絶世の美女と言われた亡き前妻に、嫉妬や恐怖心を抱く後妻と彼女を取り巻く人々を描いたサスペンスタッチのミュージカル『レベッカ』。2006年にはウィーンで初めてミュージカル化され、日本では2008年、2010年に上演し、今回、3度目を迎える。20世紀に活躍した小説家のダフネ・デュ・モーリアの同名小説を原作に、1940年にはサスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックが映画化。ヒッチコックの名作としても世界中でよく知られている作品だ。アメリカ人富豪の世話係をする「わたし」は、事故死した先妻レベッカの影を引きずる上流階級のマキシムに見初められ、結婚する。マキシムが所有する屋敷に着いた二人を出迎えるのは、レベッカに幼少期から使えていたダンヴァース夫人。至る所にレベッカの面影が残る屋敷で、わたしはレベッカに対する劣等感を日増しに募らせていく。初演から「わたし」を演じ続けてきた大塚千弘が、大阪市内で会見を開き、作品に対する思いを語った。
――まず、『レベッカ』の作品の魅力はどこだと思いますか。
大塚「この作品は、ミヒャエル・クンツェ、シルヴェスター・リーヴァイの人気の作詞作曲家コンビが作った作品で音楽やメロディが素晴らしくて、歌えるキャストが揃っているので、〝耳福〟です。また、ヒッチコックが映画にするぐらい、ストーリーがすごくしっかりしていて、ダフネ・デュ・モーリアの原作のサスペンスです。物語の展開にハラハラできて、お芝居が大好きな人にも楽しめます。外国のものですが、日本人が見ても分かりやすい。〝わたし〟は、嫁ぎ先にいるダンヴァース夫人という家政婦頭にいじめられるのですが、まるで日本の嫁と姑のような関係です(笑)。その中で山口祐一郎さん演じるマキシムが持つ秘密を知ってしまう。演出の山田和也さんは、その秘密が何かということを繊細に見せようと考えられています。名前のない〝わたし〟を主軸に一人称で物語が進み、〝わたし〟にお客さんが感情移入できる作りになっていますので、皆様も一緒に、ハラハラドキドキ楽しんでいただけると思います」
――大塚さんが「わたし」を演じるのは今回が3回目ですが、平野綾さん、桜井玲香さんを迎えての初のトリプルキャストですね。
大塚「『レベッカ』の初演は2008年、東京のシアタークリエで3ヵ月間の上演でした。2年後の2010年に帝国劇場、梅田芸術劇場、中日劇場と大きいホールに移り、進化を続けている作品です。今回は、トリプルキャストという新たな試みで、私も楽しみにしています。今まで、私以外に〝わたし〟役を演じる方はいなくて、私の解釈でしかなかったので、お二人の解釈が私とどう違うのか、楽しみです」
――お二人に大塚さんからアドバイスしたいことはありますか?
大塚「皆さん、活躍されているのでおこがましいですね(笑)。こうであるべきという決まりはないので、お二人には先入観なしに演じていただいたほうがやりやすいと思います。お二人が台本を読んで感じたことを、逆に私が盗ませていただきたいですね(笑)。新鮮さや私が考えてない発想もあるかと思いますし」
――今のところ、大塚さんはわたしに対してどういう解釈をお持ちですか。
大塚「初演からやってきたものと根本は変わらないと思います。私が演じる〝わたし〟の場合は…、私とわたしでややこしいですね(笑)。根本を大切にしつつ、初演から10年経ち、私生活や仕事で得てきた色んな経験を取り入れて、深みがあるわたし役ができればいいと思っています。〝わたし〟の根本は身寄りがなくて寂しい、愛を知らない女の子。自分なんかと引いてしまう性格なんですが、誰かに『あなたのことが好きだよ』と言われると、自信が沸いてくる。私自身もそうです。愛を得ることで、強くなれる。それを一番描きたいです。わたしという役は愛によって自信を得るということがすべてだと捉えています」
――前妻のレベッカに対してはどうでしょうか。
大塚「昔はレベッカを慕っているダンヴァース夫人に恐怖心があったんです。でも、年齢を経るにつれて、レベッカの寂しさが見えてきて、彼女も実は必死に強がって生きていた女性なのかもと印象が変わりましたね」
――わたしは、レベッカに対して憧れもあるのでしょうか。
大塚「レベッカに憧れているのはむしろダンヴァースで、〝わたし〟はレベッカを強くて素敵だなと思っていると思うんです。〝わたし〟の強さとレベッカの強さはまた別で、そこを明確に、また女性の強さを表現したいですね」
――サスペンスという手法ですが、気をつけているところはありますか。
大塚「秘密を知るというのを、お客さんと一緒に新鮮に演じることですね。丁寧に新鮮に芝居をしていかないと先が見えてしまう。先が見えてネタがばれると、最後が面白くなくなってしまうので、その新鮮さを一番大切にしたいですね」
――初演から10年が経ちました。大塚さんが3回目だから出せる新しい色とは何でしょうか。
大塚「10年前はとにかく必死だったんです。〝わたし〟は気弱でびくびくしている性格。初演の時、私はわたし役と同じ年齢の21歳で、舞台に立たせていただいたのですが、やっぱりそこまで自信がない。そこがリンクしていたので、ナチュラルに演じられたんだと思います。そして10年経った今、色んな経験をしてたくましくもなってきたので、強くなった〝わたし〟をお見せできるかなと思っています(笑)。昔は、頑張って強くしていたところがあったと思うんですが、そこが今は、年相応の強さを見せられるのではないかと。まだ、稽古が始まっていないので、新しい色を出すのはこれからの作業になりますね」
――この作品は、ダンヴァース夫人が強烈ですね。
大塚「わたしの強さ、レベッカの強さ、ダンヴァースの強さ、三者三様の強さがあるんです。ダンヴァースはレベッカを想い続ける強さ、執着にも近いものがあります。初演のダンヴァースはシルビア(グラブ)さん、再演はシルビアさんと涼風真世さんだったんですが、やっぱり演じる人によってこんなに怖さが違うものかと(笑)。ダンヴァースは嫁いびりのように〝わたし〟をすごくいじめるわけです。シルビアさんは、ゴジラみたいで(笑)、涼風さんはしっとりとウェット。どちらも怖いんです。シルビアさんのときは、ガーッてこられるので、萎縮してしまう怖さでした。涼風さんのダンヴァースはわたし役の前では『大丈夫よ』と笑顔なんですが、〝わたし〟が違う方を向いた途端に、顔が変わってにらんでいるみたいな怖さです(一同笑)。今回、ダンヴァース夫人役は、涼風さんと新たに保坂知寿さんを迎えます。保坂さんは仲良しで大好きな方なので、怖いというイメージがないんです。仲がいい分、想像がつかない。それが楽しみですね」
――将来はダンヴァース夫人役をやってみたいですか。
大塚「やってみたいです。いじめられていたので、いじめ返したいですね(笑)。『レベッカ』の多くの要の曲をダンヴァースが歌っているし、この人がいないと物語は進んでいかない。いつかは演じてみたいですね」
――大塚さんは、2010年の『レベッカ』と、『ゾロ ザ ミュージカル』での演技が評価を受け、第36回菊田一夫演劇賞を受賞されました。『レベッカ』はキャリアの中でターニングポイントになりましたか。
大塚「『レベッカ』は人生で一番大切な作品だといっても過言ではない、思い入れの深い作品です。初演、再演を含めて一人で200回以上も演じてきました。それだけの大きな役を一人で演じるのは初めてだったので、プレッシャーがありましたし、体力的にも大変でした。でも、オーディションで選ばれ、私に任せてくださったので、絶対にやり抜きたいという一心でしたね。初演のときは、毎日、毎日、演出の山田さんと居残りをして、1行1行のセリフの意味を確かめていました。それをやり抜いたことで、私はわたし役で自信をもらいました。本当にですね。今回は10年経っているので、最初は『私、やれるかな?』と思いましたが、『キャスト全員が10歳年を取っているので、大丈夫だ』と思って (笑)。頑張りたいと思います」
――妹さんで女優の山下リオさんも舞台を観にきているそうですね。
大塚「妹が二人いるんですが、彼女たちはこの作品が一番というくらい大好きで、今でも観たいと言ってくれます。そのぐらい女性受けする作品なんですよね。女性が強くなる話なので、妹たちも感情移入して観てくれています」
――大阪公演はクリスマスイブとクリスマスを挟んでいます。
大塚「そんな日に舞台でラブストーリーを演じられるのはロマンティックですね。平成最後の年末に『レベッカ』で舞台に立てることも幸せです。特別だなと感じます。いちミュージカルファンとして、キャスト、音楽、物語の素晴らしさは絶対に観て損はないと言えます!!ぜひ、劇場にいらしてください」
取材・文/米満ゆうこ