さまざまな可能性とともに躍進中の大衆演劇が、2024年の末、芝居小屋を飛び出して北とぴあで公演する。第1部の芝居『春ノ咲ク花』と第2部、舞踊絵巻Oshale Japan『The New Japanese Culture Show〜桜の森の満開の下〜』の二本立て。『春ノ咲ク花』は『ノートルダム・ド・パリ』を原作に大衆演劇ならではの世界が展開する。ヒロインに抜擢され、歌も歌うのは劇団暁で花形をつとめる23歳の三咲愛羅。劇団暁座長の三咲暁人が出演兼演出、脚本は暁人座長と何度も組んでいる渡辺和徳が担当。信頼厚い者同士ならではの愉快なエピソードに加え、2024年も大衆演劇界を沸かせた注目のムーブメント“新風PROJECT”についてもおおいに語ってもらった3人対談。これを読めば今の大衆演劇が何倍も楽しめる!
――まずはこのお芝居の上演にいたる経緯を脚本を担当された渡辺さんからお聞かせください。
渡辺和徳(以下渡辺) 僕が元々「ノートルダム・ド・パリ」が好きだったこともあって、仲間うちで「三咲暁人のカジモドを見てみたいね」という話をしていたんです。その後で北とぴあ公演のお話をいただき、「ぜひこの企画をやりましょう!」ということになりました。そして、エスメラルダは誰がやる?となったとき、2人の間に流れる深い絆のようなものを考えると、(同じ劇団で従兄妹でもある)愛羅さんとならうまくいくんじゃないかと思ったんです。
――ヒロインの椿を演じる愛羅さんは大抜擢ですね!
三咲愛羅(以下愛羅) 私でいいのかな?と思いました(笑)。大きな舞台での新風PROJECTのメインキャストに選んでいただいて嬉しかったんですが、不安の方が大きかったです。信じてなくて、どこか途中で変わるだろうなと思ってました(笑)
三咲暁人(以下暁人) 今回は歌もありますからね。大衆演劇で芝居で歌うことはまずないんで。そこがポイントです。
――今年5月に浅草木馬館で行われた浅草ファンタジカル第1回公演「新設桃太郎絵巻 慟哭の島、桃の花」でも愛羅さんは歌っていましたね。これはオーディションで選ばれた子どもたちが主役で脚本は渡辺先生。暁人さんは演出も担当されました。
愛羅 あのときも歌いましたが、今回は本当にミュージカルみたいな入り方をして歌いあげるんです。
暁人 僕は歌いませんよ。歌わないのを条件に出演してるんで(笑)ハッピーバースデーもまともに歌えないから、ソロでなくてもダメです。皆さんの歌を壊してしまいます。歌だけはもう自分の醜態を晒すだけなんで(笑)
――原作の「ノートルダム・ド・パリ」は何度も映画や舞台になっていますが。
渡辺 最初に見たのはディズニー映画だったんですが、それですっかりハマってしまって……。原作や古い映画版を一通り見ました。原作はキリスト教の世界観がとても強いので、それをそのまま大衆演劇に持ち込むのは難しいのですが、人を愛する中で生まれてくる純粋な思いや歪んだ欲望といったものは、国や時代に関係ないと思うんです。この作品の持つ普遍的なところを、描いていけたらと思います。
暁人 僕はお話をいただいてから初めてディズニーのアニメを見ました。今回、出演、演出をやらせてもらう上で、時代も場所も違いますが、僕たちなりのノートルダムが作れたらいいなと思っています。
渡辺 去年の北とぴあ公演も「ロミオとジュリエット」をアレンジした「果ての月」という作品だったんですよ。よく知られた有名な作品をベースにすることで、少しでも多くの方に興味を持ってもらうきっかけになったら嬉しいですね。
――暁人さんは外道丸のビジュアルについて誰かに相談しましたか?
暁人 体躯も顔もどうしようかと自分でいろいろ考えました。最初のビジュアル撮影ではなんとなくのイメージでふわっと優しくしたんです。桜の枝を持って、心ピュアみたいな感じで。でも台本をちゃんと読んだら「いや、そうじゃないかも?」となって、2回目の撮影はちょっとダークな感じに変わりましたね。
――暁人さんにとって今年は鬼の年だったとか。
暁人 「新設桃太郎絵巻 慟哭の島、桃の花」が鬼で、座長昇進1周年記念公演で「狂鬼乱舞~酒呑童子退治」でも鬼やって。今回の外道丸は人間ですが鬼子って言われてるんです。このお芝居、「2人の鬼がいた」というところから始まるので「あ、年末まで鬼か。鬼に始まり鬼に終わるのか」と思いました(笑)
――愛羅さんが最初に台本を読まれたときの感想は?
愛羅 無心で読みながら気づいたら途中ですごく泣いていて……これをうまく演じられたらいいな、と願っていました。椿が言っていることがめちゃめちゃわかるし、なんとなく自分と重なるところがあるんです。もうこれはちゃんとやらなきゃ、と思いました。
暁人 そんな言い方したら普段は「めんどくさいなこれ」って思いながらやってるみたいじゃないか(笑)
愛羅 いえいえ、そんなことないです(笑)いつもちゃんとやってますけど、今回は特に強く、つとめ上げなきゃと思ったんです。それから初めてディズニーのアニメを見て「エスメラルダってこういう人なんだ」と参考にさせてもらって、今は自分なりに落とし込もうとしているところですね。
――自分と重なる、というのは旅芸人の娘というところでしょうか?
愛羅 はい。「辛いことがあっても1日の中で1回でも心から笑うことができれば」みたいなセリフがあるんですよ。あそこがすごく好きで。「同じように辛い思いをしている誰かに笑顔をあげたい。それが私の幸せ」という想いを持つキャラクターなんです。
――虐げられた暮しをしていても誰よりもプライド高く生きている、みたいなイメージは愛羅さんご本人にもありますね。
渡辺 実は旅芸人という設定も、初めは深く考えていなかったんですよ。でも書き進めていく内に、大衆演劇の皆さんの生き方とすごく重なってきて……。あのセリフは、今回のテーマのようなセリフなんですけど、初めから書こうと思っていたわけじゃないんです。愛羅さんを思い浮かべて書いている内に、自然に出てきたんですよね。だから今回の役が愛羅さんじゃなかったら、生まれなかったセリフだったと思いますし、こういう芝居にもならなかったでしょうね。
愛羅 ありがとうございます。結構緊張しています。
――暁人さん、大役をまかされた愛羅さんに演出家の立場から一言。
暁人 僕は普段からあまり口出ししない。ここをこうしてとか細かくは言わないですね。なにか一言投げかけて、本人が作り上げてくのを待つタイプなんです。
愛羅 先日読み合わせがあったんですけど、一旦自分のイメージの椿でいったら「暗い」って言われました。もっと強く元気にいかないとダメなんだな、と思いましたが、まだまだ模索中です。
暁人 僕、基本的に最初は自分のことしか考えないようにしてるんです、何をするにも。周りを見て、じゃなくて「どうやったら自分がやりやすいか」を最優先するんですよ。今回だと愛羅が暗かったら僕と被っちゃうんで、全然違う感じにしてほしかった。一旦僕のやりやすいようにしてもらって、そこから 1回引いて見て、やっぱりここは違ったんだな、みたいに変えていくのが僕のやり方なんです。
――いろんな意味ですごく大衆演劇らしいアプローチの方法ですね。
暁人 今年やった新風PROJECTの「桜、燦々」も渡辺さんの脚本だったんですが、自分がセリフを聞いてるだけの場面があったんです。めちゃくちゃいいセリフなんですけど、僕、何もしてないから、シンプルに暇だなと思ってカットしようとしたんです。でもそれ絶対にカットしちゃダメな場面だったんですよ!(笑)そんなふうにステップの過程で間違えることもあります(笑)これが正解かはわからないですが、こうやって試行錯誤していくやり方が自分には合っているように思います。
――今回は3つの劇団とフリーの役者さんたち、ミュージシャン、多ジャンルの方々、舞踊ショーだけ出演される方、とものすごい人数が集まりますね。
暁人 そうなんです!自分の役や演出うんぬんよりも、今回僕が一番心配しているのがそこなんです。これ、スケジュール的にどうなってるんだろ? すでにパニック(笑)最後どうやってまとめていくんですかね。誰がどうやってまとめればいいんですか?(笑)シンプルに楽屋に入りきるのかな?だって出演者だけで40人くらいいるんですよ。「桜、燦々」の倍はいますから。そういうことも考えないといけなくて、演出家としては今回そこが1番頭が痛いです。
――新風PROJECTにおける暁人さんの役割はどんどんエスカレートしているような気がしますが、毎回それを乗り越えてしまうのがすごい(笑)ここで渡辺先生から、もう1人の主役である、劇龍の龍美麗さんが演じる古郷忠臣について語っていただけますか?
渡辺 このキャラクターはすごいですよ(笑)歪んだ愛情の中でどんどんぐちゃぐちゃになっていく、1番人間臭い役です。葛藤が深いからこそ書いていて面白いですし、すごく現代的なキャラクターだと思いますね。やりきれないものを抱えた人間が、たった一つ希望のようなものを見つけてしまったがために、それに執着して突き進んでしまう。これは今でも普通に起こりうることですよね。そういう複雑な心情を、龍美麗さんは表現するのがとてもうまい方なので、どんな忠臣になるか今から楽しみです。
――龍美麗さんがやる複雑な悪役はワクワクしますね。
渡辺 本読みを聞いただけで、ゾクゾクしました。嫌いな人は大嫌いな役だと思いますし、逆にハマる人もいるかもしれません(笑)。今回のメインである椿・忠臣・外道丸の3人はみんな、心に何かしら欠けた部分を持っているんですよ。でもその欠損に対する向き合い方がまるで違う。光と影のような椿と忠臣に対し、一つ間違えば死んでしまいそうな危うさを持った外道丸が加わって、うまく入り乱れていくと面白くなるんじゃないかと思っています。
――渡辺先生と暁人さんは、すでに互いを知り尽くしているような印象ですが。
暁人 マジで鍛えられています。この脚本家さんはね、聞いてもあんまり教えてくれないんですよ。「やりやすいようにやってください」みたいな感じで(笑)
渡辺 説明を求められればもちろんしますよ(笑)でも、演出次第でどうとでも作れる部分に関しては、脚本家は口を出すべきじゃないと思ってるんです。だから、どっちでも好きにやったらいいんじゃない、と。
――いや、これ1番怖いパターンですね(笑)
暁人 たまに僕がすんごい悩んでると、ぽっと一言言ってくれたり。それで毎回「お!」となって前に進んでいけています。
愛羅 私はまだ渡辺先生の怖いところがわかってない、ただ優しい印象です。どちらかというと(篠原演劇企画の)代表の方が恐ろしい(笑)私はただ歌うのが好きっていうだけなのに「新設桃太郎絵巻 慟哭の島、桃の花」で歌ったら「お、いけるね。わかっちゃったね、歌えるね」っていうすごい怖いお言葉をいただいて。その後すぐにこの舞台の話をいただいたので、恐ろしい人だな!と思いました(笑)
――今回はポスターを見ても愛羅さんへの期待の高さがうかがえます。
愛羅 最初見たとき、自分の枠の大きさにびっくりしました(笑)私、今年の5月に花形襲名披露公演をさせてもらったんですが、そのときより緊張してます。もう2、3ヶ月前から、考えるだけで緊張で心臓がバクバクしてるんです。
渡辺 そうは言ってますけど、愛羅さんは愛羅さんで怪物ですからね(笑)大衆演劇というのはどうしても男性がメインになりがちで、なかなか女性に光が当たらない世界でもあります。でもこの公演がうまくいけば、新しいファン層の獲得につながるかもしれないし、大衆演劇の世界にいる女の子たちにとっても希望になるかもしれない。僕が言うことではないんですが、そんな可能性がある気がしています。
愛羅 ただただ恐れ多いです…。頑張ります!できるところまで。
――ここからは暁人さんから、今回の公演で銘打たれている新風PROJECT「極(きわみ)」について語っていただけますか?
暁人 今までの新風PROJECTは新しい脚本をどう演出してどんなキャストで、という感じだったんですが、今回は本当に多ジャンルの人たちに集まってもらって、やり慣れた劇場ではないホールで上演する。大衆演劇なんだけど全然違うやり方、見せ方を見せるという、新風PROJECTの集大成だと思っています。
――2024年は新風PROJECTも篠原演芸場で1か月通しの特別公演をしたり、関西公演があったり、脚本家の先生に独自に依頼する劇団が増えたり、と数々の大きな変化がありましたね。
暁人 どんどん変化しているしこれからも変わっていくと思います。でも、いろんなものとコラボをしながら大衆演劇をやる、それがすごく大事なんです。あくまでも大衆演劇に新しい風を起こすのが新風PROJECTの目的なので。そういう意味で僕は最近、別ジャンルであるOshale Japanと新風との線引きについてよく考えてます。今年は僕も初めて海外に行ってロサンジェルス公演に参加させていただいたんですが、Oshale Japanはノンバーバル(言語を使わない)というか、大衆演劇を見たことない人、海外の人にも見てもらおう、という新しい動き。「極」はまた違うんです。勝負を仕掛けるというのかな、言葉で説明するのはちょっと難しいんですけど。
――今回は第2部の舞踊ショー「The New Japanese Culture Show~桜の森の満開の下~」がOshale Japanを打ち出しているので、その違いを楽しめるまたとない機会ですね。
暁人 そうなんです。芝居と舞踊というだけでなく、本当に動き方も見せ方も全然違うので、ぜひ両方を見くらべていただきたいです。
――やはり暁人さんは新風PROJECTに欠かせない存在ですね。
暁人 いやそんなことはないです(笑)ただたまに僕、頭がパンクしそうになるんです。渡辺さんがね、新しい脚本を書けば書くほど僕が大変になるんです。だから言うんですよ「たまには断ってください」って(笑)
渡辺 12月だけで僕の書いた芝居6本ぐらいやってるんですよ(笑)どれだけ書いてるんだって話ですよね。
暁人 だから渡辺さんが悪い。僕が体調崩したら渡辺さんのせいだと思ってください(笑)
――愛羅さんは喉の管理も大事ですね。
愛羅 冬ですから最近特に気をつけてます。乾燥するなと思ったらのど濡れマスクしたり、辛いものや喉に負担がありそうなもの食べないようにしたり。お酒をちょっと減らしたりとか(笑)。
暁人 嘘つけ!いや冗談ですよ(笑)
――最後に読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
渡辺 重たいテーマも含んでいますが、見終わった後にふっと花が咲くような、温かい気持ちが生まれるような、そんな話になったらいいなと思っています。年末の寒い時期、ちょっと心温めに来てもらえたら嬉しいです。
愛羅 めちゃめちゃ緊張してますが、ボイトレもしていただいているので、全集中してその成果をちゃんと発揮できるようにしたいです。そして劇中のセリフにもあったように、見てくださる皆様の心に花を咲かせられたらな、と思っております。一生懸命全力で頑張りますので、ぜひ見に来てください。
暁人 今回の芝居は「ノートルダム・ド・パリ」が原作で、すでにいろんな方がいろんなジャンルでやられているものにトライするわけです。そのイメージを崩さず、などと考えたりもしますが、まず1番には“大衆演劇でやる意味”がほしい。僕たちじゃないとできないんだ、僕たちだからこそこのノートルダムになったんだ、というものですね。これから稽古に入りますが、みんなで力を合わせて、大衆演劇の「ノートルダム・ド・パリ」を作り上げていきたいです。
インタビュー・文/望月美寿