草木染作家・坪倉優介さんが自身の体験を綴ったノンフィクション「記憶喪失になったぼくが見た世界」をベースに、気鋭のクリエイターと実力派俳優陣が集結し、オリジナルミュージカルとして今秋上演される『COLOR』。記憶を失った息子と向き合う”母”役を演じる濱田めぐみと柚希礼音に、互いの印象や本作へかける意気込みを語ってもらった。
劇団四季、宝塚出身二人の意外な接点
――お二人は今回、同じ役を演じられますが、舞台でご一緒されるのは初めてだそうですね。
柚希「宝塚で初めて『アイーダ』を元に作られた『王家に捧ぐ歌』という作品を上演したときに、ちょうど劇団四季さんで『アイーダ』を上演しているのを知って観に行ったんです。そのときにアイーダを演じられていたのがめぐさんだったんですよ。こんなにすごい方と同じ役ができる日が来るなんて……!と、勝手にご縁を感じています」
濱田「ほんとうですか!まさか観られていたなんて(笑)。実は私、高校を卒業するときに「宝塚受験させてください」って言ったくらい、宝塚が好きで。先生からは「何を言ってるんだね」ってあっさり流されてしまいましたけど。母が宝塚が好きで、受験ギリギリのところまでいったそうで。一番最初に連れて行ってもらった舞台も、宝塚だったんです。たしか星組公演でした」
柚希「え~~!星組星組!!(自身を差しながら)」
濱田「柚希さんの動画とかけっこう拝見しているんですが、めちゃくちゃかっこいいですよね!」
柚希「うれしすぎるのですが……!「私のことなんて知らないだろなあ」と思っていました」
濱田「いやいや、今、柚希さんを知らない人はいませんよ(笑)。やっぱり宝塚出身の方はオーラが違いますよね。さっきも(取材の)撮影で、隣に立って娘役さんの気持ちになってました(笑)。こう、自然と寄り添いたくなるんだな、って。「スターさんってこういうことか!」と実感しました」
柚希「『アイーダ』を観ていた頃では考えられない出来事ですね」
実際にあった出来事を、舞台として作り上げていくことの難しさ
――本作は坪倉優介さんの『記憶喪失になったぼくが見た世界』という本をベースに、ミュージカルとして上演されますが、物語の印象についてはどのように感じられましたか。
濱田「原作を読んで主観的に抱いた感想と、それを台本にして、我々が共有しながら舞台作品として作り上げていくのは、まったく違う感覚だと思うんですよね。一度全員で読み合わせをしたときも、「これを4人でどうやって料理するんだろう」って考え込んでしまいました」
柚希「ミュージカルはドラマティックな作品が多いですが、今回の作品のように“本当にあったこと”をそのまま描くと、ドキュメンタリーみたいになってしまうんですよね。「そういうことがあったんだ」、で終わらないようにするには、どうやっていくべきなのか……」
濱田「音楽を担当している植村花菜さんとも、NYからリモートでいろいろお話をお聞きしたのですが、やっぱりテーマがセンシティブで難しいですよね。記憶喪失になった息子とその母親が、以前とは違う新しい関係性になってという、より複雑性が増した中で、“お母さん”として演じなければいけないので。「この作品は何を伝えようとしているのか」という明確な共通認識を作る側がしっかり持っておかないと、観ている側は「何をやってるんだろう?」となりかねないですし……」
柚希「母親像をリアルに立ち上げるのはなかなか難しいですよね」
濱田「本当のお母様も、記憶喪失になった息子さんの前で「母親」を演じるんですよね。「母親というのはこういうものよ」って。そうしてきた実在のお母様がいて、それを我々が演じて、さらにそこから「観客の皆さまに見せる」という何段階もあった上で、どうやったら観てくださる方にメッセージが辿り着くのか。4人がしっかり手を取り合って進んでいかないと、太刀打ちできないな、って思いますね」
柚希「実際にあった出来事で、歴史上の人物ではなく今も実際に生きていらっしゃる方がモデルになっているので、話を膨らませてドラマティックにするわけでもないですしね」
濱田「リアリティを求めすぎるとパフォーマンスにならないし。お芝居だけじゃなく歌もあって、ミュージカル?音楽劇?ストレートプレイ?これは何……?って感じで(笑)、今、全員が同じスタートラインに立っている状態なんだと思います」
――原作を読まれて特に印象深く残ったところはありますか。
柚希「何もかもがわからなくなるというものすごい経験をした坪倉さんが、昔の記憶を思い出して生きるのではなく、新たな人生の光や希望を見つけていく――仕事を見つけ、やってみたいと思うものに出会う――ことに感動しました。あと、些細なことにも幸せを感じる、という感覚とかも。自分に置き換えて考えてみたりもしましたが、それを実際に演じるとなるとまた難しく感じますね」
濱田「原作を読んだあと、私たちがこの地球上で当たり前のようにしている行動や認識は、元々あるものではなく、後付けされたものなんだろうな、というような感慨を抱いたんですよね。事故によって本能の「点」みたいなところに、彼は戻ってしまったじゃないですか。全部を剥されて、魂の光の一粒にされてしまった人が、地球にポンと落とされたところから始まっているような気がして。あまりにもスケールが深くて本質的なテーマに感じられて、少し本から距離を置いたんです。この作品を軽い気持ちでは取り扱えないな、って。ただの感動ストーリーではないですし、柚希さんがおっしゃったように、前に進んで行きながら光を見つけて、生きがいを得るというところまでの道のりを、作品としてどうやって立ち上げるのか……。一般常識を取っ払ったところから入らないと、役作りも何もできないなあ、って今は感じています」
4人の俳優が魅せる化学反応
――共演者の浦井健治さん、成河さんの印象はいかがですか。
濱田「浦井君とは何回も共演しているので、姉弟とか親戚みたいな感じですね。久しぶりに会っても、会った瞬間ゲラゲラ笑っちゃって、挨拶もせず会話が始まるような。お互い似てるんですよ」
――どんなところが似ているのでしょうか。
濱田「言わなくても、思ってることや考えていることがだいたい一緒だったりするんですよね。隣に座っていても、気を遣わずにぼーっとできるし、「でさぁ、」って二人で同じタイミングで話し出したり。あと、目が合ってお互い「そうだよね」って意思疎通できる感じとか。あんまり言葉が要らないというか」
――成河さんはどうですか。
濱田「成河くん「才能の塊」で、弾むボールみたいな人ですね。いろんな発想がポンポン出てくるし、舵切りが天才的に上手いので、成河くんに任せておけば間違いないな、って思います。今回はチームが固定なので、彼が息子で私が母親役ですけど、彼が舵を切って自由に行くところに、“母親”として着いていくのが一番いい形だな、と。成河くん引き出しを開けてどんどん開拓していくところに、飛び込んでいけたらなと思っています」
――柚希さんはお二人とは初共演になりますが、舞台での姿や実際にお会いしたとき、どんな印象を受けましたか。
柚希「浦井さんは、舞台上の姿からも「やさしい方なんだろうな」っていう漠然とした印象がありましたね。周りの皆の動きを全部受け止めて、そこにすとんと存在していらっしゃるような。今回のチラシ撮影で初めてお会いしましたが、その時も自然にその場にいらっしゃって、撮影で私の背中にもたれかかるときも、ひょいっとナチュラルに入ってくる感じで。なので、その浦井さんの感じを見ながら、母として演じてみようと思っています。
成河さんは、舞台で拝見していて「どうやって役作りをしていらっしゃるんだろう?」といつも思わせられる俳優さんですね。以前行われたリーディングのお稽古でも、演者ではない目線からもどんどんいろんな案を出していらっしゃいましたし、稽古でどんな風に役を立ち上げていかれるのか、今からとてもたのしみです」
――皆さんの化学反応に期待が高まります。
濱田「この前のお稽古でも、みんな距離感が近くて、休憩の時も言葉にせずとも共有できる空気があったから、お菓子をつまみながらいい感じに進んでいけそうな気はしていますね。しっかりコミュニケーションが取れていないと、作っていくのが難しい作品だと思うので、4人が結束できて信頼しあえているのがよかったな、って思います」
――植村花菜さんの楽曲の魅力についてもお聞かせください。
濱田「全部の曲をシングルカットできるようなナンバーが詰まっていますね。場面ごとに曲ができあがっていて、全体的にかわいらしい印象です。軽快なメロディーに大切な言葉が散りばめられていて、ライトな感覚で聞いていただけるんじゃないかな」
柚希「ミュージカルの楽曲というよりも、ポップス寄りの印象はありますよね。最初に聞いたとき、植村さんの仮歌が上手すぎてびっくりしました(笑)。あと、歌声がとってもかわいらしくて。曲の根底に、ピュアなものが流れているように感じました」
濱田「日常的な感じですよね。大作ミュージカルに出てくるような仰々しいナンバーではなくて。かといって、歌うとなると、決して簡単ではないんですよ。けっこうキーが飛んでいたりしていて」
柚希「芝居と歌の声のギャップを作らない歌い方ってどんな感じだろう?と悩むところもあります。歌のキーが高かったので、お芝居の中での声と、どう自然につなげられるのか……。“母”として、自分がいちばんしっくりくる声を探りたいですね」
――最後に、たのしみにされているお客さまへメッセージをお願いします。
濱田「ご覧いただく舞台では、きっと素敵な「旅」ができると思いますので、ぜひそれを一緒に体験しに、劇場に足をお運びいただければと思います」
柚希「出演者全員で作っていくミュージカルというのはなかなかは経験できないですし、手探りの中、「より良いものを」という思いで最後まで挑んでいきたいと思います。本番ではどんな形に成ったのか、ぜひ見届けていただけたらうれしいです」
取材・文/古内かほ