宮沢りえ、磯村勇斗 インタビュー|COCOON PRODUCTION 2021「泥人魚」

詩情と抒情とユーモアに満ち、数々の戯曲賞に輝いた伝説の唐十郎作品『泥人魚』が18年ぶりに蘇る。2003年に劇団唐組によって初演された本作、今回の上演にあたりヒロインを務めるのは、過去に『下谷万年町物語』(2012)、『盲導犬』(2013)、『ビニールの城』(2016)と唐戯曲の舞台にみたび出演してきた宮沢りえ。共演陣もこれが初の唐作品となる磯村勇斗と愛希れいかに加え、初演で唐が演じた詩人の役に風間杜夫が扮するほか、豪華かつ個性的な顔ぶれが揃うことになった。演出を手がけるのは、長年アンダーグラウンド演劇に真正面から取り組んできた新宿梁山泊主宰・金守珍だ。この時世の混沌と不安だらけの泥の中から、果たしてどんな光り輝く美しさを放つ人魚が誕生するのか、しないのか。期待はふくらむばかり。本格的な稽古が始まる直前、この稀有な魅力が詰まった作品への想いを宮沢と磯村に語ってもらった。

 

――宮沢さんはこれが舞台では四度目の唐作品、磯村さんは初挑戦となりますね。現在の率直なお気持ちはいかがですか。

宮沢 四度目とはいえ、やはり唐さんの戯曲は最初に読んだ時の衝撃度が毎回一向に変わりません。頭で読み始めると、これはどんな物語なんだろうとわからないことがいっぱいあるんです。読み込んでいっても読み込んでいっても、どうしても頭で考えてしまうと、飲み込もうと思ってもなかなか飲み込むことのできないいろいろなことがあって(笑)。でも、これがいざ稽古に入り、言葉を自分の声、音で発してそれが相手からも返ってきてということを重ねていくと、ようやく頭ではなく心で理解できるようになるんですね。その時点で初めて、自分が唐さんの芝居の中に生きているんだという実感が湧いてくるものなので。ですから稽古が始まるまでは、苦悩の日々だなと思っています。

磯村 僕は唐さんの作品に取り組むのはこれが初めてで。台本を読ませていただきましたが、果たしてどんな世界なのかということは一度読んだだけでは理解に至らなかったというのが、正直なところですね。二度読んでも、さらにわからなくなってちょっと迷宮に入ってしまったような気分でした。

宮沢 アハハハ、わかります。

磯村 稽古が始まって宮沢さんや共演者のみなさんと一緒にお芝居をしていく中で、きっと何か発見できるでしょうし、唐さんの詩というか言葉が徐々に自分の身体に馴染んで血流となっていけばいいのかなと思っています。ですから今はまだ、あまり頭でっかちになってもいけないなとも考えています。

 

――宮沢さんが感じている唐戯曲ならではの魅力、ひきつけられるポイントとは。

宮沢 私は、唐さんの言葉が大好きなんです。唐戯曲に出てくるヒロインというのは、今回は『泥人魚』と、タイトルから“泥”が入っていますけれど、どの作品もヒロインは泥の中で力強く生きているような役だった印象がすごく強くて。稽古に入るまでは、本当に悩むんですよ。でも劇場に立って、その舞台空間の中で言葉を自分の音にして体現していくとそれまで理解できていなかったことが、なんだか殻が剥がれていくかのようにわかってくるんです。そこが一番の魅力ですね。それに今回は特に、登場人物たちがみんなチャーミングなんですよ。

磯村 本当に、そうですよね。

宮沢 語る言葉も、それぞれの人間性も。風間さんが演じる役とか、ちょっとヤバイくらいに素敵ですよ(笑)。

磯村 ハハハ、確かに。

 

――風間さんが演じられる詩人・伊藤静雄というのは初演では唐さんご本人が演じた、強烈なキャラクターですしね。台本を読まれてみて、どんなところで心をつかまれましたか。

磯村 最初に読んだ時点で、普通にこれまで発してきたセリフとは違う、詩的な要素を感じたというか。簡単にスッとは出て来ない言葉たちが多いな、と思いました。だから自分がこの言葉たちを発する時、どうやってこの音を出していけばいいんだろうと考えてしまって。きっと、すごく気持ちいいポイントがあるんだろうなとも思うんですが、でもやはり難しそうですね。

宮沢 今まで自分が触れてきた唐さんの戯曲と少し印象が違うなと思ったのは、この作品では長崎の諫早湾で実際に起きている干拓の問題が扱われているところで。干拓により有明海の生態系が変化して、漁業を生業にしてきた人々が生きていけなくなってしまうという、実際に起きていた事柄をモチーフにするというのは、私は唐さんの作品ではこれが初めてなんですよね。もちろん、他の作品でも唐さんは取材をされて書かれているんでしょうけれども。私も早速、諫早湾の干拓問題のことをいろいろ調べて読んでみたりしています。唐さんが実際に漁師さんたちに会われて聞いた話がこうして物語の根底に流れているということは、演じる上での底力にもなるような気がしています。

 

――この作品は、いわゆるアングラ演劇とジャンル分けされるものだと思いますが。これまで何度もアングラの舞台に立たれてきた宮沢さんは、やはり特別な想いがあったりしますか。

宮沢 私の場合は単純に、70年代をアツく生きた方々への憧れが子供の頃、私がまだ10代の頃からありまして。唐さんや石橋蓮司さん、蜷川幸雄さんは……ちょっと違うか、でもアングラの精神を持つ素敵なカッコイイ大人たちに大勢出会っていましたからね。その気持ちは、いまだに残っています。でもその、私が10代の頃から、既に30年も経っていて。自分の中でも時代が変わってきているということはとても強く感じています。こうして時代が大きく変わっていく最中に、自分の声、メッセージを発していくことの大事さというものを、この戯曲、唐さんの世界を通して現代の若い方々へも伝わればいいなという願いは、正直あります。ですから今回、まだ20代の磯村さんとご一緒出来るということは、すごく嬉しい。さらに、その場に風間さんがいらっしゃるのもまた面白いと思います。だって今回のキャスティング、本当にすごいですよね!(笑)

 

――すごいと思います(笑)。磯村さんは、アングラ演劇に触れたことはありますか。

磯村 僕も、舞台経験がすごくあるわけではないので。もちろんアングラ演劇のことは知っていますが、でも詳しくどれがアングラかと聞かれてもわからないかもしれないですしね。とはいえ、小劇場でお芝居をやっていた時代にアングラの舞台みたいな作品には立ってきているので、雰囲気はなんとなくわかるというくらいです。なので、とにかく今の時点ではこの作品もひとつの舞台作品として楽しんでいただきたいですし、特にこういうご時世で中止になる舞台が多かったりすごく影響を受けていたりもするので、今回はひとつの貴重なエンターテインメント作品としてお客さんに届けられたらうれしいなと思っています。

 

――それぞれの役柄を簡単に説明することは難しそうですが。たとえば宮沢さんが磯村さん演じる蛍一という役柄に対して、磯村さんが宮沢さんの演じるやすみという役柄に対して、それぞれ感じる魅力とは。

宮沢 それも、難しいですねえ(笑)。蛍一は自分の故郷を離れ、ある問題を残して出てきた青年で、すごく大きなものを背負っている役だと思うんですね。だけど磯村さんは、そこに不安を感じさせないというか。これまで出演された作品をいろいろ観させていただいているので、そういった大きなものを背負える方だということに関しては安心しています。

磯村 蛍一は、宮沢さん演じるやすみによって変わっていくので、とても大事な人物でもありますし、やすみが醸し出すミステリアスな面にはとても人を引き寄せる力があるように思うんです。それは、やすみが発するパワーといいますか。僕にしても実際に、既に宮沢さんにお会いした時から引き寄せられていますしね(笑)。本当に華がありますし、本当に美しいので。

 

――やすみという役は実は、唐さんが宮沢さんにあて書きをしていたという話もありますが。

宮沢 それは、リップサービスなんじゃないかと思うんですけどね(笑)。もし本当であれば、私は唐十郎さんのことを神だと思って生きている人間ですから、その方が自分にあて書きをしてくれたなんてことは光栄過ぎるお話です。だけど、そうは言っても、他の戯曲で別の方のために書かれた役柄であっても演じさせていただくことに対して生まれる光栄な気持ちということは、どの役の場合でも正直変わりありません。

 

――今回、演出を担当されるのは金守珍さんです。宮沢さんは既に演出を受けた経験がありますが、磯村さんはこの作品が初めてとなりますね。

磯村 そうなんです。金さんとは、初めましてなんですが、実は今日の時点では稽古前でまだ直接お会いできていないのでどういった方か具体的なことはわからなくて。なので今回、この舞台でご一緒する六平(直政)さんから、金さんの話を聞いておきました。

宮沢 アハハ、そうなんだ。

磯村 六平さんとちょうど会う機会があったもので。そうしたら、金さんはとても優しい人だけどものすごく強い方だから、まあ、戦うことはしないほうがいいよ、と言われました。

宮沢 アハハハ。

磯村 稽古では、怒らせないように気をつけようと思っています(笑)。

 

――宮沢さんは、金さんにどんな印象をお持ちですか。

宮沢 そうですね、本当に熱量の高い方だと思っています。やっぱり唐さんの戯曲には理屈ではなく、熱量で表現しなければいけない瞬間が絶対にあって。熱量があるからこそ、やっと成立するものだと思うんです。それを金さんは稽古場で、目の前で体現してくださるんですね。だから、その熱量に乗っかっていけば何か見えてくるでしょうし、何かが掴めるという意味では、本当に唐さんの戯曲を演出するのにピッタリな方だと思います。アングラの世界に現在も生きていらっしゃって、そのエネルギーや強いメッセージを心の中心に持っていらっしゃる方なので。まさにこの戯曲を安心して預けられる方で、その方に演出してもらえることをとてもうれしく思っています。

 

――では、最後にぜひお客様に向けてお誘いの言葉をいただけますか。

磯村 本当にこの素敵な座組、メンバーで取り組めることがうれしいですし、その中に若い自分が入れる喜びをしっかりと噛みしめながら一日一日を過ごしていきたいなと思っています。こういうご時世ですけれども、舞台も楽しんでもらえるよう、より盛り上げていけるよう、少しでも力になれるように頑張っていきますので、ぜひ劇場に足を運んでいただけたらなと思っています。

宮沢 こう言うのはとても悔しいんだけれど、まだまだ先は見えないですし、みんなマスクをして相手の顔が全部見られない状況で生活していて。そんな中、私は先日お芝居を観に行った時に、目の前でマスクをせずに大きな声でセリフを言っている人たちがいるというだけで、なんだか泣きそうになってしまったんです。その、劇場でしか生まれないものというものは必ずあって。もちろん今は配信というやり方もありますが、それでもやっぱりナマでしか感じられない一期一会、その日その空間にいるものだけが感じられるものはあると思うんですね。ぜひともその特権を感じに来ていただきたいなと思いますし、今この時代にこの作品を上演しようとする私たちを目撃しに来てほしいと思います。お客様に「来て良かった!」と思っていただけるようなものを……、絶対やりましょうね!(笑)

磯村 はい、そうですね!(笑)

 

取材・文 田中里津子、撮影 大久保惠造
宮沢りえ ヘアメイク/千吉良恵子(cheek one) スタイリスト/三宅陽子[宮沢]
磯村勇斗 ヘアメイク/佐藤友勝 スタイリスト/笠井時夢
ジャケット¥79,200、ベスト¥49,500、シャツ¥46,200、パンツ¥46,200/以上すべてUJOH(M)、
ヴィンテージネックレス¥4,180/new territory
その他/スタイリスト私物
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