『チェーホフを待ちながら』|土田英生・山内圭哉インタビュー

写真左から)土田英生、山内圭哉

ロシアを代表する劇作家、アントン・チェーホフ。特に『かもめ』『三人姉妹』『桜の園』『ワーニャ伯父さん』という“四大戯曲”が名作として世界的に広く知られているが、実はこの作家自身が最も愛していたと言われるのが“ヴォードビル”と呼ばれる一幕劇だと言われる。その初期の作品から4作を選び、劇団MONOの主宰で劇作家・演出家で個性派俳優でもある土田英生が潤色、オムニバス・コメディともいえる形で上演することになった。出演には、山内圭哉、千葉雅子、金替康博、新谷真弓、武居卓、みのすけという、不条理・ナンセンスものにも手練れの役者が顔を揃えているところも心強く魅力的だ。意外なことに、この舞台が初顔合わせとなる土田と山内に、互いのこと、作品のこと、松本のことなど、たっぷり語ってもらった。

――まずは土田さんにお伺いします。この作品はMONOの劇団公演で2003年と2009年に上演されていますが、そもそもなぜチェーホフ作品を翻案、演出しようと思われたのか、そのきっかけというのは。
土田 僕自身、演劇のベースとなる教養が当時あまりなくて、って、今もないですけどね(笑)。それで一生懸命いろいろな作品を読むようにしていて、チェーホフでは『ワーニャ伯父さん』がすごく面白いなと思ったんですが、みなさんが言うほど自分には最初ハマらず。むしろ、なんでみんなあんなに、ありがたがってんのかなみたいな感覚だったんですよ。それによく「チェーホフは喜劇だ」っていろいろな人が言うじゃないですか。だけど、どう読んでも自分には喜劇に思えなくて。そんな時に偶然、チェーホフの一幕劇を読んでみたら、「これ、コントだ!」と思ったんです。それを読んだあとに、もう一度あの四大戯曲とかを考え直すと「あ、これも同じなんだな」と気づけた。つまり、人と人がズレている状態を目の前で見ると笑えるんだけど、引いて見るとちょっと悲しくなるんですよね。あ、そういうことなんだ、と思えるようになって。だから実はこの作品、2003年の初演時のタイトルは『チェーホフは笑いを教えてくれる』だったんです。
山内 へえー、そうやったんですか。
土田 まだその当時は若かったのに。なんかちょっと偉そうですよね(笑)。「おまえたち、適当にチェーホフは喜劇だとか言ってるけど、本当にわかってんのか?」と。
山内 「俺はわかったぞ」と(笑)。
土田 そうそう(笑)。それで、その時は京都だけの上演だったんですが。そのあと劇団の20周年記念で、僕らがふだんやっている、わりとまとまったストレートプレイとはちょっと雰囲気の違う作品をお祭り的にやろうかとなった時に、あれがあったねと思い出して再演したんです。その際、もうちょっとまとめたくなりまして、それで“ゴドー待ち”をベースに入れてみたわけです。
――その段階から、ゴドーのモチーフが入って来たんですか。
土田 そうなんです。それで『チェーホフを待ちながら』というタイトルに変えました。でもそれが2009年の話だから、ずいぶん前ですよね。正直に言うと怒られそうだけど、本当は自分自身ではこの作品のことはすっかり忘れていたんです。でも、ここ最近松本でワークショップをやらせていただいていて、まつもと市民芸術館のプロデュースで何か一本やりませんかという話になった時、プロデューサーから「だったら『チェーホフを待ちながら』がいいんじゃない?」と言われまして。「えっ、あの地味なやつをですか?」というところからスタートし、こういう企画になったという流れですね。
――では、再演した時の2009年版と今回のバージョンとでは、それほど変わっていないんですか?
土田 いや、でもあの時は男性ばかりの5人でやっていたので。
山内 そうか、劇団員で?
土田 そうです。だから、キャストに合わせて少し変えています。








――今回、このキャスティングにした狙いは。
土田 これ、横にいてちょっと言いにくいところもあるんですけど(笑)。僕は京都を拠点にずっと芝居をやりつつ、大阪でもちょこちょこいろんなことをやったりしていて。そうすると飲み屋とかで何度も山内くんに会ったりはしていたんですが、僕、きっと嫌われてると思っていたんです。
山内 えっ? そうなんや。
土田 うん。“ザ・なにわの面白い人”みたいに思っていたんだけど、僕はそうではなくて喋る時は喋るんですけど、飲み屋でもノリはあんまり良くないほうなんですね。だから、合わんと思ってんのやろなーってずっと思っていて。だけど同じ関西から東京にも出てきているわけですし、本当にあちこちに出演されているから折に触れてよく舞台に出られている姿も見かけるわけですよ。そして、どんどんすごい俳優になっていくわけですよ。そのうちに2回くらいかな、SNSでちょっとコメントを書き込んでくれたりもして。だから、そんなに嫌われているわけでもないのかなと思えるようにもなってきて。
――嫌われてたら、わざわざ書き込んだりはしてこないだろうと(笑)。
土田 そうそう。だから、いつかどこかでこれまでの関係を勝手に取り戻したいという想いを抱いていたんです。
山内 ハハハ! ああ、そうでしたか。
土田 で、今回思い切って声をかけてみたという感じです。僕もずっとご一緒したかったけど、たぶん嫌われているからと……。
――ちょっと遠慮していたんですか。
土田 それでいて、外では同じ関西出身だからと、みんなが「山内さんが~」って話していたりすると「ああ、圭哉くんね」なんて言ったりしていました(笑)。
――いかにも仲良しかのように(笑)。
土田 ちょっと昔からの仲でって顔をしながら「圭哉くん、この間あの舞台に出てたよね」とか。すみません、いないところで勝手に圭哉呼びを結構していました!
山内 いやいや、別に大丈夫ですよ(笑)。
土田 良かったです、バレる前に今日言うことができて。
――稽古に入る前に打ち明けられて良かったですね(笑)。
山内 僕は、大阪時代から土田さんのこと、わりと尊敬してましたよ。
――やはり、嫌ってなんかいなかったんですね(笑)。
山内 京都で活動されていましたし、当時の大阪の小劇場の中では、MONOの芝居は少し色が違うように見えていたというか。
土田 ちょっとツンとした感じだったんですよ、大阪の小劇場界の中では。
山内 僕がすごく好きだなーと思ったのは、MONOをやりながら、GOVERNMENT OF DOGS(1991年旗揚げのコントユニット)とかもやっていたんで「土田さん、カッコええな、ちゃんと毒も持ってはるな~」って思っていたんですよ。で、仲良かった後藤ひろひとさんともよく「土田さんってすごいよね」って話をしていました。東京でも、ずっと公演されているのは知っていたんで、なんか嬉しいじゃないですか。先輩のオモシロいお兄ちゃんが、東京でもちゃんと評価されてやり続けてると思うと。だから、僕もいつか一緒にやりたいなと思っていましたし、陰ながら応援もしてたんですよ。今回、やっと一緒にできるなと思って嬉しかったです。
――で、やっと一緒にできるのがこの『チェーホフを待ちながら』という作品だと聞いた時には、どう思われましたか。
山内 あ、そうなんや、こっちなんやと思いました。
――MONOの舞台ではなく。
土田 ちょっと違う路線ですからね。
山内 でも、チェーホフ作品は僕自身はちゃんとやったことはないんですが、新ロイヤル大衆舎でコロナ禍の影響で公演ができへんかった時に、7日間、毎日全然ちゃうやつを朗読でやろうということになって、その中で『ワーニャ伯父さん』をやったんです。あれは誰がやろうって言い出したんだったか、(長塚)圭史やったかな。俺は朗読やから別に適当に読んだらええやん、くらいに思ってたんだけど、あれ、7本全部めっちゃ稽古してたんですよ。それで戯曲の分析をする中で、「ははあ、オモロいなあ!」と思った部分が『ワーニャ伯父さん』はダントツにあって。
土田 面白いですよね、『ワーニャ伯父さん』は。
山内 確かに、チェーホフが喜劇を本人は書いてるつもりやって言うてた意味が、だんだんわかってくるんですよね。やっぱり人間ってアホなんやなぁ、とか。
土田 あれは、イタいおじさんの話ですから。
山内 で、そこからチェーホフに俄然興味が出て来たんです。KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんがずっとやっていらっしゃるのを観に行っていて、KERAさん、なんでチェーホフやんのやろなって思ってたんですけど、あ、そりゃKERAさんオモロいと思うはずやわって、自分が触れたことでどんどん納得がいって。だから、土田さんが過去にこれをやってたということを知って、「あ、そうなんや」と思いました。
――台本を読んでみて、感想としてはいかがでしたか。
山内 土田さんらしいな、と思いました。って、土田さんのことはそこまでわかってるわけじゃないですけど(笑)。いいなと思ったのは、どこかポップなところ。ともすれば、ゴドーもチェーホフも陰鬱なトーンの印象を持たれているじゃないですか。それなのにポップさがあるのが、すごくいいですよね。あと変な言い方ですけど、構造がちょっと懐かしいなとも思いました。昔、よく劇団でこういうコントオムニバスをやってたなとか思い出したりもしたので。
――短編作品の中でも、この『熊』と『煙草の害について』と『結婚申込』と『余儀なく悲劇役者』の4本を選んだというのは。
土田 いや、話にできるのがその4本だったということでして、他の作品はちょっと難しかったんです。この中でも『煙草の~』と『結婚申込』が特に面白かったし、自分のやりたい方向性にも似ている気がしました。『余儀なく~』は読むと面白いんですが、あれは演じるほうが大変なんです、セリフも長いですしね。実は今回、もう一度上演するにあたって別の作品に入れ替えられないかなとも思い、またいろいろ読み直したんですけど……なかったです(笑)。
山内 ハハハハ!
――山内さんは、その中で主に『煙草の~』と『熊』に出演されますが、特に『煙草の~』は一人芝居ですよね。この役を振られたことに対してはどんな想いがありますか。
山内 そうですね、役に関しては今回に限らずの話なんですけど、どんな役であろうと自分に来た役に文句言うのはやめとこうと思っていますので。
土田 偉いですねえ。『煙草の~』は出演者が一人なので、もう最初にこれは……圭哉くんにやってもらおうと思っていました。
――……今、一拍空きましたね(笑)。
土田 一拍空いちゃいました(笑)。いや、山内さんにやってもらおうと思いました!
山内 いやいや、そんなところで呼び方なんか気にしないでください(笑)。ああいう芝居を一人でやるのって、僕も何回か経験があるんですけど。どちらかというと、そういう役を振られがちで。
土田 それは、いかにもできそうだからですよ。
山内 あれは、独特の緊張感がありますね。
――どうやるかは稽古が始まってみないとわからないでしょうし、何しろ土田さんの演出を受けるのもこれが初めてですしね。
山内 もちろんですよ。でもね、普通に読んでオモロいから、これ以上の欲なんか出さんとこって思えた台本でした。だって、言うてること、みんなオモロいから。ゴドーの部分も含めて。
――本当に、コントのようなやりとりになっていますね。
山内 ですからことさらにオモロい顔とか、せんとこ、って思ってます(笑)。
――そして今回は、まつもと市民芸術館プロデュースということなので、松本という街への思い入れも少しお聞きしておきたいのですが。
山内 いやもう、ええとこですよ。ええとこ過ぎて、逆にちょっと居心地悪いくらい。だけど、文化度の高さがすごいですよね。最初に行った時に、劇場からホテルまで歩いて帰ったら途中に、なんかクラブっぽい場所が雑居ビルにあるのを見つけて、なんやろここ?と思って入ってみたんです。
土田 そういうところ、一人で行けるんやね。
山内 行っちゃいますね。そうしたら、ギャラリーとか、ライブやDJイベントとかもたまにやってます、みたいな場所で、バースぺースもあって、そこを20代か30代の子らが何人かでやっているらしくて。めっちゃええな、と思ったんです。そういうアカデミックな部分と、若い子らもアクティブで理想の場所は自分で作る、みたいな。昔もね、大砲っていうバンドが松本に居てたんですよ。ヘビーなバンドで、ライブハウスがないから自分たちで作っちゃったっていう話で。そこは、今はもうないと思いますけど。昔からそんなDIY的な話も聞いていたんで、そういう意味でも好きな街ですね。
土田 今せっかくサブカルな話をしてくれていたんですけど、僕の場合は本当にベタで、僕はもともと城好きな子供だったんですよ。
山内 ああ、松本城がありますからね。
土田 出身は愛知ですけど意外と松本は近いので、よう行ってたんです。で、蕎麦も好きで、松本城を眺めながら蕎麦を食べていたという、かなり渋い子供でした。
山内 ハハハハ! かわいいなあ(笑)。
土田 壁新聞みたいなのを作って“松本の蕎麦の食べ歩き”みたいな記事を発表したりしてました。
山内 すごいですねえ!
土田 だから昔から馴染みのある、好きな街なんです。他にもたとえば、バーテンダーで日本一になった人がいるバーとかもありますよね。なんかちょこちょこ、そういう人がいる街でもあるんですよ。僕の後輩とかにも東京から移住してきて、人を集めてサロンみたいなことをやったり、トークショーをやったり。そういうことやってる人が多いんですよね。
山内 下地があるから、そういうことも受け入れられやすい街なんでしょうね。酒もうまいですしね。
――ちなみに、関東ではKAAT神奈川芸術劇場ですね。
山内 KAATは、何しろ圭史が芸術監督をやっている劇場ですから。
土田 そうそうそう。
山内 KAATも、東京の方だとちょっと遠いってイメージがあるかもわかりませんけど、でも実際に行ってみると楽しい場所なんですよ。
――中華街も近いですしね(笑)。いざ行ってみると、そんなに言うほど遠くないですし。
土田 そうそう、遠くないです。みなさん、ぜひお越しください(笑)。
――最後にぜひ、お客様に向けてお誘いの言葉もいただければありがたいです。
山内 本当に、チェーホフの面白さとかゴドーの意味のなさとかが、すごくポップに客席にお届けできる公演だと思います。チェーホフにちょっと興味あるけど、つい敬遠してたみたいな人には特に楽しんでいただけるはずです。あとね、アンダー25チケット(松本)とかアンダー24チケット(神奈川)とか、若い人に優しい公演でもあります。もちろん、お年寄りも楽しめると思いますが、できれば若い方にも大勢来ていただきたい。いわゆるわかりやすいもの、ではないかもしれませんが。わかりやすくなくて面白いものを、もっと若い人に知ってほしいです。
土田 本当に素晴らしいキャストに集まっていただけたので、いろいろなものの境目がないものにしたいですね。今、……山内さんもおっしゃってくださいましたけど、って、またどう呼ぼうか迷いが入って間が空いちゃいましたが。
山内 ハハハハ!
土田 ストレートプレイとか、笑いとか、不条理とか、文学とか、そういうものにカテゴライズされない、普通に面白い作品を作れる環境が今回はあると思うので。ぜひ、それを目撃しに来ていただきたいなと思います!
取材・文/田中里津子
写真/ローチケ演劇部