明石家さんまがおよそ5年ぶりに演劇の舞台に立つ。2015年に上演された、笑いと涙に満ちた名作『七人ぐらいの兵士』の再演以来となる今回のステージは、大劇場から小劇場まで幅広いスタンスで話題作に関わっている注目株・福原充則による書き下ろし新作で、演出はさんま主演の舞台ではお馴染みの水田伸生が手がける。物語の舞台は幕末から明治となる頃、藩士の仇討ちを軸にドラマが展開していく。仇討ちを狙う侍の役には、さんまの舞台には『PRESS~プレス~』(2012年)、『七人ぐらいの兵士』の再演に続き今回が3回目の参加となる中尾明慶が抜擢された。逃げるさんまに追う中尾という図式で、笑いたっぷりな上にちょっと捻った時代劇が期待できそうだ。10月末、ヴィジュアル撮影が行われていた撮影スタジオにて、さんまと中尾に今作への想いを語ってもらった。
――さんまさんが、およそ5年ぶりにまた舞台作品に取り組むことになった経緯とは。
さんま「経緯としては、水田監督に騙された、というのが事実です。」
中尾「どういうことですか(笑)。」
さんま「いや、僕が聞いていた話では、9月に脚本ができるから、そのホンを読んでから出演するかどうかを決めるという約束だったんですよ。それと、なんせ僕は年末にオーストラリアに行かなきゃいけないんで。」
――それは、絶対に行かなきゃいけないんですか(笑)。
さんま「いけないんですよ!(笑) 毎年、年越しはオーストラリアやから。」
――つまり、その期間は稽古ができないというわけなんですね。
さんま「そうそうそう。稽古が10日間もできなくなるんで。そう言うてあって、それで結構ですということだったのに、待てど暮らせど。」
――脚本が書き上がらない、と(笑)。
さんま「ようやく昨日、第1稿が届きましたけど。それを読んでから断るかどうか決める言うてたのに、もう間に合わない。世間にも舞台をやるという情報は、もう出てるし。これもまた、水田監督のいつもの手口です(笑)。とはいえ、出演者には中尾とか、いつものメンバーがみんな揃うので楽しみですけどね。」
中尾さんは今回の舞台への出演の話を聞いて、どう思われましたか。
中尾「もちろん、うれしかったですよ。もう、何度かこのみなさんではやらせていただいているので。「やったあ、また集まれるんだ!」と、思いました。」
――では、その出来立てほやほやの台本の感想は。
さんま「今回は、初めて舞台で時代劇をやることになるのでね。その世界にどう入り込めるのか、どう演じられるのかというのは、やってみないことにはわからなくて。明治時代を舞台にした作品は経験がありますけど、こういう侍モノではなにしろ初めてですからね。今日もこうしてカツラを付けて、衣裳の着物を着せてもらいましたけど、本番中は毎日これをせなアカンと思うとゾッとします。今からでも、できることなら辞めたいですよ(笑)。」
中尾「えー!(笑)」
さんま「だって、これを毎日すんのかと思うと大変じゃない。中尾、おまえは台本、もう読んだ?」
中尾「はい、読ませていただきました。今までと脚本の方が変わって、福原さんの台本を演じるのは初めてなので面白かったです。あとは、これからの稽古で、この物語がどうなっていくか。僕が読んだ限りでは、思っていたよりも短めの台本だったので普通にやったら1時間ちょっとくらいのボリュームなんじゃないかなと思ったんですけど。これがさんまさんによって、何倍くらいに上演時間が延びるのかなというところも気になります(笑)。」
さんま「そうね、今のところは短めやけど。」
中尾「いつもの通りだと、3時間くらいになるんじゃないかと。」
――毎回、舞台ではさんまさんが自由になる時間帯があるように思います(笑)。
さんま「はい。台本では、そこの部分は外してありますから。」
中尾「そこがまた、このチームの舞台ならではの楽しみですしね。稽古場でどんどん延びていって、セリフも増えていって。本番に入ってからも、変わりますし。」
さんま「いや、今回は間違いなく、2時間半で上げる予定です。」
――さんまさんとしては、2時間半をめどにしたいと?
さんま「はい。見ている側でも思うことですけど、舞台って2時間ちょっとくらいがちょうどええじゃないですか。」
――いつもだと、上演時間は3時間くらいですよね。
さんま「記録では4時間やってた日があったな。『七人ぐらいの兵士』の時に。終電に間に合わん、言うて帰っていったお客さんが何人かいらして。「もう帰らなアカンので、どうもスイマセン。兵庫県の加古川なんです」とか、わけのわからん説明をしながら出て行こうとするから「おまえの住所は知らんがな、なんで舞台上の演者にそれを言う?」って。」
――お客さんと、芝居中に会話をしたんですか?(笑)
さんま「ええ。そんなことも、ありました。」
中尾「そんなことが今回もあるのか、どうか。楽しみですね(笑)。」
――前回の舞台の時にお話を聞いた際に、さんまさんとしては演劇作品とはいえ、舞台上ではあくまでもお笑い芸人の明石家さんまとして役を演じるということでしたが。そのあたりは今回も?
さんま「変わらないですね。僕は、それしかできないですし。僕の場合は、これはドラマでもそうですけれども、脚本の時点で当て書きされてくるんで。だから中尾とかに比べたら、お芝居という観念はかなり少ないほうだと思う。芝居をすることに関しては役者さんたちに任せて、こっちはその中で演技をするというよりは、どうやるか、どう動くかという感覚です。」
――中尾さんは、そんなさんまさんを仇敵として追いかける側の役どころとなりますが。
中尾「もう僕は今回も、まずはお芝居を一生懸命やるだけです。楽しい、面白いっていうところはすべて、さんまさんにお任せして。僕はひたすら、必死で芝居をやろうと思っています。」
さんま「ただ、中尾もそうだけど、いつものメンバー、やまにん(山西惇)とかやそだ(八十田勇一)とかぬっくん(温水洋一)たちが、役者さんでありながらも、かなりコントっぽく芝居を演じてくれるんでね。その点ではお笑い芸人と一緒にやるコントの舞台とは違うので、いつも新鮮です。」
中尾「以前、さんまさんはお芝居の台本をどうやって崩していくかを、まず考えられるとおっしゃっている記事を読んだことがあったんですけど。僕の場合は、自分が読んだ台本をどうやって成立させるかしか考えていないですからね。それを壊していく作業なんてしたことがなかったので、さんまさんのそういう芝居への向き合い方はすごく勉強になります。」
さんま「もちろん、役者さんはみんなそうなんでしょうね。僕は、まずは壊したいんですよ。台本のままだったら、僕の役を別の役者さんがやればええことになるから。でもそこを、明石家さんまとして選ばれているんで、さんま流にやるというのが正解なんです。だからそこで壊したいというか、笑わしたいというか。」
――『七人ぐらいの兵士』の初演が2000年だったので、もうお馴染みの面々との共演も20年近くになりますが。いまだに山西さん、八十田さん、温水さんとの共演は新鮮に楽しまれているんですね。
さんま「新鮮にというか、いつもどう構えたらええかを考えてやってます。彼らは芝居がうますぎるんですよ。『ワルシャワの鼻』(2009年)という舞台の時、僕が後ろからあいつらの頭を蹴るシーンがあったんです。本当は蹴ってないねんけど、そこであいつらがものすごい芝居をするから。」
――本当に蹴ってるように見えちゃった?
さんま「お客さんから「あれは蹴り過ぎや」って言われて。俺は蹴ってない、言うてんのに。というレベルのリアクションをやってくれるので、ありがたいですよ。いつもこっちに合わせてくれるんです。」
――コントではなく演劇作品であるということも、彼らがいるから成立していると。
さんま「そうそう。だからね、僕はジミー(大西)とか(村上)ショージとかとやっている恒例のコントの舞台もあるんですけれども、あれをこの芝居のメンバーでやってみたいと思う時があるんです。どう変わるんやろ、こいつらがあのコントの台本を持ったらどうするんだろうって。おそらく同じ台本をふたつ続けて違う演者で演じてみたら、全然違うコントみたいになると思いますね。」
――それも、面白いかもしれないですね。そういえば前回の舞台ではちょうど、さんまさんが還暦を迎えられるというタイミングでしたけれども。
さんま「そうなんですよ。あれから5年も経ってしまった。どうする、俺?(笑) 55歳の時点では60歳で引退するつもりでいたもんで、舞台をやるのはあれが最後と思うてたんですよ。でもやっぱり、まだちょっとやらなアカンか、じゃあやろうかーとか言っているさなかに、吉本がこんな状態になってしまって。まったく関係ない俺が、なぜか巻き込まれてね(笑)。何にも関係ないのに名前がボンボン上がったりするんで、どうしていいかわからないですよ。この間も、ある番組で大竹しのぶさんと対談したんでそういう話をしたんですけど、そうしたら「あなたって、いつも“どうしよう?”って言っているのが好きじゃん」って言われて。好きちゃうわい!って(笑)。だけど、ちょっとハッとしたんですよね。確かにずっと“どうしよう?”で生きてきているな、俺。そういうポジションなのか、そういう星のもとに生まれたのか。そう感じる時もあります。」
――ここで初めて時代劇に挑戦するというのもまた、さんまさんらしいというか。
さんま「そうね、時代劇で僕がどう動くか。今もカツラを合わせている時に「本番はこのままじゃないよね?」って話をしていたんです。いや、俺は動きが人より、細かくて大きいんですよ。だからきっと本番中にカツラが抜けるよ、飛ぶよと。絶対、人よりもズレることが多いんです。そしてまた、カツラが似合わないんだ。昔、ドラマで織田信長役でオファーがあったはずなのに、そのカツラ合わせを見に来たプロデューサーがどうも首をかしげてらっしゃって。それで現場に行ったら、いきなり足軽の役に変わってた。そんなバカなことあります? すごいショックでしたよ。」
一同 (笑)
さんま「すごくいいセリフがあったのに、もちろんそれも全部なくなって。いかに、カツラが似合わないかってことなんですけどね。まあ、今回は殿様の役じゃないんで、大丈夫でしょうけど。でも、このカツラ合わせの時も、近くにいた女性からちいちゃい声で「ホームレスみたい」って言われて。」
中尾「いやいや、そんなことはないですよ(笑)。」
さんま「日焼けしているからやと思うけど。髪の毛結いながら「ホームレスみたい」って。まあ、役としても、ほぼホームレスみたいな生活してきている男の役なんで、それでもいいか。」
――稽古に向けて、準備しようと思われていることは。
さんま「僕は、まだまだセリフは入れないんで。まずは壊すことばかり考えておこうかと思いますね。セリフはいつも、1週間前くらいに入れるんで。」
――公演の1週間前、ですか?
さんま「そうそう、だいたいいつもそうなんです。コントの時はずっと人のことばっかり考えていて、本人のセリフは当日に入れたりしていますしね。早くから入れたら、飽きるんですよ。いいセリフとかあっても、何度も練習して完璧に暗記してしまうと、いざ言う時にもう飽きてて、伝わらないことが多いので。結局、それも自分の中で調節すればいいことなんでしょうけどね。セリフに飽きないでいることって難しいんですよ。飽きること、多いよな?」
中尾「うーん、舞台だと何回も同じセリフを言うので、飽きずにいることは確かに難しいですけど。でも僕は、どちらかというとできるだけ早く入れておいて、そこから動きがついてくるので。決まっているセリフは入れておかないと、特に今回みたいにあとからどんどん足されて増えてくる場合は大変なことになっちゃいますから。ただ、さんまさんがオーストラリアに行かれてしまう空白の稽古期間は、どうしようって心配ですよ。忘れちゃわないかなと。だって稽古をみっちりやって、そのあと空きがあってから本番って経験は、あまりしたことがないので。」
さんま「僕は、オーストラリアには浅田美代子さん、佐藤浩市一家と一緒に行くんで。一応、オーストラリアにも台本は持っていきますから、中尾の代わりは浩市くんにやってもらって稽古はしておきますよ。」
中尾「ええ~!」
さんま「息子さんもいるはずやから、やっぱり中尾の役は寛一郎くんにやらせて、僕の役を浩市くんにやってもらって、それを見て覚えておきますよ。佐藤仁美さんの役は、浅田美代子さんができますしね。たぶん、温水の役は村上ショージがやるでしょう。」
中尾「アハハハ! 僕もそれ、見に行きたいですよ!!(笑)」
インタビュー・文/田中里津子
Photo/ローチケ演劇部