ミュージカル『ある男』│浦井健治×小池徹平 本読み稽古レポート

それぞれの人物の内面が浮かび上がる人間ドラマ――

人間存在の根源と、この世界の真実を描き、読売文学賞を受賞した平野啓一郎による長編小説を初めて舞台化する、ミュージカル『ある男』。不慮の事故で死んだ男・谷口大祐が全くの別人だったという、奇妙な事件を調査することになった弁護士の城戸章良の姿を通し、アイデンティティはどこにあるのかを問う物語だ。主人公の城戸章良を浦井健治、ある男・Xを小池徹平が演じるほか、濱田めぐみ、ソニン、上原理生ら豪華キャストが結集する。今回は、本読み稽古の様子をレポートする。(この日は小見浦憲男・小菅役の鹿賀丈史と谷口大祐役の上川一哉は欠席)

取材に訪れたのは6月中旬。顔合わせをすませたばかりだというキャストたちだったが、ミュージカルで活躍するメンバーが集まっているカンパニーゆえ、すでに知った仲が多い。稽古前から和やかに会話をする姿があちこちで見られた。この日は、初めての読み合わせ。一部は歌入りで読み合わせをする。キャストたちは扇状に並べられた椅子に、プリンシパルが前列、アンサンブルが後列の2列に並んで座って本読みは行われた。

物語は、弁護士の城戸章良(浦井)が自身の生活、環境、そして胸の引っ掛かりを歌うナンバーからスタートする。アンサンブルの歌声も重なり合い、一気に物語へ引き込まれた。

章良はかつての依頼者である谷口里枝(ソニン)から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。里枝は、2歳の次男を脳腫瘍で失い、夫と別れた過去があった。その後、長男を引き取り故郷に戻ったあと、故郷で出会った谷口大祐と再婚し、新しく生まれた女の子と幸せな家庭を築いていた。しかし、ある日、大祐は不慮の事故で命を落としてしまう。愛した夫を亡くし悲しみに打ちひしがれていた里枝だったが、夫の死後、長年疎遠だった大祐の兄から衝撃の事実を突きつけられる。それは、愛した夫「大祐」が全くの別人だということ。「大祐」が誰なのかを知りたいという里枝の依頼を受けた章良は、謎の男、仮称・Xの過去を探っていく。

現在、過去(回想シーン)が入り乱れ、章良がいる場所も次々次々と変わるというスピーディーな展開が続き、物語が加速度を増して進んでいく。しかしその中でも、楽曲の中でそれぞれのキャラクターの心情がしっかりと歌われるので、人物造形は鮮明に浮かび上がっていた。

ミステリー的な要素も強い本作だが、それよりもそれぞれのキャラクターの内面を深掘りし、描き出すことを第一としている印象がある。全体の構成は原作とも映画版とも少し違うが、だからなのか、章良が日々の中で感じている違和感や苦悩が角度を変えて何度も描かれているように感じ、ダイレクトに彼の心情が届いてきた。

とはいえ、決して重苦しさは感じさせない。それは、やはりテンポよく進むストーリー展開とジェイソン・ハウランドの美しく耳に残るメロディーがあってこそだ。特に本作の製作発表でも歌われた、章良とXによるデュエットナンバー「暗闇の中へ」はこの作品を象徴する一曲だと改めて感じた。

ジェイソン・ハウランド

そして、「暗闇の中へ」で章良とXがデュエットしていることからも分かる通り、本作では章良とXの心の交わりが大きな軸となっている。章良とXは生きている時間軸が違うのだから、実際には二人が顔を合わせることできない。しかし、章良はXに問いかけ、Xもまたそれに呼応する。両極に存在する二人だが、心の内では深く繋がっていることを感じさせるシーンが本作には登場する。これはミュージカル版ならではの描き方だ。

一方で、それぞれのキャラクターの内面を深掘りしようとしていると書いた通り、本作を群像劇と捉えることもできる。里枝、谷口大祐の元彼女である美涼(濱田)、そして章良の妻である香織(知念里奈)という3人の女性が自身の思いに、境遇にどう決着をつけるのか。それぞれのキャラクターの心の旅も大きな見どころになっていた。

本読み稽古後には、キャストたちと演出の瀬戸山美咲が作品の疑問をディスカッションする時間も設けられた。瀬戸山は「複雑なストーリーで、人物の名前もたくさん出てきますが、できる限り分かりやすく、伝わるように演出していきたいと思っています」と話し、モニターやスクリーンを活用した演出を考えていると説明した。

瀬戸山美咲

さらに、キャストからも自身が演じるキャラクター像の作り方や、ナンバーやシーンにどうキャラクターを落とし込んでいくか、など役作りへの想いの共有があったりと、新作ならではの意見交換が行われた。
まだまだ稽古は始まったばかり。キャストたちが作り上げるミュージカル『ある男』の世界を楽しみに待ちたい。

取材・文/嶋田真己
撮影/山本春花