圧倒的な存在感を持つ舞台女優、白石加代子が主演し、宗家藤間流の家元をつとめる舞踊家、演出家として歌舞伎から現代劇まで多方面で活躍する藤間勘十郎が作・演出を担当する新作「其噂妖狐譚」が来年二月に上演される。白石が演じる賤の女の正体はインド、中国、日本で美女に転生しながら悪事を繰り返す妖怪、金毛九尾の狐。勘十郎が熟知した能、歌舞伎、浄瑠璃などの古典作品からエッセンスを抽出して仕立て上げた作品である。白石と勘十郎に作品について語ってもらった。
――勘十郎さんが長く温めてきた作品だとうかがいました
勘十郎 十年以上前でしょうか。父(能楽師シテ方観世流・四世梅若実)から「いろんなエンターテイメントを入れたものを」と発注を受けて書いたものが元です。その時は父から注文されたことでもあり、能的な始まり方にし、日本の玉藻前の話として書いて最後を舞踊の九変化にしました。僕が小さい時、父や母(舞踊家・三世藤間勘祖)がそれぞれに能と舞踊の新作をたくさん作っていました。その時に出来た新作が、能がかりで始まって小屋の中に主人公が見えてくるというもので、とても面白かったんです。そういうのもいいかなと思い、「一つ家」を頭に付けました。場所は九尾の狐伝説のある那須野にいたしましたが、イメージは「黒塚」です。
――「黒塚」は同名の能(観世流では「安達原」)を舞踊化した作品です。旅の僧の一行が安達原で一夜の宿りを頼んだ家は鬼女の住まいでした。鬼女は僧のお蔭で自分も救われると考えました。ですが見てはいけないと念押しした奥の間を僧の従者が覗き、鬼女の食べた死骸の山を見てしまいます。約束を破られたことに怒った鬼女は正体を現しますが、僧に祈り伏せられます
勘十郎 その鬼女の感じを出せる方は白石さん以外にいらっしゃらないと思いました。白石さんには妖怪とか「百物語」のイメージしかありませんでした。
白石 「百物語」もかわいいものばかりやっています(笑)。舞踊の家元からのお話だとうかがって「なぜ私が」と驚きました。長く続けた朗読の「百物語」のシリーズで、一つ家にいるおばあさんの話はいくつか演じていますから自分にとって、そんなに遠いお話ではないんですが、九尾の狐と重なったものというのは初めてなので、どういう風にすれば楽しいのかなと考えました。役者というのはお誘いを受けるととても嬉しいものです。それもお家元からです。こんなに光栄なことはないでしょう。すごくわくわくしています。
勘十郎 お声をおかけした段階で、この方がおやりになるんだったら、こうだという考えができてきますし、今回の白石さんの衣裳を選んだ段階で、またひとつぐっと僕らのイメージが膨れ上がってまいりました。
白石 衣裳をわざわざお選びくださったとうかがいました。衣裳や鬘の印象で役に一歩近づくというはありますよね。
勘十郎 松竹の衣裳部にありましたが、あまり使ったことのないものです。能の唐織のような感じです。最初が能がかりなのでこれがいいのではと思いました。僕が思う女優は祖母、(初代)藤間紫なんですよ。祖母もギリシャ悲劇が題材の「王女メディア」を演じているし、歌舞伎もできた人です。六代目尾上梅幸が好きで、歌舞伎役者になりたいと強く思った人で、土台もそこにあります。舞踊家なら母か祖父(二世勘祖)、能楽師なら父、そして女優は祖母みたいな人と子供のころからずっと思っていました。今回もご出演いただく、三林京子さんもそうですが、舞台女優さんのお芝居が好きなんですよね。例え百人の劇場であっても、千人の劇場であっても、観客が集中して見られる人はそんなにいらっしゃらないと思います。場を制することができる人、出て来るだけで存在感がある人。歌舞伎でいうと「伽羅先代萩」の仁木弾正。巻物を咥えて引っ込むだけじゃないですか。存在感がとても大事なんです。
白石 巻物もありますか?(笑)。それはもう今までやったことがないから嬉しいお役でございますね。能の動きはわりあい体の中にあるのだけれど、やはり小さいところでも大きなところでもできる、という役者でありたいですね。私は早稲田小劇場から俳優を始めて、そのころ、お客様は桟敷でご覧くださっていましたから、(とあるシーンで)沢庵に大口でかぶりついたら、目の前にお客様の顔がある…というような距離感。知らない間に狭い空間で演じる役者の楽しさが身についていきました。そしてその後、海外公演で大きな劇場をたくさん回るうちに体と空間の距離を声で計れるようになりました。役者としては大きい劇場にも、小さい劇場にも、どちらにもそれぞれ魅力を感じています。
新しい演出家とまみえることはちょくちょくありますが、勘十郎さんとも初めまして、です。お会いしてみたら、温かくて大きくて、とても楽しい方でした。稽古がとても楽しみです。
勘十郎 最初は日本、間は中国で完結し、また日本に戻ります。中国ではもうひとりの九尾の狐の妲己に頑張って動いてもらいます。
白石 金毛九尾の狐ってイメージはありませんが、金毛と付いただけで、素晴らしいですよね。先日、野村萬斎さんの「釣狐」を拝見しましたが、あれも楽しかったですね。
勘十郎 九尾の狐の作品を僕はいっぱい作っているんですよ。これまでは全部日本でしたが、玉藻前の現代劇も書いたことがあります。十一月は「立川立飛歌舞伎」で「玉藻前立飛錦栄」を脚本・演出し、中村壱太郎君に金毛九尾の狐を早替りでやってもらいました。自分用の舞踊作品を書いたこともあります。
――そこまで九尾の狐に惹かれる理由はなんでしょうか?
勘十郎 僕が最初に見たのは子供のころ、自宅にあった国立劇場で中村歌右衛門さんがなさった「玉藻前曦袂」(1980年12月)の映像でした。最後に踊りがあり、曲も踊りも発想も面白い。歌右衛門さんが狐の化粧をされて出てきて怖かったし、宙乗りをされたり、後ろに飛び込まれたり、いっぱい仕掛けもありました。それで興味を持ちました。
白石 妲己が悪いことをする目的は何なのかしら?
勘十郎 世界征服なんですよ。この世を魔界にするというのがメインです。
白石 賑やかで、ともかく美しい、そういうものを加味した演出にしてくださるだろうなと思って楽しみにしています。
取材/小玉祥子
ヘアメイク/栗原佐代子
写真/山副圭吾