言葉が織りなす人間模様と美しい愛の物語『Take Me Out 2018』ゲネプロレポート

2018.04.04

言葉が織りなす人間模様と美しい愛の物語

 

3月30日(金)、DDD青山クロスシアターにて『Take Me Out 2018』が開幕した。

2003年にブロードウェイで初演を果たし、第57回トニー賞で演劇作品賞を受賞。日本では2016年12月に初演を果たし、その年の第51回紀伊國屋演劇賞団体賞の対象作品に選ばれた。
リチャード・グリーンバーグによって描かれた、メジャーリーガーの華やかな選手たちの関係を捉えながら、そこに渦巻く閉鎖性によって浮き彫りになる人種問題、LGBTなどの社会的マイノリティに深く切り込み、私たちが向き合うべき実情にスポットを当てた本作。
初演と同じく翻訳を小川絵梨子、演出を藤田俊太郎が務め、新たなキャストを迎え、1年半の時を経て再演を果たす。

 

この作品は、ビジュアルやストーリーから多くの人が野球の話と考えるだろうが、スポ根のような「チーム」「仲間」「勝利」といった熱いイメージではない。あくまで、「人種」「宗教」「LGBT」等の社会的マイノリティを題材にして“自分自身と改めて向き合う”ことへの土台にすぎないのだ。しかしその役割は、サッカーでも、バレーボールでも、バスケットボールでも担うことはできない。野球でなければならないのである。その理由は作品の中で明確に語られるのだが、この舞台ではすべての物事には意味が存在している。全てがつなぎ合わさった時、その構成の精密さに驚かされることだろう。

 

【ストーリー】
男たちの魂と身体が燃え滾る、「ロッカールーム」。彼らにとってそこは、すべてをさらけ出せる楽園だった。ひとりのスター選手による、あの告白までは-。
黒人の母と白人の父を持つメジャーリーグのスター選手、ダレン・レミングは、敵チームにいる親友デイビー・バトルの言葉に感化され、ある日突然「ゲイ」であることを告白。それは、150 年に及ぶメジャーリーグの歴史を塗り替えるスキャンダルであった。しかしダレンが所属するエンパイアーズ内には軋轢が生じ、次第にチームは負けが込んでいく……。
そんなときに現れたのが、天才的だがどこか影のある投手、シェーン・マンギット。圧倒的な強さを誇る彼の魔球は、暗雲立ち込めるエンパイアーズに希望の光をもたらしたのだが-。

中央にステージが配置され、我々観客は目の前で起こっている出来事をすぐそばで覗いているような感覚で観ることができる。可動式の舞台セットは、ロッカールームからシャワールーム、スタジアムへと瞬く間に変化し、さらに舞台袖が存在しないことによって役者たちは舞台上で着替えやシャワーも行うため一瞬たりとも見逃すことができない。様々な人種が集まるこの空間は「人種のサラダボウル」とも言われるアメリカそのものであり、それぞれの価値観が交錯し、時に激しく、時に冷静にぶつかり合う。その中で、自分は誰なのか、他人にどう思われたいのか、他人との関わりによって、抑え込んでいた「自分」や、自分さえも気づいていなかった「自分」が暴かれていく。まさに、役者たちは身も心も丸裸になっていくのである。

再演となる今回は、その様子がより明確に伝わるように初演から演出方法を大きく変えたという。藤田氏がインタビューで語っていた「“言葉の演劇”をやりたい」という言葉の通り、舞台上からモノを極限まで減らし、シーンチェンジから状況説明まで、あらゆるものを言葉によって表現している。モノを減らしたことにより、役者1人1人にフォーカスが当たり、彼らが何故、今、その言葉を発するのかということに重点的にスポットが当てられるのだ。

それにより増す“言葉の持つ脅威”への重み。言葉は時に人を励まし、勇気づけるが、その一方で鋭利な刃物のように鋭く突き刺し、相手を傷つけることもある。発信者の意図と受け手の捉え方は必ずしも一致しない。その間にあるのは人種による言葉の壁かもしれないし、それぞれの価値観の差かもしれない。その時の心境によっても変わってくるだろう。ダレンのカミングアウトに付随して浮き彫りになっていく様々な出来事は、日々の生活の中で忘れかけていたものを我々に改めて考えさせるきっかけを与えてくれるのである。

シリアスなテーマを取り扱ってはいるが、決してシリアスなばかりではないのもこの舞台の魅力の一つ。劇中の野球シーンでは『Take Me Out to the Ball Game』の明るく楽しいメロディに自然と頬が緩み、ふとした瞬間に口ずさみたくなるような余韻を残す。また、それぞれのロッカールームでの過ごし方にも注目だ。所持品や着替え、その他の行動の端々に個性が溢れており、目がいくつあっても足りない。

言葉に重きを置いた2018年度版は、初演よりも観客の想像力をかき立てる部分が増えているように感じる。その中で、パンフレットの藤田氏の言葉を借りると、「会計士であるメイソンとプレイヤーであるキッピ―という2人の語り部の視点による追憶の物語」として観ると物語の大枠がスッと入ってくる。さらには、効果的に取り入れられる音と照明で、語り部が入れ替わる瞬間も明確だ。自然と観客を誘導し、美しい愛の物語へと誘っていくのである。

 

ダレンの会計士・メイソン役の玉置玲央は、ダレンへの感情表現を実に巧みに表現。隠し切れないほどの喜びが表情からも滲み出ている。特に最後のシーンは瞬きをせずに見ていただくことをおすすめしたい。

昨年に引き続き、天才的だがどこか影のある投手シェーンを演じる栗原類は、今回アプローチの仕方を大きく変えていた。異彩を放つキャラクターながら抑えた演技を取り入れたことにより、リアリティを生み出している。それにより、内に秘めた思いが爆発した時の心からの叫びには、胸が締め付けられ、感情が突き動かされる。浜中文一はトッディの自分の感情に対する素直さをまっすぐに表現、発する言葉からは強い意志が感じられる。状況が一転した時の動揺も実にリアルである。

スウェーデン系の選手でダレンへ友情を示すキッピー役の味方良介。この物語の語り部でもあり、1つ1つの言葉を丁寧且つ力強く発し、物語を引っ張っていく。しかし、彼を中心に物語を観ていくと物語の序盤では想像できないような、人間への恐怖を感じさせられる。新入りキャッチャー・ジェイソン役の小柳心は、持ち前の明るさやユーモアさで新たなジェイソン像を創り上げている。稽古場取材の際には、細部にまでこだわる演技への熱いが溢れていて、このカンパニーを引っ張っているように感じられた。

ドミニカ人選手のマルティネス役の陳内将と、ロドリゲス役の吉田健悟。2人のシーンから、ラテン系の明るいイメージの裏に隠された差別への思いの強さが伺える。周りが英語で話す中、スペイン語しか話せない(話さない)2人が周りの空気を感じる演技は必見である。

ライバルチームのスラッガー・デイビーは、アメリカ人の持つフランクさと共に、聖書に基づいて生きてきたような人物。演じるspiは、自分の生きてきた世界から逸脱したものへの嫌悪感を巧妙に表現している。章平は「ゲイ」であることをカミングアウトしたダレン役。スター性と色気が去年よりも増したように感じられ、その姿に魅了される。カリスマ性はそのままだが、自分の感情をぶつける様はスターのそれではなく、我々と同じように苦悩する姿も見られ、さらに奥行きのある演技となっていた。

竪山隼太は、周りの期待からの重圧や集団における日本人の行動、異国の地での孤独等をタケシ・カワバタという役を通して表現。そして、勝利へのこだわりが強い、チームの監督スキッパ―を演じる田中茂弘は、優しい言葉の裏に隠した感情、その含みを持たせた言い回しがとても印象的だ。

 

この作品は、育ってきた環境や持っている価値観によって同じ登場人物であっても全く違った見え方ができ、誰を中心に物語を観るかによっても見え方が異なってくる。つまり、1,000人いれば1,000通りの見え方が存在するのだ。さらに言えば、日々進化する中、セリフの言い回しや表情、役同士の関わり方も少しずつ異なっていくため、観た日によっても変わってくる。まさに役者たちは、この『Take Me Out』の世界で生きているのである。
故にこの作品は「言葉にするのは難しい」のである。

しかし、これこそがこの作品の本当の面白さである。演出方法が大きく変わり、2018年版の初演と言っても過言ではない本作だが、初演を観た人はもちろん、今回初めて観る人にとっても面白味のある作品となっている。
様々な価値観が渦巻く現代社会を生きる我々に改めて「自分は誰なのか」を問いかけ、考えるきっかけを与えてくれる本作を、是非とも劇場で体感していただきたい。

 

『Take Me Out2018』は5月1日(火)まで東京・DDD青山クロスシアターにて上演される。

 

取材・文・撮影/ローソンチケット

 

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