明治後期から昭和初期にかけて独自の文学世界を築いた泉鏡花。その文豪が明治32年(1899年)に発表した長編小説「黒百合」が、120年余の歳月を超え、2026年2月に初めて舞台化される。冒険譚であり恋愛譚であり、泉鏡花ならではの幻想世界が幾重にも重なり合う多面的な物語は、令和のいま、どのような姿で立ち上がるのかーー。この注目作に挑む俳優・岡本夏美と白石隼也の二人に話を聞いた。
まとまりのある群像劇に仕上がっていた
ーーはじめに、脚本を読まれた感想を聞かせてください。
白石 僕は原作を先に読みまして、これって新聞の連載(※1899年/読売新聞)だったとか。
岡本 はい、そうですね。
白石 色々な人物が登場する群像劇で、中盤や終盤に、……どういう言い方が適切か分からないけれど、伏線の回収がはっきり明示されないような展開も多くて。これを戯曲にするのは大変だと想像していたら、後日渡された脚本を読んでびっくり。原作では描かれていなかった部分を回収していて、戯曲としてまとまりのある群像劇に仕上がっていた。完成度がすごい。
岡本 私の祖母は熱心な読書家で、泉鏡花の作品を何作も読んでいるのですが、祖母の話を聞く限り、観念的で明確に捉えづらいお話も多いらしくて。
白石 うんうん。
岡本 先にそのイメージを聞いていたので、脚本を初めて読んだ時の感想は「ものすごくクリアーだ!」と(感じました)。
白石 (頷く)。
岡本 それと、ここまで現代的に描けることもすごいですよね。
白石 人々が自由を勝ち得て成り上がれる時代になってきた、という意味で、明治後期の人々と現代人はさほど変わらないのかも。それに加えて、普遍性のある物語という点も。
岡本 はい。人々の関わり方、心の葛藤などは現代人に通ずる。
白石 近いですよね。この作品同様、我々だって自由恋愛をしている訳ですし。
お客さまが最も感情移入できる人物かも
ーーお二人が演じる役どころについて、現時点でどのような印象がありますか?
岡本 私が演じる「雪」は、お客さまが最も感情移入できる人物かも。
白石 色々と揺さぶられる役だものね。
岡本 そうなんです。
白石 僕が演じる「拓(ひらく)」は盲人で、劇中で最も大きな障壁を抱えているキャラクター。僕もこれまでの人生で色々な障壁にぶつかってきたので、多く共感する部分があります。ただ、終盤に向けて幻想的な物語になっていくので、脚本を読むだけではなかなか想像できないこともあり…。
岡本 ふふふ、本当にそう。
白石 分かります?
岡本 脚本を読みながら、山だったり、岩だったり、頭の中で勝手に映像化するけれど、正直に言うと「…こんな舞台観たことない!!」という映像になっちゃう。
白石 ト書き(※台詞以外で状況を示す文)も多めですし。
岡本 しかも繊細ですよね。細部に渡って書いてくださり。
白石 雪は難しい役で、三角関係というか、二人の男性に惹かれていく。
岡本 人間の二面性というか、対になるような存在じゃないですか。雪が何を選ぶのか。何を選ばないか、あるいは選べないか。そこは私が面白いと感じる部分ですし、楽しみです。
白石 雪は「絶世の美女」と書いてありますね。
岡本 書いてありますね〜、どうしましょう?(笑)。この役があるので、今年の夏は日焼けできないと思って。
白石 確かに。
岡本 夏場は大分家に閉じこもっていました。
白石 すごい、夏から役作り。
岡本 はい。雪なのに日焼けしていたらイヤじゃないですか。
悩みや葛藤を抱える様子に胸がギュッとなりました
白石 他の作品を読んでも感じることですが、泉鏡花の作品は女性をすごく美しいものとして描いていて、美に対する憧れが強い作家だと感じます。僕も「最終的に女性には敵わない」と考えている人間で、鏡花の描く女性像に共感できるし、良いなと思ってしまう。雪もすごく魅力的に感じますが、女性から見て「男性が描く女性像」についてどう思います?
岡本 そうですねぇ…。泉鏡花は恋愛が好きなのだろうなぁ、と。
白石 うんうん。
岡本 人生の中で恋愛に重きをおいてきたことが伝わってきて。現代の言葉で言うのなら、シンプルに「こんなにモテてすごいな〜」と思います。私は拓さんに一番共感したというか、一人の若者として、男性として、悩みや葛藤を抱える様子に胸がギュッとなりました。私がこの作品から感じるのは「誰かを知ることで自分を知る」こと。私はこれまで、私自身を見て自分を知ろうとしたり、誰かに言われたことから自分を知ろうとしたことが多かったけれど、拓のように、誰かを知ることで自分を知り、自分との差異から葛藤が生まれる様子を見て、すごく納得しました。なので、拓の目線で台本を読んでいた一面もあります。素晴らしいキャラクターですよね、拓って。
白石 プレッシャーもありますよ、すごく。
岡本 共演が本当に楽しみです。
再演、再々演と上演機会を得る作品じゃないかな?
ーー原作小説や脚本から感じる「今作の魅力」についてどう思われますか?
白石 この「黒百合」という花は、物語において、お金であり、権力であり…。
岡本 名誉であり…。
白石 そうそう。そういう複数の意味があって、それらをまとめた象徴が黒百合で、庶民から貴族まで同じひとつのものを求める。それがものすごく面白い構図になっています。
岡本 そうですね。
白石 我々が生きているのは、自身の夢や希望を、頑張って見出さないといけないような時代で、だからこそ「自分がいま、何が欲しいか分からない」という人がとても多いと感じています。当時は幻の花と呼ばれた、実体の見えないものを掴みにいく物語に、多くの若者たちが登場して、それぞれが葛藤しながら黒百合を追い求める。堅苦しい文学作品と思わず、楽しい演劇体験を求めてフラットに観に来てください。きっと共感できるシーンが沢山あります。
岡本 その黒百合の中心に三角関係…、三角と言わず、もっと多く人々の繋がりがあり、色々な形で関わり合っていく。私はその様が大好きです。群像劇の面白さ、人々が交わり合いながら進んでいく物語。そして、ト書きに書かれている部分は、映像や美術、照明などで肉付いていくでしょうから、それらも面白い要素のひとつだと考えています。文字で読むより鮮やかな作品、舞台ならではの表現になっていくんじゃないのかな。
白石 それと、やっぱり希望があるよね。すごく暗いお話を連想するかもしれないけれど、むしろ希望に満ちた作品。
岡本 登場人物たちが、葛藤しながらしっかり選択するので、そこが希望に繋がっていくのかも。
白石 人間の嫌な部分、情けない部分を描いていて、「人間なんて、世の中なんて…」と塞ぎ込む展開にもできるし、そちらへ流れ出す瞬間も沢山あるけれど、その中に必ず希望があるんですよ。
岡本 そう思います。希望を見つけようとする群像劇。
白石 今回が初の舞台化ですけれど、これから再演、再々演と上演機会を得る作品じゃないかな?
岡本 逆に「何故これまで舞台化されなかったの?」と思っちゃう。
白石 それは原作を読めば分かる気がする。かなり難しい。
岡本 (笑)。脚本の藤本(有紀)さんが素晴らしいですよね。
白石 はい。藤本さんが素晴らしい脚本を書いてくださり、その初演なので、ぜひ観に来てください。
岡本 ここまでストレスフリーに泉鏡花の作品を世にお届けできることは奇跡に近いかも。本当にストレスフリーでご覧いただける舞台だと思っています。
自分も勇気をもらえる時間になりそう
ーー最後に、上演へ向けた意気込みをお願いします。
岡本 雪は女性として尊敬する部分を多く持ち合わせていて、私自身が、誰かのため、大きな愛のために、純粋無垢な気持ちで自分の運命を選択できるか? と想像すると、今の私はそう言える自信がありません。でも、雪を演じることで、自分も勇気をもらえる時間になりそう…と感じているので、とにかく楽しみながら演じられたらと考えています。それから、拓さんとの関係性がとても強い役なので、舞台上で拓さんとお会いできることを楽しみにしています。
白石 まず、冬場から稽古が始まるので、何より体調に気をつけたいという意識があります。全員健康で、無事千秋楽を迎えられるように。
岡本 年末から稽古が始まりますし、そうですよね。
白石 稽古期間も長く設定されていて、たっぷり稽古ができる。
岡本 有難いです。
白石 本当にそう。こういう環境でやれて、これだけ素晴らしい脚本があるので、僕ら俳優が更にそれを超えないといけない。そのプレッシャーは大きいですが、演出の杉原(邦生)さんを信じて、全員一丸となって頑張ります。
インタビュー・文/園田喬し
