『STAGE CREATOR’s FILE』vol.5|歌唱指導 柳本奈都子インタビュー

一つの舞台が完成するまでには、様々なセクションの“プロ”が携わっている。この連載企画では、舞台を裏側から支え、第一線で活躍しているクリエイターにロングインタビューを敢行。遍歴や創作のエピソード、仕事観などを聞き、作り手側の素顔に迫る。

第5回目となる今回話を聞いたのは、ミュージカル『ドリームガールズ』『ジャージー・ボーイズ』『梨泰院クラス』『マタ・ハリ』など、数々の大作ミュージカルで歌唱指導を務める柳本奈都子。舞台との出会いからタカラジェンヌ時代、歌唱指導の仕事内容や印象深いエピソードを語ってもらった。

宝塚観劇をきっかけに舞台の世界へ

――舞台との出会いについて教えてください。

小学1年生の終わり頃、同級生のお母様に宝塚の公演のチケットを譲っていただき、初観劇したのが原点です。2列目という前方席で観たのもあり、子供ながらに衝撃を受けて一気にファンになりました。その後、宝塚のOGの方が出演するミュージカルも観るようになり、徐々に観る作品の幅が広がっていきました。その中でも、『レ・ミゼラブル』はとても影響を受けた作品でした。

――柳本さんは宝塚歌劇団ご出身ですが、ご自身も舞台に立ちたいと思われたきっかけは?

子供の頃からバレエは習っていたのですが、小学校高学年から通い始めた教室の先生が宝塚OGの方だったんです。その教室には宝塚受験志望のお姉さんたちもたくさんいたので、宝塚やミュージカルの振付で踊ったりする機会もあって。そういう環境にいた影響もありましたが、一番大きなきっかけとしては、宝塚で観た『ウエストサイド物語』でした。オーバーチュアを聴いたときに、「やっぱり私、やりたいかも!」とビビっとなって。引っ込み思案な子供だったので、ずっと夢の一つではあったものの迷いがあったのですが、受験を決心をして、運良く一発で合格でき、宝塚音楽学校に入学しました。

――宝塚音楽学校卒業後は月組に配属、舞台人としてデビューされ、6年間在団されました。宝塚時代を振り返ってみていかがですか?

目立つ場面をあまり経験しないままで退団してしまったのですが、思い出深い出来事としては、入団2年目の終わり頃に、エンカレッジ・コンサート(公演の楽曲やミュージカルの曲を、各組の選抜メンバーが歌い継いでいく発表会形式のコンサート)のメンバーに入れていただいて、自分で選曲した2曲を歌わせてもらう機会があったんです。ただ、その頃の自分は宝塚やミュージカルで歌うような声が全く出せなくて。そうなると歌える曲も限られてくるんですね。「このままじゃダメだ」と思い、それがきっかけで歌のレッスンを始めて、ミュージカルにも対応できるような「声づくり」を少しずつ進めていくようになりました。その後、ミュージカルの舞台へ関心が高まっていったこともあり、徐々に退団時期も意識するようになっていきました。

ミュージカル俳優と学生、二足の草鞋

――退団後はどのような活動をされていたのでしょうか。

2作品ほど舞台に出演したあとに、地域が主催する子どもミュージカルの公演に客演で出演させてもらったんですね。当初は出演のみの予定でしたが、子どもたちが音取りするのを手伝ったり、練習に付き合ったりすることも増え、そのミュージカルでは歌唱指導としてもクレジットしていただくことになって。それまでは歌唱指導をやりたいなんて考えたこともなかったんです。でもこの時に、「子どもたちに歌を教えることは、将来的にもしかしたら仕事の一つとしてやれるかもしれないな」と思い始めて。その流れで翌年に昭和音楽大学短期大学部合唱指導者コースに入学して、歌唱や合唱の指揮について勉強を始めました。

――学校に通いつつ、ミュージカルの舞台にもたくさん出演されていたそうですね。

4年間で単位を取ればよかったので、仕事と両立しながら取り組んでいました。2014年~2018年頃で、『レディ・べス』『モーツァルト!』『レ・ミゼラブル』などに出演していました。レミゼではダブルキャストだったので、授業のある日は夜公演にしてもらい、日中は学校へ行き、夜は舞台に出て、と上手くスケジュールを調整しながら両立できたのもよかったですね。

――二足の草鞋のお忙しい時期を経て、どのような経緯で歌唱指導の道へ進まれたのでしょうか。

知り合いに頼まれたちょっとした歌唱指導の仕事は在学中も始めていたのですが、初めて商業の大きな公演に携わったのが、『エリザベート TAKARAZUKA20周年 スペシャル・ガラ・コンサート』(2016年)でした。その公演の歌唱指導に入られていた方から「手伝ってもらえないか」とお声掛けいただいて。ただ、こういった大きな公演の歌唱指導の仕事をするようになるのはもっと先のことだと思っていたんです。当時はまだ30歳になった頃で、キャリアとしては40代ぐらいでできればいいのかな、と。でも、こういう機会は逃さない方がいい、と思い参加させていただきました。

――はじめて大舞台の公演にスタッフとして入られてみて、いかがでしたか?

錚々たる宝塚OGの先輩ばかりの中で、「私でいいんですか!?」と最初は恐れ多く感じていましたが、その公演では他にも大先輩の歌唱指導の方も入っていらして、「現場で歌唱指導をする人はまだ少ないから、ぜひ頑張って勉強してほしい」と言ってくださって。その励ましの言葉もうれしかったですし、現場の先輩たちの姿から学びながら、必死になってやっていたのを覚えています。

――その後、歌唱指導としてのお仕事が中心に?

しばらくは俳優としての仕事がメインでしたが、2020年のコロナ禍が歌唱指導として転機になりました。当時、作品のスケジュールがずれ込んで様々な調整が必要な事態になり、各セクションで人手が足りない状況になっていたんですね。私自身も出演予定の作品が中止になってしまったのですが、代わりに他の作品での歌唱指導の依頼が増えていって。振り返ると、逆境の中でも、個人的にはチャンスが舞い込んできた時期でもありました。
そういった期間を経て、2023年に上演された『ドリームガールズ』という作品で、歌唱指導として初めて一からお仕事の依頼をいただくようになり、その後、『ジェーン・エア』『エリザベス・アーデンvs.ヘレナ・ルビンスタイン -WAR PAINT-』などで歌唱指導を担当させていただき、役者との兼任ではなく、歌唱指導として独立してお仕事をさせていただくようになりました。

日々の“コミュニケーション”と“観察力”から成る歌唱指導

――ミュージカルの制作において重要な役割を担う「歌唱指導」ですが、現場では具体的にどのようなことをされるのでしょうか。

人それぞれのやり方があるので、あくまでも私個人の場合ということになりますが、まず稽古の最初の2週間ほどで行われる「歌稽古」で、キャストの皆さんと作品のナンバーをさらっていきます。最初の1週間で各自のパートを把握してもらい、その翌週では歌を深めていく作業やコーラスの調整などをしていきます。
歌稽古が終わる頃に、(台本を読み合わせる)「本読み」が途中で入るのですが、その時に歌を入れて楽曲を辿ることがあるので、キャストの皆さんが本読みでも対応できる状態にしておきます。この後に動きを付けながらシーンをつくっていく「立ち稽古」を行い、芝居がどんどん組み上がっていく中で、曲の意味や解釈を共有し、その場面にどのような「声」が必要なのか、それを表現するために役者さんに必要なものを一緒に探っていく作業をしていきます。そのような期間が1ヵ月ほど続き、終盤の「通し稽古」でさらに細かいところを調整をしていく、というのが全体の流れになります。約1ヶ月半の稽古期間の中で、ボイストレーニングと芝居のプロセスの中での曲づくりを行い、どのような道筋を辿って開幕までレベルアップしていけるのかを探っていくのが歌唱指導の役割だと思って務めています。

――技術的な部分と曲の解釈、その両方のサポートがあると役者さんの安心感も大きそうですね。

そうですね、安心感を持ってもらえたらうれしいですね。役者さんの不安を解消することもこの仕事の大きな役目だと思っています。特にプリンシパルの役者さんとは、お一人ずつと日常的なコミュニケーションを取ることが大切だと感じています。歌とは関係のない、何気ない会話の中で試してみるヒントが見つかって、それが上手くいくこともあったりするので。

――役者さんから質問されたりすることも多いのですか?

たくさんありますね。声の出し方や、難しい音域の対応について聞かれることもあります。お芝居の中で上手く繋がらない場合はどうしたらいいか、といった相談に乗ることもありますね。例えば、「ここの呼吸の時に(あとからくる)この感情を乗せておくといいよ」とアドバイスしたり。お伝えすることは本当にとても些細なことではあるのですが、だからこそ普段の何気ない会話であったり、「どういう方なんだろう」と日常的に観察してキャッチしたものが活きてくるんです。なので、役者さんたちの観察はすごくしている方だと思います(笑)。

――日々の会話や観察眼に加えて、歌唱指導をされる上で柳本さんが意識されていること、大事されていることはありますか?

楽譜もですが、台本をしっかり読み込んで、作品自体への理解を深めておくことは大事にしています。疑問があれば演出家の方にも質問をしたり。また、歌唱指導は、演出家や音楽監督と役者さんの間を繋いでいく中間的な役割でもあるので、私自身ではなく、役者さん自身がわかる言葉で伝えることを大切にしています。その「声」を出すためにどう伝えたら一番イメージが湧きやすいか、役者さんの分かりやすいところを探して言葉を選ぶように意識していますね。

「歌は、歌い手のエネルギーが言葉を超えていかないと歌にならない」

――歌唱指導をされていて、どんなときにやりがいや喜びを感じますか?

たくさんありますが、一番うれしいのは、稽古をしていく中で役者さんがガラッと変わる瞬間に立ち会ったときですね。この仕事をしているとそのような場面に何度も遭遇するのですが、ご本人に「何が変わったの?」って聞いてみると、必ず皆さん同じことを言うんですよ。それはあまりに何気ない言葉なので詳細は言及できないのですが(笑)。でも、それは私にとっても歌の中で一番大事だなと思っていることでもあって。最終的に皆さん同じところに着地するのがすごく面白いなと感じています。

――その共通の答えがとても気になるところではりますが(笑)、客席から観ていても、短期間で劇的に歌が上手くなっている役者さんの姿を目にすることがあり、どのようなプロセスがあったのだろう?と知りたくなります。

そこは本当に未知で、ある日突然、という感じで。本番が近づくにつれて、いろんな方からアドバイスを得て、役者さんが自ら掴もうとするプロセスの中で、急にその瞬間がやって来るんですよね。お芝居の中の気持ちの流れと、本人の表現したいと思うことの流れが噛み合っていない状態というのは、やはりこちらも見ていてわかるんです。また、それが噛み合って一体化しているな、という瞬間もわかる。そのポイントは、私自身が役者だからわかるということもあるので、そこをお手伝いできたら、という思いは常にあります。
歌は、その人のエネルギーがその言葉(歌詞)を超えていかないと歌にならない、と思うんですね。もちろんテクニックは必要ですが、技術だけではなく、それを超えるものがあるから、私たちは観ていて面白く感じるし、それが客席にも届くのだと思います。「聴こえるもの」だけでなく、内側のエネルギーやその人が自身が纏っている空気感みたいなものがやはり一番重要なんですよね。そういうことを伝えたり、一緒に探していけるところがこの仕事の醍醐味だなと感じています。

『ジャージー・ボーイズ』の現場で体感した濃密な日々

――近年、たくさんの大作ミュージカルに歌唱指導として携わられていますが、思い出深い作品などはありますか?

どの作品も毎回新鮮で驚きの連続ではあるのですが、2025年の『ジャージー・ボーイズ』は、とくに印象に残っています。初めて向き合う作品で、譜面も多い中で「4チームもあるのか!」と最初は戸惑い、頭をフル回転して調整していく日々でした。
作品の時代背景も含めて、個性的な“フォー・シーズンズのスタイル”が確立されていて、知識としてはもちろん情報を入れてはいるのですが、様々なことを現場で体で知っていくというか……。

――「体で知っていく」。

例えば、4人のコーラスで歌われる「シェリー」という曲があるのですが、冒頭の“シェ”の声だけで、チームが変わるとまったく別のものになるんです。最初の頃は、その変わりぶりに「えっ、なんか全然違う!」と驚いている間に1曲終わってしまうような感じで(笑)。その違いというのは、“ハーモニー”ということだけでは言い表せないぐらい、いろんなものが混ざり合っているからなんですね。Team YELLOWとTeam GREENでは、メンバーが一人しか変わらないのですが、それでもまったく別のものが生まれて、その驚きに圧倒されてしまって。そういったことを現場で体感していく日々でした。知識だけではなく“体で感じて知る”という瞬間がたくさんあって、それがすごく刺激的でしたね。各セクションのスタッフの方々ともたくさんコミュニケーションを取って、とても色濃い日々を過ごさせてもらいました。

――お話を伺い、「歌唱指導」というお仕事の役割や極意を知ることができ、こちらも大変勉強になりました。最後に、柳本さんが今後挑戦してみたいことや展望があれば教えてください。

正直に言うと、具体的な目標や夢というのはあまりないんです(笑)。歌唱指導の仕事も、流れのままに就いたところがあるので。でも、「出会いの数だけ学びがある」と思っているので、人にも作品にももっともっと出会っていきたい、という気持ちが今は一番大きいですね。役者であることが歌唱指導として活きている部分もあるので、自分の可能性を制限せずに、新たな出会いがれば臆せずチャレンジし続けたいなと思っています。
また、「これはやった方がいいな」と直感で思ったことは必ず挑戦するようにしてきて今が在るので、これからも直感力を大事に、視野を広げて客観的に視つつ、いろんなところにアンテナを張って瞬発力とエネルギーを持って進んでいけたらと思っています。

インタビュー・文/古内かほ

【PROFILE】
柳本奈都子(やなぎもと なつこ)
宝塚歌劇団出身。退団後は数々のミュージカルに出演、近年は歌唱指導としても活動している。主な出演作に『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』(シスター・メアリー・パトリック役)、『イリュージョニスト』、『モーツァルト!』、『レ・ミゼラブル』など。
歌唱指導での主な参加作に『エリザベートTAKARAZUKA30周年スペシャル・ガラ・コンサート』、『バグダッド・カフェ』、『マタ・ハリ』、『JERSEY BOYS』、『梨泰院クラス』、『ケイン&アベル』、『VIOLET』、『Xcalibur』(宝塚歌劇団)、『エリザベス・アーデンvsヘレナ・ルビンスタイン−War Paint−』、『ジェーン・エア』、『DREAMGIRLS』など。
洗足学園音楽大学ミュージカルコース非常勤講師を務め、後進の育成にも取り組んでいる。

【お仕事情報】
・ブロードウェイミュージカル『ファニー・ガール』
2026年9月6日(火)~9月29日(火) 日生劇場(東京)
2026年10月9日(金)~10月18日(日) 梅田芸術劇場メインホール(大阪)
2026年10月24日(土)~11月1日(日) 博多座(福岡)
2026年11月10日(火)~11月15日(日) 御園座(愛知)
・古川雄大 The Greatest Concert vol.3 -Man of the Stage –
2026年9月11日(金)~9月17日(木) 東京国際フォーラム ホールC(東京)
2026年9月25日(金)~9月27日(日) COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール(大阪)
・ミュージカル『星影の人』
2026年11月19日(木)〜24日(火) 東京国際フォーラム ホールC(東京)
2026年12月3日(木)〜7日(月) SkyシアターMBS(大阪)
2026年12月12日(土)・13日(日) 長野市芸術館 メインホール(長野)
2026年12月19日(土)・20日(日) 富士市文化会館ロゼシアター 大ホール(静岡)
2026年12月25日(金)〜27日(日) 御園座(愛知)