
イギリスの国民的作家ジェフリー・アーチャーのベストセラー小説を原作とした世界初演のオリジナル・ミュージカル『ケイン&アベル』が誕生する。音楽を手掛けるフランク・ワイルドホーンをはじめ、ブロードウェイで活躍するクリエイター陣が集結。稽古場を訪ね、ウィリアム・ケインを演じる松下洸平と、アベル・ロスノフスキを演じる松下優也に話を聞いた。
――稽古が始まっての心境や、稽古場の雰囲気をお聞かせいただけますか?
洸平:ついていくのに必死なくらい、とても早いです。立ち稽古が始まって1週間ぐらいですが、一幕が全部終わって、今日一幕を通すんです。
優也:一昨日に一幕をほぼ通しているくらいですよね。
洸平:もちろん転換とかテクニカルなことも多いので、途中で数回止めたりはしましたが、この間一幕を通した時は、笑えるくらい……(笑)。
優也:グダグダだったね(笑)。
洸平:ね。
優也:ふたりとも歌詞もまだ入っていないし。
洸平:本当はすごく格好よく終わるんですよ。アベルの「ジャン!」みたいなところで。あんな情けない「ジャン!」なかったよね(笑)。
優也:ハハハ!
洸平:今この段階で一幕を通せている安心感はありますし、作品の全体像をこのタイミングで見られているのは非常によいことだと思っています。ここからさらに皆さんと一緒に作っていけると思うと、とても豊かで刺激的な稽古場になっていくと思います。
優也:本当に想像以上にスピード感が早いです。ケインもアベルも、ミュージカルにしては台詞が多いところが結構あるんですよ。だから家に帰ったら、「明日多分あのシーンをやるから、もう覚えておかないと」とみたいな。
洸平:そうだよね。
優也:今は覚えることに追われている感じです。曲数も台詞も多いですし、今は自分が意見を出して何かを作っていくというよりも、とりあえずミザンスをつけるというか、まず追いつくことに必死で、一生懸命にとりあえずやってみるみたいな。この1週間はガムシャラに過ごしていたという感じです。
――お互いに共演する前に感じていた印象と、実際にやってみて感じた変化があったり、こんなところが魅力的だなという発見などはありましたか?
洸平:とにかくめちゃくちゃ格好いいです!
優也:(照)。
洸平:ケインとアベルは対になるような役です。ケインは裕福な家庭で育った、分かりやすく言うとお坊ちゃまのような、エリートなのですが、アベルは真逆で身寄りのないところからのし上がっていった野性的なキャラクター。優也君がやっているアベルはまさにそのままで、メラメラと常に燃えたぎっている感じがします。でも、優也くんも言った通り、今はまだとにかくミザンスを覚える作業をしていて、ここからさらに稽古を重ねて、そして本番を重ねることでどんどん磨きがかかっていくと思うのでこれからもどんどん格好良くなっていくと思います。とても楽しみです。
――「めちゃくちゃ格好いい」ということですが、優也さんはいかがですか?
優也:洸平君はミュージカルもされていたけれど、今はアーティストとしてもめちゃくちゃ活躍されていて、自分も音楽活動からミュージカルの世界に入ってきた人間だから、どういう感じでミュージカルの時に歌うんだろうというのは、結構興味があったんです。初めて全員そろって本読みをした時に、歌のディティールがすごく繊細で、ちょっとした歌の譜割りとかニュアンスとかは、自分と通ずるものがあるなというのは感じつつも、ケインとしての心情みたいなものが歌の技術にすでに盛り込まれていて驚きました。二幕にケインのめちゃくちゃいいソロ曲があるんですが特に素晴らしくて。純粋に勉強になるなと思いました。そして、立ち稽古が始まってお芝居の稽古を見ている時に思ったのは、今回東急シアターオーブで上演するから、結構大きなミュージカル作品だと思うんですけど。
洸平:そうだね。
優也:そういう時はとりあえずいろいろ動いてみたりとか、大きくやってみたりするスタートもあると思うのですが、洸平君はもうそこだけで成立してしまうお芝居を完成させていてすごいなと思います。もちろん最終的には、東急シアターオーブでの上演に向けて、僕らもいろいろと考えていって、表現を伝えるためにミザンスなどが変わったりもしていくと思いますが、そんなに動かなくてもお芝居が成立できるというのは、本当にお芝居を捉えている人じゃないと、表現できることじゃないと思うので、やっぱり映像でもご活躍されているからこそなのかなと思いました。稽古場で近いところで見ていても、もうそこが全て、そこに答えがある感じがして。そういう、ちょっとしたふたりのやりとりみたいなものをすごく見ようとする感覚って、ミュージカルではそんなに多くないんです。もっと大きく捉えるというか。すごいなと思って見ていますし、純粋に楽しんでいます。
――そこだけで成立している芝居とのことですが、洸平さんは、2017年のミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』以来の大きなミュージカル作品へのご出演ですが、その頃と意図的にやり方を変えていたりするのでしょうか?
洸平:特にそんなに意識していることはありませんが、ここ数年映像のお仕事をさせていただく機会が増えたことで、「見せる」というよりは「感じて返す」ということが、より大切なんだなと思うようになりました。舞台上で「感じて返す」ことが成立していたら、僕たちが無理にそれ以上のものを見せようとする必要はなくて、お客さまがこちらの世界に入ってきてくれる感覚があります。そして、この数年で出演させていただいた舞台では、2人とか少人数の作品が多かったので、よりその中で集中することの大切さを学びました。それらの意識は『スカーレット・ピンパーネル』をやっていた時よりは、今は多少無意識にやっていることかもしれないです。今回、東急シアターオーブと大きい会場なので、あまり細々としすぎていても伝わらない部分があるかと思いますがお互いがこういう思いでやっているという、細かい芝居を知っておくことが意外と大事だと思っています。
優也:大事ですね。
洸平:だから今のうちに、少しずつやっておこうね。
優也:本当にそう思います。お客さまに見てもらって、楽しんでもらうことは当たり前に大前提ですし、当然のことなんですけど、そちらにだけに意識が向いている人って、芝居していて意外と信用できないんです。
洸平:そうだよね。
優也:やっぱりここ(役者同士)で起こっていることが本当に全てだから、「この部分を見てほしい」「この部分の台詞を聞かせたい」みたいなことを、役者も演出的にも計算して作っていく作業なので。もちろんショーアップされて皆さんに対してしっかり見せる部分もあるんですが、お芝居に関してはやっぱりここでのやり取りなので、だからお芝居をしていて分かるのは、目が合っているかどうか。本当の意味で目が合うというのは、見ていたら分かるんですよね。
――そういう違いがあるんですね。
優也:舞台上で芝居をしている時に、その人として目が合うかどうか。役になり切っていれば、本人としてとかそういうことはどうでもよくて、ちゃんと人として目が合っているかどうかということが意外と大事です。客席向きを感じながらやっている人って、何となく分かりますから。もちろんどちらかだけではなくて、両方大事なんですよ。そういう意味で言うと、ディティールが近くで見ていても成立しているほうが、絶対的に難しいと思います。
洸平:うんうん。
優也:ないものを大きくすることはできないですが、小さくてもあるものを大きくすることは簡単な作業ですから。過去にいろんな演出家の方に、「小さくても成立しているけれど、お客さまには伝わらないから体を乗せる」とか、テクニック的なことは教えてもらいましたが、そもそもの種の部分がないと、全部が(外)側だけになってしまいます。洸平君はそれが両方できる人ですし、稽古場で近い距離で見ていても成立しているというのは、本当にすごいことだと思いますし、それが全てだと思います。
ーー2025年はミュージカルが沢山上演されるんですが、『ケイン&アベル』はその先駆けに上演される作品にもなるかと思います。
洸平・優也:そうなんですか!?
ーー今お話しされていたことが、この作品ならではの推しどころになりそうですね。
洸平:そうですね。ミュージカルとはいいつつ、僕たちなりの、あまり型にはまらないものをお届けできたらと思っています。
――演じる役について、最初に脚本を読まれた時と、今一幕を通して、何か変化だったり深まったりするところはありますか?
洸平:本読みしてみて、僕がイメージしていた通りだなと思いました。ただ実際に動いてみたり、演出を受けたりしてみて、意外とチャーミングな一面もあるなとも感じています。特に親友と一緒にいる時間は、お互いに子供のようにきゃっきゃ言ったりしています(笑)。
あとは、結構ちゃんと自分の意見を言ったりするところもあって、意外と短気です。銀行の上司である益岡徹さんが演じるアランという存在に対しては、割と思ったことをバシバシと言います。それは、アランとの関係性があるからこそなんですが、ケインは自分の信念が強く頑固なほうだと思うので、その強さは演出のダニエルの要望を受けたこともあって、今は本読みした時の2割増しくらいになっています。
確かにそれくらいの強い人間でないと、ものすごく大きな銀行の頭取になんてなれないだろうなと思いましたし、誠実な部分はある人物ですが、頑固さや強さみたいなものも、さらに足して演じていけたらと思っています。
優也:アベルはポーランドから移民としてやって来るところから始まるんですが、希望に溢れてアメリカに着いた時に、「ここからのし上がっていく」という、強い野望と希望があるというところからスタートして、どんどん上に上り詰めていきますが、キャラクターとして非常に喜怒哀楽が激しい人だなと思います。
実際にアベルの周りでいろんなことが巻き起こるからというのはありますが、めちゃくちゃアップダウンが激しい。それを一つひとつ繋いでできるようになっていきたいと考えています。今はまだ台詞が確実に覚えられていないので、そこまで追いついていないですが、誰かの台詞のリアクションの度に、一つひとつ感情が変わるくらい、アベルは非常に激しい人間だなと思います。
――小説「ケインとアベル」が世界初のミュージカルになるというところにワクワクされていると公式コメントでも話されていましたが、手応えなどはいかがでしょうか?
洸平:振付、演出、ステージングなどは、ブロードウェイで活躍されているスタッフの方々が作ってくださっているので、まず面白いことは間違いないです。観に来てくださる方々にミュージカルだからこその壮大なものをお届けできることは確信しています。
そこからさらに細かいところは、「ミュージカルだから」ということにあまりこだわらずとも、単純に演劇で面白いと感じていただけるのではないかと思っています。時々ケインとアベルのふたりだけのシーンがあるんですが、先ほど優也君が話していましたが、「本当にミュージカルだっけ?」というくらいに、ずっとしゃべっていたりするんです(笑)
優也:めっちゃ会話劇。この会話こそ歌にしないんだ?みたいな(笑)。
洸平:そうそう(笑)。でも、会話で見せられるものもあるというのがこの作品の面白いところですし、我々に求められている部分ではあると思っています。ミュージカルとしての素晴らしさ、演劇としての素晴らしさ、エンターテイメントのショーとしての素晴らしさ、その3つが詰め込まれているので、僕たちがその要素をどれだけ一つひとつ大きくしていけるかが、この作品の成功の鍵ではないのかなと思います。
優也:今、洸平君が言ってくれたように、ストレートプレイかなと思うほど会話劇みたいなところと、ショーとしてのショーアップされた部分が混在していて、結構珍しいタイプの作品なんじゃないかなとは思っています。グランドミュージカルなんですが、急に芝居だけになると、会話劇なんですよ。
洸平:そう、ここは世田パブ(世田谷パブリックシアター)かなと思うくらい。
優也:ここ数年ミュージカルを多くやらせてもらうようになりましたが、ストレートプレイや、映像作品をやらせてもらう機会なども、いろいろと繋がってきて今の自分があり、フィールドを限定して活動してきてはいませんでした。
きっと洸平君も、ミュージカルも舞台も音楽もずっとやられてきて、映像もたくさんされている中で、二足か三足か分かりませんが、二足の草鞋みたいな活動をしてきたからこそ、ミュージカル『ケイン&アベル』では、歌と芝居、両方の幅を見せられるのではないかなと思います。芝居としてはしっかり芝居として見せ切る。それこそがミュージカルの醍醐味だとは思うんですが、そういう振れ幅は今回の面白味かなと思います。
取材・文:岩村美佳