撮影:田中亜紀
氷川きよしが座長を務める『氷川きよし特別公演』が、2026年1月に明治座にて幕を開ける。第一部は堤泰之が作・演出を手がけるオリジナルの時代劇、第二部は氷川の原点ともいえる演歌を中心に、新曲やロック、ポップスまで幅広い歌をお届けするコンサートステージとなっている。活動再開後初、3年半ぶりとなる座長公演を前に、氷川が語った“今”の思いとは――。
――3年半ぶりとなる座長公演ですが、率直な今のお気持ちをお聞かせください。
前回の座長公演では洋物の舞台に挑戦し、ドレスを着たり、おばあさんの役を演じたりと、ジャンルにとらわれず自由に、やってみたかった表現をさせていただきました。でも、今回はどうしても時代劇をやりたかったんです。20代の頃からずっと時代劇に出させていただいてきましたが、若い頃は正直、その良さがわからないまま演じていました。でも年齢を重ねるうちに、日本人の心や美意識、伝統の奥深さに強く惹かれるようになったんです。
――何かそう感じるようになったきっかけがあったんでしょうか。
お休みをいただいてアメリカで過ごしたとき、日本の奥ゆかしさや着物の華やかさに改めて気づきました。わずか2カ月ほどの滞在でしたが、外から日本を見たことで、「ああ、自分はこんなに日本が好きだったんだ」と実感したんです。今回の舞台では、そうした自分の感じた“日本の良さ”を作品に込めたいと思っています。

――第1部のお芝居は、氷川さんの楽曲「白雲の城」に着想を得た、戦国時代が舞台の人間ドラマだそうですね。
もともとこの歌には、愛する人を亡くした悲しみや、戦乱の中でも人を思う心が描かれています。物語の舞台も戦国時代で、争いの絶えない時代の中、どう生きるか、どう愛するかがテーマ。登場人物は誰もが苦しみを抱えながらも、人を恨まず、最期まで人としての誠を貫いています。そこには「白雲の城」に込められている『清らかさ』や『祈り』のようなものが重なっています。生きることの尊さ、そして死を通して伝えられる平和の意味。そうしたものをお芝居で表現したい。
戦の時代であっても、人の心は変わらないと思うんです。誰もが平和を願い、絆を求めて生きている。今の世の中って、つい誰かを批判したり、憎しみの連鎖に陥ったりしてしまうことがありますよね。でもそこに解決はない。お互いを寛容に受け入れることでこそ、平和は築ける。そんなメッセージを、物語を通して伝えたいんです。幅広い世代の方々に、笑って泣いて、最後には心が温かくなるような舞台をお届けします。
―― 休養から復帰された際の紅白歌合戦でも「白雲の城」を歌われていましたが、氷川さんにとってはどのような楽曲なのでしょうか。
楽曲をいただいて、初めて歌ったときには、そこまで深い意味を理解できていなかったように思います。まだ若くて、時代劇の世界観の曲、という認識でした。でも、年齢を重ねていくうちに、歌詞に込められた命の尊さ、人を想う気持ちが、どれだけ深いものなのかを理解できるようになってきました。今は、ひと言一言の意味を大切に歌っています。
復帰の際の紅白歌合戦で歌う楽曲は、どうしても「白雲の城」がいい、と思ったんです。当時は、世の中も少し暗い雰囲気があって、この曲が持っている愛の大切さを伝えたいという気持ちが強くありました。心から届けたいと思った曲を歌えてよかったです。おかげさまで、あの紅白は自分にとって、とても大きな節目になりました。
―― 演じられる今回の役柄については、どんな印象を持たれましたか。
まだ稽古前の段階ですが、主人公は命を懸けて戦う人物です。 “なぜ命を懸けたのか”という意味をきちんと描きたい。主人公が迎える結末については、僕自身の希望を叶えてもらっています。悪人をやっつけて見得を切って終わるようなこれまで演じてきた役とは違う形で、どうしても今回の作品のように物語を終えてみたかった。誰かのために生き抜くこと、その尊さをこの役で丁寧に表現したいです。
若い頃はセリフが入らなくて高熱を出したことも(笑)。でも今は、役をしっかり理解しながら演じたい。主人公が何を伝えたいのか、自分の中で腑に落ちるまで台本を読み込みたいと思っています。人より何倍も時間がかかるタイプだからこそ、努力でカバーして臨みたいですね。

―― 島崎和歌子さんや中島唱子さんなど、豪華な共演陣となっていますね。
島崎さんとは20年来の友人で、とっても明るくてパワフルで、まっすぐな人です。今回の役を聞いたとき、「これは和歌ちゃんしかいない」と思って、お願いしました。中島唱子さんはニューヨーク在住で、久しぶりの舞台出演を快く引き受けてくださいました。以前から大好きな方で、ミュージカルなどでも、表現力がとっても素晴らしくて。どうしてもお芝居して欲しくて、お声掛けしたんです。お二人とも長年の憧れで、共演できることが本当にうれしいです。そのほかの出演者の方々とは初めての顔合わせが多いので、稽古場での交流が楽しみ。人見知りな性格ですが、作品を通して心を通わせていきたいです。
――これまでたくさんの役柄を演じてこられましたが、氷川さんにとってお芝居とはどのようなものですか。
芝居の世界では“好青年”とか“真っすぐな若侍”みたいな役をいただくことが多いんですけど、実際の自分はそんなに立派じゃなくて(笑)。やっぱり芯を強く持たないと芸の世界で長く続けられないし、自分の中には我の強い部分もあれば、弱さや迷いもある。そういう、人間らしい部分がたくさんあるんです。でも、芝居ってそういう“自分の中の光と影”を表現できる場所なんですよね。歌だと、それを3〜4分の中で感情を凝縮しなきゃいけないけど、お芝居ではその裏側や揺れ動きまで描くことができる。お芝居を通して“人間とは何か”を学んでいる気がします。私は完璧じゃないけれど、不器用なりに誠実に生きていたいと思っているので、そういう部分を役柄の中から届けられたらうれしいです。
――第二部のコンサートはどのようなステージになりそうでしょうか。
今回は美空ひばりさんの曲を歌わせていただきたいと考えています。ひばりさんが亡くなられてから来年で37年。小学生の頃、テレビで見たひばりさんの姿を今でも鮮明に覚えています。ひばりさんは昭和・平成・令和と時代を超えて歌い継がれる、日本の歌姫。その人生のストーリーを、歌で体現された方でした。劇場ならではの空気感の中で、ひばりさんの名曲を歌わせていただきます。80代、90代の方にも懐かしさを感じていただけると思いますし、もちろん、自分のオリジナル曲もたっぷりとお届けして、世代を超えて楽しめるステージにしたいと思っています。
――美空ひばりさんのどんなところに、特に惹かれますか。
ひばりさんの歌には、魂がありますよね。一つひとつの言葉に生き方が宿っていて、聴く人の心を動かす。その表現力と存在感は、やはり唯一無二です。自分が今こうしてステージに立てるのも、ひばりさんのような先輩方が道を切り開いてくださったからこそ。このコンサートでは、その魂を受け継ぎながら、自分なりの表現で歌を届けたいです。
――今の氷川さんにとって、歌うことはどんな意味を持っていますか。
休養を経て改めて感じたのは、歌うことは“祈り”なんだということ。歌は人の心を癒したり、励ましたりする力がある。だからこそ、今は一曲一曲を丁寧に歌いたいです。テクニックではなく、心で伝えることをいちばん大切にしています。ステージでは、観てくださる方の人生と自分の歌がどこかで重なって、光が生まれる瞬間がある。その時間を共有できることが、私にとっていちばんの喜びです。

――休養期間はどのように過ごされていたのでしょう。
最初は何も予定がない状態で、とにかく「一度立ち止まりたい」と思っていました。22歳でデビューしてからずっと走り続けてきたので、心も体も限界だったんです。アメリカに滞在して、フロリダやラスベガスでショーを観たり、ジャズの巨匠ハービー・ハンコックさんとお会いしたりしました。ハンコックさんから「どんな形であっても心は変わらない。誠実に生きていけば、人は必ず分かってくれる」と言われ、その言葉が今も支えになっています。
――異国で過ごす時間は、やはり大きな転機になりましたか。
そうですね。アメリカでは毎日自炊して、朝ごはんを作って、海を見ながら詩を書きました。1週間ほどしてホームシックになり、涙が止まらなくなったこともありました。でもそのときに書いた詩が、今度のアルバムに収録される曲につながったんです。苦しい思いを言葉にすることで、心が救われました。芸術って、楽しいときよりも苦しいときにこそ生まれるものなんですよね。あの時間があったからこそ、今の自分があります。
――復帰にあたって、気持ちの変化はありましたか。
やっと自分の人生を自分で責任を持って選び、表現していく年齢になったと思います。長く続けることの大切さ、諦めないことの尊さを、若い人たちにも伝えたい。何年経っても、そこから新しいスタートを切ることはできるんだと。今は実感しています。
――公演に向けて、欠かせないルーティンはありますか。
発声練習ですね。舌の根を緩めて、口がしっかり回るようにします。芝居のセリフは“しゃべり”になってはいけない。心で語らないと伝わらない。だから毎朝、30分ほど声を出して調整しています。体のケアも大切で、鍼やマッサージをきちんと受けて、朝は必ずお風呂に入って体を温めます。そうすることで、心も整う気がしています。
――お忙しい日々の中で、どんなときにリフレッシュされますか。
都会を離れて、自然のある場所に行くのが好きです。八街や那須高原など、人が少ない田舎町を一人で歩くと心が落ち着きますね。子どもの頃、福岡の祖父母の家の近くの川や雑木林で遊んでいた記憶がよみがえりますし、今でもトンボやカエルを見ると話しかけたくなる(笑)。人と関わることが多い仕事だからこそ、誰にも会わずに自然の中に身を置く時間が、エネルギーの源になっています。
――2025年を振り返って、どんな一年でしたか。
氷川 自分にとって“ホップ”の年でした。明治座公演から始まる来年が“ステップ”、そして50歳を迎えるころが“ジャンプ”になるのかな。やっと新しいスタートラインに立てた感覚があります。人としてもまだまだ未完成ですが、一つひとつの言葉を丁寧に、お伝えしていきたいと思っています。
――最後に、公演を楽しみにしている皆さんへメッセージをお願いします。
40代、50代、60代――子育てがひと段落した世代の方たちにも、「自分もまだまだ輝ける」と感じてもらえるような舞台にしたい。そして、70代、80代の親世代の方たちには、コロナ禍を経て久しぶりに“生のエンターテインメント”を楽しんでもらいたい。舞台は、現実から少し離れて心を解き放つ場所です。「明日も頑張ろう」と思ってもらえるような時間を、皆さんと共有したいですね。

取材・文:宮崎新之
