ローチケ演劇部presents はじめてのミュージカル 編集長コラム「はじめてのその先へ…」2019年8月号

はじめてのその先へ…ということで、「今月観られる公演」で紹介した作品でミュージカル・デビューを果たした方に向けて、それがどんな位置づけの作品だったのかを解説することで、“次の一歩”を踏み出していただこうというこのコラム。初回とあって、まだ「今月観られる公演」の実績のない今回は、筆者が6~7月に観た作品にスポットを当ててみたい。

 

●出来栄え上々!今年の『レミゼ』

まずはやはり、定番中の定番である『レ・ミゼラブル』から。作品のポテンシャルの圧倒的高さは世界中で認められているところで、日本でも30年以上にわたって数年おきに上演されている人気作だが、上演のたびにキャストが一部入れ替わって丁寧な稽古が行われ、演出にも細かな変更が施されるため、年によって出来栄え――作品ポテンシャルの生かされ度――が微妙に異なるボジョレ・ヌーヴォー的ミュージカルでもある。

そんな中、今年の出来栄えは実に上々。多くのはじめて組の皆さんに、「ミュージカルってすごい!」と感じていただけたのではないかと思っているのだが、「そうでもなかった」派がいる理由も、全く考えられないわけではない。一つには、ストーリーが複雑であるということ。何も考えずに観てスカッとする、というタイプでは決してないので、難しくて疲れちゃったという向きには、コメディ系の作品で“次の一歩”を踏み出すことをお勧めしたい。

もう一つには、主要な役すべてがトリプル(またはクワトロ)キャストであること。色々なキャストで作品を味わえることは、既に作品ファンとなっている身には“味変”感覚で楽しめてありがたい。だが、同じ役の3人が全く異なる役作りをしてくることは珍しくなく、そして人には好みというものがあるため、キャストが好みに合わないために作品に感動できなかった、という可能性も否定できないのだ。そう考えると、“次の一歩”を“はじめて”とは別キャストの『レミゼ』にしてみる、というのも一つの手と言えるだろう。


●独特の世界観:『エリザ』と『花男』

次に、こちらもまた帝国劇場の重要なレパートリーとなっている『エリザベート』。ミュージカルの本場と言われるブロードウェイウエストエンドではなく、ウィーン発の、しかも日本では宝塚歌劇団が初演した作品ということで、同じ定番ものとしてひと括りにされがちだが、『レミゼ』とはだいぶ毛色が異なる作品だ。王妃と死神の愛の物語、という現実離れしたストーリーは非常にロマンティックで、音楽も衣裳もダンスも美しく、一度ハマれば何度観ても感動必至の沼ミュージカル。だがその独特の世界観ゆえ、“はじめて”には少々ハードルが高いかもしれない、というのが筆者の私見だ。

というのも何を隠そう、筆者も中学生時分で初めて観た時は、ファンに怒られることを覚悟で書くが、ちょっと笑ってしまったのだ。だがその後さまざまなミュージカルを観るうち、作品に入り込んで感動するのではなく一歩引いて面白がるという楽しみ方を知り、その楽しみ方で『エリザベート』も何度か観るうち、最終的には感動するようになったのだった。

そんなミュージカルのもっと極端な例が、宝塚歌劇団による『花より男子』。“タカラヅカ版”ではなく“ミュージカル版”の花男を期待して行ったはじめて組の中にはもしかしたら、はじめて『エリザベート』を観た時の筆者のように、笑ってしまったりポカンとしたりした人もいるのではないだろうか。筆者などは、何をやってもタカラヅカはタカラヅカ!という揺るぎなさと潔さ、そして壮大な前向きエネルギーに、掛け値なしに感動を覚えたのだが。

©宝塚歌劇団


●「翻訳もの」と「招聘もの」の最高峰

最後に、ミュージカル界最大の売り文句の一つである「トニー賞受賞」を引っ提げた2作品、『ピピン』と『王様と私』についても触れておきたい。トニー賞を受賞したブロードウェイ版と同じ演出であるという共通点の一方で、前者は日本語による上演で後者は英語のままの上演(字幕付き)という違いがあったわけだが、それぞれが「翻訳ミュージカル」と「招聘ミュージカル」の最高峰と言える舞台となっていた。

『ピピン』は何しろ、キャスティングが完璧。主役の城田優を筆頭に、ほぼ全員が確かな歌唱力、ダンス力、演技力を備え、特にミュージカル初挑戦となったCrystal Kayのリーディングプレイヤー役は鮮烈としか言いようのないものだった。ブロードウェイに引けを取らないキャストが、ブロードウェイには望めない日本語での台詞と歌唱を届けてくれるとは、なんともありがたい話。作詞作曲のスティーヴン・シュワルツが若き日に創作した作品ということで、元々の作品自体に未熟さがあることは否めないのだが、作品ポテンシャルの生かされ度で言ったら100パーセントに近かったのではないだろうか。

一方の『王様と私』は、主役二人がオリジナルキャストである、ということが何よりの強み。招聘ミュージカル多しと言えども、トニー賞を受賞した女優が来日してくれることなんてそうあることではない。ケリー・オハラの圧倒的歌唱力と、彼女と渡辺謙の役とのマッチっぷりは、はじめて組にも十分に伝わったことだろう。ただ、古い作品を丁寧に演出し直したリバイバル版ということで、もしかしたら少し退屈してしまったという人もいるかもしれない。そういう向きには、退屈する隙の全くない最新のブロードウェイミュージカルを“次の一歩”にすることをお勧めして、初回のコラムの結びとさせていただく。

 

文/町田麻子