普通の演劇公演とは比べ物にならないくらい大きいということです。だからマックスも「ステージ毎になにかを得ていった」と話してくれました。ステージを何回やるかということがとても大事になってくるんですよね。そういう意味ではやはり5日間の公演ではできることに限りがある。要するに、もっと続けてできるような作品になったらいいなという思いでやっています。
――そういう特性を持った作品の稽古というのはどのような存在なのでしょうか。
マックス さっき成河が言ったように、ギターが弾けても演技が入ると急に弾けなくなるようなことがあるのですが、何回も何回もやっていくと、演技と台詞と音楽と歌詞が合致するタイミングというのが絶対にあるんです。そこで全部が完成できるわけではないけど、その合致のタイミングというものがあるので、稽古のプロセスもすごく大事ですね。
――そのうえで幕が開いてまた見つけていくものがあるということですね。
成河 パフォーミングアートってやっぱり、商品としていきなりボンと「できました!」と出せるようなものではないんだな、という思いは強くしました。かと言ってたくさん上演して完璧なものができて「はいどうぞ!」というものでも全くない。ずっと育っていくものだし、転んでは立ち上がって転んでは立ち上がっていくもの。興行そのものがそうなんだなという思いは強くしましたね。
――この稽古中にそう思われたのですか?
成河 そうですね。こういうものを観客に見せるってどういうことだろうと考えた時に、いま僕は準備期間が1年間で「短かったです」とか言ってますけど、じゃあ5年、6年、準備できたとしても、客前で1回やったからどうだということではない。観客と一緒に過ごす時間というものがこれすなわち演劇で、そこで育っていくもの、そこで初めて生まれるもの、生まれ続けていくものがある。つまり「生まれてそこで終わり」ではなくて、「生まれ続けていくもの」に僕たちは期待しているし、懸けている。それは実は一回一回の公演ではない(そこで完結するものではない)んですよね。これだけ困難な演目にチャレンジしていると、そういうことを日々思います。
マックス 共感します。僕はこれまで150公演以上やってきて、やはりお客さんの前でやることで毎回新しい発見があるし、そこで考えますし、お客さんへの見せ方が変わったりしていく。成河の言うように、5日間で止まらずお客さんと共に生まれていく作品なんだと思います。
お互いが語る、お互いの魅力
――まだお稽古が始まったばかりではありますが、マックスさんは成河さんにどのような印象をお持ちですか?
マックス 大変素晴らしい人です。役者としてだけではなく、人として温かいし思いやりのある人だという印象がすごくあります。そしてそれは演技にも表れています。稽古初日に台本の読み合わせをしたとき、僕は日本語が全然わからないのですが、成河の演技から『ライオン』が伝えたいメッセージをしっかり受け取ることができました。
――成河さんはマックスさんにどのような印象をお持ちですか? 日本ではマックスさんのお芝居を初めて観る方が多いと思うので、詳しくお伺いできたらと思います。
成河 今回翻訳にも携わらせてもらったので、そのためにもマックスの上演映像を100回以上観ました。アメリカでの公演、ロンドンでの公演、いろんな場所でのマックスのパフォーマンスを観続け、そのうえで日本のお客様に伝えたいのは、もちろん彼は英語で歌って演技するわけですが、それでもマックスの持つものすごい……回数を重ねたからこその“自然さ”と言うんですかね。言葉が思いつかないですけど、自然に喋って、自然に弾いて、自然にパフォーマンスする、ということの押し付けがましくなさ。これがものすごい域にあります。もう職人芸というか匠というか、だから正直、マックスの映像を観ている時はギターが難しそうに見えなかったんです。その域にいくってすごいことです。きっとお客様も、マックスのパフォーマンスを観て、物語がストンと入るだろうし、人物の心情がストンと入ると思う。そういうものを体現するのが役者なんだ、ということがわかります。「その人が誰か」とか「パフォーマンスがすごいんだ」とかではなく、俳優はそれ(物語)を媒介する存在であるだけなんだってことが、彼を見ているとすごくよくわかる。
マックス お客さんは、「ギターが難しそうだな」と思った瞬間から、ストーリーや劇全体よりも「ギター」に集中がいってしまう。だからギターに限らず演技の大きさや歌の歌い方も含め自然に届けられるようにしたい、そうしないとお客さん自身が劇に入り込めないと感じています。
成河 付け加えますけど、マックスは恐ろしく歌もうまいですよ。びっくりするくらい。しかも今回は1000人、2000人規模の大劇場ではなく、500人規模の劇場で味わえる。その歌のうまさってものすごい体験になるので、本当にお客様にオススメします!
マックス ありがとう!
取材・文:中川實穗