爍綽と vol.3 『裏緑特技悲喜話』ゲネプロレポート

2026.05.22

まず、あなたに聞いてみたい。
「あいつさえいなければ…」
誰かに対して、そんな気持ちになったことはないだろうか。

5月20日(水)、東京・浅草九劇にて、爍綽と vol.3 『裏緑特技悲喜話』が開幕した。本作は、俳優の佐久間麻由がプロデュースを手がける演劇企画ユニット爍綽との第三弾。今をときめく注目の劇作家とのタッグにも注目が集まるプロジェクトで、本作では東西を横断した活動で注目を集めるTHE ROB CARLTONの村角太洋が作・演出を手がける。キャストは、尾関高文(ザ・ギース)、佐伯ポインティ、山田蒼士朗(人間横丁)、加納和可子、佐久間麻由、吉増裕士(ナイロン100℃)、ボブ・マーサム(THE ROB CARLTON)の7名。本記事では、そのゲネプロの様子をレポートする。
※本記事はあらすじ程度のネタバレを含みます

舞台上であるが、そこには舞台裏が、“バック”ヤードがあった。ヒーローモノの衣装、カメラや照明、香盤表が貼られたホワイトボードにテイクを映し出すモニター、そして、背景を合成するためのグリーンバック。ダイナミックな音楽とともに、そんな現場の風景が少しずつ絞られ暗転、次の瞬間ピンスポットの中に現れるのは、作・演出の村角太洋であり、キャストのボブ・マーサムだ。虚実が入り混じる空間の中で、虚実を一つの身に背負った男はこれから始まる悲喜話について観客に語りかける。『世にも奇妙な物語』のタモリよろしく、いや、タモリに負けず劣らずの唯一無二の語り口調で、そっと物語の扉を開ける。

ここは、とある撮影所の第17スタジオ。大人向け特撮シリーズとして放映されている『マン』の撮影に向けて、キャストやスタッフたちがいつにも増して忙しなく駆け回っていた。それもそのはず、『マン』は今まさに絶賛大バズり中。最新回と次回予告が放送されてから1日も経たぬうちにSNSのトレンド入りを果たすほどの人気番組なのである。
しかし、その人気の裏には製作陣すら予想をしていなかった展開があった。なんと人気の火付け役となったのはマン(尾関高文)ではなく、端役のビン(佐伯ポインティ)だったのだ。ヒーローを際立たせる、いわゆる「捨てキャラ」として登場から隙あらば「死亡フラグ」を立たされまくっていたビンが、あろうことかターゲット層ではない子どもたちの人気を集め、いよいよ彼が死を迎える予告が放映されたことをきっかけに、SNSや番組のメールにはビンの助命嘆願の声がひっきりなしに届いていたのである。

その対処に追われるのは、ラインプロデューサーの荻窪(佐久間麻由)と助監督の日野(加納和可子)。あまりの事態に公式声明を出すか否か、そして、これほどに愛されているビンの死亡によって低迷するかもしれない今後の視聴率について、頭を抱えていた。
そんな中、照明スタッフの武蔵境(ボブ・マーサム)、カメラマンの高尾(山田蒼士朗)、特攻技師の八王子(吉増裕士)が続々と現場入りし、今日分の撮影準備を始めようとしていた。そこに、渦中の人物であるビン役の中野(佐伯ポインティ)が訪れる。中野は次回放送の「ビン、死す」の撮影でクランクアップをしていたが、忘れ物を取りにやってきたのである。すっかり“時の人”であるビンを取り囲み、SNSでの話題をみんなが口を揃えて話すなか、気まずさを振り切るように、つとめて元気にマン役の小金井(尾関高文)がスタジオに入る。

そして次の瞬間、撮影に取り掛かろうとする一同に向かって、荻窪が思わぬ一言を口にする。「来週の放送を変える」、「ビンを死なせないようにする」。遠方にいるプロデューサーの青梅(声の出演:内田紅多)に相談したところ、そう告げられたのだと言うのだ。唖然とする一同に向かって、荻窪は今日中に次回放送回の撮り直しを敢行すると告げる。

「それは無理だって」「タイトルはどうするの?」
「予告ナレーションで、ビン、死すって言っちゃってるよ」

全員がそう反論するが、「ファンの声に耳を傾けたい」と言う青梅の意思は固く、脚本家の高円寺(声の出演:高佐一慈)も現場の判断に委ねるとのこと、さらには監督も「子どもが喜んでくれるなら」とそれに同意しているという。大人向けとはいえ、元々は子どもを楽しませるために特撮監督になった監督の進言によって、スタジオの空気は一変。主役ヒーローだったはずの自分の存在感が霞んでしまうと考え、どうにかビンの助命を回避したい小金井は最後まで葛藤するが、子どもの期待を裏切ることに胸を痛め、渋々承諾する。

そうと決まれば、ここからは時間との戦いだ。これまで立てに立てまくった数多のビンの死亡フラグを「なかったこと」にするべく、一同は伏線を度返しするシーンの撮影を次々と行っていく。もちろん全てグリーンバックで、だ。それを元にVFXのスペシャリストである東京(声の出演:村角ダイチ)が合成・加工を担当する。それでも、「ビン、死す」を前提に組み立てていたシナリオはそう簡単には崩せない。そんな中、マンこと小金井は、製作陣はおろか視聴者も予想だにしない、ある一世一代の決断をするのだが…。

と、ここまでのあらすじだけでもすでに物語への没入度は約束されているのだが、本作の見どころは、ここから先のさらなる想定外の展開にある。そして、なんと言っても、7種7様に個性と愛嬌溢るる俳優陣の体当たりof総当たりの共演と競演にある。この舞台裏に、そして本作に誰一人として欠かせない7人のキャラクターたち。それぞれが演じる役どころとその魅力についても言及したい。

まず、なんと言ってもマンこと小金井を演じる尾関高文である。佐久間と村角が脚本段階から「尾関に演じてほしい」と願っていただけあり、“ヒーローだったはず”のこの男は、尾関以外に考えられない仕上がりっぷりなのだ。ここで言う尾関の仕上がりっぷりは、そのまま小金井の仕上がれなさっぷりに接続する。高身長でありながら気は小さく、強そうな衣装を身に纏いながら力なく笑うその様は、まさに哀愁そのもの。ザ・ギースの洗練されたコントをはじめ、これまでも独特の存在感を以て観客を魅了してきた尾関だが、本作ではその熟練の技が静かな、しかし確かな強度として物語全体を底支えしている。「人生はクローズアップで見ると悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇」。そんなチャップリンの名言を身一つで体現して見せる尾関の“情けない勇姿”をぜひ目撃してほしい。

そんな小金井と対照的なライバル、ビンこと中野を演じる佐伯ポインティも負けちゃいない。持ち前のゆるいムードと愛らしい存在感で周囲を和ませながら、無邪気に軽やかに「主役の座」を奪い去っていくその様は、まさに新時代的ヒーローを思わせる。この説得力は画面越しに日々多くの視聴者を魅了している佐伯ならではの強みだろう。悲喜劇的展開をコミカルかつシニカルに演じるバランス感覚も素晴らしい。うまい具合にいいところに収まったように見える中野だが、彼には彼の葛藤や正義がある。そんな素顔が垣間見える時、物語にも熱が宿る。その瞬間をどうか見届けてほしい。

スタッフ陣を演じる俳優陣の個性の大炸裂もまた本作の大きな見どころだろう。お笑いのフィールドで活躍を見せる人間横丁の山田蒼士朗は、若いのにどこか昭和風情の個性派カメラマン・高尾を演じる。「古き佳き時代の業界人」を勘違いしてインストールしてしまっている若者。風貌から所作、独特の言葉遣いに至るまで、そんな浮世離れしたキャラクターを見事にものにしていて清々しい。「現実にいそうでいない人物」を「現実にいなさそうで実はいるかもしれない」と思わせることはそう簡単ではないが、山田はまさにそれをするりと体現しているのだ。

一方で、「現実にいそう」、いや、「現実にいてくれたらこの上なく心強い」。そんなベテラン特攻技師スタッフ・八王子を演じるのは生粋の演劇人であり、ナンセンスと不条理劇を追求し続けてきた大ベテラン、吉増裕士。ホームであるナイロン100℃の作品はもちろん、爍綽との公演においても、vol.2に引き続きの出演、近年は若手団体からプロデュース公演など世代を横断して多方面からオファーも絶えない吉増であるが、それも大納得の、今日も今日とて安定の暴れっぷりである。若者に軽口を叩かれながらも身を挺して特撮現場を牽引する八王子の姿は、数々の舞台作品で豊かなキャリアを築きながら、いつでも新しい魅力を更新する吉増の魅力にそのまま重なる。

そして、もう一人のクセ者スタッフ、照明を担当する武蔵境を演じるのは、ボブ・マーサムである。村角太洋として作・演出を手がけながら、一人のキャストとしても出突っ張りで現場を大いに掻き回す。ホームであるTHE ROB CARLTON作品の中で演じるどこかクラシカルなムードとは一転、俗っぽく、人間臭さの溢れる裏方職人を演じるボブ・マーサムに出会えることも本作ならではの魅力ではないだろうか。個人的には衣裳にも是非注目してほしい。(あまりに似合いすぎていると思う)

と、ここまでのキャストはどちらかというとコメディやお笑いの世界でキャリアを築いてきた面々である。そんななかでも、本作のドラマの魅力、その妙を大いに引き出しているのは、様々な舞台作品で折々の存在感を発揮してきた演劇人、佐久間麻由と加納和可子だろう。

上長であるプロデューサーや監督が不在という緊急事態の中、急遽指揮を取ることになった若きラインプロデューサーの荻窪(佐久間麻由)と助監督の日野(加納和可子)。荻窪は周囲に頭を下げながらも、やがては脚本家に代わって名台詞を叩き出し、そのポテンシャルを発揮させる。日野もまた思ってもない巡り合わせで初監督デビューを果たすことになるのだが、撮影を追う毎に熱が入り、長年抱えてきた野心を爆発させる。ピンチこそチャンスに。そんな二人の姿は、同じ女性である私にとって、非常に清々しいものであった。ある種の男性社会へのカウンター的存在として柔軟な発想で無理難題をこなしていくその様子には彼女たちがこの業界でどう生きてきたか、その軌跡が滲んでいるように見えたのだ。マジで絶対に出世してほしい。

そんなこんな、クセありの7人で切り抜ける、難ありの撮影現場。主役だったはずの男・マンと端役だったはずの男・ビンもまた、それぞれの覚悟と葛藤を以てこのどうしようもない撮影に立ち向かう。「グリーンバック」という臨場感もへったくれもない舞台セットの中で、追い風の、逆風の今を生きる二人の男の運命とは? それぞれの持つ“特技”とは? そして、その先に待ち受ける悲喜劇的展開とはさていかに…。

最後にもう一度、これを読んでいるあなたに聞いてみたい。
「こいつさえいなければ…」
誰かに対して、そんな気持ちになったことはないだろうか。私はある。しかし、その人はともすれば、あなたにとって、私にとって、今、最も必要な存在なのかもしれない。今日の友は明日の敵、じゃあ、その逆もまた然り? 
誰かの存在や活躍を羨んだり妬んでしまったりすること。私は、そんな人間らしい感情を胸の奥底に秘めている、自分と同じあなたのような人にこそ本作を観てほしいと思う。 

取材・文/丘田ミイ子
撮影/明田川志保