“伝統と革新”をコンセプトにスタートしたJ-CULTURE FESTの公演、詩楽劇『八雲立つ』が、2025年12月29日より東京国際フォーラムにて上演される。本作は一年の穢れを払い、新しい一年を寿ぐことをテーマに、日本神話の世界を描いていくもの。2022年から23年にかけて初演され、今回も前回と同じく脚本を戸部和久、構成・演出を尾上菊之丞が務める。初演に引き続きスサノオを演じる尾上右近、今回新たに参加しニニギノミコトを演じる佐藤流司の2人は、どのように神話の世界に飛び込んでいくのか。話を聞いた。
――2022年から23年にかけての初演以来、再び上演されることになった本作ですが、ご出演にあたりどのようなお気持ちでいらっしゃいますか。
右近 初演のときは、また上演させていただけると思っていなかったので、こうして再びできることは素直にうれしいです。いろんな要素を詰め込んで作られた舞台でしたから一度きりではもったいないと感じていましたし、まだ尾上右近の需要があるということで(笑)、また求めていただけたことがありがたいですね。尾上菊之丞先生は過去にいろんな舞台を演出されていますが、このようなシリーズは初めてのタイプの作品かと思いますし、あらためてこの題材そのものの需要、舞台としての力を感じています。
佐藤 私はこのシリーズ自体が初参加。最初にお話をいただいたときから、世界観が独特なんだろうなと、想像していました。「詩楽劇」という言葉自体にあまり馴染みがなかったのですが、新しいジャンルに挑戦できることがうれしいです。神話がベースになっている作品って、どこか現実と地続きのようでありながら、普段だと触れられない部分を照らしてくれるような気がしますね。
――作品の魅力や世界観をどのように感じ取っているのでしょうか。
右近 この作品は、神々しさを描きながらも”神の実在感”を具現化していると思います。歌舞伎の要素が多いですが、神々を遠い存在としてではなく、どこか生々しいエネルギーを持った存在として描いていますね。海外から見ると、日本人って侘び寂び静的な印象が強いかもしれませんが、僕はむしろエネルギッシュで情熱的な民族だと思うんです。『八雲立つ』は、その魂の勢いを形にしたような舞台ですね。音楽など、五感で感じ取るような理屈じゃない要素も強い。装束の美しさもありますし、総合芸術的な力強さがあると思っています。
佐藤 最初にお祓いもしますし、舞台の面白さも観ることができますし、一度で二度おいしい作品ですよね(笑)。台本を読んで感じたのは、意外とコミカルな部分もあるということ。笑いどころがちゃんとある作品って、緩急が生まれるんですよね。観た人が「いい舞台を見たな」と心が温まるように、笑いのポイントも大切にしたいと思っています。全員、お祓いを受けてクリーンな状態でやらせていただけるので、ありがとうございます、という気持ちでいます。
――それぞれの役どころについて、どのような印象をお持ちでしょうか。
右近 スサノオを演じますが、まぁ暴れん坊ですね。でも、繊細な部分もある。それは人間でも多面性の機微がありますし、一方向だけではない存在感を感じられる部分だと思います。善悪などではないエネルギーの強さ、抑えきれない衝動を浴びせるようなところではないでしょうか。歌舞伎の荒事は”3歳の子どもが暴れまわっているように”やるものなんです。身体の表現だけでなく、歌や音楽との兼ね合いもありますので、できることをすべてやっている本格的な表現ができる役になっているのではないかと思いますね。
佐藤 私はニニギノミコトを演じますが、個人的にはあまり神様に対するイメージがないんです。前回の映像も、観た方がいいのか、それとも真っ新なところから入った方がいいのか、演出の方によって判断が違うので、まだ見ていないんですよ。まだどちらにしようか迷っています。もちろん、観て入ったとしても自分のモノにはしていきますけどね。
――神話を題材にした作品は、表現の難しさもあると思います。
右近 僕は音の力がとても大きいと思っています。和太鼓など低い音が持つ振動は、まさに神のエネルギーを体感させてくれる。それに身を委ねれば、自然と気持ちが高まっていくんです。特別な準備というより、音楽や空間に引き上げられて“神になる”感覚ですね。役を作るというより、音に導かれるように立つ。それがまさに、詩楽劇ならではの表現ですね。
佐藤 私はどちらかというと現実主義者で、存在が不確かなものを信じていないタイプ。でも今回は、神を演じる以上、自分の考え方から変えていかないと向き合えないと思いました。「証明できないものを信じる」というのは、自分の中でかなり大きなテーマです。自己暗示のように“信じる”状態に自分を持っていくことで、役が生きてくるのかなと思っています。
――配役については演出の菊之丞さんが、かなり意識して決められたとお聞きしています。菊之丞さんと、役や演出について何かお話をされましたでしょうか。
右近 聞いてしまうのも野暮なので…。ただ先生とはもう長いお付き合いなので、信頼関係のうえで、ニュアンスで成り立っている現場だと思います。「この方がいい」と言われたときに、説明ではなく感覚で共有できる。それは言葉ではなく、もはや空気で合わせていくようなやり取りです。先生が描くイメージを瞬発的に汲み取って、それに応える。そういう集中力の高い稽古が続きますね。
佐藤 岩長姫を袖にするような役ですが…なんで私にこの役が来たんでしょうね? よっぽど色男に見えたんでしょうか(笑)。私にとっては初めての現場なので、すべてが新鮮で知らないことばかり。台本の読み方から、稽古のスピード感まで、これまでの舞台とはまったく違います。瞬発的に集中力を上げて作りあげていくような印象です。でも、その瞬発的な感覚が僕はすごく好きですね。そうやって未知の領域に踏み込むことが、俳優としてとても刺激になります。短い期間の中でどこまでブラッシュアップして研ぎ澄ますことができるか、挑戦してみたいです。
――本作は衣裳も大きな見どころのひとつですね。
右近 前回もそうでしたが、井筒の衣裳は本当に美しい。今回、新たに作り直していただいているのですが、重厚でありながら動きやすく、実際に着てみると驚くほど軽やかなんです。歌舞伎では重さを跳ねのける気迫が必要なんですが、今回は装束そのものが表現を支えてくれる。装うだけで自然と姿勢が整い、気持ちが引き締まりますね。
佐藤 私は正直、重い、暑いって思いました(笑)
右近 そうなの? じゃあ僕は歌舞伎で感覚がズレているのかな(笑)
佐藤 でも重みのぶん、衣裳に込められた手仕事の凄みを感じましたね。過去にも和装のお芝居などの経験はありますが、だいぶ気合が入りますし、その緊張感が逆に神聖な気持ちを引き出してくれます。装束の力って、思っている以上に大きいですよね。
――お互いの印象についてお聞かせください。
右近 今日のお話を聞いていても、流司さんは現実的で根拠のあるものを信じるタイプですよね。対して僕は“根拠がなくても信じる”側なので(笑)、共演していると学ぶことが多いです。現実主義的なところがあるからこそ、俳優としての強さ、説得力を持っている。そういう姿勢を見ると、自分の感覚頼みな部分を、ちょっと反省してしまいます。
佐藤 いやいや…。私から見た右近さんは、本当に太陽みたいな方。力強くて、陽のエネルギーに満ちています。一緒に話しているだけでエネルギーをもらえるんです。自分の”気”も持って行かれるんじゃないかと思うくらい、力強い。それくらいエネルギッシュです。
――本作は日本の伝統に触れてもらうというテーマを含んだ企画です。お二人が考える「伝統を守る」ということは、どのようなことでしょうか。
右近 守ることって、義務では続かないと思うんです。「憧れ」があって初めて伝統は続いていく。魅力がなければ人は真似しようと思わないし、教えようとも思わない。伝統の根底にあるのは“魅力”であり、そこに惹かれる心だと思います。その魅力は、どんなことでもいいんですよ。危険性でもいいし、安心感でもいいし、迫力でもいい。理屈じゃなく、心で感じて継がれていくものなんですよね。理屈はあとからついてくるので。
佐藤 私も同じ気持ちです。日本の文化が好きなので、変えすぎずに残していきたい。たとえば昔話も時代に合わせて話が変わったりもしているけれど、そうやって変えすぎると、本来の意味が薄れてしまう気がします。もともと良いとされてきたものは、そのまま伝えていくことが大切だと思います。私は5歳から武道をやっているので、日本の文化にはずっと根付いていますし、今回の舞台も、年末にそうした想いを届けられる機会にできたらいいなと思っています。
――ちなみにお2人が”日本らしさ”を感じる瞬間はどんなときですか?
右近 言葉、単語の多さでしょうか。言葉って、自分の気持ちに一番近いものを選んでしゃべっているわけですよね。そういう時に、自分の気持ちに限りなく近い言葉が日本の言葉にある。その言葉と気持ちの距離感が好きなんですよ。そこが日本人ならでは、と勝手に感じています。歌舞伎のセリフでも、それをすごく感じます。歌舞伎という世界を日本人としてやらせてもらえていること、結局はそこに日本人でよかったな、と感じています。
佐藤 すごく些細なことではあるのですが、シンプルに今年の秋刀魚をポン酢で食べたとき。とても美味しかったですね。今年は特にすごく美味しいそうなので…。
右近 そうなんだ! 僕はまだ食べてないんだよ。まだ間に合うかな?
佐藤 まだまだ、間に合うと思いますよ。季節ものというか、旬のものは気になったら食べていますね。普段は冷奴ばかりですけど(笑)。ネギと生姜、あとはミョウガなんかを添えて食べています。でも一番好きなのは大葉ですね。やっぱり、日本っぽい食べ物が落ち着きます。日本食を食べた次の日は体も軽い感じがするんですよね。やっぱり、自分の体に合ってるんじゃないかと思います。
――最後に、公演を楽しみにしているみなさんにメッセージをお願いします。
佐藤 チケットが取りづらいという声も聞いていて、本当にたくさんの期待を感じています。
自分にとっても新しい経験の連続で、こういった経験ができる機会もそう多くないと感じているので、精いっぱい頑張っていきたいです。ぜひ、楽しみにしていてください。
右近 観に来てくださるお客さまは、限られた時間とお金を使って足を運んでくださいます。その時間が終わったあと、日常が少し豊かに感じられるような舞台にしたい。個人的には、1年の中で舞台に立ち続けた自分の在り方のようなところを見つめながら詰め込んでいけたら。年明けの正月にもきっと歌舞伎座に出ますので、その稽古中にこちらに出ていることになります。そんな生き様も、ご覧いただければ。年末と言う特別な季節に上演される作品ですから、自分にとっても特別な時間として挑みます!


取材・文:宮崎新之
