満広場#1『溢れるリズム』│田島実紘 インタビュー

6月24日(水)より早稲田小劇場どらま館にて、満広場(みつひろば)の『溢れるリズム』が開幕する。満広場は、劇団スポーツ主宰で作・演出を手がける田島実紘の個人企画で、本作はその旗揚げ公演である。劇団スポーツでの劇作はもちろん、昨年はすごい生命力『すごいシーズン』に短編演劇を書き下ろすなど、外部での活動にも注目が集まりつつある田島。満広場では、自身の劇作や演出の可能性を追求するとともに、俳優との新たな創作の場としてこれまでになかった挑戦を試みる。
『溢れるリズム』は、会社での飲み会帰りに主人公の男性に起きたある出来事から物語が始まる。どんなに飛んでも努力しても、また同じ場所に戻ってきてしまう…そんな人の悲しみをニヒルに笑い飛ばしながら、そこにある愛しさを描く満広場流の社会劇。出演は田島のほか、宮地洸成、沼田星麻、星野李奈、松浦みる(青年団)、村田天翔、武田紗保(ガガ)の7名。開幕直前、ラストスパートに向かう田島に満広場発足の経緯や本作のテーマについて話を聞いた。

痛み分けができない場で
劇作の責任を突き詰める

―まずは満広場を立ち上げた経緯からお聞かせ下さい。

ここ最近は、劇団スポーツ内でメンバーの内田倭史と共同で作・演出を行なってきました。共作ならではの面白みや豊かさがあるし、僕たちがその個性や強みを信じて劇団の活動をしていることに変わりはないのですが、手法上どうしても構造で書く形になる節もあって…。もちろん、想いを込めて書いてはいるのですが、プロットから台本へ書き進めていく内にどの部分が誰の何の考えであったか、言葉であったか、魂の所在がわからなくなることもあったので、一度腰を据えて自分で自分の劇作の責任を担う必要性を感じるようになったんです。

―なるほど。複数の考えや言葉が混線してしまうこともあると。

そうなんです。しかも、結構みんなで練りに練って「こうした方がいいかも」と変えたりもするので、正直パッと見て自分が書いたセリフがどれかわからない瞬間もあったりして…。誰の心からいつ出てきた言葉かがわからないって、結構怖いことだと思ったんですよね。責任も分散されるので、ある意味で痛み分けのようになり、然るべきリスクを背負っていない感じもして、絶賛されても批判されても、手放しで喜んだり悔しがったりできないというか。それで「このままではダメだ」と思って…。

―田島さんの劇作家としての葛藤が伝わるお話です。

そんなこんなで、一人の劇作家としても、今後の劇団活動を踏まえても、「今一度自分の言葉で語らないと」と思い、自分の下の名前を文字った「満広場」という個人企画を立ち上げました。ダサいよなとは思いつつ、いや、ここからだろうという思いもあり、制作にも前置きをして名前を告げました(笑)。「満」という漢字には、「満たされない人たちが集まって、満たされていく」という意味も込められています。そういう試みができたら、という思いで創作に取り組んでいます。

―私は、昨年上演されたすごい生命力の『すごいシーズン』で田島さん書き下ろしの短編を観劇しました。3人芝居でしたが、3人という単位ではなく、1対1の関係が3つあることが端々から伝わってきて、その中で人々のままならなさや寄るべなさが点滅する、寂しくて愛らしい作品でした。そうした活動も今回の経緯の一つだったりするのでしょうか?

ありがとうございます。あの短編は依頼をいただいて書き下ろした作品で、企画自体は満広場の方が先に出ていたんですよ。でも、知人の魅力的な俳優さんたちのユニットだし、タイミングよくお声がけいただけたので、書き下ろしをしてみました。あの作品は30分くらいの短編でしたが、『溢れるリズム』は現状で105分ほどの尺です。ここからもう少し観やすいように短くしていけたらとは思っているのですが…。

傷とともにどう生きていくか
『人間の条件』を読んで得た気づき

―長編で田島節を感じられるのが楽しみです。ちなみに本作のテーマは?

その傷とともにどう生きていくか、みたいなところでしょうか。僕自身は、自分の傷や強迫観念みたいなものを完全になくすとか、あるいは、逆にこの世界そのものを覆そうとか、既存のものを変えられるか否かみたいなところには、正直諦めめいた気持ちもあって…。今の世界の様相や日本の経済状況にも影響を受けていると思うのですが、歳を重ねるにつれて、あるかわからない希望を無理に見出すような表現方法に乗れなくなっちゃったんです。だけど、それでもどこかに希望はあるだろう、という思いもあって、そういうどこか冷めた自分とそれでも諦められない自分を往来しながら、この本を書きました。世界も変わらないし、この傷も完全には治せない。その上で自分なりの希望を打ち出したい、という思いで。

―傷とともどう生きていくか。誰もが無傷で生きていくことが難しい社会で、とても重要なテーマであるようにも感じます。あらゆる傷があると思うのですが、『溢れるリズム』という作品の中ではどんな傷に焦点を当てているのでしょう?

様々な受け取り方があるとは思うのですが、男性が受ける性加害として考えていかなくてはならないことや、ホモソーシャルや資本主義みたいなものに抑圧されてできた傷や壊れてしまった心身など、種類としてはそうしたことをフィクションを通じて描けたらと思っています。演劇をやったり劇団を運営していると、ハラスメントなどで誰もが傷つかないよう、みんなで気をつけて創作を続けていくわけですが、たとえそのようにして過ごしていても、社会や世界で起きているひどい出来事は全然止められなかったもして…。そうしたことにも思いを馳せながら書きました。

―創作にあたって、何かきっかけになった出来事や手がかりにしたものはありましたか?

僕は、哲学系・人文系の本が好きでよく読んでいるんですけど、本作の創作に関しては、ハンナ・アーレントの『人間の条件』という本が一つの手がかりになりました。昨年、没後50年を記念して新訳版が出たので、買って読み直したんですよ。そこには、人間の条件は「労働」と「仕事」と「活動」の主に3つだということが書かれているのですが、そもそも労働と仕事をこと細かく分けている哲学者があんまりいないし、改めて重要な視点であると感じたんです。今後、この混沌とした世界で生きていくためにも参考になるのでは、と感じたというか…。それを踏まえて、今回は舞台も記号的に使って「労働」と「仕事」と「活動」のエリアを作りたいと思っています。その3つが合わさっていくような感じで、その時にはじめて僕たちは傷とともに生きていけるのかもしれない、ということを表現できたらと思っています。

―なるほど。舞台の見せ方にも本から得た実感が忍ばされているのですね。

これは、傷の捉え方にも応用できることだとも思うんです。全体に慢性的な痛みが蔓延していて世界が一向に良くならない、という現実があると思うのですが、そこには、私的な傷が公的領域に持ち込まれた瞬間に霧散する、みたいな現象があると思っていて…。例えばフェミニズムの視点から見ても、女性が感じてきた痛みや傷が私的なものから公的なものに持ち上げられ、社会に浸透していくまでにはものすごい時間がかかっているわけですよね。だから社会が全然良くならない。これは、男性が受けている傷にも同じことが言えると思うし、他のあらゆる傷にも当てはまると思うんです。私的な傷とみなされて「そのくらいなんともないよね」と公に言われてしまうことで、ないものとされる。だからこそ、「そうじゃない」と公的領域に持ち込み続けなきゃいけないと思うんです。傷ってあまりに主観的で、他者に説明が難しいものだし、僕にとって「痛い」という感覚が人によっては「痒い」という感覚であることも起こりうるから、公的に持ち上げることがすごく難しいのですが、そのことを諦めてはいけないなとも感じています。

自分と思想の異なる他者にも
どうにか届けられる演劇を

―主人公が会社員であることも一つのポイントなのかなと感じました。会社で起きている問題を扱う演劇はまだまだ少ない気もしていて…。

そうなんですよね。僕自身が会社で勤めていた経験があるからかもしれませんが、世の中ではこれだけ多くの人が会社に勤めているのに、演劇ではなかなかそこで起きる問題は扱われないな、という感触もありました。狭い世界ではありますが、小劇場界隈では、たとえ政治的態度を露わにしていなかったとしても、体感として自分が観ている中の8割ぐらいの作品はリベラルな視点を持った表現であると感じますし、観客の方からもそうした眼差しを感じます。でも、本当に届けなくてはいけないのはその向こう側にいる人で、もっと言うと、ここに来るという選択を考えもしない人だったりするんですよね。

―いち観客としても共感するジレンマです。

演劇の流行については様々な意見が飛び交っていますが、そういう意味で、小劇場界隈で流行っているだけでは仕方ない、みたいなことも思ってしまうんですよ。だから、極端な話、想定していない客層の方にこそ観にきてほしいと思っているんです。それこそ、自分の思想とは真逆の思想を持っている人とか。なかなか両立は難しいですが、そこにもギリギリ届くんじゃないか、というものを作れたらと思っています。

―本作の外にも繋がる貴重なお話でした。俳優さんとの稽古はいかがでしょうか?最後にクリエーションの様子をお聞かせ下さい。

題材が題材だけに、主人公を演じる宮地洸成さんはじめ、俳優さんたちには抱えなくていい不安を抱えず、納得した上で演じてもらえたらと思っています。脚本に対する疑問や批判も受け止めたいと思い、都度相談したり、密なコミュニケーションをとりながら進めています。その上で、俳優さんたちがすごくポジティブな姿勢で日々稽古に臨んでくれているので、すごく心強く、ありがたいですね。あと、劇団スポーツは結構笑いの文脈が強かったりするのですが、『溢れるリズム』ではどちらかというと会話に重きを置いています。昨年9月に劇団スポーツでは一つの実験として、番外公演『CONSTELLATIONS』を上演したのですが、宮地洸成さん、星野李奈さんはその出演者でもあり、今回また新たな場で僕の試みに参加をしていただきます。他の方も信頼を寄せる俳優さんたちばかりなので、満広場ならではの個性豊かな俳優陣の共演を楽しんでいただけたらと思います。

インタビュー・文/丘田ミイ子