
江口のりこ、那須凜、三浦透子が三姉妹に扮し、演技巧者だらけの家族劇を上演
2023年に英国のナショナル・シアターで初演され、2024年度のローレンス・オリヴィエ賞BEST PLAYにノミネートされ話題になった、イギリス気鋭の劇作家ベス・スティールによる傑作ヒューマンドラマ『星の降る時 Till the Stars Come Down』。この注目作が日本を代表する演出家である栗山民也の演出、そして演技派だらけの豪華キャストで日本初演される。
舞台はイギリスの、かつては栄えていた炭鉱町。母親を早くに亡くし、元炭鉱夫の父親に育てられた三姉妹、ヘーゼル、マギー、シルヴィアを中心に繰り広げる物語となる。三女の結婚式を機に久しぶりに家族と、三姉妹を母代わりとなって育ててくれた叔母を含めた親戚たちが集まった。幸せなひとときとなるはずが、酒が入りダンスに興じたりしているうちになぜだか、洒落にならない本音を思いっきりぶつけ合う事態になっていく……。
三姉妹を江口のりこ、那須凜、三浦透子が演じるほか、父に段田安則、叔母に秋山菜津子、長女の夫に近藤公園、三女の夫に山崎大輝、叔父に八十田勇一という実力派ばかりが顔を揃えることになった。
初めての本読みが行われた直後、三姉妹役の三人に稽古初日の感想や演じる役柄のこと、お互いの印象などを語ってもらった。
――先ほど本読みが終わったところですが、手応えはいかがでしたか。長女・ヘーゼル役の江口さんからお聞かせください。
江口 本読みの時って、これがどういう物語なのかを把握するチャンスだったりするから、今回もそのつもりで臨んでいたのですが正直なところ、今日の時点では、把握できませんでした(笑)。でも、その本読みをする前に、栗山さんが「この物語はこんな風に捉えたらいいんじゃないか」というようなお話をしてくださったので、その言葉で「あ、なるほど、良いことが聞けた」と思いました。
――ちなみに、それはどういう言葉だったんですか。
江口 それは私、うまく言えないな……。栗山さんにちょっと聞いてみてください(笑)。
――(笑)。次女・マギー役の那須さんはいかがですか。
那須 江口さんがおっしゃった通り、栗山さんの言葉が私にとっても大変印象的でした。今、江口さんが言えないとおっしゃったことを私が言おうとするのは、ちょっとどうかと思いますが(笑)。
江口 気にしないで、言ってください(笑)。
那須 挑戦してみますね。私も「なるほど」と思ったのは、この作品は何かとても大きなメッセージ性を持ったお芝居ではなくて……って、本当に説明しようとすると確かに難しいですね……。
江口 そうなんですよね(笑)。
那須 宇宙から見下ろした時の小さな家族という、一つの共同体を作るというような話なんですよ。私が面白いなと思ったのは「ゲップをする」というト書きに叔父さん役の八十田さんがとらわれて、ゲップの練習をなさっていたという話をされたんですが、つまりそういうことが大事なんだ、と。そんなようなことを栗山さんはおっしゃっていたんです。それは、どういう物語を伝えたらいいんだろうということよりも、家族の中でリアルに起こる出来事、一瞬一瞬の瞬間的な爆発を繋げていくことで最終的には何か大きな共同体になっている、みたいなことなのかなと、私は今日の読み合わせをしながらそう思っていました。うーん、やっぱり説明するの、難しかったです(笑)。
――ありがとうございます(笑)。三女・シルヴィア役の三浦さんは、いかがでしたか?
三浦 私は、これっていろいろな感情の矢印が入り乱れている作品だと思っているんです。その複雑さが読んでいてとても面白かったのですが、いざ本読みをやってみて、それを体現することの難しさを痛感しています。そのいろいろな矢印というのは、たとえば私シルヴィアだったら、へーゼルと二人でいる時、マギーといる、三姉妹が揃った時、など、同じ一人の人間でも会話する相手や環境によって自分のあり方が少しずつ違ってくるんじゃないかなと思うんですよね。当たり前ですけど、夫といる時とも違ってきます。そのあたりを稽古場で探っていくと、よりその乱れた矢印の一本一本がくっきりしてきて、この脚本が向かいたい方向に向かえるのかもしれないな、なんてことを考えていました。
――みなさんが演じる三姉妹それぞれの役について、現時点での印象を教えていただけますか。
江口 まだ本当に稽古も始まったばかりなので、こういう人ですとはっきりは言いづらいんですけど。ヘーゼルは、差別主義だと人から言われるシーンがあるんですけれどね。でもそれは主義というものではなく、ただ自分の生活が今ちょっと苦しくて、なぜかというとそれは旦那が移民に仕事を取られてしまっている状態だから、それでそういう態度を取っているのかもしれないし。いや、それとも本当にそういう主義の人なのかもしれない……。うーん、やっぱりまだわからないので、後回しにしておいてください(笑)。
那須 私自身、本当に三人姉妹の次女なんです。役との共通点という意味では、たとえば長女と三女とが喧嘩になりそうな時に次女が間を取り持とうとするところなどは、うちの三姉妹の間でもよく起こるような気がします(笑)。マギーも、もともとはそういう風に生きてきた人なのかもしれないけれど、そういう、間に挟まれることが嫌になってきて家を出て行ったのかもしれないな、とも想像しました。そして、ものすごく仲が良い瞬間から一気に険悪な関係になるのって、姉妹あるあるかも。一転して、また急に仲直りできちゃうところも、あるあるですね。あそこの場面は、読んでいて面白かったです。自分が演じるマギーという役としては、奔放なタイプだから、みんなから自分勝手に生きているように思われているんだけれど、きっと自分では「私だって、みんなのことを考えて生きてるのに!」ということを主張したい人なのかも、と思いながら今日は台本を読みました。
江口 マギーって、一番気を遣っている人だと思う。私が演じるヘーゼルが、つい失礼なことを言ってしまって空気が悪くなる時は、だいたいマギーがその場の流れを変えてくれていますから。奔放のように見えて、なかなか大人な感じがします、これは私の印象ですけどね。って、人の役の印象だと言えるんですけど、自分の役についてはわからないんですよね(笑)。
那須 ふふふ。
三浦 愛している相手でも違う価値観を持っていることって、あるじゃないですか。シルヴィアの場合は、同じ価値観を持ってる人が相手でも、そうじゃない人が相手でも、自分の何かを曲げることなく存在していられる人のように感じるんです。自分の世界をしっかり持っていて、自分は自分、人は人という領域がある。かといって、自分と違う考えを持っている人とも戦い過ぎず、でも決して八方美人ではない。不思議なバランス感覚を持っているように感じます。そうやってバランスが取れるのは三女だから、とかあるんでしょうか。私は一人っ子なので、わからないんですよ。
那須 私は「三女ってそういうところ、あるよな」と思っていました。お姉ちゃんたちはきっと三女のそういうしっかりしているところ、羨ましいと思っていそうな気がします。
――演出は栗山さんが担当されますが、それぞれの栗山さんに対しての想いと、何か今回の作品のために言われた言葉などがあったら教えていただけますか。
江口 今回の本読みでおっしゃっていたのは「みなさん、声を探していきましょう」と。
――声を、ですか?
江口 特に、短いセリフの応酬だとそうなりがちなんだけれど、前の人のテンポに合わせて喋るのではなくて、一人一人に性格があるようにそれぞれがちゃんと自分の声を探していきましょう、というようなことをおっしゃっていました。
那須 私も、今回のために言われたことという意味では、今、江口さんがおっしゃったことが一番刺さりましたね。私自身、栗山さんに演出していただくのは4回目なんですが、劇団外の芝居に初めて出たのが栗山さん演出のお芝居だったんですよ。だから何もわからない時期、栗山さんに1から全部教えていただいたので、本当に私にとっては「お師匠様!」というような方なんです(笑)。栗山さんの稽古って、まず時間が短いんですね。この間も、今回の芝居のことについて「大変そうだよね、この芝居。僕が2時間稽古したら、その後4、5時間くらいはみんなに自主稽古してもらうって感じになるかな」って、おっしゃっていて。「何て、怖ろしいことを言うんだ!」って思いましたけれども(笑)。ホント、栗山さんの頭の中を覗けるものなら覗いてみたいくらいなんですよ。ビジュアルから何から既に頭の中にすべてある方なので。演出をパーッとつけて材料だけ先に与えてくださって、そこから自主稽古を経て料理するのは私たち、なんです。そして「じゃ、1週間後にまたそのシーンを見せてね」、となる。今回はまだどうなるかわかりませんが、私が参加した時はそういう流れだったので、その料理を栗山さんに見せるまでみなさんと一緒にどこまで持っていけるかな、ということですね。今回は家族の芝居ですから、ただ一人二人で会話をするのではなく、全員で力を合わせていかないと成立しない稽古になるんじゃないかなという気がします。
三浦 私は栗山さんとご一緒するのは2回目ですが、前回ご一緒した時の印象としては、稽古の時からいい緊張感がずっとある感じでした。稽古の初期段階から、可能な限り本番に近づけて立ち稽古をやっていて。それは出演者だけに限らず、スタッフの方々も含めて。小道具や舞台装置なども、少しでも本番に近いものを用意して本番に近い形で稽古をさせてもらえるという感覚がありましたね。かつ、那須さんがおっしゃったように稽古の時間が短いので、その一回一回を逃してはいけない、大事にしなければ!という気持ちにさせられる稽古だなと思っていました。短いんだけど、終わった後はドッと疲れも来るので(笑)、今回もおそらくそうなるんじゃないかなとドキドキしています。でもあの稽古後の疲れは、すごく心地良かった記憶もあるんですよ。だから今回もいいヒリヒリ感が味わえそうで、それも楽しみです。
――江口さんは、栗山さんの演出を受けるのは今回で2度目でしたね。前回はどんな稽古だったんですか。
江口 8年前にやった『トロイ戦争は起こらない』という作品だったんですが、とにかくとても難しかったんです。「こうしてほしい」と言われて、それは理解できるんだけど身体がなかなか追いつかなくて、ずっと自分の力不足を感じていました。私は大学に行ったことがないんですけど、なんとなく栗山さんって大学の先生というイメージがあるんです。いわゆる、アカデミックな感じがするというか。こうして8年が経って今回、その栗山さんの作品に再び出させていただき、演出を受けられることは、自分にはとてもいい機会だなと思っています。
――せっかくですから三姉妹それぞれ、お互いの印象を伺わせていただきたいのですが。ではまず、三浦さんの印象から。
江口 透子ちゃんとは、何年前でしたっけ?
三浦 11年前くらいでしたね。
江口 テレビドラマの撮影で一緒だったことがあるんです。それほど同じシーンに出る機会はたくさんなかったんですが、それでも何日かは一緒のシーンがあって。待ち時間が長い現場だったんだけど、透子ちゃんは静かに本を読んでてね。なんだかその姿がとても印象に残っていて、その後もずっと気になっていました。
三浦 そうだったんですか、なんだかすごく嬉しいです。
那須 私は、勝手にいろいろと映像で拝見していて、なんとなくおとなしい感じの方かなと想像していたら、会ってみると私の妹と同世代ですごく話しやすくて。ふだんはとても明るいのに、お芝居に入ると独特な空気感を出されるのも素敵で、今回ご一緒できて本当に嬉しいなと思っています。
――続いて、那須さんの印象はいかがでしょう。
江口 那須さんはね、パワフルだな!と思いました。明るいし。もう、那須さんが一人いればこのチームは絶対にうまくいくだろうと思えるくらい。パーン!と明るさをみんなにばら撒いてくださる、元気な方ですね。
那須 それなら、良かった(笑)。
三浦 本読みの時も三姉妹で横並びだったんですが、真ん中に座っている那須さんが話しかけてくださって、上手に会話を繋いでくださるんですよ。おかげで、三人で自然と話せるようになっていました。そういう時間を自然と那須さんが作ってくださっていたので、今回の稽古場は楽しくなりそうだなと確信しました。
那須 やっぱり、本当に次女だからなのかしら。
三浦 そういうの、あるんですかね。
那須 かもしれないです(笑)。
――では最後に、江口さんの印象をお二人からお聞かせください。
三浦 私もさっき江口さんに言われて、「え、私、あの時そうだったのか」と思ったんですけど。というのも、私も江口さんが待機中にずっと本を読んでいらしたのをすごく覚えていたんですよ。お互いに本を読んでいたから、よけいに印象に残っていたんですかねえ?
江口 でも、少し話したことも覚えてるよ。「音楽もやっているんです」って、その時言ってたの、すごく覚えてる。
三浦 私は、それほど出番の多い役じゃなかったんですよ。絡む方も少なめなかったので、そういう現場ってなかなか共演者の方とコミュニケーションを取れずに終わっちゃうことが多いんですけど。なぜか江口さんとはお話ができたということが嬉しくて、ずっと覚えていたんです。いつかもう一度、どこかで共演できたらと思っていたのに、なかなか機会がなくて。
江口 そうよね、なかったよね。
三浦 なので、今回やっと!という気持ちなんです。そして、お芝居の本読みをしている時もふだんの時も、常に江口さんの時間が流れているという感じがするので、それもすごく素敵だなと思っています。さっき、栗山さんが本読みの時におっしゃっていた「声を探してほしい」という話も、声とその人が持っているリズムを見つけてほしいということなのかなと思っていたんですけど、それってたぶん、それぞれの身体に流れている時間のことでもあるのかな、と。そう考えると江口さんは、それを既に素の状態でちゃんと持ってらっしゃる方、という印象があります。だから一緒にいると、自分も江口さんの時間の中にいたくなるような心地よさがあって、なんだか気持ちが落ち着くんですよね(笑)。
那須 私もいろいろと江口さんが出られているお芝居や映像を拝見していて、透子さんがおっしゃった通り、江口さんの独特の時間の流れというか空気感を感じていました。それは確かに江口さんのペースではあるんだけれど、私たちは緊張することもなく自然体でいさせてくださる方だな、と。そう、今日の本読みだけで勝手に感じ取っていました(笑)。でも、それは透子さんも一緒ですよね。お二人とも、ふわーっと柔らかな空気が流れていて、私はといえばとてもセカセカしたタイプなもので、大丈夫かなとか思いつつ(笑)。でもこうして二人の間に挟まれていたら、自分のペースでいてもいいのかもしれないという気持ちにもなるけど、逆に私が急がないといけないのかもしれないというような気持ちにもなりますね(笑)。だけど大先輩なのに、そうやって緊張することなく懐に飛び込ませていただけるような包容力も、江口さんからはすごく感じていて。その素敵なパーソナリティにうっかり乱されないように、私もしっかり自分のペースを掴みたいなと思っています!
この見事なまでに個性の違う三姉妹の魅力も、作品の面白さを増幅させてくれそうで期待は高まるばかりだ。家族なのに、家族だからこそ、ぶつけ合える本音の鋭さにはニヤリと笑えたり、ちょっと切なくなったり。演劇でしか味わえない面白さが散りばめられた見応え満点の舞台になることは太鼓判、5/10(土)の開幕をどうぞお楽しみに。
取材・文/田中里津子