上川隆也 インタビュー|「魔界転生」

2018年に10万人を超える動員を記録し、大ヒットとなった舞台「魔界転生」が、2021年に再演されることになった。初演に引き続き、演出は堤幸彦が、主人公・柳生十兵衛は上川隆也が演じる。そして、最大の強敵となる天草四郎には、上川とは初共演となる小池徹平がキャスティングされた。豪華絢爛で奇想天外な一大エンターテインメント時代劇に、再び挑んでいく上川は今、どのような心境なのだろうか。

 

――再演が決まった時はどのようなお気持ちでしたか

再演が決まったのは、今のような社会情勢になる前でした。初演の血沸き肉躍るような感覚は他では得られないものだったので、オファーはとても嬉しいお話でしたし、心躍るものを感じました。ただ、状況が大きく変わってしまった今、初演のままの形で上演出来るのかというと、難しさを感じているのも確かですが、再演に向けて皆で知恵を巡らせ、初演とは違う新たな魔界転生を生み出そうとしています。最初に話を聞いた時とは、また違った期待感が生まれてきているところです。220

 

――コロナ禍で上川さんも舞台の中止など大きな影響があったかと思いますが、いかがでしょうか

2020年の4月に味わった喪失感。上演をするべく切磋琢磨を続けて造り上げた作品を、結局、お客様にお届けすることなく終わってしまった。この経験は、これまで味わったことの無いもので、自分が想像することがなかった感情に見舞われました。その経験を経たからこそ、演劇を上演していこうという関係者各位の皆さんの情熱には、心を動かされます。その一角に自分がまだ居られていることが、心底嬉しい。僕の新しい演劇としてのキャリアが、この「魔界転生」からはじめられること、それを嬉しく思っていることは間違いありません。どんな形であっても前に進めていくんだという想い、演劇人の片隅に、僕も居たいと思っています。293

 

――コロナ禍を経て、舞台に対する想いはどのようなものになりましたか

僕にとって舞台というものが特別なもの、という思いは、実は無いんです。映像のお仕事も、舞台での務めでも、その価値に差を持たせてはいません。ただ演じるフィールドが違って、手法が違うだけ。特に舞台だけに強い思い入れを持って務めているわけではないと思っています。しかし日本を遠く離れて過ごした方が味わう、帰国してきたときに飲むみそ汁の格別さというお話をよく聞きます。ソウルフードを口にした時に広がる安心感や懐かしさ、当たり前だと思っていたものが格別に感じられる瞬間。僕にとっての舞台とは、それに近いものと例えても遜色ないかも知れません。みそ汁という、本来は何気無く存在していた物が突然失われてしまった時の喪失感、そんな経験を一度味わったからこそ、次に臨む「魔界転生」の舞台は、一入の感慨を持って迎えることになるのではないかと、今は思っています。

 

――初演は10万人動員とたくさんの人々の心を鷲掴みにした作品となりました。それだけたくさんの人に届いた理由はどのようなところにあると考えていらっしゃいますか

まず原作の持つ力がこの上なく大きい作品ですし、僕はさておき(笑)2018年バージョンのキャストそれぞれに大きな魅力があったことでしょう。あと思いつく所としては、この作品の持っていた『独自性』ではないでしょうか。観たこともないものを観てみたい、という思いはどなたにもあると思うのですが、堤さんが手掛けられた「魔界転生」は、他の舞台では観られないものを観ることができた機会、時間だったように思います。それは間違いなくこの作品の大きな魅力ですし、2021年版にも引き継がれていくものだと思います。

 

――上川さんが演じられる柳生十兵衛という役どころについて、どのように捉えていらっしゃいますか

山田風太郎さんの生み出した、とんでもなく魅力的なキャラクターです。豪放磊落(ごうほうらいらく)で屈託がなく滅法強い、女性にモテるのにそのモテ具合をまったく自覚していない。挙げ句の果てに、全ての機会を袖にしていくという、傍で見ていてその魅力の風に吹かれないはずがないような人物。初演の時にも申し上げたかと思うんですが、僕自身が柳生十兵衛のファンの一人。柳生十兵衛を演じられた2018年は本当に幸せな時間だったんだと今でも思いますし、十兵衛を演じることでまた新たに舞台へ踏み出せることをとても嬉しく思っています。

 

――演出の堤幸彦さんについては、どのような印象をお持ちですか

堤さんの映像作品は、その演出手腕や堤さん独特のカラーがとても好きで、ソフトを購入して楽しんでもいました。そうした演出が舞台ではどの様に発揮されるのか想像も付きませんでしたが、舞台においてもその手腕は健在でした。しかも堤さんが持ち込みたい世界観は揺るがないまま、役者たちそれぞれの持ち味や色味を損ねることなく、巧みに一枚の絵に仕立てていく。稽古場での堤さんは、実にニュートラル。面白いものを、より深めていこうとなさいますし、囚われない新たな演出も次々と提出していくその一方で、スタンダードはスタンダードとして、ちゃんと踏まえていらっしゃるんです。どちらにでも、如何様にも演出できるという意味で、非常にニュートラルな方だと思います。そうした遊び心も踏まえた上での演出は、初演にも色濃く表れていたのではないかと思います。今回は、状況に即した形にスライドすることになるかとは思いますが、その上で堤さんが何をなさるのか、今から楽しみです。

 

――今回は宿敵となる天草四郎役を小池徹平さんが演じられます。初共演となりますが、小池さんの印象についてもお聞かせください。

映像作品も拝見したことはあるのですが、舞台で歌ってらっしゃる姿も拝見したことがあるんです。その見事な佇まいに、少し意外さすら感じました。あれだけ眉目秀麗で、可愛らしさすら感じるような出で立ちながら、板の上で実に堂々と歌ってらっしゃる姿に、思いを新たにしました。この方ならば、新たに四郎を創生していってくれるだろうと、今は思っています。

 

――上川さんから見て、天草四郎というキャラクターはどのようなところが魅力だと思いますか

原作をお読みになった方は分かると思うのですが、深作欣二監督の映画「魔界転生」で、天草四郎が新たに生まれ変わったのは確かだと思います。原作でも志半ばにして倒れてしまうキャラクターですが、映画の中でとても大きな役割を担うことになり、一気にその魅力を増した。根幹に山田風太郎さんの原作があって、深作監督によって天草四郎の魅力が肉付けされていった。それを踏まえた上で、更に発展させたのが、僕らの「魔界転生」だと思っています。天草四郎は、時を経ることで少しずつ魅力を増してきたような存在なんです。再演でまたキャストが変わることで、溝端淳平さんとはまた違った『新・天草四郎』が形作られていくのではないかと期待しています。

 

――初演では松平健さんとの殺陣のシーンも非常に印象的でした。再演でも松平さんがご出演されますが、どのようにあのシーンは作っていったんでしょうか

お答えするのも非常に恥ずかしいんですが……ついていくのがやっとでした。僕の個人的な想いとしては、何とか食い下がるという体で、稽古も毎ステージも、千秋楽に至るまで、松平さんと剣を交えている光栄さと同時にある怖さを感じていました。僕自身は剣の達人でもない、イチ役者にすぎませんが、そんな僕ですら松平さんと相対した時に殺気が見えるような気がしたんです。これは決してオーバーな形容ではないと思います。そんな圧倒的な圧を持って、立ちはだかってくださっていました。その圧倒的な存在感や一合一合に乗せてくる『父の思い』を受け止めながら、演じさせていただいていました。あの殺陣のシーンは、時間にすると決して長い時間ではないと思うんです。でもその時間を精いっぱいの、僕の持てるすべてで受け止めていたような、充実していたと同時に、僕自身のキャパシティをフルに稼働して務めていた。そんな思いです。

 

――上川さん自身は、舞台「魔界転生」の魅力がどのようなところにあると感じていますか

再演ではまた脚本に手が入るとのことなので、あくまで初演をベースとしたお話にはなりますが、この「魔界転生」において僕が一番心を惹かれるのは、四郎とお品の関係性です。原作にもない、オリジナルの要素になりますが、ここが加わったことによって、単なる伝奇サスペンスや伝奇スペクタクルにとどまらない作品になり得たんじゃないでしょうか。もちろん、柳生親子の関係性もそこに関わってきますが、やはり母の愛というものはまったく別物ではないかと思っていますし、そこがこの作品をより豊かに、人間の愛情の模様を描いてくれたと思っています。

 

――オリジナルが加えられたことでより世界観が広がったということですね。マキノノゾミさんの脚本についてはどのような印象をお持ちですか

これは私の邪推にすぎませんが、山田風太郎さんの原作からは、殺生に関してドライさを感じるんです。医学を学ばれた方だからこそ『命』というものにどこか客観的な視点を持ち込まれたのではないか、と邪な気持ちで憶測してしまうのですが、マキノさんの筆にかかったことで、そこにいい塩梅でウェット感がもたらされたように思います。より色濃くなった情感は、原作には無い部分だと感じていますし、そこが僕らの携わった「魔界転生」のひとつの魅力になったのではないかと思います。224

 

――舞台作品は稽古の時間がたっぷりとあることも、役者にとって魅力のひとつだと思います。今回の稽古でどのようなことが楽しみですか

総括すると舞台の稽古にとどまらなくなってはしまうんですが、現場というのは出会いの場でもあると思うんです。今回は再演ということで、初演時に同じ時間を過ごした仲間との再会、それと同時に新しい方との出会いがあります。それはある種、才能との出会いと言ってもいいと思います。お芝居を演じているという楽しみと同時にある、新しい出会い、懐かしい出会いというものが、作品に昇華されていく。そうした一期一会を満喫できる時間、というのが稽古には相応しいと思います。それが僕にとっての、稽古の楽しみのひとつかも知れません。堤さんは、きっと今回も僕らの予想をはるかに超えたところから演出をなさるでしょうし、そのひとつひとつを、こんな状況だからこそ楽しみたいと思います。

 

――稽古中はストイックに役に向き合う時間となりますが、そんな中でも気を休めるオフの時間も作られると思います。上川さんがリラックスして、オフになるタイミングってどんな時ですか?

誤解を恐れずに申し上げるならば、演じていない時間は大概オフです。役が抜けない、みたいなことはまったく無いですし、経験したことが無いんです。どう切り替えているかというのも、うまく説明できないんですが、舞台から袖に入った時点で役ではなく『上川』に戻れます。ほとんどの稽古場では、それぞれの役者に席を用意してくださっていて、自分の出番でないときにはその席で待機しているのですが、そこに居るときにはもう既にオフです(笑)。

 

――最後に、再演の楽しさや喜びはどのようなところにあるのかお聞かせください

先ほどから食べ物にばかり例えてしまって申し訳ないのですが(笑)、鍋物は具材が変わると当然、味も変わります。メイン食材が同じでも、その時々に具材に変化をつけていくと、味わいはまったく違ったものになる。今回も『魔界転生』という鍋を作るんです。しかしキャストという具材が変わってきますので、前回とはまた違った見栄えや味わいの鍋を、みなさまに振る舞うことができるのではないかと思っています。振る舞う側としては、やはりそれが楽しみ。いい盛り付け、いい味付けの鍋にする為に、稽古場では様々に試行錯誤を重ねていきたいと思いますし、今回も豪華でおいしい鍋をお届けしたいと思います。

 

取材・文/宮崎新之