完璧な舞台が初演から約70年を経て実現!三代澤康司が観た『ウエスト・サイド・ストーリー』

ブロードウェイ・ミュージカルの代名詞ともいえる『ウエスト・サイド・ストーリー』の来日公演が8月に大阪で開かれる。同作は1957年にブロードウェイで初演、1961年には映画化され世界中で大ヒットした。物語は『ロミオとジュリエット』を元に、ポーランド系移民のグループ〝ジェッツ〟の元リーダー・トニーと、敵対するプエルトリコ系移民のグループ〝シャークス〟のリーダーの妹・マリアの運命の恋を描く。同作の大ファンで、ミュージカルやクラシック音楽に詳しい人気アナウンサー・三代澤康司に、東京公演の模様や魅力を聞いた。

――東京で開幕した『ウエスト・サイド・ストーリー』(以下『WSS』)の初日を観劇されたそうですね

『WSS』の来日公演は、過去に3回見ているんですけど、今回が一番良かったです。観劇している中で、いらんのちゃうかという無駄なシーンが何一つなかったんです。もう完璧で最高でした。大興奮で、翌日の僕のラジオ番組でどれだけ感想をしゃべりまくったか(笑)。

――高揚感がこちらにも伝わってきます

オープニングからニューヨークのウエストサイドの街の雰囲気をどう感じさせてくれるか期待していたんですけど、今回はちゃんとセットで街が作ってあるんですよ。セットを裏向けたり、右にしたり、開いたりと、ウエストサイドの色んな路地やマリアの家のそばを、映画版よりも、はるかに想像力をかきたてられるように表現している。そして、シャーク団とジェット団が出てきて、段々乱闘になっていくんですが、ダンスの振付がすごいんです!クラシックバレエをベースにしつつモダンでカッコいい。1950年代にようあんな振付を考えたなと思いました。

――初演の原案・振付・演出はブロードウェイを代表する巨匠ジェローム・ロビンスです

今回、演出を手掛けたロニー・プライスはロビンスが先生みたいなもので、ロビンスの振付を忠実に再現してほしいとのオファーだったから、喜んで受けたそうです。だから変な味付けを全くしていない。1957年の初演当時の雰囲気をそのまま2023年に持ってきているんです。

――さらに、世界的指揮者で音楽家のレナード・バーンスタインが作曲、ミュージカル界の巨匠スティーブン・ソンドハイムが歌詞という、夢のようなコラボレーションですね

バーンスタインのメロディはハートに突き刺さってきますね。指揮者としてのバーンスタインもカッコいいし、すごいんですよ。クラシック音楽は指揮者で決まる部分があり、彼はそのこだわりも、後世に教えている。僕が親しくさせていただいている佐渡裕さんもバーンスタインの弟子です。音楽の楽しさを、聴く側や演奏する側の視点で種をまき、後世に受け継がせた人なんですよね。

ソンドハイムの歌詞も素晴らしいんですよ。特に『アメリカ』なんて、ものすごい派手で華やかなダンスとメロディで、皆ウキウキして楽しいシーンなのに、歌詞をよく聴くと、アメリカを批判し皮肉を交えています。

初演ではダンスと歌がまだまだ分業で、歌って踊れる人はブロードウェイでも少なかった。今はそんな役者たちの技量はものすごく進歩していて、今回のカンパニーは、歌やダンス、芝居が素晴らしくて人間技を超えています。バーンスタインやソンドハイム、ロビンスが目指した完璧な『WSS』が初演から70年近くたった今、実現できた気がしました。3人は天国で「これを俺たちは作りたかったんだぞ」と言っているんじゃないかと思いますね。

――好きなシーンはたくさんあると思いますが、今回はいかがでしたか?

1幕目の最後に『トゥナイト』をクィンテットとコーラスで歌うシーンで、シャークス団が、「今夜相手をやっつけるぞ」とすごい勢いで決闘の場所に行く。逆にジェッツ団も「俺たちも行くぞ」と歌う。一方、マリアの兄の恋人のアニータはアニータで「今夜は恋人のベルナルドと甘い夜を過ごすのよ」と歌う。トニーは「今夜、マリアと会うんだ」、マリアは「トニーが会いに来てくれる」と、それぞれが自分の思いを5重奏で表現するんです。映画はそれぞれのシーンを撮るけれど、舞台は皆で一緒に一気に歌いあげる。このシーンをいつも一番、楽しみにしています。ここまで胸に迫るものはないですね。今回もきましたよ。

――まさにミュージカルの醍醐味を感じるシーンですね

その後、決闘になり、2幕目の最初に『アイ・フィール・プリティ』とマリアが明るく歌う転換の仕方もいい。決闘が起こって、トニーが兄を殺したとは知らない屈託のないマリアの姿が描かれていて、上手にできてたんやなと改めて気づきましたね。また、1幕目の『クール』のダンスシーンも好きです。「クールにいこう、熱くなっちゃだめだぞ」といいながら、ダンスは非常に熱いんです。トニーとマリアのデュエット『ワン・ハンド・ワン・ハート』では、60を超えたおじいさんの(笑)、青春時代の熱い恋を思い出させてくれました。

――そんな、まだまだお若いです。当時の社会問題も今とは変わらないですね

今、フランスで警察と若者がぶつかり合う暴動が起きていますが、『WSS』でも同じようなシーンがあります。でも、今回は警官たちの出し方がさらっとしていたんですよ。映画版は、もっといやらしい悪者の警官なんですが、そこをあんまりクローズアップしない。それより、ポーランド系とプエルトリコ系の争いは、どうしようもなくて、若い彼らは抜け出せない。そのコミュニティの閉塞感や彼らの悩み、苦しみが、今まで観たものよりも描かれている気がします。

今、日本でも二極化といわれていますが、格差社会や人種問題を描くのは当時のミュージカル文化ではありえないことで、斬新さがあったんでしょう。現代はそんなミュージカルはあたり前ですが、それでも今回、強く訴えかけてきた。そこをよく分かって考えた上での演出なんじゃないかと思いますね。

――大阪公演が待ちきれませんね

ミュージカルはヨーロッパやアメリカの文化なんです。今回、昨年の5月にワールドツアーを初めて、1年近くやってきたカンパニーなので、完成度が非常に高い。一生のうちで海外キャストの『WSS』を見られるなんて、そんなチャンスはなかなかないですよ。息子にも「お父ちゃんがチケットを買うてあげるから観に行きなさい」とLINEしたんですが、既読にもならない(笑)。寂しいですが、僕はまた行きます!

取材・文/米満ゆう子