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イギリスの桂冠詩人(英国ロイヤルが与える最高の称号)として、ワーズワースやトライデンなどと並び称されるテニスンが1864年に書いた物語詩『イノック・アーデン』。ウィル・タケットの演出により新たなクリエーションが生まれる。俳優とピアニスト、そして三人の登場人物であるイノック、フィリップ、アニーを三人のバレエダンサーが身体的に表現し、テニスンが紡いだイノックの人生を二人の俳優で語るというあらたな視点でアプローチする。作家原田宗典によって翻訳されたテキストを読み語るのは田代万里生と中嶋朋子。ダンサーは東京バレエ団から選出した秋山瑛、生方隆之介、南江祐生の三人。田代に作品の印象や、稽古の様子などを聞いた。
座組にわくわく、初めての出会いが嬉しい
――『イノック・アーデン』へのご出演は、どんなところに惹かれましたか?
最初に嬉しかったのは、中嶋朋子さんとご一緒できることでした。以前、中嶋さんがメインパーソナリティをされていたラジオドラマの番組に、僕がゲストで出演して、ラジオや公開収録で物語を一緒に綴ったりさせていただいたのですが、7年ぶりにまたご一緒できるということがわかって嬉しいなと思いました。
――久しぶりに再会されるんですね。
その後に、『イノック・アーデン』の原田さんの翻訳本を読ませていただきました。原田さんのお名前は知っていたんです。僕はデビューする前の大学生の時に、本屋さんで5年間アルバイトをしていたのですが、毎日のように原田さんの本を見かけていました。高校生の頃にも原田さんの本を読んでいて、『十七歳だった!』というエッセイや、『十九、二十』という小説を、ちょうどその17,18歳頃にタイムリーな感じで読んでいて、とても親しみやすい内容だったので、同じ方だと思わなくて。『イノック・アーデン』はすごく文学的ですし、直訳ではなく、表現を選んでいると思うんです。日本語の言葉がとても美しくて知的で、作風があまりに違ったので、同じお名前の同姓同名の方なのかと思いました。
――エッセイはラフな感じなんですか?
そうですね。詩的な言葉ではなく、日常の言葉で綴られた親しみやすい物語だったので、イノック・アーデンの翻訳ではそのギャップにまず驚きました。調べたら同じ方だとわかり、やっぱり作家さんってすごいなと。自分が読んだことのある方の翻訳で演じることができるのが嬉しいです。そして、ウィル・タケットさんのお名前は拝見することはあっても、なかなかご縁がなかった中で、東京バレエ団の皆さんと密に一緒に作品を作っていくことができる。バレエダンサーさんとは、ミュージカルデビューする前に、オペラやオペレッタでたくさんご一緒したりしてはいたんですが、本当にゼロから一緒に作品を作るというのは初めてで、とても楽しみでした。
――作品の内容というよりはご一緒される皆さんへのお気持ちが先にあったんですね。
座組にとてもわくわくしたところから始まりました。でも、『イノック・アーデン』という文学に初めて出会えたこと、新国立劇場の小劇場も初めてステージに立つので、どちらもとても嬉しかったです。
――新しい出会いに溢れていますね。
そうですね。さらに、リヒャルト・シュトラウスは全く縁がなかった作曲家で、かつてイタリアオペラを専門に勉強していた僕にとって、ドイツオペラであるリヒャルトシュトラウスは演奏もしたことがなかったんです。玄人好みの作品が多いイメージで、リヒャルト・シュトラウスまではたどり着かずにミュージカルの世界に来ましたが、もちろん名前を聞いたことはありましたから、ここでようやく出会えたなと思いました。
ウィルさんから「語りも音楽」だと
――今作品に触れていて、どんなことを感じていますか?
今日は初めての稽古でした。ダンサーの皆さんとはまだお会いしてない段階ですが、ウィル・タケットさんと7時間ぐらい稽古しているかな。でも、まだ、3分の1ぐらいしか、読み合わせが密にはできてないので、これからですね。ピアノの(櫻澤)弘子さんが弾いてくださいましたが、ここまでのクラシカルな音楽と触れるのは本当に久しぶり。というのは、やっぱり僕は普段ミュージカルを主戦場でやらせていただいますが、ミュージカルの音楽にはクラシカルなものもあるとはいえ、ポップなもの、ロックなものなど、いろいろなジャンルがあります。このリヒャルト・シュトラウスの音楽は本当にクラシックのど真ん中なので、とにかくビートがないというか。常に音楽が揺れていて、決められたビートの中で音楽を奏でることが一切ないんです。
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――どんな世界観の作品になりそうでしょうか?
『イノック・アーデン』という物語、そして、イノック・アーデンという人物が、海を、大自然をテーマにしていて。この公演のチラシもめちゃめちゃセンスがあるイラストだなと思ってるんです! 文庫本の表紙にした方がいいですよね! 舞台美術も船の帆をモチーフにしていて、このチラシのモチーフがそのまま舞台セットに反映され、映像も使われるそうで楽しみです。
――音楽からもその世界が感じられますか?
まさに海の波を模したような音楽がたくさん散りばめられていて、冒頭のオーバーチュアから「波」なんですよね。楽譜を見ていてもずっと波がうねっていて。終始この全くビートのないうねりの中に、3人の鼓動を感じられるような音楽になっているのがとても新鮮でしたし、今日、ウィル・タケットさんと一緒に作品を読み合わせをしていて、演出・振付というクレジットですが、僕にはもう指揮者に見えてきて。
――そうなんですか!
特に振り付けのイメージが強い方だと思っていたのですが、スコアや音楽に対しても、そのクリエイティブなところが感じられました。 決められたものをただ振り付けしていくというよりは、本当に音楽を一緒に作っていくところからされていて、今日は振り付けがなかったのですし、余計に世界的指揮者に見えてきました(笑)。僕と中嶋さんが読む語りも「音楽だと思ってくれ」とおっしゃっていて、ピアノに僕ら語りが歌のように絡み合っていくのかなと思いながら、今日はやらせていただきました。
――想像がいろいろと膨らむ1日だったんですね。
まだダンサーさんとはご一緒していないですが、一緒にやったら、そこからのエネルギーもたくさんいただけるんじゃないかなと思っています。
ダンサーと語り手で演じる唯一無二なステージ
――物語の印象などを伺いたいのですが、作品を読まれていかがでしたか。
やっぱり役者って、もしこれを舞台化するとしたら、どの役をやるかなとか思いながら読む癖があるんですよね。どの舞台見ても、ストプレとか、ミュージカルにしても、もちろん作品だけを楽しむことはありますが、もし自分がやるとしたら、今回の作品だったらフィリップとイノック・アーデンのどっちかなと思いながら、気づいたら読んだりしてましたね。
――ちなみに田代さんはどちらをキャスティングされそうだと考えましたか?
やるとしたら多分フィリップですね。中盤あたりのフィリップの切ない立場は、何故か人ごとに感じられません。『エリザベート』や『マリー・アントワネット』や『ラブ・ネバー・ダイ』など、今まで演じてきた役柄と通じるものが多いです。
――今回は、ある意味、どちらの役をやるわけでもないですね。
ダンサーさんがちゃんと3役を、体を使って表現されるのに、語り手はふたりで、◯◯役というわけではないところが面白いです。僕はフィリップも、イノックも、船長さんとかのセリフもありますが、俯瞰したト書き的なことを、中嶋さんとふたりで割り振られているので、単にイノック・アーデンを演じるとか、フィリップを演じるというのとも違うところが、本当に唯一無二なステージだなと思っています。
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――その物語に描かれていることについては、どんなことを感じましたか?
本当に普遍的な物語ですし、夏目漱石が好きだった作品なんですよね。作品紹介の中にある、「ここに人間がある。活きた人間がある。感覚のある情緒のある人間がある」という一文は、当時の文芸評論に紹介した時の一文だそうです。教科書にも載っていた時があるそうで、タイトルを聞いたら誰もが知っている世代もあると伺いました。本屋で働いていたのに、知らない本がまだまだたくさんありますね。昔の小説なので最初は難しいのかなと思っていたんですが、あっという間に読めてしまう作品ですし、奥は深いんですが、何一つ難しいことがない、中学生でも多分面白く読める作品だと思うので、舞台を見る方にとっても、前知識がなくても観られる舞台だなと思いました。
あとは、すれ違いというか、同じ場所にいないことによって離れてしまい、違う人と一緒になってしまうというのは、みんな心当たりあるのではとも思ったりします。そういうみんなに心当たりあるものを、この作品に投影しながら見ることはできるんじゃないかなとは思いました。
普遍的な部分は日本人でも共感できる
――ウィルさんが、この作品の3人のトライアングルには3つのテーマがあるとコメントされていました。「愛、忠誠心、責任(義務)」とのことですが、それについてどう思いますか?
まだすごく深い話はそこまでできてないですが、英語では、「love、loyalty、duty」とおっしゃったそうです。愛についてはそのままの意味ですが、忠誠心は神に対しての意味だとすると、人によってはなかなか馴染みのない部分もあったりはすると思うんです。また、loyaltyという言葉はイギリスならではの、秩序や誇りみたいなものからの生まれているそうです。国民の国王に対しての忠誠と、国王の国民に対する義務、その両方だとか。 昨年『カム フロム アウェイ』でムスリムの役も演じたのでイスラム教についても勉強しましたが、特に信仰心はそれぞれの宗教や時代や国によって様々なので、どの作品をやっていても本当の意味での深い理解は簡単ではありません。異文化の人にとっては些細で何気ないことが、向こうの人にとってはそれが命を賭けるほどすごく大切なことだったりしますよね。
――これまでたくさんの海外作品をされてきて、海外ならではの信仰心を含めた文化に触れてきて、どんなことを考えたりしましたか?
本当にずっと悩み続けていることではあるんです。エリザベートが自害しないのには、やっぱり宗教心があるからとか、描かれていますよね。無宗教の人だったら全く選択肢に入ってこないものが、にとってはそれが絶対に外せない道だったりするので、やっぱりすごく難しいところではありますが、そのときそのときに真摯に向き合って考えて演じています。
――今回はイギリスの人々が描かれていることが、何かならではの部分に現れるでしょうか。
でも、普遍的な部分は日本人でも共感できるところはたくさんあるかなと思っています。
――幼なじみ3人のトライアングルの中での心の移り変わりみたいなところでしょうか。
そうですね。でも、「ふたりのお嫁さんになってあげる」は、結構お騒がせなアニーだなって思いますけど(笑)。
――確かに。ふたりに期待を持たせちゃいましたね(笑)。
皆さんの想像力を視覚化した舞台に
――中嶋さんとは稽古の中でどんなお話をされましたか?
まだ内容に関してはお話できていないので、手探りな状況ではありますね。でも、中嶋さんの語り調がやっぱり独特というか、本当に「品がある」とはこういうことなんだなと思いながら隣で聞いてました。
――以前ご一緒されたときと、その辺の感覚は変わっていますか?
何とも言えない唯一無二な個性がありますよね。一緒にやっていても真似するわけではないですが、やっぱり歩幅がふたりでだんだん馴染んでくるんです。CDも拝聴しましたが、前回は石丸幹二さんがおひとりで表現されていましたが、中嶋さんとやるとなると、ひとりでやるのとは全く違うペースで語っていくんだなと思いながら稽古していました。 基本は交互に語っていきます。
――ふたりで世界観を作るみたいな感じですね。
間の置き方とか、そこでこんなにゆっくり語るんだとか。むしろ普通だったら感情を込めそうなところを、本当に淡々とまっすぐ読まれたりもするので、逆にそれがフックになって響いてきたりもします。本当に大先輩なので、いい意味でたくさん盗ませていただいて、作品に貢献できたらと思っています。
――どういう作品なんだろうと興味を持っている皆様に、どんなご紹介の形がありそうでしょうか。
やっぱり元が文学であることが前提ですね。皆様もどんな文学を読んだ時でも、頭の中でいろんな風景が浮かんだり、いろんな音が聞こえてくると思うんですが、それを見事に視覚化しています。だから、皆さんの想像力を視覚化した舞台になるんじゃないかなと。良い意味で抽象化している部分もあれば、映像や芝居で具体化している部分もある。絶妙な余白があるんです。一方的に何かを押し付けるのではなく、読書をするときのように、静かにその世界に耳を傾け、心を委ねていくような・・・
そんな想像力を掻き立てられる作品になっているんじゃないかなと思いました。芝居ともバレエとも朗読劇ともまた違った、新感覚のアート&エンターテイメントの舞台にご期待ください!
インタビュー・文/岩村美佳