画餅/RICE CAKE OF THE PICTURE『はじめまして。物語』稽古場レポート

2026.03.24

3月27日(金)からユーロライブにて、画餅/RICE CAKE OF THE PICTUREシリーズ 『はじめまして。物語』が開幕する。画餅は、テニスコートの神谷圭介が2022年に立ち上げ、作・演出を手がけるソロプロジェクト。本公演の盛り上がりもさることながら、昨年は石山蓮華とともに短編公演『偏愛』を上演するなど、新企画でも注目を集めた。
今回はさらに新たな試みとして、RICE CAKE OF THE PICTUREと銘打ち、ワークショップを通じて知り合った俳優陣と共に、新たな上演の在り方と表現の可能性を探る。
キャストは、荒威ばる、石井博物館、喜多田悠、志賀耕太郎、はましゃか、古堅元貴、真織の7名。舞台に映像、お笑いに声優とそれぞれ多彩な活躍を見せるジャンルレスな顔ぶれが揃った。“はじめまして”の俳優陣とともに紐解く、いくつかの“はじまり”の物語。
本記事では、そんな“はじめて”尽くしの稽古場の様子をレポートする。

※本記事は、一部作品のあらすじやネタバレを含みます。

『はじめまして。物語』は、数分前に“はじめて”会った千夏と真子の会話から始まる。真子の部屋を訪れた千夏は、「何か話題はないものか」とあたりを見回し、あるぬいぐるみの存在に気づく。その名も「ワカルン」。真子が幼い頃に放送されていた教育番組のマスコットキャラクターらしい。そして、この「ワカルン」こそが、俳優陣とともにいくつもの“はじまり”の物語たちへと誘う、8人目のナビゲーターでもあるのだ。

「今回の作品は、80年代前半ごろに放送されていた、とある番組から着想を得ました。『まんが はじめて物語』という番組です。 お姉さんとマスコットキャラクターが時空をさかのぼり、物事の「はじめて」を見にいく、子ども向けの教育番組です」
そんな神谷のコメント通り、劇中では7人の俳優らがあらゆる物事の発祥や起源を辿るのだが、そこはやはり画餅である。神谷の持ち前のユーモアセンス、日常生活や人物へのニッチな眼差しに裏打ちされた、想像を越えた「はじめて」との「はじめまして」にあれよあれよと取り込まれていく。

何かがはじまるとき、そこで何が起き、あるいは何が起きてなかったのか。そんな哲学的ですらある、あらゆる出来事や事象の原初的な問いかけに神谷ならではの皮肉や風刺、そして、それらをアクチュアルな可笑しみとして立ち上げる俳優陣(とワカルン)が全身で応答する。チャプターは全部で8つだが、独立した短編ではなく、それぞれが互いにどこかしらで手をつなぎ合っている連作のような手触り。その接着面が見え隠れするのもまた見どころである。

この日の稽古では、2つのシーンが重点的に繰り返された。一つは、厳粛な会議の場で、最も立場のある人間が最も予期せぬ告白をするシーン。もう一つは、村人たちが円になり、口々に噂話を重ねていくシーンである。両シーンともに俳優間の掛け合い、そのグルーヴ感がキーとなるシーンであるが、神谷の綿密な演出をもとに、キャストが各々のアプローチを以てその空気感を前のめりに醸成していく様がとてもプレイフルだった。

会議で最も真っ当な意見を最も適切な温度で言っているはずなのに、なぜかそれが全然届かない男。そんな可哀想な状況をリアリティたっぷりに表現するのは、芸人や音楽家としても活動する石井博物館。不当な目に遭っている時特有の「行き場のなさ」を、ハケる瞬間まで微調整する姿が印象的だった。去り際にこそ人が出る。思わず、そんなことを感じた一幕であった。

「ラジオをきっかけに画餅を知り、配信を見た瞬間から『画餅に出たい』と思い続けてきた」。自身のnoteにそんな画餅との“はじめまして”エピソードを切々と綴った古堅元貴。そんな古堅は、懐の広い役人から下世話な村人までを演じる。器の大きさと小ささ、狂気と正気を往来しながら、その人間の持ち味を色彩豊かな声色と躍動する心身で体現する。その様は、見ているこちらもとてもワクワクするものだった。

はましゃかは、時折首を傾げたり、腕を組んだり、少し視線を斜め下に逸らしたり…。セリフを発している時のみならず、相手の話を聞いている時の所作や仕草からも感情表現の豊かさが伝わってくる。「身振り」というものがいかに心情と連動しているか、そして、それでいて時に言葉よりも饒舌であるかを知らされるようだった。

声優として活躍する喜多田悠は、なんと、本作が舞台初出演らしい。たちまち目が離せぬ存在感、感情の抑揚やスピードの緩急を繊細に表現した声色もさることながら、それに呼応して豊かに変幻する表情も見ていてとても楽しい。渋い美声だけに、ふざけたセリフとのギャップもまた見どころ(聞きどころ)である。

同じ輪にいたはずが、ふとコミュニティから逸れていく、あるいは押し出されていく。そんな人物を200%の素直さと無邪気さで体現するのが、志賀耕太郎である。「洞窟に綺麗な石があるらしい!」。このセリフがここまで似合う俳優は他にいないのでは?! そう思わせてしまう志賀の純然たる直向きさ、そして、それを見込んでこのセリフを志賀に宛てた神谷のセンスにも脱帽である。ここだけ聞くとなんのことやらかもしれないが、本編を見たらきっと腑に落ちるはず。ぜひ注目してほしい。

そんな一癖も二癖もあるキャラクターたちの様子を、俯瞰して見つめるのが、ワカルンの相棒のお姉さんを演じる真織である。明るく愛らしい存在感でありながら、本作に点滅する鋭いパンチラインをしっかりとものにし、はじまりの物語におけるガイドとして、また冒険の当事者として、事態の可笑しみ、人々の滑稽さを鮮やかに縁取っていく。

そして、ワカルンを演じるのは荒威ばる。この日の稽古で出演シーンを見ることは叶わなかったが、私と同じくキャストにその名を見つけた時から観劇が楽しみになった人も多いのではないだろうか。これまでも、劇団かもめんたるや地蔵中毒、『松尾スズキと30分強の女優』の出演などで存在感を放ってきた荒威。初参加となる画餅で、どんなキャラ変ぶりを見せてくれるのかがとても待ち遠しい。

そして、そんな、それぞれ異なるバックグラウンドと個性を持つ俳優陣の魅力を輝かせる、今日も今日とて鮮やかな神谷の演出力。「はじめまして」だからこそ切り拓ける方法と、「はじめて」だからこそ立ち上がる物語。どちらもが相乗効果で高まっていく。
「ここ、正論が負ける瞬間です!」
「正しい人を包み込むように追い込んでみましょう」
神谷らしいユーモア溢れる伝え方によって、稽古場は、創作の強度は笑いとともにどんどん確かなものになっていく。作品の全体像をイメージしつつ、言葉のトーンやテンポ、動きのニュアンスを細やかに紐解きながら、シーンの温度や明度や彩度を調整していくこと。そして、それらに俳優がそれぞれの実感で応答し、より自由に言葉や身体を解放していくこと。短いながらも、そんな濃密なコミュニケーションが詰まった稽古時間だった。

過去のインタビューで、画餅の名前の由来を神谷に聞いたことがある。「絵に描いた餅」は「どんな上手な餅の絵も食べられないこと」が転じて「何の役にも立たないもの」という一見ネガティブな意味を持つ言葉だが、神谷の視点は真逆だった。
「むしろ食べたくて絵にまで描くってすごいことじゃないか、そこまで思い焦がれて描いた絵なら実物の餅が手に入るより豊かなことなんじゃないか」。
本作の試みにも、神谷のそんな指針は色濃く通底しているのではないだろうか。そして、世間で「美味しそう」とされている餅を描くよりも、時に餡を乗せたり、砂糖や醤油をまぶしたりして、より自らが「今、食べたい」餅を描こうとする。画餅の作品には、画餅/RICE CAKE OF THE PICTUREシリーズには、そんな貪欲で実直なクリエイティヴが光っている気がするのだ。

神谷がふと言った、こんな言葉もまた印象に残っている。
「僕がやっていることが演劇かどうかはわからないですけど、稽古やクリエーションや公演がしんどいものだという呪いにはかかってほしくないんです。しんどいより楽しい。そう思える文化祭にしたいですね」

これが「演劇」で、あれが「お笑い」であるとか、この人は「俳優」で、あの人は「声優」であるとか、定義や枠で何かや誰かをとらえるのではなく、ただ、面白い瞬間をともに積み上げていくこと。その重なりによって、いつの間にか演劇的な瞬間や、笑いやときめきが運ばれてくるということ。画餅の稽古場で、私はそんな実感を手にする。それは、たしかに何かの科目の授業やホームルームいうよりは、俄然、放課後の手触りだ。クラスも学年も部活も違う仲間とも遊べる、自由で楽しくクリエイティヴな時間。言うまでもなく、文化祭は往々にしてそうして作られる。

稽古の終盤、噂(うわさ)を巡るシーンで俳優たちが小さな輪になってセリフを言い合っていたところを、神谷が「もっと大きな輪でやってみましょうか」と言った。
その一言によって、俳優の表現力はより広がりを持ち、シーンはいっそうダイナミックなものになった。大きくなった円周、その内外で起きた変化は、その瞬間ばかりは、それこそ原初的な意味合いで「演劇」の「はじまり」そのもののようだった。
そうして円環を辿るかのように再びタイトルに辿り着く。『はじめまして。物語』。当然ながら笑いあり、さらには歴史あり、SFあり、不条理あり、AIも愛もあり、しかし前例はなし! 本作は、ボーダレスかつクリエイティヴであり続ける画餅が、神谷圭介が、今、目の前の俳優と一番やりたいことをギュッと凝縮した、映像配信も封印の3日限りの公演である。“はじまり”の季節を前に、“はじめまして”の物語を。とりわけこの3月の3日間は放課後の如く、とても短い。

取材・文/丘田ミイ子