ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』井上芳雄・土居裕子・三浦宏規 インタビュー

1992年に音楽座ミュージカルで初演され、紀伊國屋演劇賞・団体賞や読売演劇大賞優秀作品賞などを受賞、「日本のオリジナルミュージカルの到達点」と評された傑作『アイ・ラブ・坊っちゃん』。苦悩の底にあった夏目漱石が、小説『坊っちゃん』の執筆を通して自己を回復していく姿と、それを受け止める妻・鏡子の姿を中心に、史実とフィクションを織り交ぜ、漱石の日常と小説世界がシンクロする、巧みなオリジナルストーリーで描く。井上芳雄の漱石、土居裕子の鏡子、三浦宏規の坊っちゃんを中心に、豪華キャストが揃った。井上、土居、三浦のクロストークで、名作復活の様子を聞いた。

やったことがないタイプの文豪役で新たな挑戦

ーー出演が決まったときの心境をお聞かせください

井上 音楽座さんの作品はずっと好きでした。『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』と『リトルプリンス』をやらせていただいて、今回『アイ・ラブ・坊っちゃん』のお話をいただいたとき、作品自体はすごく好きだったんですが、自分がやれる役が今の年齢であるのかなと最初に思ったぐらい、漱石はもっと年上だと思ってたんです。ちょっと僕には早いんじゃないかと思ったら、早いどころか年下だったので、できるんじゃないかと。これまでにやったことがないタイプの文豪の役で、新たな挑戦もできるかなと、本当にありがたくやらせていただくことにしました。

三浦 音楽座さんが生み出された、日本を代表する屈指の名作ということで、常日頃から日本の作品をすごくやりたいなと思っていたこともありますし、そして何より芳雄さんと初めてミュージカルで共演できることが嬉しくて、絶対にやりたいと思いました。

土居 私はまさかもう一回この物語に、しかも同じ役で出演する日が来るとは、全く思ってもいませんでした。お話をいただいたときに頭に浮かんだのは清役で、それだったら年齢的にできるかなと思ったんです。初演をやらせていただいた時に、その清役がとてもチャーミングでしたから、いつかやってみたいなと思っていたんです。でも、清は坊っちゃん世界の人なので、漱石との絡みがないんですよね。そうすると、ヨッシー(井上)と、ヨッシーと呼ばせていただきますが。

井上 ありがとうございます。

土居 『リトルプリンス』で共演させていただいたときに、本当に楽しかったので、あの時の心の交流が忘れられなくて。それを叶えるためにはと。

井上 そういう理由でまたやってくださったんですか?

土居 世間的に大批判かもしれないですが、もう開き直って。幸い鏡子さんって別に特別べっぴんさんでもなく、『漱石の思い出』という鏡子さんがお話をするのをまとめた本を読んでみると、漱石は(鏡子さんの)歯並びが悪く、口も汚いのに、手も当てずに大口を開けて笑ったところが気に入ったと書いていたぐらいですから、おおらかなところが魅力的な人だったんだなと思って、その点なら私にもできるかなと。

井上 土居さんはいろんなものを超越してますからね。リトルプリンスとか。

土居 あれは超越しました(笑)。

井上 今度のキャスティングにも、誰も何の疑問も持ってないと思います。実際やっていても全然違和感ないですし。

三浦 はい。

土居 本当?やったー!

井上 今はまだ、土居さんを怒鳴ったりするのに慣れないですが、むしろ僕でいいのかな?みたいなところがあります。

土居 いやいや、あの時ちょっとへこみました。

井上 何でですか?

土居 本当は漱石より10歳年下でなければいけないのに、姉さん女房みたいになってるから。私を怒鳴れないのはやっぱり年上だからかなって。

井上 いやいや、慣れの問題です。全然違和感なくやっていらっしゃいます。

坊っちゃん世界と漱石の実生活とクロスオーバーが魅力

ーー改めてこの作品の魅力についてお伺いさせてください

井上 土居さんからね。

土居 漱石の筆が一番筆乗ってきた時期に書かれた『坊っちゃん』という名作と、夏目漱石がそれを書き上げるのに至るまでを描いた作品です。小説家として出発するまでの葛藤みたいなものが、漱石がすごくデリケートな精神状態であった期間のことも含めて、描かれているんです。坊っちゃんの世界と漱石の実生活とクロスオーバーさせているところが、この作品の魅力だなと思います。

井上 (三浦に)どう?

三浦 本当におっしゃる通りだなと思います。坊っちゃんという役が、漱石がちょっと自分を投影している風に描かれていて、坊っちゃんの世界と、漱石の物語がそれぞれ進むんですが、ピタッと重なる瞬間が出てくるんです。漱石と坊っちゃんは、キャラクター性という意味では似てはいないじゃないですか。でも同じセリフを、同じタイミングで、言ったりするのが、芳雄さんと息合わせてできてるのがいいなと。坊っちゃんとしては、漱石に励ますような、元気を与えられるような人物じゃなければいけないなと。いつも芳雄さんからパワーをいただいて励まされてばかりなんですが、作中ではパワーを与えられたらいいなと思って取り組んでいますし、それが面白いなと思っています。

井上 本当におふたりがおっしゃった通りというか。よくできたというか、ミュージカルとしても贅沢な作りだと思うんですね。坊っちゃんだけでもとても面白いですし、坊っちゃんのパートの方が明るい激しいナンバーがあって、ミュージカル的な魅力があります。漱石側はどちらかというとお芝居と歌がメイン。どちらも楽しめるし、それが一緒になることが魅力。

僕の不勉強で、漱石のことを人並み程度にしか知らなくて、今いろいろと知っていく過程なんですが、今の自分たちにとっても重要な人だったんだなと。日本を近代化しようとしている時に、その只中にいて、西洋も見てきているし、元々の頭の良さもあったんだと思うんですが、今の自分たち自身が感じているジレンマや悩みみたいなものの第一人者だなと。

西洋にどうやって近づけばいいのか、近づくべきなのかみたいなことは、特にミュージカルをやってる僕たちは日々悩んでいるんですが、それを多分日本で初めてぐらいに真剣に考えて、作品にもして、言語化もした人なんです。その作品の素晴らしさに加えて、そこで描かれている問題に学ぶところが多く、その時代の空気をすごく感じます。戦争について語ったりもするし、ある種タイムリーなところもあります。やっぱりよくできてる作品というのは、時代とつながっているんだなと思います。

唯君と一緒に山嵐と坊っちゃん役を作れるのは楽しみ

ーーとても豪華な魅力的な素敵なキャストの皆さんが揃っていますが、特に共演が楽しみな方はいますか?三浦さんは『レ・ミゼラブル』で、マリウスとアンジョルラスとして共演した小林唯さんがご一緒ですね

三浦 そうですね。レミゼはセリフがないですが、今回がっつりお芝居でも絡みがあるし、何より坊っちゃんにとって、唯君が演じる山嵐がすごく大事な存在で、親友にもなっていくので楽しみですね。唯君が、僕とプライベートでも仲がいいって言うんですが、ご飯に行くのも3ヶ月に一度ぐらいで、プライベートで会ったことはないんですよ。唯君はプライベートで外に出て来ないので。

井上 確かに。 DIYしてるらしいよ。

三浦 DIY?

井上 DIYが得意で、家具とか作ってるんだって。

三浦 へぇ!でも、本当に尊敬していて、現場ではずっと一緒にいて、僕が甘えてました。唯君は年上なんですが、レミゼで一緒にやっていた時から、僕のことを「わがまま坊っちゃん」と呼んできて、僕は親しみを込めて「歌バカ」って呼んでたんです。この作品のなかでは喧嘩もするんですが、やりやすいかもしれないですね。気心知れた先輩と一緒に、山嵐と坊っちゃんという関係で役を作れるのは楽しみです。

井上 土居さんは初共演の方はいらっしゃいますか?

土居 宏規くんをはじめとして、本当に初共演の方だらけなんです。共演が楽しみなのは、何をおいてもやっぱり芳雄さん。芳雄君。ヨッシー。

井上 呼び方が定まんないな(笑)。

土居 ヨッシーとのシーンしかないので。

井上 どのシーンかわかんないくらいに、同じシチュエーションなんですよね。

三浦 確かに。

土居 本当に頼りになる。

井上 こちらこそです。僕は今まで、2作品音楽座の作品をやらせていただきましたが、どちらも土居さんが出てくださいました。もちろん元音楽座の方が出ていただけなくても、僕たちが一生懸命やるべきなんですが、やっぱり音楽座の空気感とか、実際どうやって作っていたかを伺える。一朝一夕でこの作品できあがったのではなくて、初演からの積み重ねとご苦労があっての今ですから。土居さんがいてくださって、演技してくださるだけで、それが感じられるので、いてくださることの重みというか。奇跡的ですよね。

土居 奇跡的です。30年以上ですから。

井上 30年!

井上 これこそまさに演劇の良さですね。

土居 演劇だからやらせていただけるんですよね。

井上 素晴らしいことですよね。清は今後いつでもできるでしょうしね。

土居 今後ね!まだ道は開けている(笑)。

井上 しかもガッツリと、ほぼふたりだけの関係ですから。僕にはここから探していかなければいけないところがたくさんあるんですが、土居さんの鏡子がいるからこそ安心して探ることができます。春風(ひとみ)さんも「あれ?初演からやってたかな?」っていうくらいぴったりですよね。

土居 私、本読みで泣いちゃいました。

井上 立ち稽古の時に、春風さんの清は機敏に動くんですよ。初演映像のイメージがあったので、音楽座の清はこんな感じだったっけ?って(笑)。春風さん体効いちゃうもんだから、結構動きが早いよね。

三浦 早いです!パッと見たらもういない(笑)。

井上 ババババババッと動いて、「坊っちゃま!」って。この清は元気だなって。ちょっと遅くなるのかな?

土居 もしかしらた今後、身体能力を抑えてくださいとなるかも(笑)。

井上 でもリアルで面白いですね。松尾(貴史)さんは初めてご一緒するんですよ。

土居 松尾さん面白いですね。

井上 ミュージカルにそこまで多くは出られていないと思うんですが、とっても魅力的な歌を歌われているし、演出のG2さんととても仲が深そうで。ふたりだけでじゃれあって、ふたりだけで笑ってる。僕たち何が面白いのかいまいちわからない。

三浦 ついていけない時間がありますね(笑)。

土居 確かに(笑)。

井上 演出家にとってそういう俳優さんは必要だと思うんですよ。彩(みちる)さんは宝塚を退団して1作目だそうですね。

三浦 そうなんですか!?

土居 そうだって!

井上 やっぱり、宝塚の空気を纏ってるよね。

土居 昨日、マドンナのドレス(の稽古着)を着た時に「娘役の稽古着、全部人にあげちゃって、これとあと1着しか残ってないんです」って。「うわー!これがマドンナだ!」っていう感じでした。清楚でいて品がある。

井上 それでいて芝居も面白いし。みんなそれぞれ魅力的なキャストです。

土居 宏規くんも、撮影の時にバッと袴履いて出てきた時に、「あ、坊っちゃん」って言っちゃったぐらい。

井上 ぴったりですね。

三浦  ありがとうございます!

井上  もう稽古しないでいいんじゃないかな。

三浦 ダメだと思います!

全員 (笑)。

G2さんと、坊っちゃんと、夏目漱石が重なる

ーーG2さんと作られている中で、感じていることをお聞かせください

土居 G2さんが一言目に、「僕は夏目漱石が大好きで本当にファンなんです」とおっしゃって。夏目漱石とこの小説『坊っちゃん』が大好きで、演出のお話をいただいた時にすぐやりたい!っておっしゃったということを伺ったんです。最初のテーブルディスカッションで、キャストと演出家の、作品との向き合い方についてお話になった時に、本当に深く漱石の作品についてご自分の中で消化していらっしゃって。恥ずかしい話なんですが、私が初演時にやらせていただいた時は、漱石の作品は2作品ぐらいしか読んだことなくて。なんだか昔の作品だなって思っていたんです。でも、今回改めて読み直してみると、面白い!夏目漱石ってやっぱすごいんだと思ったことを、G2さんから具体的に伺うたびに、初めて作品に向き合っているような感覚になりました。

井上 詳しいですよね。

三浦  そうですね。

井上 僕もびっくりしました。今回、音楽のアレンジも振付も変わっているんですが、音楽なんて1年くらい前から取り組んで、多分二転三転して今の形になっているんだろうなというくらい、また音楽座のイメージとは違うものになっています。G2さんがやりたい方向を丁寧に探っていらっしゃって。G2さんとは初めてご一緒しますが、しっかりと準備をされて望む方なんだなというところと、意外だったんですが、ああでもない、こうでもないと、ずっとウジウジ言っている愛すべきところがあるなと(笑)。

土居 ありますよね。

井上 「ちょっと待って、これやめます」とかね。

三浦  ご自分にも他の方にも正直ですよね。うまくいったら「最高です!」うまくいかなかったら、「一回寝かせましょうか」みたいな。

井上 面白いよね。

土居 面白い。私は、G2さんと、坊っちゃんと、夏目漱石が結構重なるんです。夏目漱石が持っているまっすぐさや純粋さを、坊っちゃんはてらいなく出して、漱石は出したいけど秘めて、その漱石に共感しているG2さん。なんかこの三者がすごく重なっちゃう。

井上 とても面白い演出家だなと思いながらやっています。

三浦 僕もそんなに詳しかったわけではないので、この作品に入る前にいろいろと勉強はしたんですが、G2さんは博学だから、わからないこととかも全部教えてくれるんです。土居さんがおっしゃったテーブルディスカッションの時間が有意義で、すごく勉強になりました。G2さんは長い時間をかけてこの作品を練っているはずですが、あとは全部好きにやってくれていいんだよ、ぶっ壊しちゃってください、みたいな柔軟性も持ち合わせた方なので、役者としてはすごくありがたいですし、日々学びながら稽古できているのでありがたく思っております。

土居さんは奇跡のミュージカル女優

ーーお互いの俳優さんとしての魅力をお聞かせください

井上 いやもう土居さんは奇跡!奇跡のミュージカル女優。でもご自身はちょっと心配になるようなところも持っていらっしゃって。

土居 アハハハハ! 『リトルプリンス』のときにね。

井上 無事に家まで帰れるかな?みたいな。

土居 本番前に芳雄さんが、「土居さん、昨日ここのセリフ抜かしましたよ」って。そんなつもりなくて「え、そう?」と言ったら、「抜かしました」と。

井上 気づいてないですね。

土居 結構ありましたよね。

井上 映像で土居さんのミュージカルを昔から見ていましたし、僕らのちょっと上の世代、宮川浩さん、福井晶一さん、吉野圭吾さんとか、「土居裕子に憧れた男優たち」がいっぱいいて。女優さんもそうかもしれないけど。それがきっかけでミュージカルを始めたとかね。結婚するつもりだったとかいう人が、結構ボロボロいて、「すごいな!」とずっと思っています。

全員  (笑)。

土居 言ってくれればいいのに(笑)。

井上 本当に伝説級の方なんですけど、現在進行形の方でもあって。素敵だなと思うのは音楽座を辞められてからもオリジナル作品もたくさんされて、ストレートプレイもされているところです。本当に背中を追いたい役者さんですし、えらぶるわけでもなく、謙虚すぎるわけでもなく、土居さんにしかできないバランスですごく自然にやってらっしゃるように見えるので、尊敬しています。

自分にはなかなかできないですが、肩に何の力も入ってない感じで実はすごいことをされていて。ご一緒できるのが改めて嬉しいです。そして、お芝居も柔らかですけど、歌声がまたすごい!紆余曲折があって今に至っているんだと思いますが、保つというか、どんどん澄んできて、研ぎ澄まされている感じがします。ミュージカル女優としても実は大変なことを成し得ている方だと思います。

ミュージカル界のトップお二人が主役をやってくださる光栄

土居 ありがとうございます。今やもう、井上芳雄なくしてはミュージカル界が成り立たないというぐらい背負っている人が、ついこの間までは中国残留孤児の役をされていて、すぐこちらの作品に入れないんじゃないかなと思うぐらいでしたでしょう?そうしたら、見事に切り替えて入られて、その合間にもディナーショーをされたり、どうなってんの?って思いました。でも、それだけいつも自分の中のクリエイティブな心が、湧き上がっていらっしゃるんだと思います。音楽座の作品だからご一緒できるのが本当にラッキーだなと思いますね。三浦くんは今回初めてですけれども、お名前はもちろん存じていましたし、今や若手ミュージカル俳優の中で、

井上 飛ぶ鳥を落とすね。

土居 本当ですよ。すごい!これからも楽しみです。音楽座の作品は全部好きなんですが、これ……私が言ってもいいのかな。

井上 言っちゃいましょう。

土居 中でも大好きな作品だったので、その中の坊っちゃんをやってくださるという、私が言うのも変なのですが、それがすごく嬉しくて。ミュージカル界のトップを走っているお二人が、主役をやって演じてくださる。この上なく、この作品は光栄だぞって思いました。

貪欲に可能性をどんどん広げている宏規

井上 僕も宏規のことは、以前から知ってはいるんですが、どんどんアグレッシブになっている気がします。もともと踊りから始めたんだと思いますが、意外とガッツがあって、きっと悔しい思いとかもしながら歌とかお芝居とかに取り組んできていて。もちろん踊りも、そして歌も芝居もその精度をどんどん上げてきているところにに貪欲さを感じます。

「自分は踊りできるから歌はこれぐらいでも」って、全然思っていない。ミュージカル俳優ってこうあるべきだなと。たとえば踊りはもういいかみたいな、ちょっと諦めるところもあるじゃないですか。年々諦めていくものなのかなとも思うんですが、宏規は諦めるどころか、可能性をどんどん広げてきていて、それは正しいミュージカル俳優の姿なんじゃないかなと思います。

土居 今度は和物ですもんね。

三浦 今回は下駄で。

井上 踊りはそんなにないのかな?

土居 結構踊るんじゃない?

三浦 ここから踊るんですかね?

井上 作品毎に自分の武器を増やしているところが、すごく頼もしいなと思います。

芳雄さんとミュージカルで共演することが夢

三浦 恐縮です。おふたりのことをお話しするなんて、おこがましくて難しいですが、まず芳雄さんに関しては働きすぎです。ミュージカルを背負った、ミュージカルといえば井上芳雄。井上芳雄といえばミュージカルみたいな。トップスターがこれだけ働いちゃ、(僕なんて)疲れたとかまず言えない。

井上 もっと休みたいですね。

土居 本当!?

三浦 もうちょっとだけ休んでいただけると、我々ももう少しゆとりを持って暮らせるかなと思うんですけど。何よりミュージカルで共演することが夢でも目標でもあったので、もちろんいろんなコンサートなどで一緒に歌わせていただいたり、お芝居でご一緒させていただいたこともありましたが、ミュージカルを作っている芳雄さんを近くで見れるというのが、一番自分にとって財産だなと思っています。

何を思ってこの作品をよくしようと思っているんだろう、ご自分の役を深められているんだろう、稽古場の雰囲気を作ることも、ことお芝居だけじゃなく、いろんな面が全てにおいて超一流の方だと思って尊敬しているので、そういう姿を間近で感じられるのが、僕にとって財産だなと思って日々過ごしています。

土居さんは本当に最初にシーン稽古をしたときに、「うわ!すごい!!!」って。僕だけじゃなくて、アンサンブルさんも含めて全員が「土居裕子さんてすごい……」と。最初の一言目から全員が感動してしまうぐらいの、なんだろう、たたずまい、存在感というか。この本(物語)って、芳雄さんが超悪者に見えちゃうんですよ。

井上 やりようによってはね。ずっと怒鳴ってるからね。

三浦 でも、全く芳雄さんが悪く思えてこないというか。もちろん芳雄さんもそうなんですが、やっぱり土居さんの力だなと。

土居 いやいや、私は一回やっていますから。

三浦 だから本当に夫婦漫才を見ているかのような気分にさせてくれる。いろんなやり方があると思いますが、芳雄さんと土居さんにしか出せない雰囲気というのが存在していて、初めて合わせている稽古を見てそんな空気が出来上がっているわけだから、そんなものを見た若手は「これが本物の役者なんだ」と思いながら日々勉強させていただいている感じでございます。

音楽座のミュージカルは宇宙とつながっている

ーー初演から30年とのことで、ご存じない方も多いかと思いますが、楽曲の魅力をお聞かせください。土居さんは歌われて、改めていかがですか?

土居 今のミュージカルは難しい曲が多いと思うんです。ミュージカル俳優たちは、どんどんレベルが上がって、どんな歌でも皆さんこなして歌って、すごいなと思う中で、この時代に音楽座が作った音楽は、今聴くと、とてもほのぼのとしてシンプルで、一回聴くとどこか記憶に残って、舞台を観た後、帰り道にふと口ずさんでみたくなる。私は大好きでシンパシーを持って歌わせていただいています。

井上 オーソドックスな魅力というんでしょうか。時代性もあるし、今聴くと奇をてらわない良さもあると思うんですが。メロディーラインの強さは全作品に共通していて、親しみやすさとキャッチーなメロディーの魅力がありますよね。あとは、坊っちゃんパートは、快活なナンバーが多いので、ミュージカル的な魅力もあるよね。

三浦 本当にザッツブロードウェイみたいなのを、めちゃくちゃ和物で、下駄を履いてやっているところにすごく面白さを感じます。

井上 今回新たなYUHKIさんという編曲の方が入っていらっしゃるので、またちょっと一味違った音楽座のアレンジとは違うものになっています。全体でどういうムードになるか、まだ僕たちもわからないところがあるんですが、新しいことに挑戦しようとはしているかな。あと、僕はいつもスケールが大きいなと思って。僕はそんなにたくさんは歌わないんですが、歌うもののテーマがあまり具体的でないというか。即物的でなくて、もう宇宙なんですよね。音楽座は結果宇宙に手を伸ばそうとしますよね。

土居 宇宙、好きですねぇ。

井上 好きですよね。

土居 地球にとどまらない。

井上 だって、坊っちゃんの話だって言ってるのに。「あれ?『リトルプリンス』だったかな?」みたいな歌もあって。それが僕の音楽座の好きなところなんです。

土居 そうなんだ!

井上 でも決して、坊っちゃんから離れているわけじゃなくて、何か抽出したテーマがその歌に昇華して、最後はみんなで空を見上げて歌うみたいなところが、毎回音楽座ミュージカルのゴールみたいな気がしますね。

三浦 確かに。

井上 それが普通のミュージカルにはないところなんですよ。劇団性というか、その劇団にしかない部分。

土居 確かに。

井上 みんな意識してやられてたんですか?

土居 作り手は意識していたと思います。
思いを、無限の世界に浄化させたい、というか…。

井上 やっぱり!

三浦 だから最後のあの曲なんだ!

土居 そうかも。

三浦 なんでだろうって思ってたんです。

井上 テーマが共通してるんだよね。

三浦 今、合点が行った!

井上 それがミュージカルという形式にあっているんですよね。もちろんお芝居でもできるけれど、歌は飛びやすいんですよね。1曲歌えばすぐ飛べるから。

土居 そうですね。お家の縁側で歌っているのだけれど、二人の心や可能性や生き方は、星空の宇宙へ広がっていく・・・というのかな。

井上 本当はそうだと思うんですね。自分たちは常に宇宙とつながっているはずなんですが、なかなかそこに思いを馳せることは普段ないんです。でも、それを思い出させてくれるようなミュージカルであり、音楽であると思います。

3人が大切にしている本は……

ーー作品から関連して、何か記憶に残っていたり、大事な小説や本などはありますか?

三浦 恥ずかしいんだよな。本って恥ずかしくないですか?

井上 本棚を見られるみたいな。

土居 聞きたいですね。

井上 いっぱいあるよね。

三浦 矢沢(永吉)先生の『成りあがり』は好きでしたね。

土居 おお!

井上 来た!

三浦 やっぱり恥ずかしいです。

井上 (三浦さんと)世代が違わない?

三浦 何の機会に読んだのか分からないんですが。

ーー何か出会って、でも記憶に残っているんですか?

三浦 すごく!

土居 お父様がお好きだったとかではなく?

三浦 きっとそうだと思うんですけど、あまり記憶がないんです。でも多分上京してきた頃に、ひとりで読んでいると思います。だからなぜか分かんないんですよ。出会っちゃったんでしょうね。勇気をもらいましたね。

井上 好きなセリフとかないですか?

三浦 覚えてないです。

井上 好きなエピソードとかは?

三浦 そんな覚えてないな……どんどん恥ずかしくなってきた。

土居 私も大好きです。

三浦 本当ですか?

土居 成り上がりは読んでいないですが、矢沢さん大好きです。

三浦 人生には紆余曲折があるじゃないですか。坊ちゃんもそうですが、自分が持っている心、信念みたいなものを曲げないことの大切さみたいなものは、やっぱりすごく学びましたし、自分に恥がないように生きたい、みたいなところは、その本を読んで、より強く思ったのかなという気はします。

井上 僕はこの前やったばかりですが、『大地の子』は本当に前から持っていて、何回も読んでいました。好きな作品という以上に、本当に大事な作品だったんです。「『大地の子』と私」という、山﨑豊子さんが執筆の舞台裏を書かれた本も読んでいたんですが、その後やらせてもらうことになったから、本当に不思議なものだなと思いますね。巡り合わせを感じます。人間の歴史の中で一番苦しくて、悲しくて、辛い状況にあった人たちのことを忘れちゃいけないなと思う一冊ですね。

ーー以前から大事なだった本を実際に演じてみて、何かさらに見えるようなことはありましたか?

井上 どうだったかな……。でもやっぱり「知っている世界」だと思いました。もちろん本当には知らないんだけれど、自分の中に流れていたものはあったんだなと。あまり違和感がないというか。自分でも不思議でしたが、でも確かに感じるものがありました。

土居 私は夏目漱石の「こころ」を挙げたいと思います。高校の教科書にその一部が抜粋された文が出ていて、その時の国語の先生が、いわゆる行間を読む読み方を教えてくださったんです。この人はこう話しをしているけど、本心は違うところにあるのでは?とか、時間をかけて、登場人物の心理を丁寧に紐解いてくださったんです。その時に、高校生の私が読んだだけでは分からなかった心の動きみたいなものが、うわーっと感じられて、「すっごーい!」と思ったんです。
国語の先生と漱石の「こころ」が、私に本の読み方を教えてくれました。

今回、夏目漱石と坊っちゃんのお話を、明治座という、漱石自身観劇した記録も残されている、歴史ある劇場で上演させていただくことが、凄く楽しみであり、光栄です。
なので私の一冊は『こころ』です。

インタビュー・文・撮影/岩村美佳

スタイリスト・ヘアメイク/
【井上芳雄】スタイリスト:吉田 ナオキ/ヘアメイク:川端 富生
【土居裕子】スタイリスト:松本 裕子/ヘアメイク:川又 由紀
【三浦宏規】スタイリスト:小田 優士/ヘアメイク:AKi