ミュージカル『SPY×FAMILY』公演レポート

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

遠藤達哉による大ヒット漫画を原作としたミュージカル『SPY×FAMILY』の再演がいよいよ10月の日生劇場での本公演に先駆け、埼玉・ウェスタ川越にてプレビュー公演が9月20日(土)からスタートした。今回はロイド・フォージャー役を森崎ウィン(Wキャストは木内健人)、ヨル・フォージャー役を和希そら(Wキャストは唯月ふうか)、アーニャ・フォージャー役を月野未羚(クワトロキャストは泉谷星奈、西山瑞桜、村方乃々佳)、ユーリ・ブライア役を瀧澤 翼(Wキャストは吉高志音)が演じた公演の模様をレポートする。

ファン待望の再演。上演前から期待が立ち込めた劇場は、約3時間後、テンポよく続くコミカルかつアクションたっぷりな“仮初めの家族”の物語に心踊った観客のスタンディングオベーションで幕を閉じた。カーテンコールで自然とあがった歓声に、本作が原作ファンはもちろん、ミュージカルファンの心を再び鷲掴みにしたことを実感した。

この日の出演キャストは、ロイド役が森崎ウィン、ユーリ役が瀧澤翼と、Wキャストのうち初演から続投する2人が登場。初演で築かれた盤石な安定感に、アーニャ役の月野未羚やヨル役の和希そらといった新キャストの新たな魅力が加わり、再演ながらも新鮮な気持ちで楽しむことができた。

物語のおおまかな構成は初演を引き継いでいる。銃声音が降り注ぐ中、瓦礫の中で泣き叫ぶ少年の姿から物語は始まる。彼はやがて、東国〈オスタニア〉の動向を探る西国〈ウェスタリス〉の諜報機関〈WISE〉に所属するスパイ・〈黄昏〉となる。本名すら分からぬこの男が、全てを捨ててスパイとして生きる理由が詰まっているこのワンシーンは、コミカル色が強い本作においてやや異質?なまでにシリアスな雰囲気が漂う。その胸がひりつく緊張感は、そのまま秘密を抱えて生きる登場人物たちの全身全霊な生き様に繋がっているように感じられた。人は誰しも秘密を抱えて生きている。それを体現するような印象的な幕開けだ。

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

そこから描かれていくのは、彼の〈黄昏〉としての覚悟や、スパイとしての優秀な姿。変装あり、アクションありで華麗に任務をこなす姿は、森崎の二次元的な等身とスマートな身のこなしも相まってかっこよさ満点だ。非の打ちどころのない完全無欠な〈黄昏〉像を、立ち上げていく。

そんな〈黄昏〉に与えられた次なる任務・オペレーション〈梟(ストリクス)〉は、ロイド・フォージャーとして家族を作り、子どもを名門イーデン校に入学させること。東西平和を脅かしかねない危険人物、国家統一党総裁ドノバン・デズモンドと接触できる数少ない機会である、彼の息子が通うイーデン校の懇親会へ潜入することが目的だ。家族はスパイにとって不要な存在。そんな信念を持つ〈黄昏〉扮するロイドは、困惑しながらも任務のための家族作りに挑むことになる。

ここからのロイドは、序盤の完全無欠な姿とは少し異なる。完璧な任務遂行を目指しながらも、自分の意思ではどうにもならない偽物の妻や子どもの存在に振り回されていく。その心情の揺れ幅を、森崎は歌声でも繊細に表現していた。スパイとしての仮面を被り、任務を意識している際の歌声は、伸びやかながらも芯を感じさせる硬めの歌声が印象的。しかし、その歌声は、〈黄昏〉でもないロイドでもない、本当の彼自身の心が揺れたとき、ふと柔らかさを帯びる。その柔和な歌声を向ける相手が、次第にアーニャ、ヨルと増えていく過程に、本作のホームドラマとしての真髄が感じられた。

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

ロイドが娘として引き取ったのは「アーニャ、ピーナッツが好き!」でおなじみの少女・アーニャ。同役はオーディションで選ばれた4人の子役が交代で演じており、この日は月野未羚が出演。先日実施された公開稽古では、月野はトップバッターとして登場し、アーニャとロイドのナンバーを堂々たる様子で披露してくれたが、この日も彼女からは大好きなアーニャを心の底から楽しんでいる様子が伝わってきた。ぴょこぴょことロイドの周りを跳ね回り、心のままにあちこち走っていく姿は、ステージ上の空気を一気に明るくする。歌もダンスも、ワクワクする姿もまさにアーニャそのもの。アーニャの魅力である顔芸も含め、その表情は本当にコロコロと変わる。実はアーニャは周囲の心の声を読み取ることができるエスパー。月野はアーニャの心の声も器用に演じわけ、台風の目としておおいに“ちち”ロイドと“はは”ヨルを巻き込みながら、劇場中を笑顔にしていた。アーニャの“すぱらしい”可愛らしさに、観客はみな心の中で彼女に“星(ステラ)”を贈ったことだろう。

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

そしてロイドの妻となるのがヨルだ。彼女の裏の顔は、東国の暗殺組織〈ガーデン〉に所属する凄腕の殺し屋、コードネーム〈いばら姫〉。新キャストの和希そらの透明感ある声は、アニメ版のヨルを彷彿とさせ、最初のひと言で思わず心の中で拍手を送ったほど。常識では測れないところのある天然なヨルをふわふわと演じたかと思えば、〈いばら姫〉としてキレキレのアクションも披露。ヒールにドレス姿とは思えないアクロバティックなアクションは力強く、原作で描かれたヨルの超人的な身体能力を思い起こさせる。殺し屋モードに入った瞬間、目の色と纏う空気の重さが変わる様子は見事。守りたいもののためなら何だってする。そんなヨルの覚悟に説得力を持たせていた。

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

この3人による仮初めの家族・フォージャー家を中心に、個性豊かなキャラクターたちが関わっていく。

〈黄昏〉の上司シルヴィア・シャーウッド役を演じるのは朝夏まなと。鋭くも慈愛溢れる眼差しで構成員たちを見守る、頼れる存在だ。カリスマ性あふれる歌声に、朝夏のチャーミングな魅力が重なり、思わず目を奪われるシルヴィア像を立ち上げる。

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

朝夏と同じく初演キャストの鈴木壮麻は、エレガンスに重きを置くイーデン校のベテラン教師ヘンリー・ヘンダーソンを好演。圧巻の歌声でイーデン校の格式を表現しつつ、随所に見せる絶妙な塩梅のコミカルさはさすがの一言に尽きる。

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

安定感といえば、ヨルの弟・ユーリ役の瀧澤翼も見事だった。ユーリの重すぎる姉への愛を全力で表現。体からほとばしる姉さんへの愛は初演よりパワーアップしていたのではないだろうか。このユーリなら、ヨルの激まず手料理さえ美味しいと完食するだろうと容易に想像ができた。激重感情を抱いているのはユーリだけではない。2幕に登場する〈黄昏〉の後輩、コードネーム〈夜帷〉ことフィオナ・フロストも相当に濃いキャラクターだ。登場シーンは限られるものの、山口乃々華が抜けるような歌声とともに存在感を示した。

〈黄昏〉に協力する情報屋のフランキー・フランクリン役は新たに鈴木勝吾が演じる。〈黄昏〉がフランクに話す数少ない相手とあって、彼の存在が〈黄昏〉の新たな一面を引き出す。アーニャと話す際はしゃがんで目線を合わせるなど、気のいいお兄ちゃん感が作品に明るさを足していた。

製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

本作で描かれるのはオペレーション〈梟ストリクス〉の“フェイズ1”。ロイドが仮初めの家族を作り、アーニャをイーデン校に入学させるというところまで。脚本・作詞・演出をG2、作曲・編曲・音楽監督をかみむら周平が手掛けた本作は、原作の魅力を舞台ならではの表現でミュージカルに落とし込みながら、スパイものらしいスピード感ある作品に仕上げた。それでいて、根底には、誰もが持つ人には見せぬ秘密ごと抱きしめてくれるような温かさもある。再演を通して、改めて「もっとこのフォージャー家を観ていたい、“フェイズ2”を観たい」という気持ちにさせられた。プレビュー公演後、2025年12月末まで全国各地を巡るこのミュージカル『SPY×FAMILY』の世界にぜひ足を踏み入れてみてほしい。

取材・文/双海しお

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