ミステリーの女王として名高い作家アガサ・クリスティによる戯曲を、片岡鶴太郎と鈴木拡樹のW主演で上演する舞台「ブラック・コーヒー」が、2026年4月に大阪・東京にて上演される。稽古も佳境を迎えた3月某日、都内にて稽古場取材会が行われた。
本作はクリスティの直筆脚本の中では唯一、名探偵エルキュール・ポアロが登場し、彼女が初めて舞台戯曲を手掛けたという推理劇。芸人や俳優のみならず画家、プロボクサー、ヨーギーといった多彩な活躍を続ける片岡がポアロに扮し、ポアロの友人で良き相棒のアーサー・ヘイスティングスを鈴木が演じていく。演出は野坂実が手掛ける。


物語の舞台は1930年代の英国。科学者のクロード・エイモリー卿が家族の前で「機密が盗まれた」と告げた直後に、毒殺される。現場に居合わせたポアロとヘイスティングスがその真相に迫っていくが、容疑者となるのは家族全員。真っ暗な邸宅に残されていたのは、空っぽの封筒――。推理が進められるごとに、家族の秘密が次々と暴かれていく。
公開された稽古は、エイモリー卿が亡くなり警察が邸宅に到着し、これからポアロによって謎解きが始まっていく――、という場面。舞台上には、クラシカルな革張りのソファとテーブルが中央に配置され、丸テーブルと2脚の椅子、電話などが置かれている。


豪胆な大声が印象的なジャップ警部はポアロ(片岡鶴太郎)と旧知の仲のようで、親し気にあいさつする。警部によると、毒薬はコーヒーに混入されたので間違いはなさそうだと予想。部屋を離れ、聞き込みに向かおうとする警部らを、ポアロが案内すると告げる。ヘイスティングス(鈴木拡樹)も一緒に、と警部は話しかけるが、ポアロは「ヘイスティングスはこの部屋に残りたいはず」と意味ありげに話し、ヘイスティングスは1人、部屋に留まるが――。
少しごわついたようなくせ毛の白髪、立派に蓄えた白髭といった出で立ちのポアロ。決して派手に立ち回るわけではないが、重厚な存在感を放つ。圧があるわけではないのに、有無を言わさぬ語り口はとても鮮やかだ。片岡の飄々とした立ち姿、迷いのない振る舞いは、想像以上に“ポアロ”だ。


部屋に残ったヘイスティングスのところにやってきたのは、クロード卿の姪・バーバラ(天華えま)。この事件をどこか楽しんでいるようで、突然訪れた非日常にはしゃいでいるようにも見える。そして、ヘイスティングスのことが気になるようで、ヘイスティングスを部屋から連れ出そうとするのだった。
ヘイスティングスは英国紳士らしく、スマートな印象。だが、奔放なバーバラに翻弄されて部屋を離れてしまうなど、女性には少々弱い様子。紳士らしく振舞おうとしながらも、女性に振り回されてしまうかわいらしさを、鈴木はバランス感覚抜群の演技で表現していた。

とある秘密を知るカレリ博士(玉城裕規)は、どこかに電話をかけ、邸宅を去ろうとするが、すんでのところでジャップ警部に取り押さえられる。ポアロがカバンを確認するも機密は見つからなかった。そのまま邸宅の面々は部屋に集められ、クロード卿が毒殺であったことがクロード卿の息子リチャード(新木宏典)から告げられる。毒殺と聞き、秘書のエドワード・レイナー(中尾暢樹)が何かを思い出す。リチャードの妻ルシア(凰稀かなめ)が、何かの薬を取り出していたというのだ。そして、ルシアのとある秘密を、カレリ博士が暴露するのだが――。
30分ほどの場面だったが、その緊迫したやりとりには呼吸もためらわれるほど。どの登場人物も一挙手一投足に何か意味や伏線があるように感じられ、キャストの巧みな芝居に惹きつけられる。中でも、秘密を明かされてしまったルシアのたおやかな美しさには特に目を奪われた。視線の運び、決意をにじませる所作など、随所に優雅さが感じられて、凰稀の美貌と確かな演技力が如何なく発揮されていた。




稽古場から繰り出された上質な会話劇、濃密で贅沢な時間に、大きな期待を抱かずにはいられないだろう。ちなみに本作は権利の都合で配信や映像化が難しく、この上質なミステリーを体験するには劇場に足を運ぶしかない。片岡&鈴木が放つクリスティの快作を、ぜひ劇場で味わってほしい。
公開稽古後には、質疑応答の時間も設けられた。片岡は「35年ぶりの主演舞台。セリフも膨大で難しい作品ですが、ポアロをやるのは(テレビシリーズでポアロを演じた)デビッド・スーシェか、私しかいない」と自信をのぞかせる。片岡と並んでW主演を務める鈴木も「極上のミステリーをお届けするという気持ちで作っています。ミステリーを楽しんでいただき、最後にはスッキリと帰っていただけるよう、稽古を頑張っています」とあいさつした。
本作の制作にあたり、演出の野坂実は「お芝居が魅力的な人をとにかく集めた」と明かす。「役者の芝居があまりにも良いので、当初は音楽たくさん流すつもりだったが、やめました。音楽に頼らず、役者の濃密な芝居そのものを見せたい。何気ないシーンのひとつひとつに細かいニュアンスを指定して作りこんでいるので、ぜひ細部まで楽しんでいただければ」と意気込んだ。


報道陣からは、タイトルにちなみ「ブラック・コーヒー」のような苦い味わい経験や、ホッとひと息をつく瞬間は?と質問が及んだ。新木は「ちょうど桜の季節。稽古場を往復する毎日だが、ふと目にした桜の花にホッとする」と、この季節ならではの美しさが“癒し”になっていると明かす。また、中尾は花粉症だそうで「稽古の静かな場面でくしゃみが…。苦い経験です」と苦笑した。
また、本作は劇中で実際にブラック・コーヒーを淹れるシーンがあるそうで、凰稀は「客席のみなさんにも、もしかしたら香りがお届けできるかも」とほほ笑む。新木が「毎日、コーヒー豆を変えてみるとか?」と提案すると、中尾が「ほら、そういうこと言うと制作さんが焦ってるから(笑)」と返し、笑い声が上がる。日々の稽古場の楽しい雰囲気が伝わるような取材となった。
舞台「ブラック・コーヒー」は、2026年4月8日(水)から12日(日)まで大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール、4月18日(土)から26日(日)まで東京・ステラボールにて上演される。
コメント
■片岡鶴太郎
「35年ぶりの舞台主演作になりました。今回、アガサ・クリスティ没後50周年の記念になる作品をということで、2年ほど前から計画が進み、準備を進めてまいりました。この戯曲は(ポアロが登場する物語としては)クリスティが直筆で一本しか書いていないもので、セリフも膨大で大変難しい芝居と言われています。今、ポアロをやるのはデヴィッド・スーシェか、私でしょう。私ができる役は、もうポアロと、あと(ゲームシリーズ「ストリートファイター」の)ダルシムぐらいなもんだと思います(笑)。初日から台本を持たずに稽古に入りました。そうじゃないと、稽古の期間だけでは間に合わないと。そして、4月の公演にはもう鶴太郎ではない、ポアロとして存在していると思います。その憑依した姿をご覧いただければ」
■鈴木拡樹
「極上のミステリーをお届けしたいという気持ちで、緻密な理解力、読解力が必要とされるこの作品を、みんなで作り上げてきました。お客様にミステリーを楽しんでいただき、最後にはすっきりして帰ってもらえるような作品を目指しています。鶴太郎さんが初日からポアロとしていてくださったので、我々はその姿に対してどういうものを補完していけばいいのか、というところに集中できました。本当にありがたい座長だと感じています。一度だけじゃなく、犯人を知っている状態で二度見ても面白い作品になっています。桜の季節に、劇場でお待ちしております」
■新木宏典
「片岡さんがとてもストイックな方で、すでに一日二回通しを体験しており、いつでもマチソワ公演ができるくらいの、素晴らしい環境の現場です。この作品は劇場に足を運んでいただかないと見ることができない贅沢な作品です。生ものとしての魅力があります。ミステリーとしての謎解きや伏線がいたるところに散りばめられていて、何度も見たいと思ってしまうはずです。その公演でしか届けられないものを、リアルタイムでしっかりと生々しく表現できればと考えております」
■玉城裕規
「今作は稽古をしていて、目線一つやセリフの言い回しの語尾一文字で意味合いが変わってくる、とても繊細な作品だと感じています。役者同士、お芝居について多くを語らなくても、邸宅の中で立った時に生まれてくるものをそれぞれが感じ取ってアウトプットできる。本当に素敵な環境です。当時の空気が漂うおしゃれな雰囲気も満ちています。お客様と一緒に、その結末を鑑賞したいと思っています」
■天華えま
「キャストの皆さんが本当に素晴らしく、鶴太郎さんが稽古場の雰囲気を朗らかに作ってくださっているので、休憩中も和気あいあいとお話ししながら関係性を作っていけています。アガサ・クリスティさんの緻密なロジックが引っかかっている作品で、最後まで見た後にもう一回見返したくなるような舞台です。小説ファンの方にも、人が立って空間が使われたらこういう素敵な舞台になるんだと感動していただけるよう頑張りたいと思います」
■中尾暢樹
「ミステリーの女王と言われるだけあって、今まで数あるミステリー作品の土台となったような王道の物語だと感じています。『この中に犯人がいる』という設定がどう作られたのかを、実感しながら演じています。それぞれが怪しい中にも、愛の話や濃密な人間関係の話が詰まっています。いろんなことを怪しみながら、かついろんなところで感動して楽しんでいただけたら嬉しいです」
■凰稀かなめ
「毎日通し稽古をやらせていただく中で、『もっとこうしたらお客さんはびっくりするかな』といった新しい発見が毎日あり、新鮮な気持ちで取り組んでいます。本番では実際にブラック・コーヒーを淹れていますので、もしかしたら前列の方には劇場に香りが漂って、五感でも楽しんでいただけるかもしれません。最後の日まで、皆様に楽しんでいただけるよう色々と思考を巡らせていきたいと思います」
■野坂実
「お芝居がものすごく魅力的な方々が集まった、最高の布陣になりました。当初は曲をいっぱい流すプランを考えていましたが、皆さんのお芝居があまりにも良かったので、今回は劇中に曲を入れずにお芝居だけで見せていこうと決めました。通常のクリスティ作品に比べても圧倒的に難しい脚本で、一つのセリフにトリプルミーニングが入ってくるような高難易度なことを、役者の皆さんはやすやすと表現しています。初日と楽日でもお芝居がガラッと変わってくるはずですので、その進化も楽しみにご覧ください」

取材・文/宮崎新之
