まつもと市民芸術館プロデュース『殿様と私』│升毅×水夏希 インタビュー

写真左から)升毅、水夏希

2月から3月にかけて松本と大阪で上演される『殿様と私』。マキノノゾミが、名作『王様と私』を下敷きに文学座に書き下ろし、2007年に初演された傑作コメディである。その作品が、まつもと市民芸術館のプロデュースでよみがえり、マキノ自身の演出によって、松本に滞在しながら作り上げられる。今回、お家存続のために西洋文化を学ぼうとする殿様・白河義晃を演じるのは升毅。義晃にダンスを指南するアメリカ人女性・アンナには水夏希が扮する。明治の時代の変化にもがく人間たちの姿が、決して他人事ではなくなっている今。初共演の二人は、この作品にどう取り組もうとしているのだろうか。

──稽古は、まずは東京で本読みが始まった段階だそうですが、初めてご一緒されて、お互いどんな印象でしたか?

 いかがですか(笑)。

 ベテランの俳優さんですし、殿様という役なので、きっとカチッとパキッとしていらっしゃるんだろうなと思っていたんですけど、意外とふわんとした印象でした(笑)。まだお芝居もお話もしていないので、本当のところはわからないですけど。

 でも、そういうギャップはけっこう持たれがちです(笑)。役でスーツを着ているイメージが強いからなんでしょうけど。

 だから、劇中で殿様が燕尾服を着るシーンが楽しみです。すごくお似合いになって、本当に「おーっ」となるだろうなと。

 男役のトップスターだった方にそれを言われるとプレッシャー(笑)。そう思っていただけるように着こなしたいです。僕のほうもそれこそ水さんには、パシッとした方だというイメージを持っていました。だから、ダンスをビシビシ教えてくれる先生役に、まさにうってつけだなと。まだ正体は見えておりませぬが、それはお互い様ですね。

──これから稽古を重ねる中で見えてくるであろうと…?

 ただ、私は最初から、松本で一緒に稽古をするチームだ、旅に行く仲間だという気分で来ているので(笑)。初日から温かい空気を感じていました。

 やっぱり、東京だけで稽古して上演するのとは違いますよね。映像の撮影でみんなと同じ場所に滞在することはあっても、舞台ではなかなかないですし。しかも、本番より稽古期間のほうが長いですから。どんな過ごし方をするのが正解なのか……。いや、だいたい見えてますけどね。松本と言えば、お蕎麦もお酒もおいしいので(笑)。

 松本での稽古は、本当に楽しみしかないです。稽古後の時間がメインにならないようにしなくてはいけないですけど(笑)。

 本当だね(笑)。

──その肝心の作品についてですが(笑)、本読みをしてみて、それぞれ演じられる役は、升さんはどんな殿様で、水さんはどんなアンナでしたか?

 これまでの毅然とした立ち姿も相まって、イメージ通り、シャープですべてが突き刺さってくる感じでした。言葉は通じていないんですけども意図が伝わってくるような。

 日本語なのに英語を話している設定だから通じていないっていうことなんですけど。これってめちゃくちゃ難しくないですか。

 難しい。

 外国の戯曲で外国人は演じてきましたが、それとはまた違っていて。日本人役の方がいる中で外国人だとわかってもらわなきゃいけないので、カリカチュアする部分が必要ですし。マキノさんからも、日本語だけど英語を喋っているんだという決め事を一番最初に伝えてほしいと言われていて、トライするしかないんですけど。カラコンでもいれようかしらと、姑息な手段が浮かんでいます(笑)。

升 形は大事です(笑)。でもきっと、和装をしている僕らの中に洋装で現れれば色分けができるし、空気も変わると思います。

水 カツラもつけますしね。私から見た殿様は、思っていたよりも人間らしい方でした。殿様の孤独や悩みがじわっとにじみ出ていて、時代の変化を繊細に感じ取ってその狭間で思い悩んでいるのが伝わってきました。

 それはまさに、時代の流れに取り残されつつある今の僕の現実でもありますからね(笑)。スマホひとつを取っても、ほとんどの機能を使えていないですし。この間初めてインスタライブをしましたが、横から全部マネージャーがやってくれて、僕はスマホを持っているだけでしたし。この時代に取り残されていく感は、マキノくんも初演のときより今のほうがマッチすると言っていましたけど。観てくださる方にもわかりやすくなっているかもしれません。

水 私も携帯の細かい機能など本当にわからないことだらけです。だから、わからないことをわかろうとしたい自分と、そこに時間を割くのはもういいという自分との葛藤です。

升 「もういい」がどんどん増えていきます(笑)。

──水さんはその時代の変化を持ってくる側を演じられます

水 私自身は基本的に人を変えることはできないと思っているから、アンナが殿様を変えるのはなかなか難しいだろうなと思うんですけど。でも、アンナには彼女なりの思いや背景があって、殿様や彼の娘の雪絵(平体まひろ)にはベターな人生を選んでほしい、そのために自分にできることがあるなら何でもしたいと思っているんです。そういう余計な正義感は(笑)、私も持っているほうなので、それを活かして演じていけたらなとは思っています。

──言葉が通じずわかり合えない殿様とアンナの間にも、徐々に何か通じるものが生まれていきます。どんなふうに掛け合っていけたらと思われていますか?

 まだ自分のことで精一杯で、殿様に対してというところまでは考えられていないので、難しいんですけど。

 そうね。相手に対してということではないのかもしれないね。それよりも、自分の思いを伝えたいという気持ちとか、その思いをちゃんと嘘なく話していくという作業が大事になるのかなと。観てくださる人にはその様が、気持ちの会話が成立しているように見えるといいかなという気はします。水 想像するに、着物の世界に洋服の外国人が入ってくるのは、本当に大変なことだっただろうなと思うんです。私、年末年始に、明治維新の前の大政奉還を描いた舞台をやっていたんですけど。この幕末から明治は、いろんな人が入り乱れて、新しい思想が入ってきて、それがいいか悪いか、何が正解かわからずに、みんないろんな思いで時代を動かしていった。その時代の人たちの迷いや不安、葛藤はいかばかりか。でも、今だって何を選択するのが正解かわからないことっていっぱいありますから。取り残され感のみならず、現代にも通じるものがたくさんあるお芝居だなと思うんです。

──マキノさんの作品にはどんな魅力を感じておられますか。同じ関西で、升さんは劇団MOTHERを、マキノさんは劇団M.O.P.をやっておられたこともあり、よくご存知かと思いますが

升 M.O.P.は楽しくて面白くて、そして絶対カッコいいが入っていて、しかもそのカッコいいを奇をてらわずにバーンと見せて、カッコいいに応えられる劇団員がいて、と、僕にとってはずっと憧れだったんです。うちはもうずっと、ギャグギャグしていましたから(笑)。ちゃんと物語があって、カッコよく見せて、お客さんも「フーッ」って声をかけたくなる舞台、最高だなと思っていました。で、この作品もやっぱり、端々にカッコよさが入っているんですよね。それがニクいんです。

水 私はもう、マキノさんご自身の虜になっています(笑)。ピンク色着てる!ベレー帽かぶってる! と(笑)、オシャレなところも素敵ですし。私なんかより知識が多いのに、僕が知っていることなんてたかが知れているみたいな雰囲気で、好奇心旺盛に何でも知りたがっていらっしゃったり、フランクに「なんでも言って」とおっしゃったり。こんなふうに私も歳を重ねていきたいと思いますし。きっとそういう方が作られたからこそ、この作品も、初演から20年近いときを経ても色褪せることがないんだと思います。その意味でも、私たちがちゃんと生き生きと演じなければなと思いますね。昔こんなことがありましたで終わらないように。明治時代に若者たちがすごいエネルギーで生きて、それが現代につながっているんだと思えるように。

升 そうだね。あの時代、多くの若者が変わっていこう変わっていこうと生き生き生きていたのだろうと思うし。作品の中でも殿様の僕と家令の雛田(松村武)以外は、娘の雪絵をはじめ、息子の義知(久保田秀敏)や通訳の三太郎(武居卓)、ほとんどみんな新しい時代を作るんだという方向に向かっていますから。そのアグレッシブな空気を感じてもらうには、それに抵抗する“ギャッパー”の僕が強くいないといけないでしょうし。みんなでその生き生きした世界を作れたらと思います。

──この後の松本で滞在しての稽古では、どんなトライをしていきたいですか?

升 よそゆきじゃないお芝居にしたいです。松本の空気や地元の方たちの何かを吸収しながら、ここで作ったお芝居ですよという感じが出せたらなと思います。決して東京からのUber Eatsじゃないよと(笑)。

 私は、あまり意識していなかったんですけど、本読みをしてこれってコメディなんだなと改めて思ったので。コメディの要素をもっと投入していきたいです。アンナが殿様に対して「なんでわからないのよっ!」となるほど、お客様も「殿様、頑固だな」と共感してくださるでしょうし。そうして劇場の空気が楽しくなって、面白かったなと思って帰っていただけたら何よりだなと思っています

取材・文/大内弓子
写真/ローチケ演劇部