デビュー60周年記念 五木ひろし特別公演 坂本冬美特別出演|五木ひろし&坂本冬美 インタビュー

五木ひろしのデビュー60周年記念となる公演「五木ひろし特別公演 坂本冬美特別出演」が、7月5日(土)~27日(日)まで東京・明治座にて行われる。第一部では、作・小野田勇作、演出・三木のり平の名作「喧嘩安兵衛」を上演。第二部では、華やかな歌のスペシャルショーをお届けするという。公演を控えた五木と坂本の2人に、作品への思いや新曲に込めたメッセージなど、話を聞いた。

――今回、お芝居は久しぶりの再演となる「喧嘩安兵衛」を上演されますね。

五木 1980年代からいわゆる江戸物の喜劇を小野田勇先生、三木のり平先生の共同で何作かやらせていただいていたんですが、その中でも大変思い出深い作品が「喧嘩安兵衛」です。昨年に三木のり平先生が生誕100年という節目を迎えたことと、今のこの世の中を明るく、楽しくしてくれるようなものをぜひ上演したいと思って、この作品を選ばせていただきました。初演の時は30代でしたが、私ももう70代半ば。この作品をやるにあたって、まずは以前におかん婆さん役を見事にやってくださった笹野高史さんに、20数年ぶりになりますがお引き受けいただけますかとお尋ねしたところ、受けていただけたんです。そこから、のちに主人公・安兵衛の妻となる幸の役…これまたじゃじゃ馬娘で大変な役なんですが、冬美ちゃんにビデオを観てもらって、やれるかどうかを聴いたんですね。そうしたら了解してもらえたので、じゃあもう決まりだ、と今回のような形になりました。もちろん私も、最後の豪快な立ち回りなどもできる限りは当時のままでやりますよ。

坂本 幸という役が私にできるのかな、とクエスチョンだらけでしたけど、五木先輩や笹野さんがチャレンジ精神を見せていらっしゃるのに、私ができませんとは、とてもじゃないですけど言えません。先輩方に負けないように、チャレンジしようと奮い立たせました。幸は気丈でキリッと男勝りな、しかも若い武家娘の役ですので、滑舌もすごくいいんです。最初はそれをちょっと意識しすぎてしまって頑張りすぎてしまったんですが、座長の五木先輩から「もっと普通にしていいよ」と言っていただけて、だんだんと力を抜いてやれるようになっていきました。はじめの方は、若い娘を演じなきゃ、とプレッシャーを感じてしまって、肩ひじを張りすぎていたんですね。明治座の公演では、もっと自然な感じの若さが出せるように、ハツラツで凛とした幸を演じられたらいいなと思っています。

五木 稽古の本読みの時に、冬美ちゃんがめちゃくちゃキーの高い声でセリフを読んでいたんですよ。そんな声を出してちゃ持たないよ、と(笑)。気持ちは分かるけれど、もうちょっと抑えて、と言いました。もちろん、若い娘、じゃじゃ馬娘ですけど、その性格が出ていけばいいので、そこはちょっと落ち着いてやってもらいましたね。

坂本 五木先輩は座長として、お稽古の時からご自分のことだけじゃなく、全体を見ていらっしゃるんです。お芝居の時は、役者さんではあるんですけどプロデューサーや演出家的な目線でご覧になっている。私は自分のセリフのことで精一杯、自分の出番のことで精一杯ですけど…。本当にご自分のことよりも周りのことばかり気を遣ってくださるので、ちょっとお疲れにならないのか心配になっちゃうくらいなんですよ。でも本番になるとガラッと役に姿が変わる。常に神経を張り巡らされていて、とても器用な方なんだなといつも思います。だからこそ、稽古場もお芝居が始まってからもとてもいい雰囲気で、笑い声も聞こえてくるようないい現場になるんですよね。

――この作品は6回目の再演とお聞きしました。五木さんはお芝居を何度も演じる面白さをどのようなところに感じられますか。

五木 歌の世界でもそうなんですが、最初に頂いたときのインパクト、新鮮な出会いというものもあるんですけど、歌えば歌うほど、年月が経てば経つほど見えてくる部分もたくさんあるんです。安兵衛についても、そういう感じでより一層理解していっていますね。思えば初演の時は、小野田先生の本が出来上がるのがめちゃくちゃ遅くて、ひどい作品だと明日が初日なのに、前日の舞台稽古で芝居後半の稽古をした、なんていうこともありました。ただ、遅ければ遅いほど、面白い作品ができるんですけどね。ただこちらはセリフを覚えるので精一杯。それが回を重ねるごとに深く理解していって、セリフのひと言ひと言への気持ちも変わっていく。自分のものになっていくんです。そういう変化はお芝居の面白いところだと思いますね。

――坂本さんを幸役に、と考えたのはどのようなきっかけからでしょうか。

五木 もう何作も冬美ちゃんに相手役をお願いしていて、僕の相手役は彼女しかいない、という感じですから。ただ彼女は自分の特別公演などもやられる方ですから、必ずお伺いを立てていますし、それを引き受けてくれたことがとても嬉しいんです。無理をせずに、この役をやり遂げてもらえたらと思っています。

坂本 本当にもう長い間ご一緒させていただいておりますね。デビュー4年目の頃に初めて時代劇のお芝居に出させていただいたのも、五木先輩の舞台だったんです。それも三木のり平先生の作品でした。その時は本当に少し、お勉強のためにと出させていただきました。ここ数年はお相手役としてお声をかけていただいていて、花魁役をさせていただいたり、お三味線をやらせていただいたり、プレッシャーも大きいですが、様々なことにチャレンジをさせていただいています。自分の公演ではできないことに挑戦させていただいている感じです。五木座長の公演では、いつも勉強させていただいています。

五木 歌手・坂本冬美として、今が一番輝いている時期ですから。僕はデビューの時からずっと知っていますし、お芝居だけでなく歌も一緒にできて、本当に最高の相手役ですよ。単独公演ではできない、いろいろな経験をすることがプラスになり、幅が広がるんじゃないかと僕は思っています。

――安兵衛を演じる際に、大事にしていらっしゃるのはどのようなところでしょうか。

五木 “男の友情”ですね。親友である清水一学との出会い、やがて戦う相手となってしまうわけですが、そんな一学を想う気持ちと男としての生き様に幸の父親が惚れ込んで、幸を安兵衛の嫁にと結び付けてくれるようになるんです。日頃は飲んだくれているんですが、剣客で男の友情があって、情が厚くて優しい。だからこそ喧嘩の仲裁を買って出るなど、いろんなことをしてしまうんです。そういう男らしさにはやっぱり惹かれますね。男とは何ぞや、というものを追求しているところはすごく好きな部分です。

――坂本さんは、幸を演じる際にどのようなところを意識していらっしゃいますか。

坂本 やはり武家娘ですから、凛としていなければならないと思っております。最初は本当にじゃじゃ馬で、安兵衛さんにも食って掛かるような勢いなんですけど、彼の男らしさや情の深さにだんだんと惹かれていって、急に可愛らしい乙女に変わっちゃうんです。その変化はあからさまなんですね。男勝りな女の子が初めて人を好きになって、ガラッと180度変わってしまう、その変わり具合は、お客さまにハッキリとわかるように敢えて演じています。それはもう、一生懸命に演じていますよ。自分に無いものですから…とっても難しいんです(笑)

――2部は歌のスペシャルショーとなっています。こちらはどのようなステージになるのでしょうか。

五木 僕と冬美ちゃんだけのステージになっています。冬美ちゃんとはジョイントコンサートで1月から4月まで公演をやっていたんですよ。それで、和楽器の合奏と歌うのが非常に好評だったんです。ぜひまた聴きたいというお声をたくさんいただいていましたので、急遽、太鼓やお琴の方のスケジュールを抑えていただいて、今回の明治座公演でも演奏していただこうと考えています。

坂本 五木先輩はもう、私のことを誰よりもわかってくださっていますので、歌のステージでも私の新たなところを見出してくださるのではないかと思っています。

――お2人とも3月に新曲をリリースされていて、そちらも今回のショーでは聴かせていただけるのではないかと思うのですが、ぜひ楽曲の魅力を教えてください。

五木 歌手生活60周年を迎えて、改めて母親に感謝したいという思いで「母の顔」は歌っています。昭和の厳しい時代だったにもかかわらず、子育てを頑張ってくれた母親。そのいろんな思い出が蘇ってきて、この曲を作りました。母が他界して20年以上が過ぎましたが、洗濯からご飯、もう何から何まですべてが手作業・手作りの時代です。エアコンも、冷蔵庫も、テレビもない。あるのは蓄音機とラジオだけでした。そういう中で子どもを育てるのは、どんなに大変だったか。でもそういう時代に僕は歌を聴いてきたので、だからこそ夢が広がりました。何もないから、自然と景色を見ながらね。親は大変だったろうけど、僕としては良い時代に生まれ育ったと思っていますし、それで今日まで頑張って来れました。そういう母への感謝の気持ちで歌っています。

坂本 「浪花魂」はもう、人生の応援歌です。今の時代は辛抱するとか我慢するとか、そういうことが流行らない時代になっているかもしれませんが、そういうことがあるからこそ幸せが待っているんだよ、というメッセージが込められた楽曲になっています。何でも近道はないということですよね。辛抱しなきゃいけない時期もあるし、日が当たらない時期もあるかもしれない。でも、きっと誰かが見てくれていて、成功へつながる、幸せにつながっていく。気持ちを腐らせてしまのではなくて、幸せのために常に頑張る気持ちは捨てちゃいけない、ということだと思っています。タイトルは「浪花魂」ですが、聴いていただくと”大和魂”を奮い立たせてくれるような楽曲になっています。

――明治座という劇場への思いもお聞かせください。

坂本 私は東京で初めて座長公演をやらせていただいたのが、明治座さんでした。デビュー10周年の時で、そのせいか東京の舞台といえば明治座さんという想いがありますね。何年かに1度、こうやって出させていただいていると、通常のコンサートとは違う、やっぱり独特な小屋だと思います。ただ、正直なところ昔はお芝居と歌の両方をやらなきゃいけないというのは、大きなプレッシャーであまり好きではなかったんです。舞台に立てる喜びはあるんですけど、何とか1日1日を終えて、指折り数えて千穐楽を待っていたというのが最初の頃でした。でもその後に、五木先輩から「劇場を嫌いにならないように、あまりプレッシャーを感じずに僕のお芝居に出てみないか。」とお声をかけていただいて、また出るようになったんです。今は、あの時なんて罰当たりなことを考えていたのかと思うくらい、幸せな気持ちで舞台に立たせていただいています。

五木 僕は舞台やお芝居に関わって50年以上経つんですが、いろいろな劇場でお芝居をやってきました。昔の明治座の頃からご縁があって、今もこうやってやらせてもらっていますが、劇場って盆が回ったり、しっぽがあったり、せり上がりや花道があったりして、これはなかなか普通のコンサート会場ではないものなんです。劇場ならではの雰囲気ってありますよね。僕も昔、1週間や10日くらいがギリギリで、1カ月公演なんて無理と、2年ほど離れた時期もありました。年末なんかは夜中まで稽古して、テレビ番組の掛け持ちもしていたから、3~4日は寝てないんですよ。それで元旦から幕が上がってましたから。だから地下の楽屋で良く寝てましたよ。初日の前なんて、家になんか帰れませんから。そんな厳しい時代もありました。でもそんな懐かしい思い出と同時に、劇場ならではの良さもいっぱいあるので、大切にしていきたい場所です。

――そんな思い入れの深い明治座での公演、楽しみにしています。本日はありがとうございました。

取材・文/宮崎新之