不朽の名作『女の一生』に挑む大竹しのぶ、段田安則、高橋克実、風間杜夫。 4人の名優が感じた作品の魅力とは!

左から風間杜夫・高橋克実・大竹しのぶ・段田安則

 

日本演劇を代表する傑作を挙げるならば、まずこの作品が入るだろう。初演は昭和20年4月。終戦直前に森本薫が文学座に書き下ろし、杉村春子の代表作となった『女の一生』である。杉村が主人公を演じること947回。その後も、文学座の平淑恵、山本郁子に引き継がれ、また、2009年と2011年には、波乃久里子によって劇団新派でも上演された。それほどまでに観客に望まれ続けるこの不朽の名作に、新たに挑戦すべく集まったのが、この4人の名優たちである。天涯孤独となって堤家に拾われ、家業を守りながら、明治、大正、昭和を生き抜く主人公の布引けいを演じるのは大竹しのぶ。けいの夫となる堤家の長男の伸太郎を演じる段田安則は、演出も手がけることに。そして、次男の栄二に高橋克実、叔父の章介に風間杜夫という顔ぶれだ。稽古が始まったばかりだという気心の知れた芝居仲間の4人。直に触れた『女の一生』の魅力を、楽しく熱く語ってくれた。

 

──この『女の一生』もコロナ禍の影響を受けて京都南座での公演が中止になりながら、新橋演舞場での上演が決定しました。世界的に苦しい状況の今だからこそ、昭和20年生まれのこの作品はどんなことを伝えてくれそうか、まずお聞かせください。

段田「このコロナの世界的な流行で大変な事態の中ですが、過去には、生きるか死ぬかの悲惨な戦争もありました。もしかしたら、歴史的に見れば平和な状況のほうが珍しく、どの時代でもどの国でも、戦争という過酷な状況のほうが普通だと言えるかもしれません。ですから、その大変な激動の時代を生き抜いた布引けいの一生が、このコロナを経験している今だからこそ、より鮮明に浮かび上がるのではないかと思っています。」

大竹「想像もしないことが人生には起こるもので、きっと、一般市民からすると戦争もそうであったんだと思います。そのなかで人々は生きてきたわけで、今度のコロナでもみんないろんな思いをしていますけど、それでもやっぱり前を向いて生きていかなければならない。その人間の姿をこの作品は描いていて、誰にでも当てはまるような、心にギュンとくるいいセリフがいっぱい散りばめられているので。それをナマの声で聞ける劇場でぜひ観てほしいなと思っています。」

高橋「コロナも当初はまさかここまで大きな影響を受けるとは誰も思っていなかったのではないでしょうか。どんどん厳しい状況になっていき、現在も予断を許さない毎日ですが、この『女の一生』でも、空襲の焼跡のなかで栄二がこんなセリフ言うんです。この見渡す限りの焼跡にも新しい何かが芽をふいてくるでしょうと。ひどい目に遭ったけれどもこれからの世の中を見てみたいと言うんですね。だから、人間はネガティブな面ばかり考えてても仕方がないんだ、少しでも前に進んでいくしかないんだ、と感じ入りました。そういう登場人物の姿を見て、お客様も、自分なりの新しい未来に希望を持てたらいいなと思います。」

風間「私は新派で『女の一生』を上演したときに栄二役で出演していて、再演の2011年には、東北の震災のあとに全国を回りましたが、誰もが心を塞がれるような思いをしていたあの時期にこの芝居を観たお客様の目が忘れられないんです。芝居っていうのは力があるなと改めて感じましたし、僕自身も、明日に向かってさらに生きていこうよと、そういう連帯の気持ちが湧き起こりました。そうしてまた今コロナ禍で、日本だけの問題じゃなく、地球全体を覆っている大変な災害のなかで、この『女の一生』を上演するわけです。小さなお芝居かもしれませんが、これを観た人にまたさらに心に届く、本当に一生記憶に残る、名舞台になると私は確信しております。」──それぞれが演じられる役についてお聞きしたいと思いますが、演出の段田さんにはご自身の役に加えて、ほかの方の役のポイントについてもお話いただけるでしょうか。

段田「私が演じる長男の伸太郎は、弟の栄二と仲の良かったけいさんと夫婦になって家の仕事を継ぐのですが、商売のほうの甲斐性がないものですから、けいさんがどんどん強い女になって切り盛りするようになります。やがて夫婦は別居してしまうのですが、それは自分に甲斐性がないせいなんですね。でも、最後に会いにくる場面がありまして。それが、とてもいいシーンなんです。

この物語は、けいの影の面も描かれています。それは個人のせいではなく周りの時代や環境がそうさせている側面も大いにあるのですが、このけいという女の人の影の部分、陽の部分、両方が丁寧に描かれていて、だからこそ、観ている人はけいに気持ちが引き寄せられるんだと思います。大竹しのぶさんはすばらしい感性を持っておられるので、僕があれこれ言わなくても自由にやってくださるだろうと思っていますが(笑)。そういうけいの陽の部分、影の部分、嫌な面、いろんな面が出てくれば面白くなると思っています。

栄二さんについては、まだ何も考えてないんですけど(笑)、裕福な家庭の次男坊に生まれながら、仕事で取引をしていた中国に渡って、当時の日本においては危険とされていた政治思想に傾いていく。すべてが台本に書かれているわけではないですが、中国大陸で何があったのかが見えてくれば、とても魅力的になると思います。

章介さんについては、狂言回しに近い存在で、この叔父さんのお話を追っていくと時代が見えてくるんですね。そして、皆が章介さんのことが大好きなんです。それほど重いことを語っているわけではないんですが、ところどころいいことも言うんですよね。私ももっと年齢を重ねたら、一度やってみたいなと思うくらい魅力的な役です。」──では、今の段田さんのお話を受けて、大竹さん、高橋さん、風間さんに、ご自分の役についてお話いただけますか。

大竹「役については、まだまだこれからなんですけど。でもとにかく、やればやるほど、これはなかなか巡り合えないいいホンなんだなと思います。何しろ、杉村さんが45年間も演じられて、掘り下げてこられたんですから、やっぱりそれくらいすごい戯曲なんですよね。だから、1日1日稽古を大事にしてやっていって、ひと言ひと言が、じんわりとお客さんの心に染み渡っていけばいいなと思いますね。今はそれしか言えないです。」

高橋「今回、19歳から始まって59歳までの栄二を演じます。僕の実年齢が59歳なので、自分の人生と同じ期間が描かれるんです。生きた時代は違っても、過去の自分の年齢と照らし合わせながら作っていけるのではないかなと思っていたんですが、やはり難しいですね(笑)。ですので、まずは昭和36年上演時の資料映像で拝見した、北村和夫さんのものすごくハイテンションな19歳の芝居を真似るところから始めてみようか、、、と思っているところです(笑)。これだけ達者な方たちに囲まれてますので、私には、それくらいしか考えられる手立てがない…。あとは、けい役の大竹しのぶさんに、なるべく嫌われないように頑張っていく、それぐらいのことでしょうか。」

大竹「なんでそんなこと言うの(笑)!?」

高橋「最後まで栄二のキャスティングには納得いってないとおっしゃっていたので。ま、それはその通りなんですけれども(笑)」

大竹「そういうことを言うと、それが本当のことのように書かれるじゃない(笑)」


──風間さんはいかがでしょう

風間「改めて章介さんのセリフを読んでみると、前は気づかなかったことがたくさん出てきました。この叔父さん、死んだ兄貴の嫁さん・しずさんとも仲がいいし、甥っ子や姪っ子たちがかわいくてしょうがなくて、みんなのことを応援しているんですね。そんななかで、16歳で拾われた主人公が、サナギから蝶になるようにどんどん女になって、しかもこの堤家を切り回していく。その事業主としての才覚に対しても目をみはるものがあって、ひとりの女としての魅力も感じていくんです。それは最後まで言い出せないんですけども。自分が思っていた人が戦争中にどこかに嫁いだという、ショックもあるんでしょうね。」

大竹「それも悲しいですよね。」──稽古が始まって2日、本読みをされたとお聞きしています。演出家としての段田さんの印象をお伺いできれば。

大竹「段田さんとは役者同士としてはいつもふたりで、『あーやらなきゃいけないのかぁ』ってだらけてるんです(笑)。でも、稽古が始まってしまうと、お互いにお芝居が好きなので、ひと言ひと言、「このセリフの意味は」って探っていったり、段田さんに「あんたもしつこいね」って言われるぐらい、いつもいつも芝居について話しているんです。段田さんはいいホンに対して執着する人なので、たぶん、これからも細かくいろいろ言ってくれるだろうし。演出家と役者が、日本では未だに先生と生徒のようになることが多いんですけど、段田さんにはそういうことが全くなく、お互いに意見を言い合えるので、楽しく稽古していけると思っています。」

高橋「私は段田さんの演出は2度目です。演出家さんというと、恐いとか怒られるという印象しかないんですけが(笑)、段田さんには全くそんなことがないですね。何よりも素晴らしい役者さんですから、僕たちにも役者目線で、ものすごく噛み砕いて話してくださるんです。それが常に的確でわかりやすい。ただ、僕が言われた通りにできるかどうかは別問題ですよ(笑)。できるかどうかはその人の技量次第ですから。でも、たとえば台本のセリフのあとに「……」と書かれていて、この間は何だろうという話になったときも、自分だけでは考えもつかなかったことをわかりやすく話してくださって。たぶんこれからも自分には見えない角度を示してもらい、そこからの気づきがたくさん出てくると思います。千穐楽までわからないままっていうことは絶対にないと思います(笑)」

風間「僕は段田さんの演出は初めてで、まだ本読みでの演出しか見てないんですけど。それでも、若い俳優たちに、『自分でも思ってもみないような声でやってみたり、いろんなチャレンジをしなさい』とおっしゃっているのを見ていると、あー段田安則という俳優は、こうやって役と立ち向かってきたんだなということがわかるようで面白かったですね。僕は数々の段田安則の名演技を見てきましたけど、本当に突拍子のない芝居をするんですよ。若い俳優に、『演出家に言われてやるんじゃ面白くないぞ。自分で思いついてやったほうが喜びが大きいぞ』と言ってましたけど、確かに勝手な芝居をよくやっていました(笑)。それがまた上手くハマるんですね。だから、演出家としても信頼してますけども、俳優・段田安則の成り立ちを探ろうと、そういう興味もあります。」

 

──やっとナマで舞台が見られるお客様に、どういう気持ちになってもらいたいですか。

段田「先ほど高橋さんがおっしゃっていましたが、戦争が終わった直後、焼跡のなかで栄二が言うセリフに、私は希望を見るような気がします。そこは、高橋さんが演じる栄二が、すばらしい名調子で言うので(笑)、ぜひ期待していただきたいです。芝居を観て元気を出していただきたい、希望を見出していただきたいなんて、簡単に言うなよ、と思われるかもしれませんが、でも、生きていさえすれば何とか次の手立てが見つかって、希望も見えてくるのではないか、それで、じゃあ、頑張ってみようと思えるような芝居になるのではないか、と思っているんです。そう思っていただければ幸いです。」

大竹「100年に1回起こる、世界中を震撼させる疫病は、シェイクスピアの時代にもやっぱりあって、シェイクスピアは劇団のことを考えて郊外に逃げたそうです。そしてそこで、『マクベス』の「明けない夜はない」というセリフが生まれたというのを何かで読んだんですけども、絶対にそうやって前を向いていくしかないんですよね、現実を受け止めて。だから、大丈夫かなとちょっと不安を抱えながらも劇場に来たいと思って来てくださったお客様に、やっぱり来て良かったと思う芝居をお届けしなくてはいけないし。劇場の灯を絶やさないために、今だからこそ芝居を作らなくてはいけないと思っているんです。克実さんに頑張ってもらって(笑)、いい芝居を作りたいと思います。」

風間「コロナ以上に高橋くんが心配だというのは、みんなが思っていることです(笑)。いや、それだけ期待が大きいということですから。」

高橋「それはもう頑張りますけども(笑)。この脚本は、とても共感できる言葉が多いんです。自分の家でもこんなことがあったとか、自分もこんな悩みを持っていたなということが少しずつ盛り込まれているので、ご覧になる方々も身近に感じられると思います。そうか自分もいろいろ乗り越えてきたんだよなあ、自分もけっこう頑張ってきたじゃないか、と。これだけ素晴らしい顔ぶれですからね。僕も頑張ります。」

風間「僕は以前、ずいぶん若い頃ですけども、こまつ座で太宰治をテーマにした『人間合格』というお芝居をやりまして、幕が降りた瞬間に、『あ、俺、ちょっと立派な人になったな、人間としてちょっとステージ上がったな』、そういう実感を持ったことがあったんです。10日で元に戻りましたけど(笑)。この『女の一生』も演じるたびに人間としてステージ上がってるなと感じていました。あれから9年、元に戻ってしまいましたから、またステージを上げたいと思っています。あと、僕、本読みで泣いちゃったんですよ。最後なんかもう泣けて泣けて。だから、お客さんには泣いてもらいたいです。変なセンチメンタルな意味じゃなくてね。なんか今、泣きたいときは思い切り泣いたほうがいいじゃないですか。で、錯覚でもいいから、コロナ以降の新しい日常が始まるんだと心構えも新たに、ちょっと前向きに生きてみようと、そう思ってほしいと思います。きっとそういうお芝居だと思うんです。大きな感動の渦に巻き込まれるみたいなことではなく(笑)。いい意味での錯覚を起こしたいなと思いますね。」

大竹「それいいですね(笑)。」

風間「だってね、人ってこうやって生きていくんだろうなと思わせてくれるじゃないですか。それがこの森本戯曲のすごいところでね。人生こういうこといっぱいあるだろうなっていう日常のいろんなスケッチが、一つひとつふわーっと浮かんでくる。そして、いろんな齟齬があって離れていった者同士が、年老いて再会して、最後には氷解する。いい芝居ですよ。生きていかなきゃいかんなと思わせてくれますよ。」

段田「それを森本さんはいくつのときに書かれたのか。34歳で亡くなられているので……。」

風間「20代で書いたそうですよ。」

段田「その年齢でこの夫婦の後年の空気が書けるなんて。驚きです。」

大竹「私たち全然ダメですね(笑)。」

段田「森本さんの倍くらい生きてるのにね(笑)。」

 

──最後に、段田さんから見て大竹さんの布引けいはいかがですか。

段田「文学座の大看板の出し物で、杉村春子さんが1000回近くやっていらっしゃった作品を、今、誰ができるのだろうと考えたときに、大竹しのぶさんがまず頭に浮かぶのは皆さんも同じだと思います。きっと、「大竹しのぶ」という女優が見せる新しい布引けいになると思います。正直言いまして、それを私が本当に演出できるのか…という不安はあるんですけど(笑)。でも、大丈夫です。大竹さんが演じる新しい布引けいを見ることが、私自身、とても楽しみなのですから。」

 

インタビュー・文/大内弓子
写真/ローソンチケット