3月29日の上演まであとわずか!
タクフェス 春のコメディ祭!「笑う巨塔」稽古場取材レポート
宅間孝行の作・演出、出演でおくるタクフェスの”春のコメディ祭!”第二弾「笑う巨塔」が3月29日より上演される。タクフェスと言えば人間模様が渦巻く”泣ける”舞台をイメージする人も多いだろうが、春のタクフェスはノンストップで展開する抱腹絶倒のシチュエーションコメディ。病院のロビーを舞台に、入院患者や見舞い客、医師や看護師らが絶妙に絡まりあい、大混乱の事態に発展していく。初日が近づく3月某日、都内の稽古場にお邪魔してきたのでその模様をレポートする。
この日は稽古に入ってから9日目。見学させてもらえる稽古は夕方からだったが、稽古自体は昼から行われていたそう。
演者は各自出番のないシーンに休憩を入れているものの、宅間は演技指導に熱が入り、ほぼ休む間もなく夜まで稽古が行われているという。
そんな熱が入った稽古場で、到着するや否や宅間の大きな檄が飛び、稽古場独特のピリッとした空気が流れていた。
稽古中のシーンは、鳥居みゆき演じる看護師長がナースに用事を言いつける場面。エレベーターから降りてきた鳥居が、ナースに確認してほしいことを言づけるだけの短い場面だが、ナースの動線や目線、振り返る角度や移動のタイミングなどを細かく確認していく。
同じシーンを何度も繰り返しながら、「そのやりとりはもっとたっぷりやらないとダメ」「次にどこに動くか考えて」「ちゃんと(相手を)見てから次に動かないと」と、立ち位置や移動、セリフ回しに細かく指導が入る。次々に飛んでくる声に、やや混乱してしまったナース役の梛野里佳子だが、必死に自分がどう動くべきかを判断し、食らいついていく。ごく自然に流れてしまうような何気ないワンシーンだが、何度もストイックに繰り返すことで精度を高め、研ぎ澄まされていく。
続いての場面は、鳥居が医師から重大な告白を受けるシーン。ここでも医師役の若手俳優に「策に溺れている」と宅間の指導が入る。「芝居でいろいろやろうとするな」「ここに出てくるまでお前はどうしてたんだ?」「そういう気持ちなんだったら、お前はどう動くんだよ」と告白までの気持ちの流れ、呼吸の感覚、鳥居との距離感などを詰めていく。小手先の芝居ではなく”こういう思いだからこそ、こう動く”という必然性から体が動くのだということを厳しく説いていた。
この後、鳥居は感情が高ぶって思わず歌いだすシーンに入る。鳥居ならではのキャラクター性を存分に発揮し、見守る記者席からも思わず笑い声が上がってしまうほど。だがここにも宅間は、「まるで越路吹雪のように、語りかけるように始めてほしい」さらに注文を加える。感情の高ぶりを徐々に表現し、より極端に見えるようオーダーした。鳥居は苦戦しながらも、少しずつ掴んでいく。
この日から本格的な稽古に入った片岡鶴太郎と篠田麻里子。宅間から「行けるかー?」と聞かれた篠田は「完璧でーす! …わかんないけど」と笑顔で応えた。笑顔ではあるものの、緊張と気合入り混じっているのが窺える。入院中のとびの親方・浩美を演じる片岡の娘・ふみを演じる篠田は、片岡らベテラン勢を相手に堂々とした演技を見せた。片岡も25年ぶりの舞台とは思えないほどの落ち着いた振る舞い。片岡は早速わずかながらアドリブを入れてくるなど、ベテランならではの余裕を見せた。
頑固な浩美をからかう娘のふみは、このシーンでコマネチ!などのギャグも披露。その部分に関して、宅間は「楽しすぎてこうなっちゃいました、というのを大切にしたい」と要望。”わざとらしさ”の絶妙な匙加減を模索しているように思えた。この後の騒ぎすぎたふみらを師長に見咎められそうになる場面でも、緊張と緩和の落差を大切にするように宅間から言われ、師長の存在にふみが気づくシーンでは、篠田から宅間に「視線の先に師長がいるようになるよう、立ち位置を少し変えたい」など、要望を出す場面もあった。その合理的な要望に「うん、実にいいと思う」と宅間も納得。まだまだ稽古が続けられそうなほどの勢いが宅間からは感じられたが、残念ながら稽古終了の時間を迎えてしまった。
勢いのあるコメディ作品だが、勢いで突っ走るのではなく綿密に作り上げられ、些細な違和感も徹底的に排除していく姿勢が見えた。春のタクフェスはコメディであるものの、タクフェスならではの濃密な人間模様と心情描写を大切にしていることがしっかりと感じられる稽古だった。
宅間の厳しい言葉の連続に緊迫した時間が流れてはいたが、不思議と稽古場の空気に鋭さはなかった。それは、宅間の意図が明確かつ的確であり、なおかつ役者を見る目が愛あるやさしい目だったからのように思える。それは、稽古が終わり緊張の糸がほどけた瞬間に、稽古場の空気が一気に華やぎ、笑顔ばかりがあふれていたことからもわかる。この日は、稽古終了後に宅間が声をかけた飲み会が予定されていたため、より和やかなムードが流れていたのかもしれない。今後の稽古でカンパニーの密度を日々高め、初日には上質な笑いを提供してくれることに寸分の疑いもない。宅間孝行が仕掛ける爆笑エンターテインメントの幕開けが、今から待ち遠しい限りだ。
取材・文/宮崎新之