【左】八嶋智人【右】渡辺えり
これまで様々な作品で顔を合わせてきた渡辺えりと八嶋智人が、喜劇の舞台で初めて共演する。題して『喜劇 お染与太郎珍道中』。稀代の喜劇俳優・三木のり平と、『おもろい女』などの代表作を持つ作家・小野田勇がタッグを組んで1979年に初演された『与太郎めおと旅』がもととなっており、米問屋の箱入り娘・お染と、頼りないがお染を密かに慕っている手代・与太郎がドタバタ珍道中を繰り広げる。今こそ笑いが必要と語るふたり。その意気込みを聞いた。
──おふたりは映像作品ではもちろんのこと、舞台でも『夜の来訪者』(2009年)『えれがんす』(2010年)で共演されています。お互いの印象と、今回の喜劇での初共演にどんな思いをお持ちかというところからお聞かせください。
八嶋:僕は、個人的にも劇団(カムカムミニキーナ)としても、えりさんにとてもお世話になってきたんです。演劇の系譜としても、僕はえりさんの作る世界観が好きだし、それは劇団の世界観にも通ずるので、直の先輩だと言ってもいい。さらに、作品に対する知識の多さや理解力にいつも感服しています。演劇に対する愛の深さも圧倒的ですし、本当に尊敬しているんです。おまけに、ご本人が無尽蔵にチャーミングなんですね。たとえば(と机に置いてあるティッシュケースを指して)、「これ実は食べられるんですよ」ってえりさんに言ったら、1回は信じてくれるんです(笑)。「えっ、ホント!?」って。そんな人あまりいませんよね。だいたいは「そんなわけないじゃん!」と即答だと思う。でも、えりさんには、食べられるものもあるかもしれないっていうイメージ力、空想力の高さと、必ず1回は受け入れてくれるピュアさと懐の深さがある。それが楽しくて、今までいろんなものを「食べられるよ」とえりさんに言ってきたんですけども(笑)。だから、人間的にも演劇の先輩としても本当に愛しているんです。ただ、個人的には恋人という立場は勘弁していただきたいという気持ちがあるので(笑)、今回は役として、えりさんのそのかわいさを、ちゃんと稽古初日から男性として好きでいたいと思っています。
渡辺:私も「カムカムミニキーナ」の芝居をずっと観ていて、本当に真面目に演劇に取り組んでいる役者さんだと昔から思っています。後輩に対しても厳しいし、人に対して厳しいということは自分に対しても厳しいということなので、プロ意識の高い人なんだろうなと。共演したときも演劇人っぽいきちんとした作り方が印象的でした。ただ、与太郎という役が、わりと中性的というか、男でも女でもないような、風のような部分があって、八嶋くんはわりと男気の強い人だから、どうバランスをとっていくかが八嶋さんにとっての挑戦かもしれません。私は根っからのフェミニストで、そういう男っぽさみたいなものに対しては反発してしまうので(笑)、ふたりで譲り合いながら上手く関係が作っていければ、とても面白い喜劇になると思っています。
──コロナ禍の今、喜劇を上演することについてはどんな思いがおありですか。
八嶋:演劇が再開されてすぐの頃に“喜劇”と銘打てば、不謹慎だと思う方もいらっしゃったかもしれません。でも、これはあらゆる取材で言っていることなんですが、今、劇場は、もしかしたら一番安全な場所ではないか、と僕は感じているんですね。スタッフと劇場の方々がそれはもうものすごい努力でコロナ対策をして劇場を開けている。お客様のほうも、この芝居を壊さないようにしよう、最後まで上演させようという強い思いで、誠実に真面目に観劇していただいている。それを舞台に立っていても観劇していても感じるんです。だから今は、コロナを忘れることはできないけれども、その状況でも、喜劇と銘打ってみんなで楽しい時間を過ごしましょう、楽しい場所にしましょう、そう言える喜びがありますね。
渡辺:今、自分にとっても笑いが必要です。自粛時期は、やっぱりどうしてもいろいろ考え込んでしまって、生きていても無駄だという思いになるくらいふさぎ込んでしまいましたから。こういう時期に一番人の心を助けなくてはいけない演劇人が、上演中止に追いやられ、動けなかったというのは本当に辛かった。だから、今こそ笑いで癒やしたいと思うんですね。お客様の傷も、自分の傷も。ギリシャ時代は、演劇は医療として使われていたほどなんです。ですから、とにかくみなさんを笑わせたいですね。悔いがないように毎回毎回お客様に笑っていただいて、喜劇の力で皆さんを癒やし、その笑い声で自分も癒されたいと思っています。
──喜劇王・三木のり平さんが主演された名作に挑むことについては、どう受け止めておられますか。
八嶋:僕がその三木のり平さんが演じられた役をやらせていただくのですが、のり平さんの本を読んだりしていると、やっぱりのり平さんは、東京の、江戸の香り漂う粋な喜劇人なんですね。だからまずは、現代の関西人である僕がそれを体現できるのかっていうのが課題で。で、東京の粋な笑いというのは、悲しみだったり怒りだったり、そういうものを内包しながら笑いに昇華するっていう絶妙なさじ加減があると、三木のり平さんの言葉から感じるんです。そこは僕にはそんな一朝一夕に追いつける場所ではない。だから、諸先輩方の胸を借りて、演出の寺十吾さんに導いていただき、少しでも表現できるようになれたら、俳優としてひとつ新しいものを体得できるかなと思っています。あと、僕はツッコむタイプで、与太郎のようなおっとりさんはあまりやったことがないので楽しみではあるんですけど、「周りの皆さん、僕のこと、よろしくね」と思っています(笑)。
渡辺:私は三木のり平さんの『雲の上団五郎一座』を観てますし、ドラマで共演したこともあって、自分がバカをやって周りの人を生かして笑わせるっていう、本当に面白い方でした。そして、その三木のり平さんと共演して初演でお染を演じられたのが京塚昌子さん。ふくよかで愛嬌のある方という印象があるかもしれないですが、実は、日舞でも何でもできるとても達者な女優さんで、自分のできることを封じて存在で見せるというそのセンスがすばらしく、同じことが自分にできるのかと思ってしまいます。私はたぶんものすごく動くことになるし、体重を利用して人を押したり踏みつけたりっていう場面も多いので(笑)。そういえば、この作品の初演の年に、私は自分の劇団を旗揚げしているんです。そのときは、小劇場でみんなが主役と言えるような独自の芝居をやりたいと思って始めたのですが、今回、そういう劇団のような芝居にしたいなと思っています。苦労して作り上げられた三木のり平さんたちにも失礼にならないよう、一生懸命、皆でつくった芝居で皆さんに笑っていただかなければ、と、実は今ちょっと緊張しているところです。
──その名作喜劇を演出されるのが寺十吾さん。どんな演出を期待されていますか。
渡辺:寺十さんってユーモアのセンスがすごくある人なので、細かいところにこだわって笑わせるような、かなりおかしな演出をしてくれるんじゃないかと期待しています。それに、リアリティを大事にする人なので、その役の人が今本当に生きていて動いているっていうことを前提にして演出してくれるんじゃないかなと、とても楽しみにしていますね。
八嶋:僕は今年、『あなたの目』で25年ぶりに寺十さんの演出を受けたんです。25年前に寺十さんが主宰されている「tsumazuki no ishi」という劇団に客演したときはもう、「この人としゃべってるんだからこの人を見なさい」とか「そう思ってからセリフを言いなさい」とか、演劇の基礎中の基礎をすごく注意されて、若かった自分は、「えーっテンポが悪くなるんじゃないですか」って反抗してたんです(笑)。今、思うと本当に恥ずかしいくらいですが、それで、今回、「どうでした?」って聞いてみたんです。そしたら、「お前はやっぱり芝居が大好きなんだっていうことはわかった」と言われて。それがプラス査定なのかマイナス査定なのかわかりませんけど(笑)、そういう意味では、いろんなことを俯瞰して大きく捉えることもできるし、えりさんがおっしゃったみたいにものすごく細かいことも大好きな人なので、楽しみですね。何しろ、寺十さん自身が与太郎のようなおとぼけ役をおやりになるとまぁ見事で、僕は演者の寺十さんのファンなので、見本を見せてもらいたいくらいです。でも、実際にあまりにも上手くやられたら「じゃああんたがやりなさいよ!」って複雑な気持ちになるから(笑)、そこは上手い具合にタッグを組んで一緒に作っていけたらなと思っています。
インタビュー・文/大内弓子