イキウメの最新公演『獣の柱』が5/14(火)から東京・シアタートラム、6/15(土)から大阪・サンケイホールブリーゼにて上演となる。本作は、2008年に上演された短編オムニバス公演『図書館的人生 Vol.2』の一篇『瞬きさせない宇宙の幸福』を長編化した作品で、2013年に初演され、今回6年ぶりの再演となる。
突如空から降り注いだ“あきれるほどの祝福を与える巨大な柱”によって、静寂のうちに支配されていく人々の模様が描かれる本作。モチーフや設定は初演から引き継がれつつ、ブラッシュアップした改訂版が上演される。そこで、イキウメの主宰で、作・演出を手がける前川知大から新たに生まれ変わる作品の一端を聞いた。
――本作『獣の柱』は初演時から大改訂されるそうですね。
前川「設定や人物は残しつつ、より明確で綿密な戯曲に仕上げたいと思っています。初演が評判が良かったのですが、自分としてはあまり納得できていなくて、ずっと書き直したいと思っていたんですよ。どの作品を制作するときも、その戯曲が持つ物語構造やメッセージを、俳優と一緒に考えながら稽古場で発見していくのですが、『獣の柱』はそれが核心に至らないまま本番を迎えてしまった印象があって」
――なるほど。
前川「最近になってようやくこの作品の核心がわかってきて。巨大な柱の存在から浮かび上がるテーマやメッセージを、よりシンプルかつ明確に舞台上で表現したいと思っています」
――人を滅ぼすほど幸福を与える “巨大な柱”というのが、とてもシニカルでユニークな設定ですよね。どのようなイメージから生まれたのでしょうか?
前川「もともと、外部からの侵略SFを考えていて、宇宙人的な視点で、どうやって地球を征服するか考えたんです。きっと、宇宙人は地球の環境をきれいに残したまま征服したいとたくらむんじゃないかなと。その場合、地球を征服している人間だけを駆逐するのが合理的だと思ったんです。なので、人間の脳の報酬系にしか作用しない何かがあれば地球環境を保ったまま、人間を駆逐できるのでは、と考えたところから始まりました」――本公演でも、空から注がれる「柱」の設定は引き継がれるんですよね。
前川「柱の設定は変わりません。ただ、今回は、柱に関する解釈をより明確な形で提示したいと考えています。この柱については、科学的な観点と宗教的な観点から示したいと思っています。科学的に考えられるのは、この柱は気象現象なのではないかということ。そもそも、直径10mの隕石が大気圏の外から落下したら、街を消し飛ぶような破壊力があるのに、直径30mの柱が地球に落ちても、街がそのまま残っているっておかしいじゃないですか。じゃあ、なんだろうと考えると、柱は地上40kmの成層圏内から降りているのではないかと推測することができる。つまり、あれは地球の内側から降り注がれる、気象現象のようなものだってわかるんですよ。ただ一方で、非科学的に捉えるなら空から降る柱という存在を宗教的な発想でも認識することができますよね。物語上ではキリスト教の終末論と符号する点がいくつもあらわれます。
初演より、“誰が”、“なんの意図で”の部分を深掘りして、今回は、科学と宗教の両観点から、この物語で描かれるものはなにかをあらためて考えていきたいと思っています」
――2013年の上演時は、不条理な柱の存在が震災の暗喩のようにも感じ取れました。
前川「その結びつきはあまり意識せず作ったつもりなのですが、やはり、見る人には印象が色濃く残ったみたいですね。いま、どんな解釈の幅が生まれるのかとても楽しみです」
――時代によって作品の見え方が変わるのも再演の醍醐味ですよね。
前川「そうだと思います。時代によって作品は語り直されるものなので、再演ごとに毎回違った捉え方ができるんですよね。また、再演を重ねることで、作品が太く重層的になっていき、台詞や戯曲のメッセージ性がよりシンプルで普遍的なものになっていく。ひとつの作品をなんども再演しながら研ぎ澄ましていき、アーカイブしていくことは、劇団をやっていることの大切な仕事のひとつと考えています」
――イキウメの作品はSF的な設定が多いせいか時代の半歩先を行くような先見性もあるように感じます。時代の空気は、やはり作品に影響していると思いますか?
前川「もちろん相互で影響しあっていると思うのですが、ぼくはあくまで物語で語りたいし、物語を語りたいと思っているので、あまり意識して時代に寄せようとは思っていません。ただ、イキウメの作品は崩壊していく社会についての作品が多いので、自然といまの時代と呼応しているんじゃないかなと思います。
例えば『獣の柱』の柱は人が集まる都市に降り注ぐという設定になっているのですが、それは一番、効率的に人間を駆逐できるからです。つまり、柱を避けるためには、人が集まらないことが絶対条件になる。なので、物語の世界は、都市を捨てた難民だらけになり、移動を繰り返しながら、一定数の人が集まらないようになる社会が描かれる。それは、もしかしたら都市の否定なのかもしれない。そういったように、柱という不条理で抽象的なものから読み取れる時代的な解釈と人間の普遍性を今回の再演でお届けできたらと思っています」――初演では、SF的な恐怖感と同時に、笑いの要素もふんだんにありましたよね。
前川「本作だけでなく、イキウメの作品はスケールの大きいことが起こるので、それに対してちょっと冷静な茶化しを入れながら、お客さんに受け取ってもらいやすいようにしています。ただ、前回はやりすぎたとも思っていて(笑)。
多分、柱という設定やそれにまつわる物語が陳腐化しないか、ビビっていたんですよね。だから、お客さんが感じるであろう嘘っぽさを先回りして突っ込みをいれて笑い誤魔化していたんだと思います。ただ、今回は陳腐化を恐れず、物語を前に進めていこうと考えているので、笑いの要素は少なくなるかもしれません。それに、劇団員が上手くなっているので、笑いがなくても、ちゃんと戯曲のリアリティを届けることができるのではないかとも思っています」
――みなさん、もともと演技が上手なイメージがありますが、さらに成長しているんですね。
前川「舞台上での佇まいが堂々としてきています。なんていうか……、頼もしい存在になってました(笑)。作品作りを楽しめるようになってきているってことなのかもしれません。最近は自分たちが面白いと思えるものをどれだけ面白がれるかという稽古場になっています。それが、作品にすごくいい効果をもたらしているように感じます」
――新たに改訂された戯曲やそれに挑む出演陣の上演を楽しみにしています。
前川「ありがとうございます。初演ファンの方も結構いらっしゃると思いますが、初演は抽象度が高かったから、能動的に思考してくださる方にとって、デザインしがいのある作品だったのだと思います。今回はより内容を明確化するので、その魔法が消えないかちょっと心配ですけど、やはり難解な作品ではあると思うんです。なので、楽しさ変わらず、よりシンプルに伝えられたらいいなと思っています」
取材・文/大宮ガスト
《 プロフィール》
前川知大(まえかわ・ともひろ)
1974年新潟県生まれ。2003年、イキウメを結成。作・演出を手掛ける。2011年『太陽』で第63回読売文学賞戯曲・シナリオ賞、『奇ッ怪 其ノ弍』『太陽』で第19回読売演劇大賞 大賞、最優秀演出家賞を受賞。また、2018年「イキウメ」が、第52回紀伊國屋演劇賞団体賞を受賞。