ミュージカル『太平洋序曲』海宝直人インタビュー

ミュージカル『太平洋序曲』が、日英合作で上演される。近代日本の夜明けを描いたスティーヴン・ソンドハイムの意欲作。西洋のクリエイターによって描かれた「日本」という唯一無二の作品を、オリヴィエ賞にノミネートされたマシュー・ホワイトを演出に迎え、日本版キャストで上演される。香山弥左衛門を演じる海宝直人に話を聞いた。作品の印象や、日英合作ならではの面白さ、ソンドハイム楽曲ならではの魅力など、今感じていることを語った。
 
――ご出演のお気持ちや、作品に対する印象をお聞かせください。

ソンドハイムさんの作品は2本目ですが、初出演の『メリリー・ウィー・ロール・アロング』は印象深いです。出演者のほぼ全員が20代のカンパニーで、ソンドハイムさんの曲を、歌いこなして表現するのが難しく、緻密な音楽をハーモニーとして成立させながら芝居するのが大変でしたが、その経験が自分にとっての音楽の大事なスキルとなる大きな財産になりました。再び関わりたいと願っていたので嬉しいです。

特に『太平洋序曲』は特別で、ブロードウェイで日本を舞台にした作品はとても珍しいですから、日本人としてこの作品に関われるのは光栄です。なおかつブロードウェイ初演ではいい意味で賛否の分かれた作品でもあり、演出によっても作品の持つ空気感やメッセージ性は大きく変わると思うので、マシューさんが作る今回ならではの『太平洋序曲』にワクワクしています。難しい作品ですし、日英合作にも大きな意味があり、役者として幸せです。

1976年のブロードウェイ初演は全編英語ですが、いわゆる歌舞伎調で喋っているのが面白いなと思いました。「Someone in a Tree」の場面など、ソンドハイムさんの緊張と緩和みたいな、曲の中の感覚が素敵だなと思いました。密談している場面では、実は名もなき人々が見ていたところにも大きな意味は感じますし、大好きなシーンです。

――香山弥左衛門の印象や、どんな風に演じていきたいと考えていますか?

初演の印象では、それぞれのキャラクターが相当立っていて、デフォルメされた部分が大きいと思います。その中で香山はとてもニュートラル。本当に普通の人として描かれている印象です。観客が感情移入できる、リアリティのある、彼の苦悩や悲しみ、想いに、共感してもらえるようなキャラクター作りになっていくのかなと思っています。

――マシューさんからのメッセージに「美しく複雑な役」と表現されていましたが、複雑さはどういうところに感じますか?

いきなり将軍に呼ばれて「(アメリカ人たちを)追い出せ」と言われ、なんとか知恵を捻りだして、とんちみたいな感じで乗り切っていく。その中に、彼なりの葛藤、愛する人との別れ、友との決別がある。西洋文化に系統していくキャラクターですが、日本人を代表すると言うと変な言い方かもしれませんが、海外の人たちから見て日本人には独特なところがあるんだろうなと。変化に対してすごく特殊な歴史をたどってきていると思うんです。開国、明治時代になってからの西洋化、第二次世界大戦を経て、アメリカ文化を取り入れ、高度経済成長。焼け野原が一気に世界のトップに肩を並べるような国になる。変化に対する順応性、受け入れる能力が、良くも悪くもある。だから、香山というキャラクターを通して、日本人の本質を見ているような感覚になります。

――この作品は1976年に初演、2000年代頭に宮本亜門さんの演出版が上演され、そして今回2023年に上演となります。初演と2000年代初頭と今では、世界においての日本の位置づけなど、変わってきていると思いますが、今日本で上演されることについて、改めてどのように感じていますか?

初演は海外チームで作られたもの、次に亜門さんが日本人の感覚で再解釈して作り上げました。今回は、日本人の俳優たちと海外のクリエイターチームと共同制作であることが、興味深い流れで、新しい形でのアプローチによって、きっと新しい『太平洋序曲』になるだろうと思います。

現代という意味では、「Next」という曲でこの作品は終わりますが、変化していく独特な民族性を持った日本という国の特殊性を、僕らはあまり意識していないじゃないですか。海外は歴史的なものを大事に景観を守りますが、日本は新しいものを取り入れて、変化していくことに価値を見出す。日本人独特のメンタリティみたいなものがあるんだろうと。この作品を通して改めて客観的に俯瞰した視点から、日本人が日本というものを見て感じたいです。

そういう意味では、変化の激しい、グローバル化している、アイデンティティみたいなものも分かりづらくなっている時代に、日英合作の『太平洋序曲』を観ることで、またひとつ発見があるんじゃないかと感じています。

――海宝さんが歌う3曲の魅力や特徴などをどう考えていますか?

初めて聞いた時に「Poems」が印象的でした。香山とジョン万次郎が親交を深めていく、俳句を読みあう曲ですが、そのやりとりが面白く印象深いですね。「There Is No Other Way」は、妻たまてとのデュエットです。オリジナルではコーラスが歌い、夫婦は身体表現でしたが、今回はふたりのデュエットになっています。とても美しいですよね。どの曲も、その曲の中でモチーフがリフレインされていくような曲が多くて、聴いているうちにどんどん中毒になっていくような、スルメみたいな感じでメロディが廻り始めます。

ミュージカルにおいて、楽曲にアプローチするにはいろんな方法があると思います。作品や演出家によって、エモーションを優先して、崩すみたいなことも沢山やります。『ミス・サイゴン』でも、今だからこそ演劇に寄せたリアリティのある喋りに崩して欲しいという要望がありました。ソンドハイムさんの楽曲は、どちらかというとソウルではなく、キャラクターの感情表現の中で書いた半音と全音との繊細な音と、オーケストラとの音のぶつかり合いなどで、不協和音になるように計算されていて、緊張から瞬時に緩和されて協和音になり、物語や感情を表現していく印象が強い。そういう意味でも作品や作家によって表現が変わってくると思います。

「There Is No Other Way」も、哀愁や寂しさなど複雑な感情がメロディによって表現されていますが、どの曲でもメロディをしっかり表現することを大切にしたいです。「A Bowler Hat」は香山というキャラクターを表現する楽曲でもあリます。これも癖になりますよね。気づいたら口ずさんでいる、この作品の中では比較的キャッチ―なんじゃないかなと。練習しているからかな(笑)。繰り返していく中でどんどん変化していくところは本当にすごいと思います。

――『太平洋序曲』は西洋から見た日本の改革の時代を描いていて、今ご出演されている『ミス・サイゴン』も、西洋から見たアジアを描いた作品です。他者からの目線で描かれる作品に触れていて、どんなことを感じますか?

演じている分には、アプローチの仕方が変わる感覚は、あまりないかもしれないですね。クリスは西洋人だから何とも言えないですが、『太平洋序曲』では日本人役を演じて、ヨーロッパの方が演出するので、このスタイルは初経験。特に「日本」を題材にした作品で「日本人」を演じ、「西洋」の演出家やクリエイターの皆さんと作ることが、今までに感じたことのない、新しい何かを感じるんだろうなと思います。

――ご自身は他者から見られたり分析されることに対して、新鮮な発見みたいなものはありますか?

往々にしてそれは自分の感覚とは違ったりしますよね。例えば「しっかりしてるね」とか。この仕事しているから、ぎりぎりちゃんとしていますが、していなかったら、引きこもって、ポテトチップスを食べながら映画を観てます(笑)。あとは、「緊張しているように見えない」とか。吐きそうになりながらやってるんです。この間、(高畑)充希ちゃんと、「充希ちゃんも緊張しているように見えないから、お互い損だよね」って話したんです。

――損になるんですね?

緊張して、何とかポテンシャルを出したいと挑戦していますが、緊張していないと思われているということは、ベストを出せていると思われているわけじゃないですか。がっちがちに緊張しているほうが「あ……緊張しているんだ……頑張れっ!!!」と温かい目で見られるのに、「海宝さんはちゃんとやってください」みたいに思われることが多い(笑)。

――(笑)。温かい目で見られたい?

たまには、温かい目で見られたい……(笑)。

――今回も完璧なものを見せてくださるだろうと、期待されているかと思います。

温かい目で待っていてください!

取材・文・撮影:岩村美佳
ヘアメイク:本名和美(RHYTHM)
スタイリスト:津野真吾(impiger)
衣装協力:suzuki takayuki