ヒラタオフィス+TAAC 『金魚の行方』 枝元萌×木村聖哉 インタビュー

写真左から)木村聖哉、枝元萌

脚本・演出を手がけるタカイアキフミと、公演ごとに集まった表現者たちが様々な人の「営み」を描くヒラタオフィス+TAAC。2025年11月に上演する『金魚の行方』は、ひきこもりの息子を自立支援団体に預けた母親を中心とした物語となっている。作・演出のタカイと、母親役の枝元萌、息子役の木村聖哉にインタビューを行った。

――タカイさんに、今回のテーマを選んだ理由やきっかけをお伺いしたいです

タカイ ひきこもりは今146万人いると言われていて、右肩上がりで増えています。家族間や街中での殺人事件を元にした小説やドラマも散見されますよね。そんな中、新たな角度から「ひきこもり」について考えたいと思い、「引き出し屋」という問題を知って取り上げました。

今回描きたいのは、“世間からは引き出し屋だと言われるけど、施設の人たちは信念を持ってやっている”というもの。それぞれの生きる現実とコミュニティがあり、どちらが正解というわけでもないと思いますが、正義を押し付け合う世の中になっているような気がしていて。それを今回の題材の中で描けるといいなと思っています。

――今までも「面白かった」で終わらず、考えさせる力がある作品を描かれていたと思います。今回の意気込みコメントにあった「物語の強さを意識する」ということについて、具体的に教えてください

タカイ 今までは人の営みや、どう生きていくかを描けたらそれでいいと思っていました。でも、いろいろな作品に触れる中で、最近はかなり緻密に展開をチームで話し合って作るのが主流になってきています。日々の営みを描き続けるのも一つですが、だんだん描きたいことを描けるようになってきた実感があるので、あえて自分が今まで意識していなかった「展開」や「お客さんがいかにワクワクドキドキできるか」を考えたつもりです。心が動く瞬間が続くといいなと思っていますね。

――枝元さん・木村さんが今回の題材や演じる役柄を知った時の率直な思いはいかがでしたか?

木村 「引き出し屋」というのは初めて聞いた言葉で、ひきこもりも僕にとって身近ではなくて。お手本にするものを見たことがなかったので、まずは難しそうという印象がありましたね。役については、ベースになる考え方や価値観が自分とは全然違うなと思いました。今までは「自分ならどうするだろう」と考えて芝居をしていましたが、それが通用しないです。ゼロから作り直す必要があると思い、すごく頑張って考えています。

枝元 私は、ドキュメンタリーで「引き出し屋」について結構見ていたんです。家庭によって事情も違っていて、ずっと「何が正解なんだろう」と思いながら見ていたタイミングでこのお話をいただいたので、やってみたいなと思いました。台本を読んだ印象としては、めっちゃ激しいお母さん。うちの母は、もちろん母性はあるけど、割と子育てにドライなタイプでした(笑)。だから、この台本のように、「子供のためならなんでもする」という感覚はどういうものなんだろうと…でも、宗教団体から子供を取り戻そうとする家族のドキュメンタリーを見たのを思い出して、息子のためなら死をも厭わない人なんだという印象を受けましたね。彼女の愛情を「モンスター」には見せたくない。自分の中の正義と母性で息子を守り抜く姿を表現できたらと思っています。

タカイ 枝元さんなら大丈夫です。やっていることは結構過激だけど、それ以上の包容力を感じられる母親になると思いますよ。

――演じるお二人から、本作の「母」と「息子」はどのように見えているんでしょうか

木村 共感できるところはあります。僕の母も結構過保護で、僕もその愛を愛として受け取らずにいたこともあるので。親子関係について、気付くのにはどうしても時間がかかる。作中ではまだ気付いていない状態と気付く瞬間が描かれていて、すごくリアルだと思います。

枝元 私は反抗期になったことがないので、反抗する子供の気持ちがわからなくて。でも、子供のことをずっと考えている・息子で人生が回っている母親なんだろうと思いました。

タカイ ずっと一緒にいたい気持ちはあるけど、息子のために離れなきゃいけないってことも理解はしてるんですよね。僕自身、母親と離れて15年くらいになりますが、子供の自立を理解しているし、でも帰ってくると嬉しそうにしているなって思います。親子って本当に不思議な関係だと思います。

――美術や演出の構想などもお伺いしたいです

タカイ 舞台美術はすごく大事にしているところです。今回は親子の自立や旅立ちがテーマだと思っていて、どちらかというと空間の情報を削いでいこうかと考えています。手前味噌ですが、物語として言葉がつぶだっている認識があるので、役者たちがただ存在してくれればいいかなと。余分なものを入れるよりは、役者たちがその空間で泳げるようにデザインしています。

――まだ稽古序盤ということですが、枝元さんと木村さんはお互いの印象いかがでしょう

枝元 すごくいいです! 初めてご一緒しますが、息子だと信じられる。冒頭あたりで、引き出し屋の人たちから「お母さん、息子さんに何か言ってあげてください」と言われ、「もうあんたとは一緒に住めへん」って言うシーンがあるんです。(木村に)扉のところに立ってもらったら、台本を読んだだけでは浮かび上がらない切なさや悲しみといった気持ちが湧いてきました。それを呼び起こしてくれる立ち姿で、この場を信じられた。息子として愛情を注げる人だと感じています。

木村 枝元さん自身すごく温かい人で、めちゃくちゃ優しいです。お母さんとしても役者さんとしても信頼してるし、お芝居、本当に素晴らしくて。晴自身がまだ定まってないんですが、お母さんとしていてくれるので安心しますし、早くその空間に一緒にいられるようになりたいと思わせてくれます。

――お二人がTAAC作品に感じる魅力を教えてください

枝元 間をすごく大事にされていると感じました。ヒリヒリする感じがあって、手放しで「わあ面白い」とかじゃない。なので、今回どうなるか。いい意味で今までとまた違うものになったらいいし、私は沈黙恐怖症だけど間を大事にしたいなと思います(笑)。

タカイ 元々は喋りたくて喋っているオカンだったかもしれないけど、今は息子の不在を覆い隠すように喋っているんですよね。そういう意味では間が効果的なのかなと思っています。

木村 全部の瞬間で人の気持ちは変わっていくものですが、それを明確に形にしないと演じきれない役は初めてです。TAAC作品からもそこは見えたし、タカイさんがすごく大事にされているのもわかる。僕の中では「THE・芝居」というか、喋らなくても心を交わせるのはすごいことだと感じます。挑戦したことがない芝居なので不安もありますが、やるからには絶対できるようになりたいと思っているので、自分の中で晴が完成した時が楽しみです。

――タカイさんからお二人に期待すること、お二人からタカイさんに聞きたいことはありますか?

タカイ お二人にというわけではないんですが、僕が書くセリフは言葉の裏に抱えているものの発露のようなところがあるので、あまりテンポよく言ってほしくないということですかね。本音が見え隠れしつつ当たり障りのないことを言うような。さっき話に出た「間」もあるけど、テンポ感の共有をしたいなと思っています。

枝元 ノート(※演出家が稽古を見て気付いたことや提案をまとめたメモのことで、稽古終了後、役者にノートを共有し、方向性や演じ方について提案します)の時に、タカイさんが表現をとてもまろやかにしてくれるんですが、掴みきれない部分がある。言語の調整をして、タカイさんが発している言葉の意味をきちんと理解したいです。でも、作品のセリフはスッと入ってきます。自分の中の言葉として受け入れやすいので気持ちいいです。 

木村 僕、多分逆です。タカイさんが言っていることはすごくわかるんですが、晴を掴みきれていない。これからたくさん聞くと思います。でも、最初にタカイさんとお話しさせていただいた時に、僕が諦めなければ絶対に諦めないと言ってくれたので安心しています。

枝元 みんな難しい役だよね。

タカイ 役者さんにわざわざセリフを覚えてもらって、コスパやタイパのよくない舞台を一緒にやるのに、難しくない役をわたすなんて失礼だと僕は思うんです。

枝元 なるほど!

タカイ 誰にでもできる役をやってもらっても意味がない。基本的に、新作を描くときはそれぞれの役者さんとじっくりお話をして、「この人にこんな役を演じてほしい」「こんなものを課したい」と決めます。やりがいのある役をちゃんと渡したいと思っています。

――TAAC作品を初めて見る方に向けたおすすめのポイントを教えてください

枝元 ちょっとしたボタンのかけ違いで収拾がつかなくなるほど拗れることってたくさんあると思います。「こういうことあるなあ」と楽しんでもらって、「自分ならどうするだろう」と考えるきっかけになれたら。難しい話じゃなく、一つの日常。傍観でもいいので、フラットな気持ちで見にきてください。

木村 まだ結末は分かりませんが、絶対前向きにはなれるんだろうなと。晴もお母さんも成長するだろうし、見て下さった人も、人生にとっていいものを得られると思います。

タカイ 演出などをやらせていただく中で、お客さんは馬鹿じゃないなと思っています。「これは伝わるのかな」と心配になることもあるけど、お客さんの想像力を信じたいし、今までちゃんと伝わってきました。あなたが今まで生きてきて、この作品に興味を持ってくれて、共に空間を過ごしていただけたら、何か共有できると信じています。いろいろなものを抱えている人たちが劇場を出た時、少しでも足取りが軽やかになったり、景色がやや鮮やかになったりする演劇体験をお届けしたいと思っています。

――TAAC作品が好きな方、楽しみにしている方に向けてもメッセージをお願いします

タカイ 僕の中では、今までで一番手応えのある脚本が書けました。それをカンパニーみんなで信じ合い、一つの頂に向けて本番まで登っていきたいと思っています。

枝元 タカイさんとみんなを信じてやるだけです。物語を楽しみにしていてください。

木村 TAAC作品に出演するのは初めてですが、空気感や雰囲気はわかったつもりです。そこに自分もいられるよう全力で頑張っていきますので、ぜひ見にきてください。

取材・文・撮影/吉田沙奈