
6月17日より武蔵野芸能劇場 小劇場にて、ロロ『いつだって窓際であたしたち』が開幕する。本作は作・演出を手がける三浦直之によって、2015年から2021年にかけて高校演劇の活性化を展望して創作された連作群像劇『いつ高(いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校)シリーズ』のvol.1。シリーズ完結から数年の時を経て動き出した、二ヶ月連続上演の再演企画の第一弾であり、7月にはvol.2『校舎ナイトクルージング』も上演される。
そんな「新たなまなざし」で展開される『いつ高シリーズ』を彩るのは、フルキャストオーディションによって選ばれた9名のキャストたち。『いつだって窓際であたしたち』には稲川悟史(青年団)、小川紗良、竹内蓮(劇団スポーツ)、土本燈子、端栞里(南極)、三上晴佳が出演する。2025年の“今”を生きる6名の俳優が思う、いつ高シリーズやロロの演劇の魅力、本作に向けたそれぞれの展望とは? 創作の熱が残る稽古場でそれぞれの思いや実感を話してもらった。
出演が決まった“あの夜”の気持ちを振り返って…
―まずは出演が決まった時の心境からお聞かせ下さい。
稲川 ロロは僕が「演劇をやりたい」と思い始めた時から、“少し歳上のお兄さんお姉さん的存在”で、高校1年生が3年生に憧れを抱くような感覚で追いかけていました。月並みですが、そんなロロに出演が決まり、すごく嬉しかったです。これまでの憧れを胸に、「頑張んないと!」と思って日々稽古に取り組んでいます。
小川 私もロロの作品は結構観ていて、中でもいつ高シリーズは大学時代に通って観た思い出の作品でした。『いつだって窓際であたしたち』は劇場で観ることが叶わなかったので、公演情報が出た時に「やっと観れるんだ!」と観客としての喜びがまずありました。私はこれまで演劇畑をメインに活動してきたわけではなく、舞台の出演は8年ぶりになります。なので、初々しい気持ちで飛び込みつつ、みなさんの稽古を見ながら学んでいけたらと思っています。
竹内 出演の連絡をもらった時は久々に血が沸き踊るような感覚になりました。夜だったんですけど、存分に沸き踊りました!(笑)。僕は地方出身ということもあり、みなさんと比べてロロのことを知るのが遅くて…。上京して周りの友達にロロが好きな人が沢山いて、「これは観なくては!」と吉祥寺シアターで『ここは居心地がいいけど、もう行く』を観たのが最初の出会いでした。その後、いつ高シリーズの配信があったのも知っていたんですけど、憧れが強くなり過ぎるのが怖くて見られなくて、オーディションにあたって初めて台本を読みました。繰り返し3回読んだんですけど、台本も読む毎に新たな発見があって…。稽古場で初めてのシーンがいっぱい見られるのも楽しくて嬉しくて、今後の稽古もすごく楽しみです。

土本 私は昨年俳優の波多野伶奈さんが主宰するチャミチャムというカンパニーが上演したいつ高シリーズの『いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した』(演出:山本真生)に出演をしたこともあり、「ロロの公演でまたあの世界に行けるんだ!」と感激しました。三浦さんの本には“口に出して言いたいセリフ”が沢山あって、それが言えることが本当に嬉しいです。
端 私の所属劇団の南極は、構成人数や男女比などが「ロロと似ている」と言われたりすることもあって…。ロロを知ったきっかけも作・演出のこんにち博士がいつ高シリーズが大好きで、映像が無料公開されていた時に「みんなも是非見て!」ってお達しがあったからなんです(笑)。それで、高校卒業したばかりくらいの頃に家のプロジェクターで見たのが最初の出会いで…。
稲川 わあ、ほぼ高校生だったんですね!
端 そうなんです。そんな経緯もあり、かねてより劇団内でも「メンバーの誰かがロロに出られたらいいな」という話をしていたり、私自身も「ロロに出たい」と言い続けていたのですごく嬉しかったです。オーディションはかつてないほどにめちゃくちゃ気合いを入れて臨みました!
稲川 ちゃんと言葉に出して言い続けて、それを掴んで叶えたというのがすごいですよね。
端 私の通っていた高校には演劇部がなく、大学生に紛れて演劇を始めたこともあり、「高校演劇」というものが自分の中で神格化されていて…(笑)。なので、仕込みや上演時間の設定など、高校演劇のフォーマットをロロで体験できることも含めて楽しみなんですよね。
三上 端さんと私はオーディションから一緒の組だったんですよ。役柄としても一緒に過ごすシーンが多いのですが、すごく楽しくやらせてもらっています。
端 私もこんなにがっつり高校の教室が舞台のお芝居をやったことがなかったのですが、なんだか高校生に戻ったみたいですごく楽しいです。
竹内 僕は、いつ高シリーズは演劇部の高校生のみならず、学生全体に広く届ける意味がある作品だと思っているんですよね。新潟出身で、演劇に触れる機会が少ない環境で育ってきたこともあり、余計にそんな想いが強くて…。「全国の高校の体育館のステージを回りたい!」と思うくらい、今まさに高校生活を送っている学生に広く響くと信じていますし、そのことによって何かが起こせる作品なんじゃないかなと感じています。
三上 私も地方に住んでいたこともあり、始めてロロを観たのは『BGM』の仙台公演でした。自分がこれまでやってきた演劇とはまた違った魅力に溢れていて、三浦さんの滑らかな言葉選びや音楽の素晴らしさに感動して…。そこから配信を見漁りました(笑)。年齢的にも葛藤があったのですが、「年齢不問・経験不問」という言葉に背中を押されるような気持ちで思い切ってオーディションを受けました。そしたら、ある夜出演が決まったと連絡がきて…。
竹内 おぉ、やっぱり夜だったんですね!
三上 夜でした!(笑)。最初は信じられなくて、何回も読み直して、スクショまで撮りました。次の日起きたら夢だった、なんてこともあるかもしれないと思って!
全員 あはははは!
三上 みなさんのお名前を見て、「わああ、ホープの方々ばかりだ!」と緊張もありつつ、「これはもう楽しまなきゃ!」と思って毎日楽しく稽古をしています。

自分の役も、誰かの役も、みんなが愛おしい
―それぞれのロロとの出会いや“あの夜”のエピソードが伺えました(笑)。個性豊かな配役についてもお話を聞いていけたらと思いますが、それぞれの役どころにはどんな印象をお持ちですか?
稲川 僕はシューマイ役を演じているのですが、彼の居場所を探しているような感じはすごくわかるなと思ったりします。僕も公演のお手伝いで1日だけ現場に行った時とかにどこにいたらいいか考えてしまって堂々と輪に入っていけないタイプなので、親近感を感じるというか…(笑)。場にスッと入って溶け込むのが上手な人っているじゃないですか。そういう意味では竹内さんが演じる将門はまさにそんなキャラクターですよね。
竹内 三浦さんにもお話したんですけど、僕にとっても将門は屈託のない太陽みたいな印象でした。将門は思ったことをすぐに口に出しちゃうんだけど、持ち前の明るさで計算なく人の輪に入っていけるところが魅力ですよね。そんな彼を素敵だなと感じていますし、僕自身も人が好きで、仲良くなりたい時は自分から行くタイプなのでシンパシーを覚える部分もありますね。
稲川 シューマイもそこに憧れているし、僕自身も竹内さんのそういう面が素敵だなって思うので役を通じて沢山喋れて嬉しいです。あと、シューマイは好きなことについて語る時はすごく饒舌になるんですけど、そこも自分と似ているなと思います。僕も会話の終わりどころがわからなくなったりするので(笑)。
小川 いつ高シリーズのキャラクターはみんなそれぞれ可愛くて、知れば知るほど大好きになりますよね。私の演じる朝は、名前は爽やかだけど鋭めのツッコミが多いというか、言いたいことをはっきりいうタイプ。そこは自分と近いかもしれません(笑)。でも、女の子が二人で盛り上がっている場に入っていけない繊細さもあって、そのギャップがまた愛おしいなと思います。

土本 私は白子を演じるのですが、今まさに役との距離を縮めている最中です。一人の時間を楽しむ術を知っている子で、それが自分にはない部分なので惹かれますね。あと、白子のように自分時間を過ごすのが上手な子って、クラスにもいたような気がしていて…。何を考えているかはわからないけど、なんだかずっと楽しそうだったかつてのクラスメイトを思い出したりもしますし、同時に「楽しそうに見えていただけで本当は人知れず悩みとかを抱えていたのかな」なんてことをふと考えたりもしています。
竹内 わかります。僕は「学校の先生になりたい!」と思っていたくらい学校という場所が好きなのですが、学校で過ごした時間を改めて振り返って、「あの時って実はこうだったのかな?」と考えることが増えたんですよね。そんな時間を経たからこそ、今、等身大の高校生を演じられることを貴重なことにも感じます。
端 私も瑠璃色という役をまだ完全に掴みきれてはいないのですが、「自由度が高い役柄なのかも」とも感じ始めていて…。なので、役に自分を寄せるのではなく、自分に役を寄せるようなアプローチを試みているところです。瑠璃色は一緒にいる人やその場によってキャラが変わるタイプじゃないかなと思っていて、そこに等身大の高校生のリアルが詰まっていると感じます。三上さん演じる茉莉といる時の姿にシンパシーを覚える部分もあるので、自分の高校時代や当時のクラスメイトの姿をミックスさせながら、実感のこもった高校生ができたらいいなと思っています。
三上 茉莉は真っ直ぐ好きなように生きていて、そんな自由さを瑠璃色がうまく受け止めたり、時には流したりしてくれるから、“茉莉らしさ”が成立しているんだろうな、とも感じます。そういったキャラクターの関係性も含めてすごくいいなって思うんですよね。最初は自分と役の年齢差に不安も感じていましたが、稽古を経るごとに気にならなくなって、今はとても楽しい! 小川さんが仰ったように、こうしてみなさんの話を聞いてますます全員を愛おしく思います。
小川 キャラクターの存在感が引き立つ瞬間がそれぞれにあるところが素敵ですよね。観る人の視点によって感情移入できる対象が違うということ。そういう意味で「主人公がいない」というところもいつ高シリーズの大きな魅力だと思います。

それぞれが思うロロの魅力、目指したい「ロロみ」とは?
―個性溢れるキャラクターを通じて、みなさんがこの作品をどんな風に大切に思っていらっしゃるかが伝わるエピソードの数々でした。実際に稽古を重ねていく中で改めて感じるロロの演劇ならではの魅力ややりがいはどんなところでしょうか?
小川 台本の冒頭に「ファンタジーでなければならない」という一文が書いてあるんですけど、私はその言葉がすごく好きなんですよね。いつ高シリーズって、高校時代のリアルな感触を思い出すと同時に「現実では起こり得ないこと」も散りばめられていると感じていて、そういった世界が成立する瞬間に演劇の力を感じたりもします。
稲川 すごく共感します。シューマイは毎日崎陽軒のシウマイ弁当を食べているんですけど、そんな人って自分の高校時代に実際にはいなかったんですよ。そこもファンタジーでありつつ、同時にどこかにいるような気がするという絶妙なバランスなんですよね。その塩梅はロロの作品全般に感じるいわゆる「ロロみ」で、ロロでしか摂取できない成分だなってすごく思うんです。中でも『いつだって窓際であたしたち』はその絶妙さが色濃く出ている作品だと感じるので、そんな「ロロみ」を伝えられるように頑張りたいと思います。

三上 そうですよね。まさにロロの演劇でしか成立できない美しい流れや風景がギュッと詰まった作品だと思います。今回、舞台装置も生き物のように動いていくんですけど、登場人物の頭や心の中で起きている動きが再現されているようでもあって…。そういう部分も含めて、演劇だからこそ味わえるファンタジーの世界が立ち上がっていくことに感動を覚えています。
土本 私も「あり得ない」と「あり得るかも」の境目が魅力的だと思いつつ、実際に演じてみると、そのファンタジーとリアルの塩梅が結構難しくて、一つの挑戦になりそうだなと感じています。改めて「ロロの方々はすごく難しいことをやられていたんだな」と思いますし、だからこそやりがいがあるとも思いますね。
端 やればやるほど挑戦しがいありますよね。私はどちらかというとリアルなシーンが多い役柄なので、だからこそ「もっとファンタジーの方に飛ばしていきたい」という気持ちがあるんですけど、ファンタジーのシーンが多い役柄の人は「リアルをどこに落とし込むか」ということに奮闘されている気がします。みんなで力を合わせていい塩梅に辿り着きたい!
土本 ロロの演劇には、俳優と観客の想像力で世界がぐわんって立ち上がって、鳥肌が立っちゃう瞬間がありますよね。それは客席で観ている時も、一人の俳優としてこうして稽古を重ねていても感じます。
稲川 僕はロロの演劇の始まり方も大好きで、毎回すごく感動しているんですけど、「今回は自分が感動した、あのロロの始まりの風景を担えるんだ!」と思って、冒頭の稽古をする度にグッときちゃうんですよ。
三上 わかります! そんな「ロロみ」を客席で観られないのがふと残念に思ってしまうくらい、グッときますよね。
小川 この作品はタイトルにもあるように“窓際のあたしたち”の話でもあるんですけど、「校庭や、もっと別の世界にいる、窓の向こうの人たちの姿も想像できたら成功なのかな」っていう話もしましたよね。それを俳優と観客で叶えるためには、まず外側の世界への想像を稽古場の中に現れさせなくてはならない。そのプロセスとして、今後の稽古で窓の外側にいる人たちのプロフィールをみんなで作る取り組みを予定していて、それもすごく楽しみだなって思います。
土本 そうですよね。「今そこにないものを信じること」が稽古場や劇場に集まったみんなで実現できる。それは演劇の大きな喜びだし、『いつだって窓際であたしたち』の稽古を通じて「この瞬間のために自分は演劇をやっているのかもしれないな」って改めて感じています。

インタビュー・文/丘田ミイ子
photo by Yuki Kikuchi