いよいよ10/31(土)開幕!KOKAMI@network vol.18『ハルシオン・デイズ 2020』稽古場レポート

2020.10.26

「芝居」という言語で、語りかけることを止めない

鴻上尚史が様々な人たちと出会い、公演するために作ったプロデュース・ユニット、KOKAMI@networkの第18弾公演『ハルシオン・デイズ』が2020年10月31日に紀伊國屋ホールで開幕する。2004年に初演、2011年にロンドンで公演、そして新たに2020年版として上演する今作は、Twitter(ツイッター)の「#(ハッシュタグ)自殺」で出会った4人の物語だ。柿澤勇人、南沢奈央、須藤蓮、石井一孝という4名のキャストで挑む今作の稽古場を取材した。

 

稽古はまず、ウォーミングアップを兼ねてダンスシーンから始まった。ミュージカルで活躍する柿澤と石井が出演するとあり、ダンスと歌のシーンは見せ場の一つだろう。鴻上作品といえば、川崎悦子振付のダンスシーンが欠かせないが、今回も役者が身体で語るように踊るダンスに注目して欲しい。歌稽古では、柿澤と石井の美しいハーモニーを聞くことができ、本番での歌唱シーンが非常に楽しみだ。

続いて、和美(南沢奈央)と明生(須藤蓮)の回想シーンの稽古が始まった。なぜ和美が明生の幻を見るようになったのかが明らかになる、物語のキーポイントとも言えるシーンだ。スクールカウンセラーとして明生と向き合う和美を、南沢は安定感のある落ち着いた芝居で見せる。自殺を思いとどまらせたい、という真っ直ぐな気持ちを持ちながらも、何か秘めたようなクールさも持ち合わせており、この後の展開を予感させる深みがある。回想シーンを演じる須藤からは、孤独を抱える多感な高校生の今にも爆発しそうな苛立ちが伝わってきたが、回想シーン以外の明生、つまり和美の見ている幻の明生を演じる須藤からは、抱えていた負の感情や肉体の重みから解放されたような軽やかさが感じられ、何とも言えない切ない気持ちになった。

次に、雅之(柿澤勇人)が突如として「自粛警察」と戦うと言い出すシーンの稽古が行われた。雅之がテンション高く自分の決意や計画を語る場面なのだが、柿澤はテンション一辺倒にならず、見事な緩急でこのシーンの面白さを膨らませている。雅之の繊細さや力強さ、様々な顔が見え隠れして、人間は決して一面では語れないということを思わせる。雅之の変貌ぶりに困惑する哲造(石井一孝)を、石井は大らかで伸びやかな演技で表現する。素直に戸惑ったり、雅之を心配したりする姿からは、自殺しようと考えている人間とは思えない明るさや優しさがにじみ出ている。自殺願望のある人間全員が、暗くふさぎ込み退廃的な気持ちに支配されているわけではない、表面ではわからないことが誰にだってあるのだ、ということに気づかされたて、はっとした。

このコロナ禍で、一時期よりは緩和したものの、なかなか人が集まることが厳しい状況は続いている。万全の感染症対策をしながら稽古場に人が集まり、芝居を作っている様はそれだけで感慨深いものがあった。直接会わなくても、リモートでコミュニケーションを取る方法は様々ある。でも、このコロナ禍で私たちが思い知ったのは、直接会わないと出来ないことがあるということだ。同じ空間で、生身の肉体同士で向き合うからこそ、伝わるものがある。

閉塞感のある今の時代にコロナ禍が重なったことで、生きづらさを感じている人は少なくないだろう。悲しいニュースが続く中、「死んじゃダメだ」「生きよう」という励ましの言葉は空虚に響くばかりに感じられる。それでも鴻上は、きっとこの芝居を上演することで、少なくともこの作品を見てくれる人に声をかけたい、手を差し伸べたい、と思っているのではないだろうか。終盤、自殺を止めようとする和美は「死ななくても、戦う方法はあります」と叫ぶ。芝居という“言語”を使って観客に語かけることを止めない、それが鴻上の戦い方なのだ。

間もなく本番を迎える2020年版の『ハルシオン・デイズ』という芝居が観客に何を語りかけてくるのか、ぜひ劇場で耳を傾けて欲しい。

 

取材・文/久田絢子

撮影/田中亜紀