舞台製作会社のゴーチ・ブラザーズが、演劇の新しいプラットフォームの創出を目指すプロジェクトをスタートしました。その名も、配達演劇「THEATRE A/way(シアターアウェイ)」。
名前の由来は、
◎演劇を上演する場所を指す「way=道」
◎演劇を上演する新しい「way=手段」
◎「away=離れた」ところへ「生の演劇」を届ける
というもの。“トラック”でユーザーのもとに生の演劇を届けるという「演劇配達」プロジェクトです。こちらが舞台となる2tトラック。運搬会社マイド(公演パンフのクレジットページでよく見る名前ですね)による特注で、舞台装置を運ぶための仕様となっており普通の車両とは違うそう。今回は後方を開いての設置ですが、サイドも開くので、横に広く使うこともできます。上演に必要な物(客席含む)をまるごと詰めて、トラック1台でどこへでも行けるそう。
そんな「トラックで演劇を上演すること」を検証するためのプレ公演を取材しました。
上演されたのは、『口火きる、パトス』(作・演出:山本タカ、出演:コロ)と『ときめきラビリンス』(作・演出:中屋敷法仁、出演:永島敬三)。どちらも一人芝居です。14時、16時、18時公演があり、私は16時と18時公演を取材しました(16時『口火きる、パトス』/18時『ときめきラビリンス』)。
まず受付をして、手を洗い、席に行くと、こんなアイテムが。ビニール袋と、透明なのでわかりにくいのですがフェイスシールドです。ビニール袋は、会場が外なので荷物を入れる用です。
舞台はこんな感じ。今回は、トラックの後方を開き、手前にステージを繋ぎ合わせたT字の舞台。照明は手前とトラックの中にも仕込まれていて、両サイドにはスピーカーが設置されています(役者はマイクを使います)。客席の最善席と舞台の全面からは2.5mほどあいており、ソーシャルディスタンスは保たれています。
上演前に企画趣旨の説明がありました。それによると、
◎この企画は4月中旬から練られていたもの
◎制作者とクリエイターがリモートで集まり、コロナ禍で何ができるのかということから話し合いが始まった
◎話す内容が「生でお客さんに演劇を届けることができない状況で何ができるか」から「生でお客さんに演劇を届けられる方法はないか」に変化していき、行き着いた企画
この取り組みは、新型コロナウイルスの影響から生まれたものですが、「コロナだから」という考え方でつくったものではないそう。演劇にあまりなじみのない土地などでも楽しんでもらえるのではないか、(今回は既にある戯曲だけど)このスタイルを生かした新作もつくれるのではないか、というお話もありました。
そして開演!
『口火きる、パトス』(作・演出:山本タカ、出演:コロ)
観る前に一番気になっていたことは「声が届くのか」ということでした。が、実際は意外なほどクリアに届きました! すぐそこは交通量の多い大通りで、正直かなりやかましいのですが、台詞を聞き逃すことは一度もないレベル。終演後に話を聞いてみると「そこは音響さんのテクニック」とのこと! しかも隣近所への音漏れも配慮していて、遠くまで届きやすい重低音を出さないようにする工夫をしているのだそう。聞こえるようにしつつ聞こえないようにする?つまりどういうこと!?と頭が混乱する職人技です!
だけど役者さんは「声がちゃんと届いているか不安になる」のだそうで、声を出しすぎてしまいがちとのこと。18時公演の永島さんは観客に「マスクで表情が読み取りづらいので、目で表情を作ってほしい!」という高い表現力を求められるリクエストをされていましたが(笑)、客席の反応も大事だよな、などと考えました。
劇中ではこんなことも。
暗転できないので、文字で表現!
コロさんが除菌シートで拭いているのはサッカーボール。そして……
観客とのやりとりも!
終わった後は、シンプルに「楽しかった」と思いました。環境音がどのくらい気になるかと思いましたが、ラジオをつけたまま勉強しているときとか、人の多いファミレスで仕事をしているときに似ています。また、この後の『ときめきラビリンス』を観て感じたことは、『口火きる、パトス』は観客に環境音をスルーさせる強さ、『ときめきラビリンス』は環境音とミックスして膨らんでいく強さがあって、そういう作品による違いも楽しいです。
というわけで次は、『ときめきラビリンス』!
『ときめきラビリンス』(作・演出:中屋敷法仁、出演:永島敬三)
『ときめきラビリンス』は6月1日の本多劇場グループ PRESENTS「DISTANCE」ライブ配信で観たばかりだったので、環境の違いから生まれるものが感じられて面白かったです。
マスク姿で登場!(ちなみに上に見える白い布は雨除けです)
18時開演だったので、少し日が暮れています。それによって、16時に観た『口火きる、パトス』より照明の色が少し強く観えたように思いました。『ときめきラビリンス』で面白く感じたのは、上の写真のような、トラックの奥に入る演出。奥行のある形状のせいなのか、漫画の集中線(写真加工などでもありますよね)と「ドーン!」という効果音が見えた気がしました。
外でやることによって面白いタイミングで救急車が通ったり、通りすがりの人が「なんだなんだ?」と振り返ったりすることが、作品そのものと混ざり合う面白さがありました
私の個人的な話ですが、初めての演劇体験は小学生の頃に体育館で観たものでした。あの、見慣れた場所で起きたことの衝撃は今でも忘れません。その面白さは、こういう移動型演劇ならではのものではないかと感じています。
上演後、ゴーチ・ブラザーズの北沢芙未子さんに今回、どんなことが大変だったかを尋ねると「まずは賛同を集めることでした。この状況の中、私たちは演劇が観られないことが辛いけど、そうじゃない人もいる。観たいけど今は早いのではないかと言う人もいます。その中で少しずつ少しずつ、この気持ちをわかってくれる人、協力してくれる人を、探して、増やしていって、今日に至りました」。そうやって進めていく中で「やるんだったら、劇場での公演が再開した後もやれるものを作りたい。“今だけ”でやるんだったらやらない」という声も。それが今の、新しい取り組みにつながっているのですね。
北澤さんにお話を聞いていると、「ゆくゆくはこうしたい」「こういうこともできそう」とアイデアがどんどん出てきて、聞いているだけでも面白そうでした。「今回はその一歩目です」という、「THEATRE A/way」の幕開け。今後の展開にご注目を!取材・文/中川實穗
★配達演劇「THEATRE A/way」公式サイト
https://theatreaway.amebaownd.com/