PRIME VINsTAGE『ジャコメッティのように』| 岸谷五朗 インタビュー

演劇人として常に第一線を走り続けてきた岸谷五朗が、新たな演劇プロジェクト“PRIME VINsTAGE(プライムヴィンテージ)”を始動させる。

旗揚げ公演となる『ジャコメッティのように』では、岸谷が長く心を惹かれてきた実在の芸術家アルベルト・ジャコメッティの生涯と、彼を取り巻く人間模様をモチーフにオリジナル作品を上演。地球ゴージャスをはじめとする大劇場での華々しいキャリアを経て、今あえて小劇場空間での創作へと挑む理由はどこにあるのか。作・演出・出演を担う岸谷に話を聞いた。

――岸谷さんは地球ゴージャスなど大劇場での公演を成功させてきましたが、なぜ今、あえて小劇場に挑むことにしたのでしょうか。

20代前半は本当に小劇場にお世話になりました。演劇づくりの根本的なこと、例えば、お客様との関係やどの声がどこまで通用して、どの声になったらもう演劇ではなくなるかなど、演劇人として舞台に立つ基本を小劇場が教えてくれたんです。もし今の歳まで小劇場だけに取り組んでいたら、今までやってきたこととは違ったいろんな作品が生まれたんじゃないか。小劇場ならではの面白いことができたんじゃないか、と。でも僕は地球ゴージャスを結成して、大きな劇場へトライするカンパニーをやってきましたから、僕自身、ずっと大きな劇場の思考になっていました。どこか小劇場への思いを置いてきぼりにしてしまったような――小劇場ですごいエンターテインメント作品をつくりたかったのに、それをやり損ねているような、いろんな思いが残っているんです。

だから、小劇場をやっている後輩の芝居とかを見に行くと、どこかジェラシーなんですよ(笑)。羨ましいな、と。やつらはもっとでかいところでやりたがっているかもしれないんですけど、その熱量、観客の吐息まで全部聞こえるような距離感で世界を作る小劇場は、とっても魅力的な空間です。だからもう一度そこで、今までやれなかったことや、あの時やれなかったことを発見したい。そんな思いがありますね。

――地球ゴージャスは、大劇場で大掛かりなことをやっていらっしゃるにもかかわらず、小劇場で感じるような熱量や生々しい演劇の匂いが感じられて、そこが素敵だなと感じていました。なので、今回の企画にもすごく納得感があったのですが、岸谷さんご自身ではどのようにお考えでしょうか。

きっと、その「ああ、これ小劇場の匂いがするな」という部分は、多分あえてそう作っているところです。それは僕が小劇場をある意味ずっと、愛しているから。だから僕はその部分を消さないし、それを魅力に感じてくださっているということだと思います。

海外ミュージカルの演出も何本かやらせていただきましたが、そういう作品は、いい意味で小劇場的な匂いはしないんです。僕が作るオリジナル作品のような雰囲気には絶対にならなくて、やっぱり大きく構えた、大劇場の演劇になっていくんですよね。でもブロードウェイのような作品では、それが正解です。ただオリジナル作品では大劇場であっても小劇場のような熱があることは、僕にとってはすごく普通のこと。もし、海外ミュージカルなどでもその雰囲気を出そうとしたなら、「どうやってそれを出すんだろう」というクエスチョンになるでしょうね。

――改めて小劇場と向き合う上で、その魅力をどのようなところに感じていらっしゃいますか。

小劇場はまったく隙がないんです。今、ブロードウェイで流行っている『マスカレード』(ビルの中を移動しながら観劇するイマーシブ型の演目)なんかは、つまり『オペラ座の怪人』をブロック化したシーンを小さな空間でやっているということ。観客がキャストと一緒に移動していくのですが、一つ一つのシーンがたどり着いたところは、もう小劇場空間です。でも、そこで演じている俳優たちは、大劇場でも力を持っている人ばかり。そんな役者たちが、その小さな小劇場で芝居をしているわけです。

そんな間近で観られるような空間ですから、まったく隙なんかない。大劇場ならば、ちょっと後ろを振り返った時に隙が作れるかもしれません。でも、そういう隙間がまったくないのが小劇場です。その役者たちも必死ですよ。でも、だからこそ役者の仕事の本質は小劇場にあるな、と思うわけです。この小劇場の芝居があってこそ、大劇場に上がるべきだと思うんです。

きっと、彼らも大劇場でやるより、小劇場のようなあの空間でやる方が絶対に疲れるはず。同じように歌い、同じように表現するんだけど、大劇場の空間を埋めるよりも、この小さな空間にいる人々に完璧な役作りを見せる方が難しい。だからこそ、今またそこに踏み込みたいという気持ちになっています。

――日本の小劇場から海外で評価されている作品も近年はたくさん出ていますが、「世界に向けた」プロジェクトというのも、シリーズの大きな軸のひとつでしょうか。

まず、夢は2つあるんです。ひとつは「全都道府県ツアー」ですね。地球ゴージャスを大切に、大きな劇場で育てていった代わりに、できなかったことは、おそらく「全都道府県ツアー」です。今までの経験上、すべての役者、スタッフのスケジュールを押さえて、全ての県で劇場を探していくというのは、あの規模感では恐らく不可能です。やっぱり東京、大阪、福岡、名古屋などの大都市しか難しいんですね。

でも「PRIME VINsTAGE」は、このフットワークで行けば、全国回れる可能性があるんですよ。表現者が今回5人で、それとスタッフを含めても少人数の構成で、そうすると全国ツアーができる可能性が見えてくるんです。

そしてもうひとつが、この人数だからこそ持っていける「海外公演」です。同じような発想と素晴らしい表現を用いた、優れた小劇場作品も、もちろん見てきました。カーテンコールには4、5人しかいないという構成ならば、海外にも行ける。いい作品を作れば、ですが。でも、そんなこともすごく考えてしまうんです。特に、今回はアルベルト・ジャコメッティなので。フランス・モンパルナス(ジャコメッティの拠点となった都市)でできたらいいですよね。本拠地は、怖くもあるんですが……。

――今回、アルベルト・ジャコメッティという実在の芸術家をモチーフに選ばれた理由、その生き様に心引かれた理由についてお聞かせください。

ジャコメッティは、物心ついた時にとにかく惹かれた彫刻家でした。その作品がアルベルト・ジャコメッティかどうかなんて知らずに、「なんだこれは、なんだこの彫刻は、なんだこの絵は」って見ていたんです。小学校くらいのころで、極端に言うとピカソよりも何よりも惹かれた作品でした。なぜそれを目にしたかというと、うちの母が大ファンだったからです。

今回の脚本を作るにあたって、資料の本をまったく買い足していないんですよ。十何冊もうちにありましたから。すでに揃っていました(笑)。今、古本屋で買おうと思うと、取り寄せないといけないでしょうし、ずいぶん高額になってしまっているんですが、そんな本も初版本がうちにある。何か、母の感性を受け継いだところがありますね。

芸術家の面白さみたいなのは、以前『ラディアント・ベイビー〜キース・ヘリングの生涯〜』を演出させてもらったときに、キース・ヘリングの面白さを通して、芸術家ってやっぱり摩訶不思議な動物であるなと感じました。ジャコメッティについては、子どもの頃に作品には惹かれていましたが、そこから人間性にまで惹かれていったのは後年。40歳を過ぎたくらいからジャコメッティという人間を知ろうと本を読み出したんですが、ますます面白いな、と。

今回は、ジャコメッティという人間にフォーカスを当てた作品になっています。そして、妻アネットと、彼の芸術作品のモデルとなった哲学者の矢内原伊作、この三人の関係の奇妙さ、美しさを、表現したいと思いました。

――出演される渡部豪太さん、そして純名里沙さんにオファーされた理由、お二人の魅力についてはいかがですか。

豪太は、3年前に音楽劇『歌うシャイロック』を一緒にやった時、彼のお芝居に対する真摯な臨み方を見て、またもう一回やりたいという想いは薄々と俺の中にあったんです。今回、矢内原伊作という哲学者を演じてもらう役者を考えたときに、もうルックスから何から豪太しかいない!と、自分の中ではドンピシャだったんですよ。『歌うシャイロック』が終わった後も、一緒にニューヨークに行ったりして仲良くなっていたので、まったく遠慮せずに頼みました。心強い、役者仲間です。

純名さんは、過去に地球ゴージャス公演に2年続けて出ていただいたことがあるんです。その時に、まったく違う役を見事に演じ分けてくれたことがとても記憶に残っています。地球ゴージャスは当て書きをするんですが、彼女が今までやってこなかったような役を書いたはずなのに、なぜかスムーズに書けたし、彼女もこれまたスムーズに演技をしてくれたんですね。その器用さ、役に入り込むスマートさのイメージがすごく残っていて、久しぶりにちょっと一緒にやってくれないかな、と思いました。今回はみんな二役をやるんですが、なんかその時のイメージがすごく残っていてお願いしましたね。

――そして今回、舞踏カンパニー・大駱駝艦から小田直哉さん、石井エリカさんが出演されます。肉体表現へのこだわりが見えるキャスティングに感じましたが、いかがでしょうか。

今回の作品の「芸術」というところに焦点を置いたときに、どうしても必要な人たちが、大駱駝艦のお2人です。昔から大駱駝艦主宰の麿赤兒さんが大好きで、昔はよく飲んだりしていたんですけど、今回も直接、稽古場に行ってお願いしました。尋ねたときに麿さんが一人、アトリエで稽古していて……シビれましたね。本当にかっこいいです。小田さんも石井さんも、肉体表現では最高のプロフェッショナルの方々なので、どんなものが生まれてくるか、稽古場が楽しみです。すごく大きな戦力に感じています。

――最後に、この新プロジェクトの旗揚げ公演を楽しみにされている方々へメッセージをお願いします。

小劇場の魅力について、僕の芝居をずっと見てくれている人たちであっても、きっと特別意識してなかったり、ほとんど知らなかったりする方も、たくさんいらっしゃると思うんですよね。普段そんなに小劇場に馴染みがない、という方々にぜひ引っかかってもらいたいです。旗揚げ公演ですから、これからどう頑張っていこうとしているのか――“小劇場でしかできない芸術”の証人に、ぜひなっていただきたいです。

取材・文 宮崎 新之