玉田企画『地図にない』│石黒麻衣(劇団普通)×金子鈴幸(コンプソンズ)インタビュー

3月27日(木)より下北沢・小劇場B1にて玉田企画『地図にない』が上演される。本作は10周年記念公演『영(ヨン)』から約2年半ぶりとなる新作。主宰で作・演出を手がける玉田真也の故郷・石川県での取材をもとに、ある地方の旅館に出入りする人々の悲喜交々が描かれる。玉田企画ならではのユーモラスかつクリティカルな人間描写。そんな持ち味に裏打ちされた、これまでとは一味違った地域密着型の劇作に期待が寄せられている。新たな意欲作にそれぞれの魅力を以て応答するキャスト陣もまた話題の一つだろう。今回は類を見ぬ個性と存在感で劇団公演の度にトレンド入りを果たしている気鋭の作家であり演出家、石黒麻衣(劇団普通)と金子鈴幸(コンプソンズ)も俳優として出演。劇作家と俳優という二つの立場から作品を見つめる二人に本作の魅力について話を聞いた。

演出をする立場から、演出を受ける立場へ

――まずは台本を読んでの第一印象からお聞かせください。

金子 第一稿を読んだところなのですが、すごく面白いです。展開としてもここからどうなるんだろう、というワクワク感があって、稽古が進むのが今から楽しみです。印象としては、笑いもありつつ、ちょっといつもの玉田企画よりも文学的な香りもするというか…。タイトル通り地図にない、とある地方都市の町が舞台なのですが、言葉の節々から町全体のイメージが浮かび上がってくるような感触がありました。

石黒 私は自分の劇団で地方都市のお話を書くことが多いこともあり、「玉田さんはどんな風にお書きになるだろう?」とワクワクしながら読んだのですが、本当に本が面白くて感激しました。何気ないところに面白みや可笑しみが差し込まれていて、土地の描写に関してもいい意味で力が入り過ぎていないんですよね。ごく自然にそこにいる人たちの様子が描かれているので、俳優としてもセリフを話しやすいです。金子さんも仰るように1つ1つの場面がどう展開していくのかが楽しみな本なので、観客の方も同じように感じてもらえるのではないかなと思います。

――物語の舞台は地方都市の旅館。そこに出入りする人々を巡るお話ということですが、お二人がそれぞれ演じられる人物像についてもお伺いできますか?

金子 僕が演じるのは、その土地周りの温泉宿の改装工事を請け負っている役所の人間。キャラクターとしてはちょっと押し付けがましい感じの人です。玉田さんは人物像を細やかに造形されているので、まだそこに至るまでには寄せられていないのですが、ここからの稽古でイメージに近づけていけたらと思っています。

石黒 私は地元住民ではなく、ひょんなことからこの町にやってきた人を演じます。おそらくこだわりの場所があって、宿泊しながらそこを目指しつつ何かを探している人。それが何であるかにはお楽しみにしていただけたら…。都会から来た外の人間なりにその土地に対して強い思い入れを持っていて、でも、都会は都会でそれなりの思い出があって…という人なので、その展開と結末を一緒に見守っていただけたらと思います。

金子 石黒さんのシーンから物語が始まりますし、セリフの分量も多いですよね。つまり、キーパーソンです!

石黒 背景に色々ありそうな、ちょっと訳ありな人物です!(笑)。

金子 玉田さんの本はバックグラウンドもしっかり設計されていて、「このシーンの前段でこの人たちにはこういう一幕があったんです」という前日談みたいな部分を書いてくれているんですよ。上演されないシーンなのですが、その描写もめちゃくちゃよくて「もうこのままやっちゃえばいいのに」と思うくらい面白いですよね。

石黒 そうですね。その場面があることによって、後の様々なシーンもより活きてくる感触があるので、観客のみなさんにもなるべくその場面があったかのように伝わればいいなと思っています。

――本作に関する玉田さんご自身のインタビューで「劇団を持って、作家や演出家としてもやってる人に出てもらいたかった」という旨のお話があったのですが、そういった経緯でのオファーを受けてどんな心境でしたか?

石黒 私の場合はオーディションを受けて、その後にお声がけをいただいたので、本当にまさかっていう感じですごく嬉しかったです。役者としてそんなにたくさん外部公演に出ているわけではないので、今はまだそれだけでいっぱいいっぱいで、作・演出をやっている人間としてどんなお力添えができるのかはまだわからないのですが、がんばっていきたいと思っています。

金子 僕も嬉しく思いつつ、正直「自分で大丈夫かな」という気持ちでした。稽古をしていて思うのは、すごくシンプルですけど「俳優って大変だし、難しいんだな」ということ。劇団では自分が演出をする側なので、演出をつけられることに慣れていないというか…。「そんなにスッと答えが出るわけじゃないんだなあ」と痛感しつつ、劇団公演に参加をしてくれている俳優さんたちへの尊敬と感謝を改めて実感もしています。

作・演出を手がける同志として感じる、玉田企画の魅力

――作・演出を担う劇作家としての居方と俳優としてのそれはまた違うと思うのですが、ご自身の劇団の稽古場と比べて、これは玉田企画ならではのアプローチだな、と感じることはありますか?

金子 これは俳優としても演出家としても感じていることなのですが、玉田さんの演出のきめ細かさがすごいなと。台本を読んでいるだけだと分からなかったニュアンスが玉田さんの演出が加わった瞬間に鮮明に立ち上がっていく感覚があって、それにどう応え、役として実現するのがやりがいであり、難しさでもありますね。時々「ここはこういう感じにしたいんですけど」って玉田さん本人がやって見せて下さるんですけど、それがあまりにも上手すぎて…(笑)

石黒 そうそう。玉田さん、めっちゃうまいですよね。稽古にいなかった俳優さんの代役に入ったりもされるのですが、セリフ以外にもその場にいる人物の呼吸や動きも入っていて、すごく躍動感があるんですよ。その人物がどんな情景や情感で喋っているのか、というビジョンが玉田さんの中には完全に仕上がっているんですよね。

金子 一方で、「色々言ったけど違うと思ったらご自分の感じるようにやってもらっていいです」みたいなことも言って下さるのですが、それをどう打ち返すかも一つの挑戦になるのではないかと思っています。

石黒 読む前に「こうやってください」みたいなことは言わず、1回俳優に任せて下さるんですよね。そこで役者が考えてきたこととのすり合わせをしてから、なるべくその人らしさが生きるように細かく演出をつけてくださっている感じです。セリフの解釈も含めて「玉田さんはこういうシーンを目指していらっしゃるんだろうな」というのが、そのやりとりからも伝わってきます。

金子 自分はイメージをあまり持たずに、稽古場で出てきたものを積み上げていくタイプの演出家なのかな、という風にも改めて気づきましたね。俳優さんのトライに委ねて、そこから出てきたアイデアを採用していく点では共通点もあるのですが、玉田さんの方がよりプランがあって、高みを目指している感じがしました(笑)。僕は割とあらゆることを野放しにしていて、かつ野放しでもいいように書いている節があるので、こういうアプローチもあるんだな、と感じたりもします。なので、演出においても学ぶことがとても多いですね。

石黒 一口に劇作家・演出家と言っても、書き方も進め方も本当にそれぞれなのだなと感じたりもしました。情景を思い浮かべつつ少しずつ書くという点は玉田さんと一緒なんですけど、私は全然書き直しをしなくて、最初に書いたものからほぼ一言も変えないでやるんですよ。でも、玉田さんはいい意味で完成させ過ぎず、稽古の感触や俳優に合わせてセリフを足したり、調整したりされるので、気づきを柔軟に取り入れることのできる方なのだなと思いました。あと、役者さんをすごく信じていらっしゃるんだと思います。

金子 そうですよね。理想を持ちつつ、俳優にも任せつつ、そこのすり合わせをすごくしっかりやっている感触がありますよね。

石黒 私の場合は、一度書いたものは自分の中ではかなり練っている、という思いがあるものであるゆえに、セリフを変えるというのはかなり勇気の必要なことですが、玉田さんはそういうとらわれ方をせず、とにかく最終的に面白いものになるよう高みを目指すっていうところがすごいなと思いますし、勉強にもなります。稽古場も自由なクリエーションの場という感じがしますよね。

――三者三様の劇作家のカラーが感じられるお話です。劇団同士がこういった形で交点を持ったり、互いに影響を与え合う場そのものもすごく豊かだなと感じたりもしました。

金子 僕もこういうのは積極的にやっていった方がいいなと思いますね。作品を通して交流して、切磋琢磨して…っていうのは意義深いことだなと。あと、劇作家同士で劇作について話し合ったり、そういう交友関係を築くのってなかなか難しいのですが、今の稽古場では玉田さんに「普段どうやって書いてるの?」なんて聞かれたりもしますし、そんな風に作家間で共有できる機会も有難いなとも思います。

石黒 去年12月の劇団普通の公演でアフタートークゲストにお招きした時も「石黒さんはどんな風に書いていますか?」って聞いてくれました(笑)。私が玉田さんにお伺いしたいぐらいだったのですが、トーク内でも作家間で積極的に共有したり吸収したりをしようとされていて、なんだかすごく励まされましたし、ホッとしたんですよね。金子さんが仰ったように、作家って孤独で、なかなか人と劇作について話すことができないんです。でも、今は金子さんも玉田さんも身近にいてお話ができるので、作家の交流の場としてもすごくいいなと思います。

金子 なんというか、心の栄養にもなっています。稽古と並行して別の現場の脚本の仕事などもあるのですが、明日稽古だってなった時にだいぶ楽しみにしている自分がいます(笑)。

個性豊かな俳優陣が集結、その強みと見どころ

豊かなクリエーション現場の様子が伝わってきます。共演者の方の印象や座組みのムードについてもお聞かせいただけますか?

金子 玉田企画常連の前原瑞樹さんは大学もバイト先も一緒だったので友達という感じですし、山科圭太さんも映画でご一緒しているので再会という感じでした。能島瑞穂さん、日高由起刀さん、福永朱梨さんは初対面だったのですが、どこかで会っていたような気がするぐらい親しみやすい方々で…。日高さんは初舞台で年齢もお若いのですが、すごく堂々としていて頼もしい方ですね。福永さんは自主映画に出演されていた時から拝見していた俳優さんだったので、ご一緒できて嬉しかったですし、稽古場では猫の話で結構盛り上がっています(笑)。能島さんは青年団の大ベテランというイメージがあったのですが、むしろ積極的にトライアンドエラーを繰り返して下さっていて、そのことによって自分も安心して稽古に臨めています。

石黒 私はもう金子さんだけが友達という感じで、他の方はみなさん初めましてなんですよ。なので、金子さんがいて下さって本当に心強かったです!(笑)。でも、みなさん本当に柔軟な方で、稽古でも自分の意向を突き進むのではなく、都度相手の演技に合わせて変容させて下さるので、やわらかさと頼もしさのどちらをも持った方をお集めになったのだなと実感しています。そのおかげで稽古場はいつもほんわかしています(笑)。

金子 あと、石黒さんとご一緒して改めて思ったのは、石黒さんが話すと、やっぱり一瞬その場が劇団普通っぽくなるんですよ(笑)。そういう世界観がふと立ち上がる感じがすごく面白いです。一方で、コンプソンズ感が出たらちょっとまずいなと思いますね。なんというか解像度、ビット数が違うと思うので。スーパーファミコンとプレイステーションくらい違いますから。もちろん僕が粗い方です。コンプソンズに自分が出るときは大きな声出せばいいと思っている節があるので。

石黒 あははは! いやいや、でも私は金子さんの演技すごく好きですよ。今後コンプソンズ感が出てくるかはわからないですが、俳優としての金子さんの魅力がすごく感じられる作品になるなと思います。

――玉田企画ならではの魅力を存分に味わいつつ、時折劇団普通やコンプソンズが顔を出す瞬間も楽しみにしています!(笑)今回は多様なキャスト陣の顔ぶれから観客の方もそれぞれの楽しみを持って劇場に来られるのではないかと思います。最後に、お二人の思う本作の魅力をお聞かせ下さい。

金子 玉田企画の魅力である会話のちょっとしたニュアンスの面白さが今回もしっかりあるので、笑いの感度が高い方もきっと楽しんでいただけると思います。一方で、昔から玉田企画を観てきたいち観客としては、新フェーズの魅力も詰まった作品だと思っています。前作『영(ヨン)』や前々作『夏の砂の上』を経て、文学的な深みもより出ている感じがしますし、笑いや会話のずれだけじゃない、深い人間ドラマも堪能してもらえるのでは、という予感があります。会話、笑い、テーマ性、ドラマ性などいろんな要素を五角形にした時に全方位的に面白い演劇なんじゃないかなと。なので、演劇を初めて観る方もぜひお越しいただけたらと思います。

石黒 出てくる登場人物が多種多様なところがまず大きな魅力だと思います。社会のある一つの側面だけでなく、地方都市の旅館という場を介していろんなバックグラウンドを背負った人が出てくるので、観客の方もそれぞれ誰かに自分を投影して見られる作品になるんじゃないかな、と感じています。あと、セットもすごく素敵になりそうなので視覚的な楽しみもあるし、この解像度のお芝居を小劇場のB1Fという空間で見られることも濃密な劇体験になると思っています。自分の地続きに感じられる空間になると思うので、ぜひ観劇が初めての方も気軽に来ていただけたらと思います。

インタビュー・文/丘田ミイ子