
映画『バグダッド・カフェ』が、名曲「Calling You」と共にミュージカルとしてよみがえる。アメリカ西部の砂漠の真ん中にある「バグダッド・カフェ」に偶然現れたドイツ人旅行者ジャスミンとカフェのの女主人ブレンダの出会いと友情、さらにそこから広がる国籍も人種も立場も異なる人々の絆を描いた、ファンタジックなコメディ作品だ。初共演となる主演のジャスミン役の花總まりと、ブレンダ役の森公美子に、今の思いなどについて聞いた。


――『バグダッド・カフェ』は名作映画ですが、ミュージカル化した作品にご出演のお話があった時のご心境からお聞かせください。
花總:私は映画を拝見したことがなかったのですが、「Calling You(コーリング・ユー)」の曲だけは知っていました。今回お話をいただいて、「あ、あの曲の?」と思って、映画を拝見したのですが、ミュージカルになるというのが、正直ちょっと想像がつかなくて。
森:そうなんですよね。
花總:曲としては「Calling You」がとにかく耳に残るのですが、他の印象は映像の中の荒涼感だったり。
森:砂漠の中の殺伐としたね。埃まみれで。
花總:私が挑戦するジャスミンという役は、そんなにしゃべっているわけでもなく、何となくだんだんと馴染むというか、そこに曲が乗ってくるんだと思いますが、どんな感じの曲を歌うのかなとか、今はまったく想像がつかないですね。楽しみでもあるけれども、ちょっとドキドキしている感じです。あの映画の雰囲気をちゃんと出せるミュージカルになっていると思いますので、全貌を初めて知る時が楽しみですね。
「Calling You」は、ふたりの気持ちを代わりに歌っていた曲
森:私は映画のレーザーディスクを持ってるのですが、今回は別の方法で久しぶりに観ました。「Calling You」はすごく有名ですが、実は物語に出てくる人は誰も歌っていないんですよ。ミュージカルを観に来てくださる皆さんは、あの曲を聴きに来るでしょうから、あの歌手の方を呼ばないと行けないのかなって(笑)。
一同:(笑)。
森:だから、ミュージカルではどっちが歌うんだろう? 花總さんじゃないかなって。
花總:ふたりじゃないですかね?
森:歌詞の内容には、ブレンダはコーヒーマシンが壊れて「あ~何てことだ。私の声は聞こえていないのかな。コーリング・ユー、呼んでるのにな」という気持ちになっている歌詞もありますし、ジャスミンがひとり残されて「自分だけみじめだわ」みたいな感じの歌詞もあって。だから「Calling You」は、私たちの気持ちを代わりに歌っていたんですね。
花總:そうですね。
森:ふたりで歌うんだなと思うと、ハモったりできるんだろうなと思いますが、花總さんの素敵な声と私のダミ声と……
花總:ダミ声じゃないですよ!
森:『レ・ミゼラブル』では子供を怒鳴りまくっていましたからね。だから、そんな声と一緒にね。本当に演出の小山ゆうなさんには言っておきたいのですが、もし成立するなら、花總さんだけの声でお願いしますと。
花總:え〜! だめ!だめ!だめですよ!
森:きっとふたりで歌うとは思うのですが、でも(私の音量を)絞ってくださいと。
――おふたりのハーモニー、すごく期待します。
花總:『THE BEST NEW HISTORY COMING』で、キャロル・キングの曲を歌っていらっしゃったじゃないですか。お稽古場で聴いて、すごく感動して。
森:本当に?
花總:もりくみさんは、『天使にラブ・ソングを〜シスター・アクト』などのイメージがあるんですが、キャロル・キングの曲をお稽古場で聴いた時に、なんだか涙が出そうになってしまって。歌い終わった時には、みんなが「うわぁ!」って拍手していたじゃないですか。なんだか染み入ってくる。だから絶対に「Calling You」を聴きたいです。
森:私も聴きたいですよ。花總さんうまいから! 『バグダッド・カフェ』って、今でもずっと流れているんですよね。いつも行くお店にも「コーリング・ユー」が流れているので、いつまで経っても名作なんだなと。

楚々として存在する光り方がジャスミンにピッタリ
森:(花總が演じる)ジャスミンはみんなと一生懸命交わろうとするんですよ。ドイツ人だから英語もたどたどしくて、一生懸命に聞き取ろうとして、手品をしてコミュニケーションを図ってきたり。次第に、その手品がバグダッド・カフェの名物になって。言葉は少なくても、皆さんに影響を与えているジャスミンの生き方がすごく素敵だなと思います。私なんかは「ねえねえねえねえ!」と、すぐ人の懐に入ろうとしてしまうんですが、ジャスミンの入り方はすごく上品。だから、花總さんにぴったりだと思った。
花總:そうですか?
森:よろしくお願いしまんにゃわ、とか言わない。そのままでいてください。
花總:言っちゃだめですか(笑)?
森:言ってもいいよ、たまにはね。でもね、楚々として存在する光り方をするのは、ぴったりだなと思うんです。私はブレンダでよかったと、本当に思いました。ブレンダは敬虔な妻であって、旦那さんにずっと我慢してきたけれど、これ以上我慢できなくて上手くいかなくなって。子供たちも自由ではなく、お母さんの怒りをいつも買っている。一度ジャスミンがドイツに帰ってしまったときに、全員の心に穴がというよりも、砂漠がさらに乾いたみたいな、砂煙の中を歩いているような状況になってしまうんですよね。全員が何にもやる気がなくて、ジャスミンの存在が、めちゃくちゃ大きかったんだなと。
花總:そう言われたら、ジャスミンって何なんでしょう。本当に口数も少ないのに、あれだけの影響力を及ぼすってすごいですね。ちょっと変わってますものね。
森:宇宙人ですよね。
花總:面白いというか。
森:言葉がなかったから、それだけの存在感を放てたということもある。普通は言葉で全部終わらせるじゃないですか。そうじゃないやり方を彼女が選んでいるから。
人との出会いによっていろいろなことを学び変わっていく
花總:ジャスミンは何とも言えない不思議な人で、結構意思は強いというか、はっきりしています。だから旦那さんと喧嘩して、車を降りて、間違ったトランクを持って、ひとり砂漠の中で「はぁ……」みたいな。普通だったら「迎えに来てくれないのかしら」とかなってしまいますけど、すべてに物怖じしないというか。手品の練習もいつの間にか自分で始めますし、掃除とかも始めますし。
森:旦那さんのパジャマを自分のウェアに変えるんですよ。
花總:そうそう。ところどころ結構面白くて、「え!?」って、ちょっとクスクスくるところがある。男物の服ばかりが掛かっているところを、ブレンダがおまわりさんを連れてきて。
森:「こいつやっぱり変だ」って。ひげ剃りまで置くんですよ。
花總:普通は置かないじゃないですか。だから、ジャスミンって結構面白いなって。やっていることが、周りからみたらすごく面白い。それで、どんどん生活に入り込んでいくというか。ブレンダがガーガー言ってきても全然負けないし、それどころか手品まで始めて、お店のスターになっちゃうし(笑)。だから、ジャスミンは最初から物語の中で何かが変わっていくというよりは、自分がそこに入って、周りを変えていって、でも、そこで自分の大切なものを見つけていくというか。
森:そうなんですよね、仲間を見つける。
花總:絵描きさんとのドラマもあるんですけど、重要な話になったら「ブレンダに聞くわ」って。そこまでの関係を作れるってすごいな、素敵だなと思って。
森:本当に素敵な人なんですよね。ジャスミンはきちんとした主婦だったと思うの。ブレンダはいろんなことにストレスを感じて本当は家を出て行きたいけれど、出ていく場所もない。「出ていきたいのはこっちだよ」と言うブレンダのセリフがあるんですが、「生活とはこういうものよ」と、ドイツ人のきちんとした正しさを教えられるんですよね。彼女によって、みんなが変わっていくのが、本当に素晴らしい。人はやっぱり人との出会いによっていろいろなことを学び、変わっていくんだなというストーリーだとは思うんです。そういうことをさりげなく教えてくれている「Calling You」だったりするのかなと思います。
少なからず誰かに影響されて、みんな生きている
――人との出会いで変化していく物語というところから、そこに共感するようなご自身の出会いや、ご自身のことではなくても、こういう出会いっていいなと思うことなど、何かありますか?
森:私は本当にブレンダなんですよ。部屋も散らかしていますしね。でも、楽屋の化粧前だけはちゃんとしとかなきゃなって、じゃーっと化粧品を出して、じゃーっと仕舞って出ていくんですけど、先輩方の楽屋の使い方を見て、「あぁ……」と思って。綺麗好きではないんですが、ただここの中には収めようと。あちこち置いていたので、あれがない、これがない、電話が鳴っている、どこにあるんだろう、お尻のほうから聞こえますよ……あった!とか(笑)。
花總:(笑)。
森:花總さんは宝塚にいらしたから、先輩方が見ているから綺麗にされていると思うんですが、私は急にこの世界に入ってきたものですから。鳳さんもこうやって綺麗にしているんだなとか、朝のルーティンを崩さないんだなとか、そういうのを見ると、舞台に立つ人はちゃんとしているなと。それはすごく勉強になったというか、尊敬すべき点でしたね。宝塚の人は化粧前がぐちゃぐちゃの人って誰もいないですよね。
花總:確かにそうかもしれないですね。宝塚は大体大部屋でスタートするので、みんなの化粧前が見えるじゃないですか。だから、綺麗にしている方を見ると、あ、いいなと思って、自分もできるだけものを少なくして、でも全部引き出しに入れているだけなんですけど(笑)。机の上はとにかくすっきりさせておこうとか。確かに周りを見ながら影響は受けてきましたね。
森:だから、少なからず誰かに影響されて、みんな生きているんだなと思うんですよ。
花總:確かに。
森:ひとりで生きているんじゃないですから。
花總:ジャスミンとブレンダほどのものは、私はやっぱりまだないと思いますし、本当の友情だったり、いいなぁ。あそこまでの存在というのは憧れますね。
――これからあるかもしれませんね。
花總:(森をみて)もしかしたら……
森:もしかしたら、私の楽屋が綺麗になっているかもしれません。
花總&森:アハハハハ!

心温まるヒューマンドラマ、コメディ部分も、ショー部分も
――どんな作品になりそうか、現時点での期待をお聞かせください。
森:とりあえず私は花總さんと仕事をできることがものすごく嬉しかったので、「やった!」って。しかも、ほぼふたりで言いあっているというようなものになりそう。メインビジュアルを一緒に撮影した時も「カメラの方を見ようか」って、一緒に前を向いた途端にふたりとも大きな笑顔で、「絶対これはうまくいく、この人が好きだ」と思いました!
花總:わぁ! よかったぁ。大先輩ですから。
森:大先輩でもないですよ。
花總:大先輩ですよ! 私もすごく嬉しかったです。ちょっと緊張はしていたんですけど、すごく楽しみなんです。学ぶところが本当にたくさんあると思うので。私は柔軟性に欠けるんです。宝塚はきっちりしたところだから、突然のアドリブや自分のアイデアがなくて、どうしても型にはまったものを行きがちなので、ちょっといろんな柔軟性の引き出しができたらいいなと思っています。あとは、私は今回手品をしますので、そのお稽古を頑張りたいと思います。
森:そうだよね、たくさんあるよね。
花總:歌っているどころじゃないかもしれない(笑)。
森:歌いながら花を出したりするかも。
花總:でも多分、最後はふたりでやるんですよね。
森:ショータイムがありますしね。あれは大変ですよ。ステッキを回してたところは少し宝塚っぽいかも。
花總:確かに。そこも楽しみです。この作品は本当にほっこりするヒューマンドラマというか、心温まるところもあるし、コメディ部分もあるし、ショー部分もありますので、すごく面白いなと思います。

取材・文・撮影:岩村美佳