COCOON PRODUCTION 2026『クワイエットルームにようこそ The Musical』│松尾スズキ インタビュー

人気劇団・大人計画の主宰であり、作家、演出家、俳優などジャンルを越えて活躍し続けている松尾スズキ。彼が2005年に刊行した小説『クワイエットルームにようこそ』は第134回芥川賞にノミネートされるなど大きな話題を集め、2007年には松尾自らが脚本・監督を手がけて映画化も果たしている、代表作のひとつだ。物語の舞台となるのは、主人公が突然運び込まれた精神病棟。その閉鎖された空間でさまざまな事情を抱えた患者たちとの交流を絡めつつ、パートナーとの奇妙な関係も描きつつ、シビアな中に笑いとファンタジー要素を盛り込んだこの作品、松尾自身も以前からミュージカル化を望んでいたとのこと。時を経たことで、さらに一捻りも二捻りもある舞台になりそうで期待は高まるばかりだ。そこで本格的な稽古にはまだ間がある9月初旬に、脚本執筆中の松尾を独占直撃!果たしてどんな作品になるのか、思いの丈をたっぷり語ってもらった。

――小説の発刊がちょうど20年前、その2年後には映画化されていますがいよいよ今、このタイミングでミュージカル化するにあたっての松尾さんの想いをまずはお聞かせください

自分としては、メル・ブルックス(アメリカの映画監督、脚本家、俳優、プロデューサー)的な展開を意識しているんです。自分で脚本を書き、俳優として出て、プロデュースもして「何でもやる!」みたいなところとか、自分を笑い者にするみたいな感じも含めて、彼の生きざまに共感することが多いので。『プロデューサーズ』という作品も、あれはブロードウェイで舞台を作る話をミュージカルにしていますけど、そもそもは映画から始まっていて、その流れが素敵で。自分の作品でそういう展開ができるものは?と考えた時、これしかない!と思ったわけです。

――これまでの作品の中では、まだ舞台化もしていないし、と?

そうです。だけど、僕の作品って複雑なストーリーのものが多いじゃないですか。そして2時間を超える戯曲だと、ミュージカル化するとどうしても長過ぎてしまいますし。

――歌が入ってくる分、さらに長くなってしまうから

もう、僕自身が長時間の作品になってくると演出するのが大変になってきているもので(笑)。そういう葛藤もある中、この作品だとシンプルなストーリーだしちょうどいいんじゃないかなと思ったんです。閉鎖病棟という限られた空間内で繰り広げられる人間ドラマですから、舞台化するのにピッタリなんじゃないかなと。そもそも、どうすれば舞台にできるか、以前から考えてはいたんです。

――とてもリアルでありつつ、ファンタジーめいたところも感じる物語ですよね

そうですね、ある程度精神世界に入っていくみたいな部分もありますから。

――また、今回は座組の顔ぶれがとても新鮮です。松尾さんの作品に初参加の方も多いですし

主演メンバーを含め、確かに初参加組が結構いますね。それと今回はシンプルな話だけに、ショーアップさせたいなという気持ちがありまして。だからダンスというものが重要になってくると思っているんです。

――ということは、ダンスが上手な方を大勢集めたということですか

頑張って集めました!ま、いつものメンバーもいますけども(笑)。

――全体的なキャスティングの狙いとしては?

主演の咲妃さんの場合は、出演されていた舞台を何作か観ているんですがどれもとても素晴らしかったので、いつか彼女とお芝居を作りたいなと思っていたんです。それで、女性が主人公の物語だとどれがいいかなという流れで『クワイエットルームにようこそ』になったとも言えますね。

――たとえばどの作品をご覧になったんですか

最初に観たのはたぶん『マチルダ』(2023)だったと思います。居ずまいが美しくて凛としていて。『少女都市からの呼び声』(2023)もすごく魅力的でした。ダンスも歌も上手ですし、なかなか得難い人材だと思っています。あと、年齢の感じもちょうど良かった。

――そこもバチッと作品にはまったんですね。松下優也さんは『キンキーブーツ』(2025)をご覧になったとか?

『キンキーブーツ』も観たし『ケインとアベル』(2025)も観ました。彼も歌が圧倒的に上手い。なかなかいないんですよ、あそこまでお芝居ができて歌も歌える方って。しかも今回はちょっとギャグパートも受け持ってもらうつもりなので、おそらく松下くんがこれまでやったことのないような役を演じてもらうことになるとは思います。だけど『キンキーブーツ』のローラ役ができる方なら、きっともう何だってできるはずだ!という期待があります。

――昆夏美さんとは2021年の『シブヤデアイマショウ』でご一緒されていますが

舞台で拝見している時にはすごく存在感がある方なのに、実際はあんなにちっちゃくて可愛らしい人だとは思っていなかったですね。そのくらい、存在感が大きくて。咲妃さんとも同世代で、そこもちょうど良かった。桜井玲香さんもまた、非常に可愛らしい感じで。お会いした時に目の前で歌っていただいたんですが、これならまったく大丈夫!と思いました。笠松はるさんも特に歌においては絶大な信頼を置いていますし、秋山菜津子さんにはもはや安心と信頼しかありませんしね(笑)。

――また、りょうさんが映画と同じ役で出演されるというのも面白いと思いました

そうなんですよ。前々から、りょうさんと舞台でも何かやりたいなと思っていたんです。それで『クワイエット~』をやるのなら、りょうさんにまた出ていただけたら嬉しいなと思い、お声がけしました。映画版の江口がとても振り切った役で大好きだったので。でも、18年ぶりとはいえ……。

――ビジュアルは怖ろしいほどに変わっていないですよね

ホント、素晴らしいですよ!

――そして大人計画の方々も、皆川猿時さん、池津祥子さん、宍戸美和公さん、近藤公園さんが出られます。劇団員に期待している部分というと

もちろん演技の部分と、そして僕の演出の勘どころがわかっているということから、随所に笑いを盛り込んでくれるんじゃないかというところに期待しています。特に皆川と近藤は、近年どんどん良くなっていますからね。ま、今回は女子たちが主役の舞台なので、活躍するところは限られてくるとは思いますけれどもがんばってもらいたいです。

――ミュージカルとして脚本を書き換えるにあたっては、どのような点を意識されましたか

シーンごとに考えていくのですが、まず「次のシーンはどういう歌にするか」ということを一番に考えながら書き進めていくんです。でも、これまであまりそういう書き方ってしたことがなくて。今回は歌が中心なので、って、当たり前なんですけど(笑)。今までは劇中で歌ったりしていましたが“なんちゃって”がついていた。それが今回は、初めてちゃんとしっかりミュージカルをしようという感覚になっています。

――そういう意味では、いよいよ本格的なミュージカルに挑むことになると?

そうなればいいなと思って、頑張って書いています(笑)。

――だからこそタイトルにも“The Musical”と入れたんですね

もう逃れられないように逃げ場をなくして、自分を縛りつけているわけです(笑)。

――ストーリーがメインの舞台の時とは、また違う脳の使い方をするというか

そうですね。ショーとストーリーの間ぐらいの気持ちで書いているかもしれません。ここまで、いろいろとショーをメインにしたステージをやってきた蓄積も、ここで思い切り使いたいなとも思っていますし。改めて、歌詞を書きながら物語を書くというのはやはり大変です。とはいえ出来上がってきている曲が、なかなかいいんですよ。

――既に何曲か出来上がってきている?

まだ仮歌の状態ですが、2曲ほど出来ています。

――聴いてみて、いかがでしたか。

面白いなあ~と思いました。仮歌を、音楽担当の宮川彬良さんが歌ってくれているんですが、この歌声がまたいい。セリフまで入れてくれていて、それがやたらうまかったりもして(笑)。

――松尾さん主演のNHKドラマ『ちかえもん』の音楽が宮川さんだったんですよね。今回、舞台では初めての顔合わせになります。

そう、『ちかえもん』という10年ほど前の時代劇ドラマで音楽を担当されていて、それが全編にわたってすごく良かったんです。放映後も時々、時代モノのドキュメンタリーやクイズ番組でテーマ曲が使われたりしているんですが、そのたびに「この曲、やっぱりいいな。いつか舞台でもご一緒できたらいいのに」と思ったりしていたんです。

――今回の音楽は、たとえばどういう風にリクエストをして書いてもらっているんですか。

とにかく打ち合わせをいっぱいして。いろいろとたくさんしゃべり過ぎて、どんな注文を出したかは忘れちゃったな(笑)。だけどこれまでご一緒してきた音楽家さんとはまた別の角度からの質問が来たり、提案されたりすることも多かった気がします。だから「これは生半可な気持ちではいられないぞ!」という気持ちにもなりました。

――そして今回は振付もスズキ拓朗さんで、こちらも初めての顔合わせです。

スズキくん主宰のダンスカンパニー“ChairoiPLIN(チャイロイプリン)”の舞台は拝見していて、動きの構成の仕方がとても面白いステージづくりをする人だなと思っていたんです。だから今回は、彼を頼って甘えてしまおうかなと(笑)。ワンシーンワンシーンがかなりショーっぽくなってくるはずなので、スズキくんは果たしてどう見せてくれるだろう?と、僕自身もすごく楽しみにしています。今までステージングは、ほぼほぼ自分ひとりでやってきたので、たまには部分的にでも誰かに託してみようという気持ちになっていて。もう、スズキくんが逃げられないよう、会話と会話の間に巧みに音楽を入れる構成にしちゃって「はい、これ!」って渡してみようかな。でも、彼もそのくらいの覚悟はしてくれていると思うんですよね。なにしろ僕ら、片仮名のスズキ同士ですし。

――Wスズキですよね、そこも面白いチョイスだなと思いました(笑)

スタッフの並びでも、スズキとスズキで宮川さんを挟んでいますから(笑)。

――演出プランとしてはどんなことを考えていらっしゃるのか、何かヒントをいただけたらと思うのですが。

今回はそれこそ、物語とショーとが一体化しているみたいなものを目指そうとしているんです。これまでは物語に音楽が付帯している、もしくはショーのみ、というように分けて考えていたんですけど。結構、悲惨なストーリーなので、余計にショーアップさせてあげたいという気持ちがあって。そんな想いもあって今回は、キービジュアルもかなり振り切った雰囲気になっています。この、いかにも楽しそうな空気感、今までの僕の作品からは考えられないでしょう?

――確かに、かなりイメージが違いますね。だけどここ数年で、松尾さんがシアターコクーンと組んで始められたアクターズ スタジオでの生徒さんたちとの触れ合い、作品づくりを経験されたことで、これまでの作品とはまたちょっと違う方向性が生まれて来ているのかなとも思いました。

そうですね。アクターズ スタジオの経験が僕にどういう影響を与えているかについては、まさにこれからわかってくるものだと思います。まだ1年ちょっと、ですから。だけど確実に、今後の僕が作る舞台には彼らが出続けていくんだろうなとは思っています。

――その都度、作品に合う人を選んで出てもらって役者としてさらに鍛えていく。

何しろ1年間一緒にいて、濃い時間を過ごしていますから。ある意味、大人計画の俳優たちに接するよりも凝縮していた感があります。

――深く濃く、がっつり向き合って来た

まあ、大人計画の人たちとはそれほど深くお芝居の話はしていませんでしたし(笑)。だって僕も彼らと同じようにわからないまま、共にやって来ていたのでね。そうやって30年以上の経験から、こうすればこうなるんだという仕組みを近道で教えてあげられるようになって、だからこそ始めたことでもあり。若い人で、そういうマインドをちゃんと汲んでできる人たちを育てないと、自分にも先がないと思っているのでね。

――そうやって近道を使ったりしながらも、特に笑いに関してはそうやってテクニックを習得しておいたほうが良いことが多いと?

もちろん。ですから笑いに関しては、相当鍛えられてきていると思いますよ。それ以外にも、歌にダンスに詰め込み授業でした。

――生徒さんたちにとっては非常に幸せな経験でしたね。これまでにはなかったプログラムを勉強できたわけですし。

そう思いますね。

――アクターズ スタジオの彼らと大人計画の劇団員さんたちとでは年代も違うし、やはり人としての付き合い方も違う感じで?

それはそうです、彼らはまだあくまでも修行の身ですからね。

――今後、どういう関係性が生まれるのかも楽しみですね。

まずは、今回の稽古場からスタートです。予想としては、古くからいる家猫のところに捨て猫の子猫が入ってきた!という感覚なんじゃないかな。

――なるほど!(笑)

お互いに、警戒心と好奇心でいっぱいで。劇団員も、なかなか心を開く人たちでもないので。って、まあ、僕としては勝手にやってくれという感じですけど(笑)。

――お客さんに向けて「ここにぜひ注目を!」みたいなポイントはありますか。

そこはやはり「松尾がミュージカルに舵を振り切ってやってるところを見てください!」というところですかね。まさに、そういうキャスティングになっていますし。古くからのファンの方は「おや?」と思っているかもしれませんが。

――「いよいよミュージカルの人になってきた!」と?(笑)

いや、別になってはいかないですけども(笑)。だけど60歳も超えたことだし、好きなことをやってもいいじゃないかとは思っています。これまでいろいろと音楽劇とかショーをやってきたら、やっぱり本格的な人たちともやってみたいという欲が、どうしても出てきてしまう。

――それで今回は、歌と踊りのプロフェッショナルを揃えたという感じなんですね。

はい。ですから、そういう初めてご一緒する方々が宮川さんの曲をどんな風に歌うのかとか、スズキくんの振り付けでどう踊るのか、そこは僕自身もすごく楽しみにしています。

撮影/中田智章
取材&文/田中里津子